[KATARIBE 28435] [HA20N] 小説『時間流動障害』

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Date: Sun, 13 Feb 2005 22:45:06 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28435] [HA20N] 小説『時間流動障害』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月13日:22時45分05秒
Sub:[HA20N]小説『時間流動障害』:
From:久志


 ちは、久志です。

えーと、こう、西生駒の真越倫太郎のキャラ固め話を書いていて。
めっちゃくちゃ暗い話になってしましました(しかも長い)

とりあえず流します。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『時間流動障害』
====================

登場人物 
-------- 
 真越誠太郎(まこし・せいたろう)
    :倫太郎の父。重度障害を持って生まれた倫太郎に苦悩する。
 真越倫太郎(まこし・りんたろう)
    :重度時間流動障害を持つ少年。

倫太郎 〜あの坂の
------------------

 向こうでママが待ってるから。

 パパはそう言った。
 たぶんそのとおりなんだろうなーと思う。

 巻き戻っていく、あの光景。あの坂がどんどん遠ざかっていって。
 でも、巻き戻ってるのは僕だけで。
 パパは必死にハンドルを握ってママのところに行こうとしてる。

 パパも一緒だからね。
 そだねえ、パパとママと僕と三人一緒なら、別にどこでもいいんだよね。

 なのに。
 あの坂の向こうにいけない。

 ずっと。

 僕の夢の中のことなのに、坂を越えていこうとするときゅるきゅると夢が巻
き戻っていく。夢の中でくらい見たいものを見たいように見せてくれればいい
のになあ。

 まだ、ママのところにはいけない。
 今はまだ。


誠太郎 〜記憶
--------------

 あの子が生まれたのは、年も明けて年始もひと区切りついた冬の日。
 その日は類を見ない大雪で吹利のあちこちで交通マヒが起こっていた。
 予定よりかなり早い陣痛で苦しむ妻を助手席に乗せて、渋滞したまま動かぬ
車達を睨んで歯噛みしていたのをよく覚えている。

 男の子だったら倫太郎。
 女の子だったら麻紀子。

 名前も決めてある。

 妻は大きなお腹をさすりながら、笑っていた。
 待っていて、もうすぐだから、と。

 やっとの思いでついた病院で運ばれていく妻を見送りながら、かすかに震え
る両手をすり合わせた。

「大丈夫ですよ、奥様は」
「ええ」
「最初は、みなさんそうなんですよ。落ち着いて待ちましょう」
「はい」

 励ましてくれる看護婦の声を噛み締めながら、私は待った。

 時間、というものは。
 はやく過ぎて欲しいときに限って限りなく長い。

 正直、男の子が欲しいと思っていたけれど。
 健康で元気な子であるならば、どちらでもいい。
 無事に生まれてくれるなら。

 長い、長い、長い時間を肌で感じながら。
 かすかに、泣き声が耳に届いた。

「真越さん、生まれましたよ。元気な男の子です」

 立ち上がろうとして、膝がわらってるのがわかった。

「ありがとうございます」

 情けなくも、膝から崩れ落ちそうなほどの安堵で胸が一杯だった。
 この日のこの一瞬が、本当に、ただ本当に幸せだった。

 あの事実を、知るまでは。


誠太郎 〜ひび割れ
------------------

 普通の子より小さく生まれた倫太郎は、体の弱い子だった。
 季節の変わり目やちょっとした寒さですぐ熱を出しては、病院へ車を走らせ
る日が続いた。男の子の小さい頃はそういうものだからと、何度か看護婦に説
明を受けたものの、なかなかすぐに安心できるものじゃあなかった。

 運転席でゆっくり車を走らせながら、後部座席でぐったりした倫太郎を抱え
て額の汗をぬぐう妻をミラーで眺めて、大丈夫だよと心配ないよと、呪文のよ
うにつぶやいていた。

 そんな出来事ですら、今はただ懐かしい。


 妻が倒れた。

 それは本当に突然のことだった。
 倫太郎を幼稚園に送り、買い物に出ていた最中のことだったらしい。
 知らせの電話を受けた事務の女性の緊張した声が、丁度会議中だった私に突
き刺さった。

