[KATARIBE 28540] [HA06N] 小説『片目』

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Date: Mon, 14 Mar 2005 22:55:14 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28540] [HA06N] 小説『片目』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年03月14日:22時55分14秒
Sub:[HA06N]小説『片目』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
肩凝りです。
本体が肩凝りになれば、当然ながらきゃらくたーも肩凝りです。
当然で(おい)

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小説『片目』
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登場人物
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   本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :吹利県警巡査。のほほんお兄さん。酒豪。
   相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。呑めないけど呑み仲間認定。
   軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :自称小市民。酒好き。この話の語り手。 

本文
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 春を素直に喜べなくなって、もう何年か過ぎたけど。
 今年はまた格別に。
 春の到来を思うたびに……胃の腑がしこるように痛む。

      **

 最近時折、呑みに呼ばれることがある。
 原因は幸久氏だ。あの人はある程度酔ってくると、何故かあちこちに召集を
かけてくる。ついでにそこに六華が居たりすると『真帆サンも呼ぼうよ』で、
あたしまで呼ばれるわけで。
 その関連で、要するに呑み仲間が増えた……んだけど。

「……あれ、どこだっけ」

 家に戻ったら、留守電に連絡が入っていた。
 連絡をくれたのは、本宮さん……ええとややこしいな、本宮史久さんのほう
だ。男ばかり3人兄弟の一番上のこの人は、とにかく破格に酒が強い。一度花
澄と一緒に呑ませてみたいくらいには強い。
「なかなか一緒に呑める人、いないんですよ」
 まあ、あれだけ強ければそうだろうな、と思うけど。
 最近この人や、その先輩の相羽さんと、呑む機会が多い。
『えー、真帆さんこっち来たらいいのに』
 などと六華は言うが、このところ連日に近くそちらに合流している。相談と
割り切るならともかく、思惑山積み状態の呑み会ってのは……やはり気が重い。
 それなら単に呑む人と一緒のほうが余程楽である。


 しかし……どこだっけ。
 何だか似たような店が並ぶ道。時刻はまだそんなに遅くないせいか、まだそ
んなに酔った人は居ない。多分これから店を見つけて入る……くらいか。
 目が痛い。
 いかんなあ。道を思い出そうとすると、頭がぼーっとしてくる。
 なんかここらだったんだけど。
 つーかあたし、同じ道を何度か行き来してないか?

「……真帆さん」
 と。
 近くの店の入り口がぱっと中から開いて。
「……あ、そこでしたか」
「道、迷いましたか?」
「あー……なんか、多分……すいません本宮さん」
 あかん、ぼけてるわ自分。

 とりあえずとりあえず、で、店の中に入って。
 テーブルをとっといてくれた相羽さん(というかこれは、本宮さんをぱしら
せた相羽さんなんだろうな)が、こちらを見て。

「……どしたの」
「へ?」
「片目」
「……って……ああ」

 眼鏡を外して、右目に触れてみる。途端にぽろぽろと涙がこぼれてくる。
 片目だけ。

「……花粉症なんですよ」
「もう?」
「今年花粉多いそうですから」
 一月からこちら、結構目がちくちくするものだ。
「片目だけ?」
「いや、こっちも痒いですけどね。泣くのは片目だけなんです」
 そこ、二名揃って妙な顔するな。
「元々右目が特に視力悪いんで、負担がこちらに来るみたいで」
「それでそちらだけ泣く?」
「両方で泣いたら何事かってなるじゃないですか」
「片目で泣いてても、何事かと思いますよ」

 ……いやそーだけど。

「でもこう、自分でもおかしいんですけどね」
 ハンカチで目を抑えながら、冷酒を頼む。余程目に花粉が溜まってるのか何
なのか、なかなか涙が止まらない。
「これ、完全に花粉症で、別に何も今日無かった筈なんですけど」
「けど?」
 御土産代わりに持ってきた松露の袋を開けながら、相羽さんが問い返してく
る。
「……何だか落ち込むんですよ。この目のせいで」

 まあ、花粉症で肩から頭から凝ってるってのもあるんだけど、それにしても
こうやってぼろぼろ涙だけ出てると段々落ち込んでくるのだ。

「やっぱりそう考えると、身体と精神て分けちゃいけませんよね」
「……急に飛びますね」
「いやだって」

 精神が身体に作用して、涙が出る。これが普通。
 身体が先に反応して涙がでるうちに、『涙の出る際の精神状態』に近づく。
これが多分自分の現在。

「それを思うと、美馬坂教授はやっぱ無茶だ」
「……急に話が飛んでませんか」
「あ、本宮さん京極夏彦読んでる?」
「魍魎の函は、有名でしたからね」
 なら、話は早い。
「だったら、やっぱ無茶だよね」
「……そういう意味ですか」
「うん」

『魍魎の函』で、脳だけの幸せを説いた教授。

「精神だけで人は幸せになれるかって……無茶だと思う」

 たかだか、杉の花粉に泣くだけで、落ち込めるくらいお手軽に。
 人間の身体は、精神を引っ張ってくれるのだから。

「じゃ、今なら何かやったら泣きやすい、と」
「……面白そうに言わないで下さい」
 相羽さんが言うと即実行に繋がりそうで非常に怖い。
「例えばさ、感動映画見たら泣きやすい、とか」
「それは…………あるかも」

 涙腺が緩んでる状態だもんなあ。普通なら平気でも、泣くかもしれない。

「てっか、案外感動もの弱いから。素でも泣くこと多いし……」
「じゃあ、トトロとか」

 ………………。

「はい?」
「あれは泣ける」

 ……なんか今、思考が情報のあまりの唐突さに一時休業しやがりましたが。

「…………実話?」
「先輩に関しては……実話です」

 ……ええと、ええと。

「花粉症ですかまさか?」
「いんや」
 
 えーと。
 極悪だの悪辣だの言われて一切否定しない人で。
 おネエちゃん情報網容赦なく使う人で。
 口は悪いは毒舌だは、な方が。
 …………トトロで泣く。

「……何」
「悪酔いする情報を有難うございます」
「言うね」
「そらもう」

 冷酒のグラスを傾けて。
 
「…………うあ」
 凝った部分の血が、急に動く。
 気分悪い。
「大丈夫ですか、本当に」
「大丈夫大丈夫」
 右目は相変わらず泣いている。
 左目はやはり相変わらず乾いたままである。


 正直……きつい理由は良くわかっている。
 六華のこと。それに関わる全てのこと。凝って動かない現状。それが今度は
首や目の凝りになる。
 人間の身体ってのは上手く出来ているというか面倒に出来ているというか。

「きついんじゃないですか?」
「いや、呑んだらそのうち治ります」

 呑んで、忘れる。
 ほんの一時の間かもしれないけど。
 

 花粉症にやられる自分の目も。
 ぼーっと歩く道の、大気の柔らかさも。
 日の暮れるまでの時間の長さも。

 全てが告げる、春の到来を。


 右目だけで泣きながら、グラスを取り上げる。
 その日を一時間でも忘れる為に。


時系列
------
2005年3月初旬。
『風交点・逢音刻』と『折れる者しなう者』(3月10日)の間くらいでしょう。

解説
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出来ることは何もないのに、最後通牒だけは良く見える、ということですか。

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ちなみに、片目だけ泣くってのは、肩凝りの酷い頃のPLに準拠。
首傾けてたら、片目からぼろぼろ泣けた時はまじにびびりました。




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