[KATARIBE 28514] [HA06N] 小説『雪野』

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Date: Sat, 5 Mar 2005 00:10:54 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28514] [HA06N] 小説『雪野』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年03月05日:00時10分54秒
Sub:[HA06N]小説『雪野』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
今日も、雪です。

……あんた己になんか恨みでもあるのかーーーっ(と、雪空に吼える)。
#人間、後ろめたいとこうなります。

ええと、一応、六華の話続けます。
廓言葉については……間違えてるとかもう聞こえませんっ<よほど自棄をおこしたらしい。

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小説『雪野』
===========

   桜木達大(さくらぎ・たつひろ)
     :底の知れないシステム管理者。六華に協力中。
   六華(りっか)
     :冬女。冬の終わりに向けて記憶が戻っている。
   軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。多少の異能有り。この話の語り手。

本文
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 すっかり馴染みになった居酒屋の、やっぱり馴染みになったテーブルで。

「ありましたよ」

 桜木さんは、そう言うと、何やら引っ張り出して手の上に載せた。
 白っぽい、ごく小さい品。

「…………っ」

 微かに黄身がかった、櫛。そのぐるりに兎が彫ってある。
 兎の目は、紅く象嵌されている。
 てか多分、これ、象牙だ。細工も見事で……そうすると確実に……例え曰く
つきでも前の櫛より高い。
 若旦那ってば如何程散財なさいましたやら。

「……た、達大さん、これ」
「雪野太夫の品、ですね」

 こくり、と、六華が息を呑むのがわかった。

「大事にしていた品、でしょう?」
「わかるんですか、そういうの」
「そういう品だと、素直に話してくれるんですよ」

 六華の目が、うろうろと迷うように動く。
 櫛から桜木さんに、そしてまた櫛に。

「…………あの」
「はい?」
「……はなしてくれる、って」
「お願いするとね、話してくれるんです」

 そっと、捧げ持つようにして。

「憶えていることを」

 ひゅっと、六華の喉が鳴った。

「……まだ、聴いていません」
 にこにこと、桜木さんは笑う。
 ……うーんどうなんだろうなあ、聴いててもおかしくないよなあ、などと、
あたしなんかは思ったものだが。
「だから、お聞きしたかったんですが……聴いていいですか?」

 六華の視線が……櫛から上がる。
 桜木さんから、そしてあたしへ、そしてまた桜木さんへ。

「……香夜が……」
 細い声が、そう呟く。
「どうやったら、香夜が……香夜に、返せるか……判ると思いますか?」
「それは、約束は出来ませんが」
 穏やかな、ゆっくりとした口調で桜木さんが言う。
「でも、本当のところがわからなければ、香夜さんが何を望んでいるかは、わ
からないと思います」
 それでも少しの間、六華は躊躇っているようだった。膝に置いた手が何度も
握りこまれ、また開かれる。
「六華……あんた自身はどこまでか思い出してるの?」
「……少し」
「最後まで?」
「…………ううん」
「じゃあ、それだけでも訊いてもらったら?」

 全ての過去をほじくり返したいわけじゃない。

 六華がどうして何度もこの世に戻るのか。
 何故、『冬女』なのか。
 何が一体あったのか。

「……わかりました」
 きゅ、と、手を握り、唇を一度噛んで。
 六華はしゃんと背を伸ばして桜木さんに向き直った。

「聴いてみて下さい。雪野が死んだその時のこと、何を憶えているか」
「……わかりました」

 一度頷くと、桜木さんは白い櫛を、やはり捧げ持つようにした。

「アナタを大切にしていた雪野太夫のことを、お聞きしたいんですが。異邦か
ら巡り巡って来られたお嬢様」

 沈黙がさらさらと、テーブルの上に降り積もる。


「……最後に見たのは、南天の目のついた、雪兎」
 ふと、桜木さんが口を開いた。不思議そうに言葉を続ける。
「それが急に、跳ねていったそうです」
「……ゆきうさぎ?」
 小さく、六華が呟く。
「そう、雪で作って、緑の葉の耳がついてて」
「南天で目をつけて……って、え?」
「それが、跳ねていったのを憶えている、と」
 ちょっとまて。

「それって、あれですよね?雪で出来てる兎ですよね、白いんじゃなくて」
「……ええ、違うそうです」

 雪で出来た兎が、跳ねていった……って?

 ふと、六華の顔を見る。
 表情は、無い。

「朱の盆の上に、いたそうです」
 淡々と、桜木さんが言葉を紡ぐ。
「……小さな女の子……多分禿ですかね。その子達が持ってきて」
「あねさま、ご病気は、と、聞いておくれでした」

 すう、と。
 笛のような声、と、あたしの耳には聞こえた。

「雪がふりいした、だからあねさまに、と……ああ……あこやとかさねが、指
を真っ赤にして」

 凛、と。
 小柄な身体を、まっすぐに伸ばして。
 視線はまっすぐに前に向かい、けれども桜木さんを見ているわけではない。
そのもっと先……否。

 六華、ではない。
 その昔、大名道具とまで言われた大籬の御職の花魁、雪野。
 彼女が、その記憶そのままに蘇っているのだ。

「……桜木様」
 すい、と、白い手を伸ばし。
「少しお貸し下さいまし」
 象牙の櫛を手に取り。

「…………お話致しましょう。最後まで」

 凛然と。
 そして同時に、ぞっとするような色気を目元に漂わせたまま。
 六華……否、雪野は口を開いた。

            **

 話はその三日ほど前から始まる、という。
 つまりその日に、雪野は香夜のお兄さんを振ったらしいのである。

「身請けって……そんなに厭だったの?」
「厭、というか……もうすぐ年季が明けるところでありましたし。それにもう
身体も悪かったし」
 労咳。まだ血こそ吐かなかったけれど、長く花魁達を見……そして同じ病に
倒れたのを見ていた雪野には
その先が判らないではなかったという。
「じゃ、病気じゃなかったら?」
「それは……いえ、それでも」
 雪野は苦笑する。
「……怖かったのかも、しれませんなあ」