『奥様が急に倒れられて病院へ運ばれてたそうです。すぐさまこちらへ向かっ
て欲しいとの事です、急いで!』

 時間が止まった。


 病院へ向かうタクシーの中。
 頭の中で記憶が巡る。

 白いテーブルの周りに二つ並んだ椅子と、倫太郎の為の小さな子供椅子。
 私はコーヒー、妻はホットミルクを片手に、部屋中をぱたぱたと走り回る小
さな台風を眺めながら、午後の時間を過ごしていた。

『おかわりいります?』
『いや、コーヒーはいいよ。なにかつまめるものはないかな?』
『ああ、そうね。ビスケットがあったかしら?』
『ママ、僕も食べるー』
『はいはい、倫太郎は手を洗ってからいただきますでしょう?』
『はーい』

 やわらかい髪に天使の輪を光らせたまま、ぱたぱたと小走りで洗面所へと
駆けていく。

『こら倫太郎、洗面所では歩きなさい。転んだらあぶないぞ』
『はあい』

 倫太郎は、幼稚園でもちょっとしたことで転んで怪我をしたりと。か弱いな
がらもなかなかの問題児ぶりを発揮しているらしい。そういうところはなかな
かに男の子らしい。

『やっぱり男の子ね』
『ああ』
『そういえばこの間ね、遠足のお知らせがきたの』
『山登りかい?』
『ええ、でも』
『やはり、厳しいのか?』
『ちょっと体力的に辛いらしいの、お医者さまがおっしゃってたわ』
『そうか』

 生まれつきの体の弱さ。以前、定期健診を受けた際、同年代の普通の子より
かなり体力や身体能力が弱いと診断された。これから成長していけば、多少は
改善することもありうるが、やはり少し心配だ。

『とても楽しみにしていたんですけど、やはり本人にも回りにも負担になって
しまいそうだから、可哀想だけど』
『今度、どこか無理せず運動できて空気がいい所にでも連れて行ってあげよう』
『そうね』
『少しづつでもしっかり体を動かして、体力をつけていけるようにね』

 ぱたぱたと、柔らかい髪を跳ねさせながら倫太郎が戻ってくる。

『あらってきたよお、ビスケット食べるー』
『よしよし、じゃあパパと半分こにしような、まだ一個全部は多いだろう』
『うん』

 ぱきん、と手の中で割れたビスケット。大きめな欠片をひとつ渡す。

『ありがとお』

 小さな手がビスケットをつかむ。
 嬉しそうにほおばる顔は、妻に似た大きな目とよく通った鼻筋。やはり男の
子は母親に似る。
 くしゃくしゃと、やわらかい髪を撫でて笑う。

 それは、つい昨日のこと。


 ぱきん、と割れる。
 音を立てて、割れる、現実。

 壊れるのは、一瞬。


誠太郎 〜告知
--------------

 その日は、濃縮ジュースのように何もかもが詰め込まれた一日だった。

 突然の妻の異変。
 それから怒涛のように溢れてきた、現実。
 溢れかえる現実の波に、私は、ただ立ち尽くすだけだった。

 どれだけ必死に死に物狂いで、自分が積み上げてきたもの。
 壊れるのは、一瞬。

 白い空気で統一された病室で、妻はベッドに寝かされたままピクリとも動か
ない。腕から伸びたチューブが大掛かりな機械につながり、規則的な音を立て
ている。そっと、その手を握り締める。氷のように冷たく硬い手だった。

「真越紀美子さんのご主人、ですね」
「教えてください……妻の身に一体なにが?」

 一瞬、医師の声が詰まった。

「奥の部屋へ、おいで願えますか?」


 この時、私は、ただ信じがたい現実に呆然としているだけだった。
 しかし、この後、死刑宣告にも等しい言葉を聞くとは夢にも思わなかった。

 私が通されたのは、病室とはまったく違った壁中に書物棚がぎっしりと並ん
だ部屋。どちらかというと医師の私室といった雰囲気の部屋だった

「おかけください、とり散らかっておりますが」
「はい」

 すすめられた椅子に居心地悪く座りながら、不安で胸がつぶれそうだった。

「時間流動障害」
「はい?」
「そういう、障害があるんです」
「時間……流動?」
「元来、人に問わず生き物はすべて時間にそって生きて時間にそって死にます」

 いきなり、何を言い出すのか。
 混乱する頭を静めながら、医師の言葉を噛み締めた。

「しかし、その体内での時間の流れが崩れてしまう人が存在する。それが時間
流動障害です」
「はい」
「時間流動障害というのは、ほぼ100%先天性で発生する障害です」
「はい」
「……奥様は、生まれつき軽度の時間流動障害をお持ちのようでした」
「え?」

