[KATARIBE 28456] [HA06N] 小説『DearMy』

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Date: Sun, 20 Feb 2005 01:54:14 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28456] [HA06N] 小説『DearMy』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月20日:01時54分13秒
Sub:[HA06N]小説『Dear My』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ちょっと点景。

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小説『Dear My』
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登場人物
--------

 軽部真帆(かるべ・まほ)
   :小市民。毒舌家で酒豪。
 六華(りっか)
   :冬女。真帆の所に同居中。

本文
----

 九十年。
 十分、十二分、と、言う。
 そのことは、よくわかるけど。

 (真帆ちゃん、よく来たね)

 その声を、まだあたしは憶えているのに。


       **

「……まて母上、そこでどうして即病院じゃないわけ」
『仕方ないのよ、おばあちゃんが行かないんだから』
「あーー」

 時刻は夜中の11時。

「で……何、目が片方見えなくなって……それ、脳梗塞とかそういうの」
『いや、今のところ、目だけ……って最初は言ってたんだけど』
「ど?」
『その翌日ね、おばあちゃん買い物行った先で、倒れちゃったんだって。半時
間』
「……それ、やっぱり脳のほう?」
『そういう異常は無いのよ……でももう、なんせ年だし』

 (真帆ちゃんは、いい子だから)
 (でもねえ、本ばっかり読んじゃだめよ)
 (過ぎたるは及ばざるが如し、って、真帆ちゃんは知ってるでしょ?)

    ……それは小二の頃の記憶じゃなかったか。

『まーねえ、九十だから。何があってもおかしくないし……案外本人も今度の
こと喜んでるわよ』
「ああ……はっきりするから、ね」
『そうそう。今まで元気すぎだったんだけど、これできっちり切り替えて、行
く用意が出来るから……って』
「らしいね、それ」
『まあ、だから、何があってもおかしくないことだけは憶えといて』
「了解……留守電は常備しとくから」

 (おばあちゃん、あんたが行くの、嬉しいけど困るって)
 (あんた、帰るときいつも泣くから)
 (帰りたくないって、いつも泣くから)

    一番大好きな人は、おばあちゃん。
    小学校四年まで、不動の位置を保ってなかったか。

 (よーやっと、おかーさんになったかー)

    お陰さまで、母にはそういわれたけど。
    今更に……親不孝でもあったのだけど。


『でもあの人信じられないわよー。気がついて、病院つれてく最中に、なんつっ
たと思う?』
「……また、何」
『これだけ楽にあちらにゆくなら、このまんまでも良かったわ、だって』
「あーー」
『だから言っといたわよ。そりゃ、楽なのは呼吸できてたからじゃないのって!』
「…………」
 本当のところ。
 どちらに突っ込みを入れるべきかすら、判らない会話かもしれない。
 
      **

「……真帆、サン?」
 六華が心配そうにこちらを見る。
「んあ?」
「…………電話から、3日たってる……んだよね?」
「うん」
「今頃、泣くの?」
「……悲しいって……気がついてなかったから」
「…………」
 自分でも…………何だか、本当に情けないけど。
「今、六華に話すまで、気がつかなかった」


 祖母にとっては、自分は初孫で。
 生まれる前に白痴かもしれないと判定されたせいか……祖母は従兄弟の中で
一番あたしを可愛がり。
 (そらもう弟や妹とも、格段の差で)

 愛されて、愛されて、何一つ返すことを期待されずに愛されて。
 ……それは、この歳に至るまで。

「真帆サン……もしかして、反応がすごく鈍い人?」
「あ、かも」
 留学していた時もそうだったな。友人の一人が身体を壊して帰国した時、確
か一週間荒れまくりの壁をどつきの、とやらかした挙句突き指までして、それ
でようやくああ彼女が帰っちゃってあたしは寂しかったんだ……と、自覚した
ことがある。
「……かなり迷惑な人?」
「否定しないけどね」
「それ、無理してそうなってんの?」
「いや、真剣に自分でわからないんだよねー」
「……変なひと」
「仕方ないじゃない」

 たとえその日が明日であっても、大往生であることは間違いない。
 祖母も、いつであってもおかしくない、と、言い切っている。
 人生の晩年、そう断言できる人がどれだけ居るか。

 知っていたのに。
 よく、知っていたのに。
 九十年という生は、並でなく長い、と。
 
 ……それでも。
 全部、わかっていても。

  (ちがうのよ、おばあちゃんはね)
  (あんたにだったら何をねだられてもいいって言うのよ)
  (あんたが何であっても、どうしてても、あんたが可愛いのよ)

「……何一つ、返せてない、のに」

 互いに歳を経て。
 互いに欠点も判るようになり。
 時には何時までも子供扱いに少しだけ苛立ったり。
 時には、その老いに……かなしんだり。

 それでも一切の妥協や裏無しに、可愛がってくれた人が。

「こうやって」
「うん」
「……泣ける、のが、幸せだって、わかってる」
「……うん」
「でも」

 祖母は、元気だという。
 口も達者で、病院にもひとりで行くと言い張り、母を困らせているという。
 片目が見えなくなっても、ひょこひょこ買い物に行くから危険で仕方が無い
のよ、そのくせそう言うとまだ『あたしは大丈夫』だもの、本当に全く、九十
にもなって、ちっとも可愛くない、と、母は一息で文句を言う。
 可愛くなるばーさまじゃないでしょ、と、あたしは笑う。

「今泣くのがおかしいのもわかってる」


 鈴木商店のおえらいさんの娘で、乳母日傘で育ってきて。
 大恐慌で見事にこけて。
 当時、母親共々女学校にまで行っているくらいだから、それは相当にハイカ
ラで。
 だから、娘や孫が職業一筋になるのも、案外平気で賛成する人で。
 口が達者で頭が良くて。
 
 大黒様の歌も、お手玉も、編み物も。
 あなたに習ったのでしたっけ。

「……泣いちゃいな、真帆サン」
 六華の声が聞こえる。
「おかしいとか変とか考えないで、泣いちゃいな」
 
 
 色々な、祖母と孫の関係があって。
 千差万別、どうであってもおかしくないけど。

 百の理屈をつけても。

 あなたが居なくなると思うだけで、私はかなしいのです。

 百の理屈、千の道理をもってしても。
 それでも、なお。

「……ばーさま、まだ元気なんだけど、ね」
「でも、かなしいんでしょ」

 九十年生きたら、充分だって言う。
 自分は豊かに生きた、十分だって言う。
 ああこの人は老いたな、と、今までだって思ったりした。

 それでも。

 生まれる前の雪の道を、あなたは私を思って泣きながら歩いてくれました。
 その日からずっと……

 今に至るまで。
 今に至って、今もなお。

 ……何一つ、私は貴方に返していないのに。


 とぽとぽと、焼酎に紅茶を割りいれて。
 六華がグラスをこちらにおしやった。

時系列
------
2005年2月半ば

解説
----
三文安い、のおばあちゃん子だった真帆の風景です。

******************************

実話を加工するのはあざといなと自分でも思います。
ただ……これ書かなければ、自分はどうしてこんなに辛いのかすらわからなかった。
理が情に追いつく、時差は一週間。
莫迦げた話です。

ではでは。


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