[KATARIBE 28521] [HA06N] 小説『雪野〜六華』

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Date: Sun, 6 Mar 2005 22:24:22 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28521] [HA06N] 小説『雪野〜六華』
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2005年03月06日:22時24分21秒
Sub:[HA06N]小説『雪野〜六華』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
……かいたぞかいたぞかいたぞっ(空に吼えるの図)

てか、相当苦戦しました。
ログかなり使いましたが、省いた部分も多いです。
ねこやさん、出来ればチェックお願いします。

*******************
小説『雪野〜六華』
================

   桜木達大(さくらぎ・たつひろ)
     :底の知れないシステム管理者。六華に協力中。
   六華(りっか)
     :冬女。冬の終わりに向けて記憶が戻っている。
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。多少の異能有り。この話の語り手。

本文
----

  雪がやめば、儚く消えるだけの私を
  貴方は憐れんでくれました

  だから……助けましょう

  ……貴方のこころが溶ける日まで。


        **

「……まあ、そんなことがあったもので、香夜も気を病みまして寝込み、私も
具合を悪くしまして」

 象牙の櫛を髪に挿したまま、雪野は少しだけ目を細める。
 
「3日後……前の夜から雪が続いておりましたなあ」

 気に入らぬ男を振った花魁に、振られなかった男達は喝采を送った。見舞い
の品は色々、薬から髪飾りまで揃ったという。

「ただ……あの雪兎が、一番うれしうて」

 あこやとかさね。可愛がっていた二人の少女が、手を真っ赤にして作ってく
れた、小さな兎。

『あねさま、おみまい』
『あねさまに、雪兎をつくりいした』

 朱の盆に、それは丁寧に作られた雪兎。
 南天の赤い目に、細い緑の耳。
 
『寒くはなかった?』
『なんも!』
 そう言ったけど、二人の手はすっかり赤くて。
 呼んで手を握ると、本当に冷たくなっていて。
『ありがとうねえ』

 何も持たないこの二人の、その思いが嬉しくて。
 小さな兎が、ことさらにいとおしくて。

『でも、ここに置いては溶けてしまって可哀想……そう、そこの格子の外に
 出してあげましょ』
『あい』
『これならば、見えましょう』

 少しだけ障子をあけて。
 兎が見えるようにして。

『あねさま、おくすりは?』
『……ああ、まだ』
『では』

 言いかけたかさねの声が、ひっと喉で途切れた。
 その理由は……一瞬、わからなかった。


「そこに、香夜が立っておりました」
 静かな声が、そう言う。
「結い下ろした髪に……只一つ、螺鈿の櫛を挿して」
「……それがあの櫛?」
「はい」
 
 陳腐な表現だが……幽鬼のようだった、と言う。
 化粧っけの無い顔に、目ばかりが血走って。
 元々白い顔が、蒼褪めるようで。

『……ゆきの』

 けれどかさねが言葉を途切らせたのは、香夜の表情だけではなく。

『……香夜ねえさま……それっ』
 
 彼女の片手の。

『危ないっ』
『おどき、かさねっ!』


「……多分、あの子の兄の持っていた、短刀であったのでしょうな」

 ぎらぎらと、本当に怖うございましたよ、と、雪野は微笑んだ。


『あこや、かさね』
 咄嗟に、2人の少女の手を引っ張って後ろに廻し。
 できるだけ優しい声で。

『下にいって、みなを呼んでおくれ』
『でもあねさま』
『おいきっ』

 二人を跳ね除け、その勢いごと香夜にぶつかる。三日臥せっていた香夜だ。
元々雪野と変わらない華奢な娘である。力があるわけではない……と。

 見くびって、いたのかもしれない。

『ゆきのぉっ!』

 短刀をもぎとろうと、その手を握ったけれど。
 ころしてやる、ころしてやる、しあわせにしてやろうとおもうたに、
 しあわせになれるとおもうたに。