 そんな話は初耳だ。第一、結婚前の健康診断でも定期健診でもそんな病名は
ついぞきいたことはない。

「奥様の障害は、自覚症状でわからない程度の軽度なものだったのでしょう。
それに遺伝性資質を持った人から確実に時間流動障害者が生まれると決まって
いるわけでもありません」
「それが」

 妻の異変とどう関連があるのか、その言葉を告げる前に医師が口を開いた。

「時間流動障害者は、自身の正しい時間の流れを制御できない。故に、不自然
に自身の時間を停めたり逆らったり加速したり減速したりという異常時間流動
を繰り返す。しかしそれは非常に莫大なエネルギーを消費してしまうのです。
まるで見えないナイフで自身を削ぎ落とすように」

 続く言葉を、聞くのが怖い。
 叫びだしたい。

「そして、体が耐えられなくなり、時間老衰で命を落とす」
「そんな馬鹿な!」

 思わず立ち上がって叫んでいた。

 老衰だって?
 冗談じゃない。昨日まで妻はいつもとまったく変わらず、出会った頃と変わ
らず若々しいまま一緒に談笑していたはずだ。
 老衰だって?
 ふざけないでほしい。私を馬鹿にするのも大概にしてくれ。

「奥様は、もうかなり危険な状態です」

 手が震える。
 目の前の医師を怒鳴りつけたかった、ふざけるなと叫びたかった。
 だが、医師の目はまぎれもなく真剣で、私は何の言葉もでてこない。

「嘘、でしょう?」
「事実です、信じがたいことだと思いますが」

 壊れるのは、一瞬。

「……もうひとつ、あなたにとって辛いお知らせがあります」
「なんですか?」
「息子さんのことです」

 全身の血が逆流していく感覚。

「倫太郎が、どうしたんですか?」
「勝手ながら、先ほど息子さんをこちらへ呼び寄せるよう指示しました。確認
したいことがありましたので」
「……なにを?」

 医師の目が、かすかにゆらいだ。
 まるで、処刑台に立つ者を哀れむように。

「先ほどの説明で、時間流動障害はほぼ100%先天性で発生すると言いまし
たね」
「はい」

 やめてくれ。
 頼む、お願いだ、もうやめてくれ。

「息子さん、倫太郎くんは生まれつき重度の時間流動障害を持っています」

 私は言葉を失った。

「時間流動障害をもつ患者の体が耐えうるのは、もって三十歳前後。身体機能
いかんによっては二十歳を越えるのがやっとかもしれません」

 自分がどうして立っていられるのかわからなかった。


「どうしてですか……」
「…………」
「どうして私の妻が……どうして私達の倫太郎がこんな重い宿命を背負うんで
すか?」

 足が震える。
 そのまま、がくりと膝をついて頭を抱えた。

「どうして……」
「…………」
「教えてください……あの子が、倫太郎が何をしたんですか?」
「…………」
「どうして、そんな残酷な人生があの子のものなんですか……」

 医師は答えない。
 答えようもないことだろう。
 だが。

「どうして!」

 今まで自分が必死に積み上げてきたもの。

 壊れるのは、一瞬。
 ただ、一瞬。


倫太郎 〜好きなもの
--------------------

 クレヨンを走らせる。
 しゅしゅしゅ、っと。

 こう、まっすぐな線がのびてて、窓があって、ドアがあって。

「倫太郎くん、これなあに?」
「でんしゃ!」
「上手ねー、近鉄吹利線かなあ」
「そだよお」

 こないだママと一緒に電車にのってお買い物いったんだよね。ちゃんといい
子にしてたから約束どおり電車のオモチャ買ってもらったんだよ。

 でも、いきなりどうしたんだろうねえ。
 お遊戯の真っ最中に、幼稚園のせんせーが青い顔して病院へ行きなさいって
連れてかれて、なにもしないでずっと病室で遊んでるだけ。
 看護婦さんのおねえさんは優しくて好きだけど、やっぱり幼稚園でみんなと
遊んでるほうがいいなあ。

