[KATARIBE 28483] [HA06N] 小説『ひとりあそびぞわれはまされる』

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Date: Fri, 25 Feb 2005 00:14:09 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28483] [HA06N] 小説『ひとりあそびぞわれはまされる』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月25日:00時14分09秒
Sub:[HA06N]小説『ひとりあそびぞわれはまされる』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ええと、何かキャラクターがふらふらしそうなので。
てか、ふらふらするのは未来の確定なんですが、その後、きちんと元に戻れるように。
そういう意味で、時間軸のこちらに、仕掛けておこうかな、と。

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小説『ひとりあそびぞわれはまされる』
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登場人物
--------
  軽部真帆(かるべ・まほ)
    :自称小市民。多少の異能有り。平塚花澄の友人。
  六華(りっか)
    :この話の語り手。冬女。

本文
----

「……ああ、あったあった」
「何、さがしてんの?」
「ん?」
 尋ねると真帆サンは、こちらを向かないまま首を傾げた。
「良寛禅師の歌」

    **

 真帆サンは、妙に変な人である。
 と、言うと、怒る。
「あんたね自分のことを棚に上げて、何をいいますか」
「……それは、あたしは、冬女だけどー」
「大体何が変の根拠よ」
 変の根拠、なんて言うあたりが変、というとまた絶対怒るから。
「……本棚の、本」
「は?」

 カバラと薔薇十字団の隣に流砂の道なんてのがあって、その隣はマンガで、
巷説百物語とユダヤ教の聖歌と動物のお医者さんと墨汁一滴がこんにちはして
る。

「……いや、それはね、あれ、友人が悪い友人が」
「人のせいにしてる」
「ちーがうって。あのね、以前本の趣味が非常に重なる友人が居てね、そいつ
に教わった本が混ざってんの!」
「……例えば?」
「百物語は……そも、その作者を教えてくれたのが友人」
「んじゃね、日めくりのすきまは?」
「……それネット」
「影の現象学は?」
「あー」
 そこで初めて、真帆サンはグラスから目をあげる。
「……それは、両方」

 変な友人、と、真帆サンは言う。
 留学先で出会った、同国人。話していて偶然、同じ受験雑誌の同じ文章に惹
かれてたことがわかった、と。
「異界から影を渡ってくる法師……影法師ってテーマで、一頁くらいの短文だ
けどね、載ってて」
「……そんなもん憶えてたの?」
「それをね、言ってみたら向こうがやたら反応して」

 ――ああ、その文章あたしも知ってる!
 ――凄く好きだった。だから『影の現象学』買ったんだけど
 ――載ってなかった、よね?

「……何かね」
 眼鏡の奥で、真帆サンは懐かしそうに笑う。
「それで、意気投合してね」

 山口雅也と池澤夏樹。
 谷譲二と夏目漱石。
 様々な本からのごった煮の知識。

「おばさんが本屋さんやってたせいかなあ、何か妙な本をよく読んでたよね。
エドワード・リアの本とか、
高橋康也のナンセンス読本とか」
「……そんで真帆サンも読んだ?」
「うん、あとね……誰だっけな、いわゆる中世の大学のぼんやり先生の名前を
借りて、いい間違いやら何やら纏めた本……あれも可笑しかった」
 ほんとうに、ほんとうに、懐かしげに。
 真帆サンは、少し笑いながらそう言う。

「で、その人は今も?」

 ふと、その目元の笑みが、消えた。

「……消えた」

 言葉はとても、短かった。


         **

「何だっけな、何だっけな、ええとどこだっけ……」
「何探してんの、真帆サン」
「いやだから、良寛さんの和歌」
 時折、妙なことに凝るし。
「ああ、紀の国だ!はいわかった諒解!」
 んで独り言多いし。
「よっしゃ発見!」
 これだこれだ、と、にこにこしながら真帆サンは句を辿る。

 『紀の国の高野のおくの古寺に杉のしづくを聞きあかしつつ』

「……そんで?」
「そんでって……いいなあって」
 杉のしづくを聞きあかしつつ、ってのが。
 そう、真帆サンは言う。
「古木って……山男に似てるんだよね」
「古木?見たことあるの?」
「龍吟……うん、遠くからね」

 眼鏡を一度、外してまたつけて。
 
「でも何で、良寛?」

 返事はすぐには戻らなかった。


「……昔、その……本の友人にね」
 かちかち、と、キーボードを叩く音だけが続いた後、真帆サンは不意にそう
言った。
「言われたことがあるんだよね」
「……って?」
「真帆は、良寛さんならいけるんじゃない?……って」
「へ?」
 いや、目標としてってことだけど、と、真帆サンは笑う。
「生き方として、良寛さんなら大丈夫じゃないかな、って」

 そういう友人さんは、と問うと、自分はちょっと無理かな、なんて言ってたよ、
と、やっぱり少し笑う。

「なんで真帆サンに向いてるの?」
 何てことのない質問だ、と思う。なのに真帆サンは途端に憮然として。
「……訊くな」
「え、だって……」
「でも訊くなーってあたしは言いたいんだけど」
「そこまで言ったら、知りたいよ」
「ここまで言うんだから、訊いちゃ可哀想とか思わない?」
「思わない」
 そう言ったら、えらく恨めしそうな上目遣いで見られた、けど。

