[KATARIBE 28506] [HA06N] 小説『奔馬』

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Date: Tue, 1 Mar 2005 23:20:11 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28506] [HA06N] 小説『奔馬』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200503011420.XAA53797@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28506

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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2005年03月01日:23時20分11秒
Sub:[HA06N]小説『奔馬』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
先程流しました、ログの最初の一部をとって、話にしてみました。
……なんつか、話(あくまで地の文は己の主観まっしぐらですが)だと、
こーなるのかな、と、面白がっていただければ、と。

あ、問題あればがしがし突っ込みよろしくです>久志さん

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小説『奔馬』
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登場人物
--------
   本宮史久(もとみや・ふみひさ):
      一見のほほんな刑事さん。酒豪。
   軽部真帆(かるべ・まほ):
      一般小市民代表(自称)。毒舌家で酒豪。 

本文
---- 

 最初の印象は……多分 『見事』だったと思う。
 ……どうして、と言われるとかなり困るのだが。

  **

「え、あれ呑んでなかったんですか!」
「先輩、お酒は全く駄目ですから」
「……呑まないで、ああなのか……」
「……ええ、ああなんです」

 辟易したような口調が……ただただ、可笑しくて。

「なんて言いますかね、極悪です」
 多分、面と向かっても言っているのだろう。淡々とした口調で本宮さんは言
う。
「でもそれを隠さないし、悪びれもしない」
「そう、ですねえ」
「そういうところ、強いです」
「……正直なんですね」
 咄嗟に言って、あ、違うな、と思う。
 正直というより……
 ……偽悪、じゃないな。
 偽って悪ではなく、信念持って悪っぽかったし。

「いつだったか、先輩が泳がせてたおネエちゃんの情報を元に一斉摘発があっ
たことがあったんです」
 しばらく眺めていたグラスから目を上げて、本宮さんが言う。
「ほう」
「無論、そのルートは全部おさえて、おネエちゃんも逮捕されました」
 ……ああ、ありそうな話、だな。
 本宮さんは、やはり淡々と、そしてどこかとても辛そうに言葉を連ねる。
「……その子はね、自分の国の親が病気で兄弟をやしなってて」
「……」
「でも、先輩は容赦なく手懐けて情報ひっぱりだして」
 手の中のグラスを、一度揺らして。
「……一網打尽にした」
「…………なるほど」

 おネエちゃん情報って。
 その呼称自体が……ある意味極悪なわけで。
 それを利用するとしたら……確かに……と。

 何をやったか、大概想像がつくあたり、あたしも年取ったよなあ。

「思わずね、聞いてしまいました。『心は痛まないんですか?』と」
 こちらも思わず、本宮さんの顔を見てしまう。
 それをあの先輩に訊けるというのは……ある意味、本当に稀有だ。
「先輩曰く、『それがどうした?』でしたね」
 
 ああ、確かに。
 言いそうな人だった。

「……怖い人です」
「有り難い、ですね」

 ちょっと合掌。
 ……見てた本宮さんがどう解釈したかしれないが。

「また、こう言いました『あの子は確かに可哀想な子だ、けど彼女がやったこ
とはこの国で違法に金を稼いでヤクを売ってた。俺はこの国の公僕だから俺は
それしか見ない、とね』」
「うん」
「それは正しいと思いました。……思いましたけどね」
 ひどく、辛そうに。
 本宮さんはまたグラスに視線を落とす。
「……まだ、僕はそこまでいけません。というか、僕はそこまで行けないと思
う」

 あたしには、判らない。
 手懐ける時の、互いの心への踏み込み方とか。
 そのときに、どんな負荷が互いに掛かるのか。
 ……そこまで判らないと、笑うしかない気がする。
 
 本宮さんは、苦笑した。 

「刑事としては、だめなんでしょうけど、ね」
「いや、刑事さん全員がそうなっちゃったら、小市民は怖いです」
 冗談じゃない。そんなのが交番に居たら、あたしは落し物を届けるのをやめ
るぞ。
「先輩の領域まで行くのは、相当特殊ですよ」
「……それは、良かった」
 ……良かったってのも、考えてみりゃアレだが。
 
 でも。
「……そういう人だから、反対に、でも」
「はい」
「一線を越えないおネエちゃんを守ることも出来る……のかな、と」

 確かに情を持たない刑事さんってのは、怖い。権力を持っているのだから、
尚更に。
 でも、情に流されるようじゃ、それは刑事さんじゃない。

 おネエちゃんにもいろいろあり。
 何があっても、ここ一線以上は越えない、と、決めている人だっているだろ
う。
 多分そういう人は、先輩は手懐けないだろうけど、手懐けられなかったから
贔屓されないってのは。
 やっぱり……おかしいと思う、のだ。
 
