[KATARIBE 28451] [HA06N] 小説『石地蔵』

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Date: Thu, 17 Feb 2005 22:43:07 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28451] [HA06N] 小説『石地蔵』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月17日:22時43分07秒
Sub:[HA06N]小説『石地蔵』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
『空即是色』と、一日違い……位の話ですか。
#ええとろぐしょりは……現在頑張ってます(汗)

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小説『石地蔵』
=============
 六華(りっか):
   自称冬女。雪を降らす異能有り。抱えているもの有り。酒豪。
 軽部真帆(かるべ・まほ):
   物語の語り手。ごく普通の小市民(自称)。現在六華が同居中。

本文
-----

 石の地蔵となればよい。
 ひとなればひととなればよい。

 ……半分石地蔵なんてのが、一番きついのだ。

        **

「真帆サン、おみやげー」
 毎夜、六華は外に行き、毎夜戻ってくる。
 時折こちらまで呼び出しがかかる。
「あれ、早かったね……って、おみやげ?」
「ちょこー」
「……あれ?」
「美絵子さんに貰ったの」
「そいえばそういう日でしたっけ……あーしまったっ」
「へ?」
 六華が目をまん丸にする。
「誰かに、真帆サンあげるの?」
「莫迦いっちゃいけない、あたし用に買うってんならともかく」
 しまったなあ。昨日から今日にかけて自宅勤務だったから、すっかり忘れてた。
「んじゃ、何?」
「父親の誕生日忘れてた」
「……おとーさん、誕生日、バレンタインデイ?」
「の、一日前」
 おかげで仕事をしている頃は、父はバレンタインの義理チョコだけはしっか
り貰っていたものだ。
 そしてそのお裾分けで、家族一同結構美味しい思いをしたものだっけ。
「へー」
「あれだよ、『あら、軽部さんお誕生日なんですか?』って言った帰りがけに、
お店を見るとチョコレートが並んでるって奴」
 ふうん、と、六華は不要領な顔になる。
「……真帆サン、親孝行な人?」
「うんにゃ全然」
「そんでも、まずいの?」
「……あとでまた言われる」

 弟の奥さんってのがよく出来た人で、自分のお父さんの誕生日は忘れても、
うちの父の誕生日は忘れない。必ず電話を入れて、父を喜ばす。

「ほんっとみっちゃんには足を向けて眠れませんあたし」
「……ふーん」
 もごもごとした返事なのは、口にチョコレートが入っているからである。やっ
ぱりチョコにはお酒より、と、淹れたコーヒーを一口飲んで、六華は首をかし
げた。
「んじゃ、何が困るの?」
「ただ、それがあると、実家からの電話が5分は伸びるんだよね」
「あー、見習えって?」
「そそ」
「……覚えてたら、電話する?」
「しないと思う」
「…………真帆サン、それわかんない」
「心理的なもん」

 何となく、忘れてたと思うと、説教を素直に聞いてしまうものである。

「まーいーや……って、あ、それ一個頂戴」
「あ、うん」

 齧ると中から、かなりきつい洋酒が出てきた。

「これ、六華にって?」
「真帆サンと二人で食べてねって」
「あー……」
 あかん、気遣いについて完全に標準以下になってるな。
「でもよかったー、中にとうがらしとか入ってるかなーって思っちゃった」
「……は?」
「昨日の今日だから、ちょっと」
 微かに、六華は笑った。
 その笑いが、妙に……気に入らなかった。
 どこかに、ひっかかるようで。

「……昨日……あんた出かけてたよね?」
「うん」

 てか、こちらも午前中は出かける用事があったし、大概互いのことは構わな
い状態に馴染んでいたから、「あたしも出かけるねー」とだけ聞いていたし、
帰ってきたらそのまんま布団に直行されたんで、そういえば昨日のことは何も
聞いていなかった。

「何、美絵子さんと出かけてたの?」
「それとゆっきーさんと達大さんと」
「……妙に怖いメンバーだね」
 ゆっきー……つまり、本宮幸久には会ったことがある。
 霊が見える人、ということだったんで紹介してもらったのだ。何せこちら、
怨霊の香夜に物の怪呼ばわりされた前科(?)がある。本当に自分の目に幽霊
が映っているのかどうか、確かめたかったのだが。