 すべてうらぎった。


「……そして」

 雪野は一度、指を伸ばした。ぴんと逸らせて……また握り込む。

「私は香夜を殺しました」


 それは決して長い時間ではなかったという。
 もしかしたら本当に一瞬ではなかったか……と。

「あこやとかさねは、まだもどっておりませんでしたから」

 どうしようもなくぬるりとした指先の。
 握りこんだ短刀の柄の。

「……そして、込み上げて……吐いたものは」
 ひどく、淡々と。
 雪野は言葉を紡ぐ。
「血でございました」


 不運、と。
 一言で言うにはあまりにも。

「多分香夜が、あと半時も遅れてきておれば」
 静かな声は、揺らがない。
「手を下す必要もなく……あの子は死ぬことも無かった」

 哀しいかな。
 御職の雪野太夫を張るこの女性は、非常に聡明だった。
 それらのことが、一瞬にしてわかってしまうほどに。

「だから……死のうとしたのでございます」
 手の短刀を、喉に刺せば。
 それで、と。

「…………それで」
「刺せなかったので、ございますよ」
 やはり微かに。
 雪野が、笑った。


 そう。
 聡明に過ぎたのかもしれない。
 自分の行ったことを全て見、判断し……そしてそれでもその情に流されるこ
とが出来ないほどに。

「情けのうて……涙も出なかった」

 そして、ぼんやりと眺めた先に。

「……雪兎が」


 それは、今でもどういうことか判らないのだ、と、雪野は言う。
 南天の紅い目が、不意にはっきりと彼女を眺め、緑の葉の耳が軽く動いたの
だという。



  雪がやめば、儚く消えるだけの私を
  貴方は憐れんでくれました

  だから……助けましょう

  ……貴方のこころが溶ける日まで。


 そして……気がつくと、雪野は、こときれた己の姿を見ていたという。
 白い象牙の櫛が、結い上げた髪の上で傾いでいたのを覚えているという。

「そして……私は跳ねました」

「跳ねた」
「はい、私は」

 凛と伸びた背。目元に柔らかく浮かぶ笑み。
 雪野ははっきりと言った。

「雪兎になっておりました」

          **


 それから暫くの記憶は本当にもう無いのだという。
 どうして今の姿になり、どうしてこうやって幾度も冬になると蘇るのか。
 それはもう、憶えていないのだ、と。

「……私が憶えておりますのは、それだけでございます」

 ふわり、と、両手をテーブルに載せる。たったそれだけの仕草が。
 鳥が舞い降り、翼を畳むようで。

「お役に立ちましたでしょうか」
「……無論です」
「ええ」

 ほぼ、異口同音。
 
「……で」
 ふと、雪野は顔を上げた。
「桜木様……?」
「はい?」

 その瞬間の雪野の表情は忘れられない。
 俗な言い方をすれば、花魁の手練手管。その最上級。
 壮絶な……同性のあたしですら背筋が寒くなるような、そんな艶やかな笑み
をたたえて。
 紅一つ引かぬのに、鮮やかな紅色の唇が、言葉を紡ぐ。
 
「どのようにこの始末をお付けになりますやら」

 視線の先の桜木さんは……それでも表情を変えなかった。
 
「大団円が好みですね」
 穏やかな。にこにことした笑顔で。
「みーんな幸せになれたら、それが一番」
 ふと、雪野が止まった。
 ほんの、一瞬。

 そして確かに……空気の色が変わるように。

「……みーんな幸せ……それはまた」
 鋭く相手をその魅力で切り裂くような笑みが……単なる苦笑に戻り。
「不可能な、ことを」
 ただ、にっこりと。
 そう、呟いて。

 雪野はほう、と、息を吐いた。

 吐いて…………


 あたしは思わずまばたきする。
 そこに居るのは、既に六華だった。

「手の届く範囲しか面倒見切れないんで。せめてそのくらいは望みたいじゃぁ
ないですか」
 それでもにこにこと、桜木さんは言葉を続ける。
「簡単だとは思いませんけどね──まぁ、これも理想論なのかな?」
 微塵もその表情も、対応も変えず。

 ……若旦那、あたし今かなり尊敬してますよ。いやまじに。

 と。

「……でも、やっぱ、不可能、と思います」

 ぽそり、と、声がした。
 既にそれは、六華の口調であり、六華の声だった。

「…………あたしと香夜と、一緒に幸福には、多分なれない」
「うーん」
 困ったように、眉をしかめて。
「最初から無理だと思うから、そういう風にしか物事を解釈できないんじゃな
いかな」
「……だって、無理ですもの」