 要するに、香夜によく似ていた、らしい。

「裏を返すか返さぬうちに、もう馴染みのようなお顔をなさいまして。
 他のお客は邪魔だ、邪魔だと……そのように言われましても仕方がございま
せんのに。
果てはお前を引こう、大丈夫だ……と。
 何を仰いますかと思いました。妹が苦界におりますのに」

 何でも養子に貰われたのなんだので、お兄さんのほうには金があったらしい
が。
 お前を引こう、香夜の姉になろう、それは良い、と、独り決めで。

「……最初から断れば良かったんじゃない?」
「さあ、それが」
 ほろ苦い笑みが、口の端にのぼり。

「香夜が、喜んだのでございます」

 元々性格が強烈で、敵ばかり多かった香夜が、とても喜んだのだと言う。
 本来は、兄に金があるなら彼女から自由になるべきである。そう言っても聴
かず。

「……でも……有難迷惑でありましたなあ……」

 年季の明けるまでの期間が、香夜と雪野では違うのである。もうすぐ返すも
のを返し、
出てゆける、と、思っていたところに。

「入れ揚げるお方でしたなあ……何とも」
 そこまで言って、後を言わない。辟易した表情が浮かんだ。

 ふと、桜木さんを見る。
 こういう話って……大丈夫だろうか、と、ちょっと思ったんだけど。
 表情はびたいち変わらない。
 まあ……雪野に振られた男の話だから、かな。

「それで……振っちゃったの?」
「はい」
「……大変じゃなかった?」
「それは……御職の強みで」
 にっこりと雪野が笑う。
「振ることで、張りと意気地を褒められる。得なものでございます」

 ……つまりがとこ、雪野が振って女を上げるような男だったらしい。

「お断りを入れますと、あの方は最初聞き流されました。けれどもはっきり申
しますと」

 恥をかかすか、と、男は飛び掛ってきたそうである。
 ただ、その場には太鼓持ちも若い衆も居たそうで、片手に短刀を持ったその
男は、
比較的あっさり捕まえられた……のだが。

「……香夜が、そこに、おりまして」

 相当の騒ぎになったわけで、香夜の客もまた、何事かと覗きに来たらしい。
そのついで、でもあるまいが
ついて来た香夜は、最初悲鳴を上げて、兄を止めたのだと言う。

「あの子からしたら、兄嫁を兄に殺されるかと思うたのでしょうけれども」
 
 止めて、きちんと話してみれば……その兄が振られていた、というわけか。


 ご注文は、との声に、雪野はふと口を噤んだ。
 そういえば……頼んでたの桜木さんだけか。

「秀吉は……ございますか?」
 微笑んで、雪野が言う。
「あ、はい……ございますが」
「では、それを」
 ふわ、と、小首をかしげるようなお辞儀。
 ……店員さんのほうが焦るってそれ。
「あ、じゃ、それも一つ」
「ボクもそれで」
「は、はいわかりましたー」

 店員さんは慌てて向こうへ行く。

「店員さんをたぶらかさないよーに」
「……ふふ」
「てか、故意にやったねあんたは!」
「さて」

 多分、この、雪野が長くあやかしとして生きてきて、言葉遣いや振る舞いを
時代と共に変えてきて。
 そして六華となって……ここに居るんだろうけれども。

 基本の性格の悪いとこだけ残ってるってそれはどういうことかなと。


「桜木様」
 達大さん、とは、雪野は言わない。
 ……それが、雪野の過去を語るけじめなのかもしれない。

「この櫛は、どのようにしておりました?」
「……難物、だったようですよ」

 骨董屋の他の品のご注進によると、やはりそれなりの品なので案外売れるそ
うなのだけど、
またすぐに戻ってきてしまうらしいのである。
 
「では?」
「雪野太夫のところに戻りましょう、と……思っただけなんですが」

 そうですか、と、雪野は苦笑する。

「……着けてみてよろしゅうございますか?」
「勿論」
 長い髪をさらりと手で押さえ、そこに櫛を挿す。
 往時を……やはりその姿は思わせた。


 ご注文、以上でよろしいですか、と、決まり文句を並べてから、店員さんが
退場する。
 グラスに雪野が手を伸ばす。

「……はー」
「はい?」
「いや、手つきがね、綺麗」
 六華とずっと居て、そんなこと思ったことなかったんだけどなあ。

「……真帆、サン」
 ふと……雪野、否、六華が苦笑する。
 困ったなあ、みたいな……子供のような、あたしより年上のような。

「悪かった、ごめん」

 雪野の記憶で動く限りは、六華とは異なって当たり前。
 六華が語るわけではない。
 雪野が、今は語るのである。

 ……それを今ここで言うべきでない。

「……いえ」
 
 ほんのり、と、既に雪野がそう応じる。
 こくり、と、一口含んで。

「……さて」
 ことん、と、グラスをまた置く。一度だけ長い髪を後ろに払い。

「最後まで……お聞き下さいまし」

時系列
======
2005年3月初め

解説
====
本人の目にも隠されていた、雪野太夫の過去。
ほどけてから、春は来るのかもしれません。

************************************

てなもんで。続きはまた後で。

ではでは。



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