[KATARIBE 28482] [HA06N] 小説『雪兎』

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Date: Thu, 24 Feb 2005 23:56:38 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28482] [HA06N] 小説『雪兎』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月24日:23時56分38秒
Sub:[HA06N]小説『雪兎』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
六華の話、多少進めます。
……桜木さんに協力した積りなんですが(汗)

***********************:
小説『雪兎』
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登場人物
--------
   桜木達大(さくらぎ・たつひろ)
     :底の知れないシステム管理者。六華に協力中。
   六華(りっか)
     :冬女。冬の終わりに向けて記憶が戻っている。

本文
----

 初めに語るのは、少女達の笑い声。
 あねさま、雪兎をつくりいした、と。
 あねさまに、あねさまに、と。
 『おや可愛い』
 そして……確か、そう言った。
 『でも、ここに置いては溶けてしまって可哀想……そう、そこの格子の外に
 出してあげましょ』
 あい、と、応じる、声。


「……どうしました?」
 声をかけられて、六華はふと瞬きをする。
「あー……」
「おにーさん達が心配ですか?」
「いえ、そうじゃなくて」
 言いかけて、ふと……迷うように視線が動いた。
「……そうなの、かな」


 乱れた髪に、螺鈿の櫛が鮮やかだった。
 病の床について三日、化粧もろくにしていない筈であったのに。
 黒の漆に、銀と貝で、びっしりと桜を象嵌したものを、香夜は気に入って身
に着けていた。
 桜の香るような夜の、櫛、と。

 ……まるで死化粧のように。

 
「大丈夫ですよ」
 声をかけられて、気がつく。また自分はぼんやりとあの櫛のことを思ってい
たらしい。
「…………はい」
 心配されている、のだろうか。
「疲れました?」
「あ、いえ」
 だから、首を振る。
「……元気です」

 元気。そう言った途端に、どこかで哂う気配があった。

 元気であろう、そうであろうとも。
 お前は今まですっかり忘れていたのだから。
 お前が為したことを、すっかりと。

 お前があたしより奪った短刀。
 お前がそれをあたしの喉に埋め。

 思い出さぬか、そのときの――――――


「六華さん」
 静かな声に、がく、と、肩が小さく跳ねた。
 視線の先に居る相手は。
 香夜、ではなく。
 穏やかな顔の…………
「…………ごめんなさい」

 
 握り締めていた、グラスを手から離す。
 中の酒は、手を付ける前に半ば凍っている。
 石英の破片のような氷が、ゆらゆらと動いている。

 どうしよう、と、思う間もなく、
「新しいのを、どうぞ」
 グラスが目の前で変わる。するする、と、グラスは動いて。
「凍ったお酒か──うん。こういう呑み方もオツなもんですね」
 
 声、が。
 独り言のように。

「……あ、いえ、あの、達大さん、そのグラス」
「大丈夫、手をつけてなかったようですし」
 だからそちらを、と、手で示されて。
 所在が無いまま。
 思い出すな、今は思い出すな、この人の前で思い出すな……と、何度も唱え
て、グラスを手に取る。

 少し濡れた、硬質な、硝子の感覚。


 つめたい、肌。
 ぬるり、と
 指に

「……六華さん」
「っ」

 滑りかけたグラスを、慌てて持ち直して。

「ご、ごめんなさいっ」
「……どうしました?」

 その声が。
 あまりに、穏やかで。

 (だけれども、もしも)

「何かあれば……聞きますよ」

 (だけれども、このひとも)

    (私が香夜を殺しました)
    (私のこの手で、私が)

     わたし、が


 と。
 掴んでいたグラスが、手の中から消えた。
 
「あ」
「落としちゃいますから」
 ここにおきますよ、と、グラスが動いて。
「何か、ありましたか?」
 多分、その言葉に、応えるべきでは、無いにも関わらず。


(思い出したろう)
 言うな。

(思い出したろう、すっかり)
 香夜の、哂い声。

 掴まれる腕、食い込む爪、きりきりと引き摺られる髪と頬骨のあたりを流れ
た鋭い痛み。殴られて殴り返して、邪魔な絹の手触り、ひっかかる指。
 そして確かに。

 ずぶり、と。

 壊れた、と、確信する。
 感触。

 
「…………なに、も」
「え?」
「ない、です」
 蘇る感触ごと指を握り込む。手を膝の上に揃え、座りなおす。
「大丈夫ですから」
 そして、にっこり笑って相手の顔を見る。そんなものはもう、六華の習性に
近い。
 ……のに。


 どうしてあなたはそんなにかなしそうにわたしをみているのですか。


 誤魔化そうとする前に、涙がこぼれた。
 どう取り繕うか、どうしようか、と、咄嗟に迷った一瞬―――――

「泣きたいときは、気が済むまで泣くといいみたいです」 


 香夜を、幸せにしたいのだ、と、思っていた。
 それが出来ぬなら、と、ひとを見つけた。

 けれども香夜を殺したのが自分であるならば、一体どうやってこれを償える
というのか。
 何を代わりに出来るというのか。
 なぜあたしは現世にこうやって幾度も戻り、のうのうとどうして生きている
のか。
 
 どうしてあたしは、あの時に消えなかったろう。
 どうしてあたしは


「……達大さん」
「はい」
「ごめんなさい……手伝って下さい」
「謝らなくていいですよ」
「……でも、ごめんなさい」

 この穢土に何の故か永らえて。
 何一つ変わらずに消え、また繰り返すくらいならば。
 
 何一つ尋ねずに居るひとを

「……ごめんなさい」

 その好意ごと、自分は利用するだろう。
 ……幾度謝っても、謝り切れるものでないと、知りながら。

時系列
------
2005年2月。
『色即是空』の直後にあたります。

解説
----
混濁する記憶が、冬の終わりに向けてはっきりとしてきます。
冬の終わりに向けて、少しずつ事態は動いてゆきます。
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てなとこです。
問題があれば、御指摘どうぞ>ねこやさん

ではでは。


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