 淡々と。
 やはり淡々と。
 ……六華もまた、思い出した六華であり、思い出す前とは変わらざるを得な
いのだなと、ふと。

「達大さん」
 その声が、微かに震えて。
「…………あたしは、香夜を、一番にします」
 そしてぺこり、と。頭を下げる。
「……ごめんなさい」

 つまり……
 達大さんを一番にはしません、と。
 暗に。

「謝られるのが一番こまるかも」
「……だって……御願いして、何もあたしできませんから」
 泣きそうにそう言うのを、微かな手の仕草で止めて。
「とりあえず今は香夜ちゃんにアドバンテージがありすぎるんで、まずそれを
クリアしてから勝負することにします」
「勝負?」
「そう。香夜ちゃんとボクとどっちが一番になれるか」

 ふ、と、六華の表情が固まる。
 ……まずいな、と、思った。
 でも……

 でも桜木さんが本気なら、これは自分で越えてしまわねばならないことだか
ら。

「そりゃ、今の状態じゃ香夜ちゃんが最優先になるのは仕方ありませんからね。
ボクだって、似たようなことを言うと思いますよ?」
「……そう、じゃ、なくて」

 一番になったら、多分六華は斬る。
 ……斬ろう、と、する。

 斬られずに逸らすか。
 斬る力を、六華から奪うか。
 ……そらもう、桜木さん次第だな。

「……達大さん……」
「はい?」
「……一番になんか、ならないで下さい」
 
 斬りたくて斬るわけじゃない。
 ただ……斬るべきだから、斬るのだ。

「……でないと、あたしは……」

 す、と、また桜木さんの手が動いた。

「前に、言ったでしょう?」
 斬る、と、一度言えば取り戻せぬその一言を留めて。
「手をつないで、雲の上をふわふわ歩くみたいにできたら──ってのが理想だっ
て」
「……あたしに、それは無理です……」
「理想は理想だから、その通りにはならないかもしれませんけど」
「……ちがうの」
「──まぁ、無理強いはできないって言ったからなぁ。そしたら、考え直しま
しょうか」
「ちがうの!」

 鋭く。
 いつもの口調からは、ほど遠く。
「…………達大さん……これ以上」
 やはり、どこか雪野の面影を重ねたまま。
 六華が言い切る。
「……踏み込まないで」

 数瞬の、沈黙があった。

「それが六華さんの望みですか?」
 静かな問いに、六華は……下を向いた。

「……だって何も出来ないからっ……」
 だって、だって、と、拳を握ったまま。
「ふわふわなんて歩けないです」
 その拳を震わせて。
「しあわせになんてなっちゃいけないんですっ」

 ……ああ、と、ふと。
 そして…………思い知る。

 六華は。
 多分、この人を。

 斬れない、のだ、と。

 どれほど病もうと危険であろうと、二人の禿を己が身で庇い、逃がし切った
雪野。
 どのような高価な贈り物より、二人の兎が嬉しかったと言う雪野。
 冷たくなった手を、きっと両手で包んで、温めようとしていた雪野。

 突き放し、突き放し、突き放して、なお。
 彼女は……斬れないのだろうな、と。

 …………その事実が、鋭く。


 しばし考え込んでいた桜木さんが、ふと六華を見据えた。
 
「六華さん」
「……はい」
 きゅ、と、六華が肩をすくませる。それに向って。
「その問題はひとまず置きましょう」

 ……ええとまじに脱力しましたけどあたし。

「よく考えたら、そのへんは幸久さんと美絵子さんと──それから香夜ちゃん
を幸せにしてからの話でした」
 ……若旦那って奴は全く……
 てかこの人あれだ。幸久氏とかのこと、絶対ダシと思ってるね。二の次だね。

「今、それを論じてボクと六華さんの協力体制が崩れるのは望ましくありませ
ん」
「…………そですね」

 …………ったく、もうっ。
 あー……やっぱりこの人には、あたしは敵わない。
 つか、だからこそ。

 柳に風の、このしなやかさがあるからこそ。

 彼は、六華をこの世に留め得る。

「だから、今は忘れてください──そうだなぁ、幸久さんが美絵子さんをかっ
さらって逃げるまで」
「…………でも、もうそろそろあたし、時間切れ、かも」
「それはダメです。絶対に六華さんにも見届けてもらいます」
「……そろそろ、しんどいもの」

