[KATARIBE 28539] [HA06N] 小説『大地』

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Date: Mon, 14 Mar 2005 20:02:11 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28539] [HA06N] 小説『大地』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年03月14日:20時02分10秒
Sub:[HA06N]小説『大地』:
From:久志


 ちは、久志です。

 ちろっと史兄のお話。小説『帰宅後の暗躍』の続きにあたる話です。
史兄が思い出す先輩の過去のお話。
 続き物のネタがつまって他のネタが速攻書きあがるという悪循環。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『大地』
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登場キャラクター 
---------------- 
 本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :吹利県警巡査。のほほんお兄さん。またの名を昼行灯。
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。またの名をおネエちゃんマスター

餌係
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『週末家空けるからさ、魚に餌やっといてくんない?』

 まったく毎回毎回気安く人に用事を押し付けてくれますね、先輩。
 また他課のヤマに首突っ込んでるんだろうなあ。週末にいないってことは、
またおネエちゃん手玉にとって泳がせてますね。
 夜鷹か、薬か……だとしたら、つるんでるのは中村さんかな。あの様子だと
結構大きなネタ押さえてますね、てことは近々大掛りな摘発ありそうだなあ。
僕も駆りだされるな、きっと。
 それにしても人のことさんざ秘密主義呼ばわりするくせに、自分だって周り
に隠れてこそこそ動いてるじゃありませんか、まったく。

 部屋の端に置かれた水槽の表面を軽く指先でつつく。
 鮮やかな青い色合いの魚がふよふよと泳いでいる。

 こんにちは、元気ですか?
 まったく、ひどい飼い主ですよね。
 名前もつけてあげなければ、世話もいつもいい加減だし。

 小さな縦長の水槽の中、僕のことなどどこ吹く風といった様子で、ひらひら
と長い尾びれを揺らしてのんきに泳いでいる。

 ベタ。別名ランブルフィッシュとも呼ばれる熱帯魚の一種。ランブルとはス
ラングで『ケンカ』 綺麗な外見にそぐわず闘魚として有名だ。
 もう何代目だか忘れてしまったけど、この魚だけは先輩が学生の頃からずっ
と飼っている。鮮やかな青だったり真っ赤なやつだったりと、色は違えど必ず
部屋に一匹だけ飼われている。

『まあ、熱帯魚なんて名ばかりの水溜りでも生きられる頑丈な奴だよ』
『でも、なんで一匹だけなんですか?』
『闘魚だからさ、複数じゃ飼えないんだよねえ』
『つがいでもだめなんですか?』
『まあメスは多少は大人しいけど、それでも気性荒いからやっぱケンカするよ。
繁殖期以外だったら下手するとメス殺しかねない』
『綺麗な割に凶暴ですね』
『だから常に一匹だよ、ずっと』

 だから常に一人、ずっと。
 誰のことでしょうね、先輩。

 ぽつんぽつんと餌をつまむ魚を見て、部屋を見回す。
 新聞のスクラップに海外SF小説と一昔前の漫画で埋まった大き目の本棚、
部屋の隅にはシングルベッドとサイドテーブル。あいかわらず殺風景な部屋で
すよね、学生時代からさっぱり変わってないな。
 とりあえず、ダイニングのテーブルに冷蔵庫に差し入れをいれてあるという
メモを置いて、土日いないけどそれなりに日持ちするものだし、大丈夫かな。
 ほとんど使われた形跡のない流しは、すっかり乾いて生活臭すら感じない。
やっぱりまともにご飯作ってないですね、ちゃんと食べてるのかなあ。

『先輩、これ』
『なん?この紙』
『その紙に簡単ですぐ作れるレシピ一通り書いてありますから、ちゃんとご飯
作って食べてくださいよ』
『別に作ってもさあ、無駄に洗いもん増えるだけだし、買って済ませたほうが
面倒ないよ』
『そうやっていっつも適当なものばっかり食べて、体壊しますよ?』
『いやまあ、どうせ一人だしさあ』

 本当、なんにも変わってないんだな。あの人。


読まれない本
------------

 ついでだから、テーブルの上に残ったままの新聞の切り抜きの屑をまとめて、
サイドテーブルに置いたままほったらかしてる灰皿から煙草の吸殻を捨てて、
ちょっと雑巾で拭いとこう。
 たまにしか吸わないはずの先輩が寝る前に煙草吸ってるってことは、やっぱ
この仕事かなり大詰めに入ってるみたいだな、しかも結構規模もでかいと見た。
 荒事にならなきゃいいんだけど。

 テーブルに灰皿を置いて、ふと隅に置かれた文庫本に気づいた。

 パールバック著、大地。
 ほとんど最初の数十ページの箇所にはさまれている栞紐。

「やっぱり……読んでないんですね、先輩」


 先輩の父親が亡くなったのは高校二年の頃。
 中学の頃に既に母親を亡くしていて、近しい親戚もおらず、かといって一人
きりでは生きていけない程の子供ではなくて。

 誰かに頼らないと生きていけない子供ではなくて。
 頼らずに生きていける大人にもなりきれていなくて。

 誰かにすがって泣く程子供でなくて。
 歯を食いしばって立ち上がれるほど大人でもなくて。

 何もかも中途半端な年頃で、たった一人。
 ずっと一人、この家で。

 どんな思いで、何を考えていたのか。
 さびしかったのだろうか?
 刑事であることを唯一と選んで走り出さねば保てない程に。


 パールバック著、大地。
 その本のことで一回だけ先輩から話を聞かされたことがある。

『親父にさあ、さんざ言われてたんだよ。名作だから読めって』
『でもまあ、さっぱり読んじゃいなかったね』
『昔からさ、親の言うことなんざひとっつも聞いてなかったんだよ、俺』

 いつだったか、まだ先輩のお父さんの喪もあけない頃のこと。
 本を片手に持って笑いながら。でも、その目の奥は笑ってなんかいなくて。

 先輩は、後輩である僕の前では絶対に弱音を吐かなかったし、悲しんでる素
振り見せなかった。泣いているところも見られたくはなかったんだろう。
 だから、僕はそれ以上は先輩に踏み込みはしなかった。僕が先輩の為に何か
をしようとしても、それはたぶん余計に先輩を追い詰めるだけにしかならな
かっただろうから。

 それからずっと。
 先輩は、一人で。

 読まれないままの本。
 変わらない殺風景な部屋。

 止まっている先輩の時間。

 あの頃の僕にはできることは、本当に何もなかったんだろうか。

時系列 
------ 
 2005年2月
解説 
---- 
 魚の世話を頼まれて、ぼんやりと先輩の過去を思う史久。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。

 パールバック著、大地。
 マイ母に『名作だから読みなさい』と、中学時代から言われ続けて
未だに読んでない奴がいます、文庫本ちゃんと全巻あるというのに。

 ええ、久志とかいう奴です(読もうよ)


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