「……一理ありますね」
 そんな考えをどこまで判ったかは、不明である。
 ただ、本宮さんは少し笑ってそう言った。
 
 話を聞きながら、見事だと思った。
 尊敬に値する、と……えらそうな表現ながら、これは本当にそう思った。

 やっていることが、どれほどあこぎであっても。
 何故って。

「……善人でいるほうが、人間楽ですもの」

 善人でいるのは、結構楽だ。
 相手に嫌われなければいい。相手の損にならない程度のことをしていればい
い。
 
 自分の欲を満たすために、相手を傷つける。それはよく聴く話だ。
 でも、先輩なる方は、自分の欲を満たすために、おネエちゃんを傷つけてい
るわけでは、無い。
 (つーか、欲を満たしたいなら、おネエちゃんを傷つけないだろうなと)

 容赦なく手懐けて、容赦なく惚れさせて。
 つまり一度は、自分が善人である、と思わせておいて。
 その本人は、悪党である、と、種明かしするならば。 
 ……善人を、自分から放棄するのなら。

「……あたしは、尊敬するな」

 そうですか、と、本宮さんは苦笑する。

「……僕が知る限り、先輩は大学時代からずっとああです」
「……筋金入ってますね」
 言っては何だがその年齢にしては、相当の肝の据わり方だ。
 ……と、思ったのだけど。
「高校の頃に、ね。ある事件にあって父を亡くしたそうなんです、その頃から
かな、先輩が変わったのは」
 ぴしん、と、その言葉が。
 相手の痛みの鉱脈を掘り当てた、みたいな。
 視線の先で、本宮さんは肩をすくめる。
「……まあ、女ったらしはもともとですが」

 ……すいませんそれがどーして気分的にフォローになっちまうんでしょうか。

 グラスが空になる。
 飛良泉と七笑。注文を受けて、店員さんが向こうへ行く。
 その姿が十分遠のいてから、本宮さんは言葉を継ぐ。

「なにがあったかは語ってくれませんけど、それ以来刑事一筋でした」

 わかる、気がする。
 少なくとも表面的には。
 表面的といって馬鹿にしたものでもないと、最近思う。誰だって親が亡くな
れば悲しいし、子供が亡くなれば号泣する。
 その度合いは無論人によって違うが、そこで傷を負うことには変わりがない。
 そういう……部分については、だから、ああ、なるほどな、と。

 それにしても徹底していた、と、後輩さんは語る。

「……現在、刑事の大先輩にあたる人について、大学時代からコネつくってま
したから」
「それは……すごいな」
「それだけ、刑事に惚れこんだってことでしょうかね」
 一瞬、違和感があった。
「……惚れこんだ、のかなあ」

 惚れこむ、ではない、と。
 刑事しか、あの人は選べなかったのではないか、と。
 ……無論、直感。

「どうでしょうね。原因はともあれ、あの人はどうしようもなく刑事一筋です」

 第一印象は、見事の一言。
 どうしようもなく、他の道が選べない人間に。

「残酷なほどに」
「あははっ」

 だから……笑う。
 声をたてて。

「摘発や捜査の時に何度となく泣いてるおネエちゃんを見ましたよ」
「……ふむ」
「それでも平然と、泣いてるおネエちゃんをお縄にできる人です」

 思ったのだ。
 もしも、自分の……自分個人の、他人からの評価を気にしていては、その行
動は取れないだろうな、と。

 おネエちゃんをのめりこむことなく手懐けて、その上でさんざ裏切る。
 それが出来る人なら……おネエちゃんに向かって、自分が悪党だと見せ付け
る必要は無いのではないか。
 少なくとも、泣いているおネエちゃんを……自ら見る必要は、あるまい、と。

 
 正直、自分でも判らない。一体自分のどこでそう思ったのか。
 大基本としてあたしは、誰かを裏切るってのは大嫌いだ。そういう場に立ち
たいとは絶対思わないし、その為に誰かが傷つくのはもっと見たくない。

 けれども。

 自分の利益にならず、しかし自分以外の人間の利益になる部分で他人を傷つ
けて、そのとがを自分に負って、それで平然としていられるなら。

 見事。と。

 あたしは、評価、する。


 そしてまた、ある意味では……嫉妬する。
 そのような評価を、あたしから引き出した、その相手に。


 愚かしい、と、えらく古風な評価を下したのは……まあ、しばらく後の妹だっ
たんだけど。
 ……まあ、そうかもしれない。

 
 友人の第一評価が、『見事』。
 まあ……ある意味、あたしも恵まれているのかもしれない。

 ……深く考えることは、よすとして。

時系列
------
2005年2月半ば。
『おネエちゃん達の仮守護神』から、殆ど間を置かない頃です。

解説
---- 
善も悪も、相対的であり、視野のスケールを変えると全く異なるものでもあり。
そういう……スケールを変えると激変する世界に多少なりとも馴染みのある、
真帆の風景の断片です。
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てーか。
自分が、善人になりたがり、だけに、余計にそう思うんでしょうね(苦笑)。

ま、とりあえず、こんなとこで。
ではでは。





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