『やっぱり実体化してるんじゃねえ?』
 自縛霊……と、彼は保障したが……に近づくと、あたしは彼女を見ることが
出来た。
 でも、離れてしまうと彼女は消えた。
 本宮幸久には、それでもまだ見えていたらしい。
『3mか5m……唐突に人間が出てきたら、普通気がつかねえかな』
『ああそりゃあたしには無理だわ』
 歩きながら本を絶え間なく読む。そうでない時にもぼけーっと歩く。真正面
から来た人にさえ気がつかないのはいつものことだ。
『しかし、それが本当なら、あたしは何人幽霊を見てるんだ?』
『……考えないほうがいいぜ、それ』
 先達の意見は尊重すべきである。

 ま、それはともかく。
 この人の幸せは美絵子さんなのだ、と、六華は主張する。あたしも数度一緒
に酒を呑む折に、まあそういうこともあるのかな、とは思っていたりする。
 だから、この二人は知っている……のだが。

「誰その、達大さんて?」
「……達大さん」
「…………さいで」
 習慣なのか癖なのか、六華は人の名前をきっちりと覚えない。もしかしたら
あたしの姓のほうはおぼえちゃいない可能性だってある。そう考えると達大さ
んの名前だけでも覚えているのはえらいかもしれない。
「その人が……何?」
「うん、おにーさん達だけなら嵌められないから、あたし達も一緒に行ったら
いいって」
「……は?」

 一瞬意味をとりそこねて、六華を見た。
 六華はにこりと笑った。
 意味を取り損ねるのを……多分、この子は期待していたのだな、と。

 ……故に、こちらにもその意味が、わかってしまうわけだけど。
 (意味を取りそこね、それ以上追求されないように)

 そしてもうひとつ判ること。
 六華が……疲れきっている、こと。


「…………真帆サン、妙に鋭いよね」
「お莫迦相手にしてると鋭くなるっての」
「……あたし莫迦?」
「あたしの基準からすれば相当莫迦」

 理の盾で己を鎧う者は、鎧っているという事実だけで、時に人を傷つける。
 自分の強さに、あたし達は時に気がつかない。
 辛いと思う。痛いとも思う。
 けれども同じ負荷で、大概の人間は壊れるという。

 だから、相手も幸せ自分も幸せってんなら、相手に手を出さないのが一番早
いのだ。自分に関わってきたなら、無論対処する。でも自分から人間の中に突っ
込む方法で、誰かを幸せにしようなどと、その発想がそもそもあたし的には相
当莫迦だ。

「……で、その達大さんってのが、発案?」
「うん」
「ゆっきーさんなる方の、友達?」
「じゃ、ないかなあ」
「あんたが目当てってことない?」
「……おにーさん達を幸せにするためだよねって言ってある」
「…………莫迦?」

 正直……あたしと六華とでは、六華のほうが遥かに強いのじゃないかと思う。
少なくとも六華の過去を聞く限り、あたしは彼女のようにしなやかに生き延び
る自信は無い。
 女の園の最高峰。嫉妬も憎悪も半端でなく食らったろう。執着や恋慕の念も。
 それをきっちりさばいて生き延びた彼女の、判断を疑うのも問題かもしれな
いが。

「……真帆サン、莫迦って言い過ぎ」
「語彙少ないもんで」

 全体にお粗末、と、いう気がしないでないのだ。いや、お粗末と言えば言葉
が悪い。
 もっと端的に……

「……もう、日が無いもの」
 ぽつり、と、六華が呟いた。
「達大さんには、言ったもの。おにーさん達に幸せになって欲しい、それだけ
ですよねって」
「……それは、判ってるんだ?」
「うん」

 焦り。
 ……そういうこと、なのか。

「…………春になれば、あたしはまた消えるよ」
 ぽつり、ぽつり、と、彼女は呟く。かすれるような儚い声で。
「毎年毎年、起きて、そして何も為し得ないで消えて……何度も何度も」
 その声が、痛い。

「真帆サンとこ、居心地が良くて……あたし、いつもより強くなったかと思った。
だからこの冬、ずっとここに居た」
 それなのに、と。
 ひどく辛い声で。
「でも、何にも為し得ないなら」

