[KATARIBE 28477] [HA06N] 小説『無明』

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Date: Thu, 24 Feb 2005 00:13:39 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28477] [HA06N] 小説『無明』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月24日:00時13分38秒
Sub:[HA06N]小説『無明』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
書きたい話と見たくないログを着々増やしてます。
(胸を張って言うな莫迦者)。

……と、いうわけで、点景。
刑事さんの先輩後輩、お借りしました>久志さん

********************************
小説『無明』
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登場人物
--------

 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警巡査。ヘンな先輩。またの名をおネエちゃんマスター
 軽部真帆(かるべ・まほ) 
     :小市民。毒舌家で酒豪。 
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警警察官。一見のほほんな後輩。酒豪。

本文
----

 本当に。
 今まで通っていた筋を、一本綺麗に引き抜いてしまったように。
 目の前の相手は、テーブルの上に突っ伏した。

         **

「俺、弱いよ?」
「……え」
 思わず思いっきり疑わしげな声になったに相違ない。
 相手は面白そうにこちらを見ている。
「……お酒、弱いんですか?」
「まあ……俺も全く飲まないってワケじゃないけど」
 言いながら、確かに相手の飲んでいるのはウーロン茶である。
「そんときゃ後輩に送らせるね」
「……本宮さんですか?」
「そう」
「……ってつまり」
「帰れないから」
「意外だな」
 本宮さんよりは確かに小柄といえばそうだが、あくまでそれは本宮さんが大
柄だからだろう。この先輩も、大概何にぶつけても壊れそうにない……という
か、そも弱いものが無さそうに見えるわけだが。
「何飲んでも、酔わないように見えました」
 全然逆、と、相手……相羽さんと言ったか……が、手を振る。
「つか、ビール一杯で酔えるから経済的だよ?」
「……それは、ほんっとに羨ましい」
 というかビール一杯って……酔う為には、使えないってのに。
「ビールなんて、水同然ですからね」
「こわいねえ」
 いや、こわいねて。
「にしても……日本酒じゃなくて、ビール一杯で?」
「うん」
「それは……」
 何、と、笑いながら相羽さんはお菓子をつまむ。
「……そのうち、水に酒仕込んでやろうかな」
「そんで捨てて帰るわけ?たまらんなあ」
「そらもー捨てます捨てます」
 拾って帰ると言ったら、なおたまらんなあと言いそうである。
「それか、おネエちゃんの電話番号貰っといて、そちらに連絡しましょっか」
 この前の話を思い出してそう言うと、相羽さんは笑いながら首を振った。
「それ刺されそうになっても避けらんないからやめて」
「いやだから、刺されないよーな人、選んどいて下さいな」
「いないねえ……」
 おらんのかよ。
「てか、まともに送ってくれそうなの後輩くらいしか思いつかん」
「本宮さんかあ……」
 穏やかそうな……というか、知り合って常に、穏やかで温厚な方である。確
かに彼ならばどこまで酔っ払っていても連れて帰れるだろう。
「いや、一番それが安全でしょうが……面白くない」
 言うと、相手は苦笑した。
「俺が会うおネエちゃんはね、基本的にちょっと裏のある子達だからね」
 相羽さんという人は、要するに刑事さんである。その情報網の一環として、
おネエちゃんを使うのだという。
 時に、それは悪辣ですらある……と。
 本人が言うから多分そうなのだろう。
「俺が動けないときに会うには、危険すぎるわけよ」
 だから、そう言われると……非常に納得がゆくし、確かにこれは冗談で出来
ることではないのだな、と。
 そんな会話をしたのが、一ヶ月と少し前。

 そのときは、それで終わったのだけど。

          **

『ほんとにね、ふにゃーっと酔うよ』
 とは、確かに聞いていたものの……ここまで本当にふにゃーになるとは思わ
なんだ。
 しかしこれを、酔うというのだろうか。殆ど睡眠に垂直落下状態っての……
これ、もしかして相当相羽さんの身体とアルコールの相性が悪い、ということ
ではないだろうか。
 とりあえず……眠っているのは確かなようで、グラスでつついてみても文字
通りびくともしない。
 確かにこれは本宮さん必須だ。

 『別に俺つぶれても、面白くないよ?』
 『いやその、ふにゃーっというのを見てみたいなと……それに』
 『それに?』
 『いや……なんつか、自分より強い奴の弱味って、つつきたくなるもんで』
 『それはあるね』

