[KATARIBE 28520] [HA06N] 小説『卒業スケッチ』

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Date: Sun, 6 Mar 2005 21:25:58 +0900 (JST)
From: みぶろ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28520] [HA06N] 小説『卒業スケッチ』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年03月06日:21時25分57秒
Sub:[HA06N]小説『卒業スケッチ』:
From:みぶろ


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小説『卒業スケッチ』
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 登場人物
  藤咲千緒(ふじさき ちお)
  :春日高校三年生。結界術の使い手。
 舞台   春日高校
 時系列  3月上旬 卒業式

本文
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「さよならだけが人生だ、僕の好きな言葉です。皆さんはこれからいろんな別
れを経験すると思います……」
 卒業式の後のホームルームというのは、なんだか間抜けな存在だ。式で最後
の校歌を唄って、体育館を出るときには花束なんかもらったりして、それらし
い気分だったのに、「それはそれとして、お前ら事務連絡っすよー」みたいな
感じで。
 そんなことを考えながら、担任の挨拶を聴いていた。担任と何かしゃべるっ
てのは大学じゃないだろうし、人生最後のホームルーム、なのか。まあ別にし
みりしないけどさ。しかし井伏鱒二を引用するあたりは現国の倉橋らしい。
「ウチの家は昔陰陽師やってたんです」と授業中真顔で言い放ち、クラスの占
い好きの女達をわかせていたじいさんだ。
「えーみなさん卒業おめでとうございます。倉橋先生が大変いい話をしてくだ
さったので――こら、ごますりじゃない。おまえらはすぐそう――えー、私の
方からは事務連絡だけ……」
 副担の遠藤が本当に事務連絡だけをしゃべり始めた。よくわからんが、こう
いう機会って教師の見せ場としてなんか演説するもんじゃないんだろうか(倉
橋のようにさ)。まあいいけど。
「……あんまり羽目を外しすぎないことー。それから、まだ結果の出ていない
者もいると思うがー、結果が出たらどっちにせよ学校に相談してくださいー。
くれぐれも怖いこと考えないようにー」 
 終わりの気配を見せ始めた遠藤先生の声を聞きながら僕は、ブレザーのポケ
ットに入れたピッチパイプを握る。
「――それでは良い新生活を」
「3年A組一同起立! 仰げば尊し斉唱」
 学級委員の山之辺がテンション高めの声で号令をかけた。担任たちは何事か
と身構える。僕はピッチパイプを吹いて最初の音を出した。

 仰げば尊し 我が師の恩
 教えの庭にも はや幾年
 思えばいと疾し この年月
 今こそ別れめ いざさらば

 先生達を泣かせよう、ということで密かに計画されていたクラスでの合唱だ
った。なんのことはなく、女子達がまっさきに鼻をすすっているわけだが。倉
橋先生はニコニコとしているだけ(年の功か)だが、若い遠藤の目は赤くなっ
ていた。よし。

 朝夕なれにし 学びの窓
 蛍のともしび つむ白雪

 僕はふと隣の子の様子が見てみたくなった。すごく可愛い子なんだ。それで
もやっぱり涙でぶちゃいくになってしまうんだろうか。
 周りにばれないように、そっとうかがってみる。藤咲は、普段と全然変わら
ない表情で歌っていた。それはそれで、つまらない気分になるのも度し難いと
ころである。
 彼女がふと左手で、丁寧にブローされた横髪を耳にかけた。
 その瞬間、す、と一粒だけ、水晶菓子のような涙がなめらかな白い頬をすば
やく流れるのを見た。
 アッ、と思った。そんな流し方、ありかよ。

 忘るるまぞなき ゆく年月
 今こそ別れめ いざさらば

「なんで倉橋先生泣いてくれないんですかぁ。私達との別れが悲しくないんで
すかぁ?」
 ものすごく理不尽な事を言う女子達の声を背に、教室を出た。部活の仲間と
お好み焼き屋で待ち合わせているのだった。下駄箱で履きかえて、上履きを初
めて家に持ち帰るべく紙袋に入れる。
 風はずいぶんと冷たいが、匂いは春のそれに変わっていた。
 手にはさっき配られた厚紙の筒がある。家に帰ってばあちゃんに見せると小
遣いがもらえる魔法の紙が、入っている。





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