 今年、何も為し得ないなら。
 来年も、そしてその次も。

「……何も為し得ないあたしが、どうしてここに居る理由がある?」

 為し得るまで幾度でも起きて来い……と。
 そう、言えれば、どれだけ。

「それにね、真帆サン、あたし間違えてた」
 ふふ、と、やはり風のような音をたてて六華が笑う。

「え?」
「あたし、とても間違えてたよ」

 ぼんやりと、彼女は虚空を見据えている。
 口を閉じる前に、あたしは近くの棚に手を伸ばし、ラムの瓶を掴む。

「……真帆サン、それ自白剤?」
「自白剤無しに喋れるわけ?」
「あっても、だめ」
「んじゃ、呑んだって一緒じゃない?」
「……詭弁」
「論理的といって」
 
 カップの中に残っているコーヒーの上から、ラムを注ぐ。
 まあ、これなら呑めなくは無い。

「そこまで思わせぶりで言うなら、思わせぶりでいいから、毒吐きなさい」
「…………そだね」
 それは理屈だ、と、六華が笑ってカップを空ける。
 あたしはふと泣きたくなる。

 傷つけない物言い。それが六華については、何となくわかる。
 判るが故に、傷つけないで居たが故に。
 彼女は今これだけ草臥れている……のかもしれない、と。

「……あのね、真帆サン」
 空になったカップに、今度は生のままのラムを手酌で注いで。
「あたし、おにーさんは、香夜に似てるから幸せになって欲しかった」
「……うん」
「もしかしたら、おねーさんも似てるかもしれない。だからもっといいな、って」
「……まあ……美絵子さんは怨霊になるには強すぎっぽいけど」
 あはは、と、六華は笑った。
「だけどね、あたしが消えたら……今度は香夜は幸せになるかもって」

 まだほんのりと笑いを頬に残したまま、六華は言い切った。

「あたしが失敗したら、そらみたことか……って……喜ぶ、んじゃないかな」
「それで満足するかね、あの怨霊は」
「知らない」
 ふと、六華はカップを両手で握り締めた。
 すがりつくように見えた。
「達大さんは、あたしの目的を知っているって言った。それ以上は……」

 それ、以上は。
 彼がもしも自発的に、六華の領域に足を踏み入れる、ならば。

「……それ以上も、あたしのせいなら、どうしてあたしは」
 顔を歪めながら、彼女は呟く、どうして、どうして、と。

 何一つ出来ないから、人の手を頼り。
 頼るが故に、それが足枷となるなら。

「そんなにいくつも、あたしひとを幸せにできないよ」

 
 石の地蔵になりたい、と思う。
 そうすれば、六華のために、あたしは泣かない。
 六華のために、あたしは悲しまない。

 六華が消えることで、あたしは悲しまない。


 理の盾で鎧うあたし達は、本当には相手のことなんかわからない。
 考えて考えて擦り切れるほど考えて、何とか相手の情を判ろうとし……
 そしていつも失敗する。


「……あたしが莫迦、だったかなあ」
 ああほんと、ラムなんて生のままカップで飲むもんじゃないや。
「なんで?」
「あんたのこと、最初から殴ってでも手を引かすべきだったかも」
「……でも、真帆サン」
「どれが最善か、なんて……わかりゃしないんだから」
「でも」
「だってね、六華」
 あんたには、絶対に判らない。絶対に理解できない。

「あんたが居なくなることが本当に本当に辛いっての、多分あんたわかってな
いでしょ」

 つ、と、六華の視線があたしを刺した。

「うん、わかんない」
 それでもその声は、明るいものだった。

「真帆サンがわかんないのと同じくらい、わかんない」

 ………あーもうっ!

「やっぱさっさと殴って、幸久さんから手を引かすんだったっ!」

 あはは、と、六華は笑った。

       **

 石の地蔵に、あたしはなれない。
 人としても、半端でしかない。
 幸せになれ、と、願うことも出来ない。
 あんたが消えたら泣くから、とも……言うわけにはいかない。
 (六華の感情には合致しても、六華の期待を裏切ってしまう……と。)
 (それが判ることの、悔しさ、とか)

 六華と、出会うべくして出会ったのではないか、と、言ったのは本宮さんだっ
たか。
 その言葉を、裏切らないためには、あたしは何をするべきなのか。
 どうしたら、いいのか。

 六華のために、幸せは願えない。
 ならば……彼女に、最善が成るために。

 半端な石地蔵は、受話器を取る。

時系列
------
2005年2月14日

解説
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冬の終わりまでの、期限が迫る中。
様々に……動くものもあるわけで。

真帆と六華の、一風景です。
************
ではでは。
 


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