 ……などと言った挙句、じゃあ呑んでみようか、と、言ったのは相羽さんな
んだが。
 …………悪いことを、してしまったかもしれない。

「しょうがないなあ」
 どうせ必要だから、と、召集が先だったせいもあり、本宮さんはそれから10
分ほどで到着した。
「ほんっっっとに……弱いですね」
 泡の残ったビールのグラス。その横で寝ている顔は……まあ、苦しそうには
見えない、つか、かなり安眠していたんで、あまりこちらも心配はしなかった
んだけど。
「でも……大丈夫ですか?」
「小一時間くらい寝てればすぐ復活しますよ」
「あ、それで済むのか」
 呑んで一晩倒れる、というわけではなさそうである。
「まあ、血見て貧血起こしても、死体見て吐いても五分で復活する人ですから」
「…………カップラーメンみたいなこと言いますね」
 そうかもしれない、と、本宮さんは笑う。
「酒も30分から一時間くらい寝てればすぐ復活します」
「それなら……よかった」
 聞いて、ほっとして……ほっとしたことがおかしい。
 なかなかに、無いに等しい良心が痛んでいたらしいな、これは。

 一時間程度で復活するなら、そのまま放置しておいて、起きてから帰ったほ
うがよかろう、とあたしが言い、そうですね、と、本宮さんが頷いた。
 この人については……とりあえず、絶対あたしより強いだろうなと思うんで、
心配は無い。
「でも、まあ……ニ三ヶ月に一回くらいは、先輩と一緒に飲みますよ」
「……あ、そうなんだ?」
 知り合いには、ブランデーケーキを食べただけでほわほわと酔っ払って、踊
りだしてた奴が居る。そう考えると酒に弱い人間を知らないわけじゃないが、
ここまで弱いと、『酔う』……酒を呑む、ということが決して楽しいことでは
ないだろう。
 そう、思ったのだが。
「まあ……そんな風に気が抜けるときがないからかもしれませんが」
 そういうことか。
「……ああ、じゃ、悪いことしたな、今飲ませて」
「いえ、かまわないと思いますよ」
「……なら、いいんですが……」
 本宮さんが少し笑って、倒れている先輩を見やった。

「先輩がね」
「はあ」
「僕や県警の大先輩の丹下さんという人以外の前で飲むってすごく珍しいです」
 ……ええと。
「……つっかそれって、あたしが弱いって言われているような気がするんです
が」
 一度。
 相羽さんに……ぶつかっていったことがある。
 利用するには、ただ、この人は強すぎ……自分は弱すぎた。
 その時に、こちらの力量を見切られたとすれば……確かにその判断は、正し
い、のだろうが。
 ……が。
 正しいだけに悔しい……んだよな、と、思ったのがかなり顔に出たらしく、
本宮さんは笑った。
「つぶれても寝首かかれない、くらいには信頼してるんじゃないですか?」
 ……言ってくれる。
「潰れたところを寝首かくなんて、そんな卑怯な」
 多少なりとこちらに勝算があったならともかく、完全に負けてた相手に、そ
れじゃその相手が気を抜いてるから手を出しましょう、なんてやった日には恥
の上塗りではないですか。
 そう言うと、そう、そういうとこでしょうね、と、尚更に本宮さんは笑った。
「まあ、僕は先輩とは中学時代からの知り合いだし。丹下さんは、先輩が刑事
になったきっかけの頃から慕ってる人ですから」
 それだけ言って、次を言わない。
 ……本宮さんも良く判っているというか……根性が悪いというか。
 
 信頼されているんだか、とことん弱いと思われているんだか。
 ……多分、とことん弱いからこそ、その弱さを信頼されている……ってのが
一番近いんだろうけど。

 かつて、自分も、走っていたときがある。
 護るべき一点。それ以外は跳ね飛ばすような勢いで。
 無論それは、相羽さんの目指しているものとは全く違ったし、そういう意味
では目指したところで他人に迷惑がかかるものでもなかったが。
 例えば自分の人格や周りの人からの好意などといった一切を、その一点の為
に全て無にして良い。
 それくらいのことは、思っていたことが、ある。

 ……だからこそ。
 現在、そのように判断の出来る相羽さんという人を見ていると。
 時折……本当に寝首でもかいてやろうか、とは、思ったりする。
 ただ、それを実現だけは出来ない。
 現に走っている人間の目の前で……そこまで堕ちたくは、ない。
 それが甘いのだ、弱いのだ、といわれるなら、弱いことをあたしは選ぶ。
 

 どうやったら自分は、走れるようになるのだろうか、と。
 現に、走っている人間を見ながら。
 
 否。自分は既に、走ることを諦めていたのではなかったか。
 走ることを、全て。 
 (時折指先にまで及ぶ、焦燥感と恐怖と)


 無明。


 ふと目を上げると、本宮さんと目があった。
 本宮さんは少し困ったように……笑った。

 相羽さんはまだ眠っている。
 その間に、空のグラスが三つ並ぶ。
 強いのは……酒ばかりかもしれない。

 
 無明。


時系列
------
2005年3月下旬

解説
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呑み屋での風景。
妙な人が妙なものに弱いものです。
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