 うん、それは確かに……まずいかもしれない。
 思わず桜木さんを見る。桜木さんも微かに頷く。

 雪兎が、彼女の拠代であるならば……何か方法はある筈だ。

「そんな理由では逃げさせません。おろしやに関係者全員を連れってでも約束
は守ってもらいます」
 おろしや、て。
 そういう単語を使うから(以下略)。

「そのために必要なら──」
「…………」

 ふ、と、桜木さんが躊躇う。
 あ、まずい、と、こちらも思う。
 
 目が合う。
 ……互いに了承。それは言わないでおこう、と。
 どちらにとっても大切なものを、今ここでは壊さない為に。

 小さく咳払いして、桜木さんはまた少し笑う。

「それにほら、3月も初めだってのに、随分と雪も積もりました。もうちょっ
と頑張れって──天がそう言ってると思ってください」
「……でも、あたし、もうすぐ溶けます」

 半分涙声で、六華が言う。

「香夜も、おにーさんも、達大さんも幸せになんて、あたしにはできないです」
「溶かしません」
 間髪いれず。
「知り合いに頼んで──何か用意してもらいましょう」
 どちらかというと、それはあたしのほうがほっとする。
 ああ……あてはあるわけだ。


「それから優先順位はちゃんとしてくださいね。まずは香夜ちゃん」
「……はい」
 目をこすりながら、六華が頷く。
「それから幸久さんと美絵子さん」
 細い首が、こくり、と頷く。
「それで、六華さんと真帆さん」
 あ、こいつあたしまでダシにしてるな……とか思ったけど。
 ……ほら、そこで六華が固まるし。
「ボクは一番、後でいいです。こう見えても気は長いんで」
「あたしは、ちがいます」
「違いません」
 どこか……おどけたように、桜木さんが言う。
「……しあわせなんていらないです」
 握り拳で六華は主張する。
「絶対、あたし要らないですっ」
 
 ……いや、彼女が本気だと、それは、わかるのだけど。
 内心……苦笑してしまう。
 
 相手を斬るほどの……無情さではなく。
 かと言って簡単に曲がるほどの、弱さではなく。

 ……ああ全く、難儀なことで。
 いとおしいほどに……難儀なことで。

「──うーん」

 ……そして多分、この人も同感か…それ以上なんだろうな、と。

「それじゃ、まずは香夜ちゃんと幸久さんと美絵子さん。意見が一致したとこ
ろまでに集中しましょう」
 ぽん、と、一つ手を打って。
 桜木さんが纏めるようにそう言う。
「確かに残り時間は短いですし」
「…………はい」

 小さくて、華奢で。
 首なんか多分あたしでも折れるほど細くて。
 でも、頑として折れない……芯は持っていて。
 でも、他人を斬るほどの……むごさは持ちえず。
 (そう考えると相当損な性格してるよなーと、改めて)

 確かに。
 あんたをこの世に留めるのは、あたしじゃないかもしれない。

 でもやっぱり、あたしは。
 どれほど……理に叶っていなくても、あたしは。

 六華に幸せになって欲しいんだよ。
 この子に……笑っていて欲しいんだよ。
 
 (たとえそれが遠い星の上であっても)

 ふと、連想。
 ……ああ、『星の王子様』の一節だ。

 そのことが、また。
 おかしくて。


         **

「……真帆サン」
 ほてほて、と、二人で帰る。
「何?」
「真帆サンも、巻き込まれるの?」
「……なんか問題あり?」
「ううん、問題は、無いけど」
 そうだね。こういう時は貴君を少し見習おう。
 何やら言いたげな六華を、ちょっと小突いて。

「だいじょーぶ。これくらいはお手伝いしましょ」

 
 空を、見上げる。
 雪に磨かれたように……星の出る空を。

 あたしは何も出来ませんけれども
 せめて星を見るたびに、笑う六華を思えますように。


 この子のこころが、溶けて笑えますように。



時系列
------
2005年3月はじめ

解説
----
六華と香夜の因縁。また六華の正体。
それらが明らかになって……なお、解けぬものはあるもので。

*******************************:

ええと、ログでは、続いてる部分もこの日に含める、とありましたが。
一旦切ったほうが、良いかな、と。

……ってんで、何も書いてませんが、実はこの時六華、髪の毛につけた櫛を
持ってきちゃってますね(汗)
もし必要でしたら、いつでも言って下さい>達大さん

であであ。


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