「…………し、だから」
「へ?」
「なーきーむーし」

 わかった?と、じろりと見やってから、真帆サンはパソコンの画面のほうを
向いた。


 子供と一緒に、日がな一日鞠つきをする風景が有名だけれども。
 500年を隔てる師の道をただ独り歩みつつ
 時に、禅宗に向かい鋭い弾劾を浴びせ、
 しかし、何かと泣くことの多かった……

「昔ね、その友人に言ったのよ、自分の魂や人格、そして自分にかけられてい
る愛情やら思いやら、そういうものと引き換えに、もしたった一つの真理を解
き明かす頭脳が得られるなら、あたしは取り替えるって」
 何となくぶすっとしたまま、真帆サンはそう言う。
「そしたら、彼女に言われてさ。そこに両親と兄弟の魂が入ったら?って」
「……それ真帆サンに無理」
「うん、無理って断言したんだけどね」

『そんじゃあ、無理だあ。悪魔だって引き換えに来ないよ』
 彼女は、そう笑ったという。
『……ばっか、それはあたしにその価値が無いだけじゃん』
 勢いも借りて、でも真帆サンは言い返したという。
『他人の魂まで貰わないと、あたしの魂と頭脳との引き換えに足りないってのは、
それはあたしの責任だもの。それを誰かに借りようとは思わないよ』

 ……だから、小市民なんだよな、と、真帆サンは、やっぱりぶすっと呟いた。

「それ、徹すればいーのに」
「……至言にして道遠し」
「…………呪文唱えるし」
「呪文じゃないで……」

 ことこと、と、動いていた真帆サンの手が止まった。
 ふと。

 肩越しに、画面を覗いた。
 真帆サンは、黙ってその一句を見ていた。

『いかにしてまことの路にかなひなむ 千とせのうちの一日なりとも』

   **

 いたい、と、誰かが泣くのが辛い、という。
 誰かが苦しむのは厭だという。
 
「でもさ、さっき真帆サン他の人の魂は絶対巻き込みたくないって言ってたけど」
「うん」
「他の人の命だったら?」
「……んーと」
 かぽ、と、キーボードを打つ手を止めて。
「それなら、あるかも」
「やっぱし?」
「ただ、あたしのやることに、それだけの価値があるってんなら、だけどね」
 かちかち、と、また手が動き出す。
「価値があれば?」
「走ると、思う」

 でもそれやだなあ、きつそうだな、と、笑って。
「多分、跳ね飛ばす痛みも突き飛ばす感触も、全部判って走る必要があるでしょ」
「必要?」
「……ここまでこやってもそもそ生きてるなら、それは必然ってもんで」

 かちかち、と、キーボードを叩きながら、何でもなげに。

「あたしの知ってる人でね……なんつか、先生って人がいてね」
「せんせい?学校の?」
「ううん、そういう……何つかなあ、明治前の私塾の先生っつったら通じる?」
「……なんとなく」
 長く繰り返した冬の中の記憶に、そういう言葉は残っている。
「そういう先生がいて、だから怒られた者も覚悟で怒られてるし……そういう
もんだと思ってたんだけど」

 或る時、若者達と一緒に呑みながら、先生は酔いに任せて泣いていたという。
 ボクが足りなかった、ボクが傷つけた、ボクが至らなかった。
 幾つもの幾つもの、名前をあげて。

「それが……良寛さん?」
「みたいな人だなって、今、思い出してね」

 ……でもそれやっぱ、無理だよなああたしには、花澄のばーか。
 えらく早口でそう言うと、また真帆サンは手を動かしだした。


 走りたいという。
 でも傷つけたくないという。
 でも多分傷つけて走るだろうな、という。
 走る奴は見てて悔しいよなーと、そりゃもうほんとに悔しそうに言う。
 
 あちこち矛盾しまくって、もうぼろぼろのくせに。

「……あ、六華六華、これ六華にあってるかも」
「え?」

 肩越しに、真帆サンの指の先を見る。
 静かな、一句。

 『淡雪の中にたちたる 三千大千世界(みちあふち) 
    またその中に 沫雪(あわゆき)ぞ降る』

「……雪の中に立ってる六華の中に、やっぱり雪が降ってる」
 ふっと、こちらを見て。
 真帆サンは笑った。

        **

 あたしは間違えてた。
 そう言った言葉に……真帆サンは、殴ってでも手を引かすべきだったかな、
って言った。
 でもその後に、でももうここまで来たら仕方ない、その何とかさんを利用し
てでも頑張れって。

「あたしが許す」

 そんな風に……言った。

 
 矛盾は山ほど。
 多分あたしも、このひとも、また揺らぐ。
 そして同じように、多分泣く。
 毎日見てれば、相手に幻想なんて持たない。持てやしない。

 でもやっぱり、それでも人は、人の為に何かを成し得るんじゃないかなって。

 彼女を見ていると……そんなことを、思ったりする。


 かちかち、と、真帆サンがまたキーボードを叩く。 
 やっぱりこの人は……妙に変な人だと思う。

時系列
------
2005年2月下旬

解説
----
上がったり下がったり。
考えることが多いときはそんなもんですが。
……考えた所を支点にして、戻るべきところに戻るように。
六華と真帆の、日常の風景です。
     **********

 ……てなもんで。

 ちなみに。
 良寛さんの話をしたのが、きっかけなんですが。
「いーさんやったらこの句の良さがわかるやろ」と、知り合いに渡された紙一枚。

 ……まとめてお酒の句でした(がくっ)
 #良寛さんおさけのみー(汗

 しかし改めて、うちのキャラで、花澄最強ですな(汗)
 いろんな意味で。

 ではでは。



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