 と。ドアの向こうからパパの声が聞こえてきた。

「パパ?」
「倫太郎」

 ドアが開いてパパが顔をだした。でも昼間はお仕事のはずじゃないのかなあ。

「いい子にしてたか?倫太郎」
「うん」

 さっき書いたばかりの絵を見せる。

「これこれ、みてみて、でんしゃ!」
「おお、よく書けてるぞ」

 くしゃくしゃとパパが頭を撫でる。

「倫太郎」
「なあに」
「ちょっとだけ、嫌なことを言うよ」
「ん?」
「倫太郎はこれから少しだけ幼稚園を休んで、入院をしないといけないんだ」
「えー」

 休みたくないなあ、みんなと会えないよ。

「すぐおうちに帰れるし、また幼稚園にもいけるから、ちょっとだけ我慢して
おくれ」
「うー」
「そのかわりにパパが今度来るとき、倫太郎が好きなものを買ってきてあげよ
う、なにがいい?」
「えーと、象牙屋さんのとろけるプリン」
「わかった買ってくる。パパがまたくるまでいい子で待ってなさい、いいね」
「はーい」

 もっかい、パパがくしゃくしゃと頭を撫でる。
 幼稚園を休むのはすごくヤだけど、とろけるプリンはおいしいし。

 それに、なんだか今日のパパはすごく優しい。

「じゃあ、またすぐくるからね」
「うんっ」

 ばいばい、と手を振る。


誠太郎 〜沈黙
--------------

 妻の手を握る。
 冷たく、硬い手。
 ゆっくりと両手で冷たい手をさすった。

 時間老化による硬直化と体温低下だと、医師は言っていた。

 それでも。
 ほんの少しでもいい、自分のぬくもりが伝えられるならば。
 ほんのちょっとだけいい、柔らかさを取り戻せるならば。

 手をさする。
 もう妻に残された時間はほとんどないと、医師は私に告げた。
 せめて、それまでは。
 最期の最期まで、その手を温めてあげたかった。

 手をさする。
 ついさっきまでの倫太郎の声を思い出す。

『これこれ、みてみて、でんしゃ!』

 ああそうだね、お前は電車がことのほか好きだった。
 休日に三人手をつないで、近鉄吹利から電車でショッピングセンターに買い
物に行ったね。あの時、ねだられて買ってあげたのは電車の絵本だったのをよ
く覚えている。

 おおきくなったら
 でんしゃのうんてんしゅさんになりたい

    まこしりんたろう

 電車の絵の下にクレヨンで大きく書かれた文字。

 大きくなったら。

 手をさする。
 疑問詞がぐるぐると頭を巡る。

 倫太郎。
 紀美子。

「どうして」

 その問いに答えるものは誰もいない。

「どうして」

 手をさする。
 冷たい手の甲に、雫が落ちる。

「どうして」

 嗚咽がもれる。

 どうして、壊れてしまうのか。
 なにもかも。


誠太郎 〜無音
--------------

 澄んだ広い空が広がっている。
 妻の魂は、白い煙になってこの空の彼方に散って行ってるんだろうか。

 綺麗に晴れた空の下、葬儀はしめやかに行われた。
 位牌を抱きかかえたまま、私は何も考えることもできず、壊れた人形のよう
に応対を繰り返すだけだった。

 倫太郎は電車の模型を持ったまま、祖母にあやされながら不思議そうに見慣
れぬ人たちを眺めている。

 口々にかけられるお悔やみの言葉を聞きながら。
 これからのことを考えていた。

 倫太郎。
 どう生きればいい?
 どう伝えればいい?

 これからの人生で一番楽しいはずの時期を、将来の夢をみる時を越えること
のできない事実を。

 そして……なにもかも失った私はどうすればいい?


倫太郎 〜あの坂へ
------------------

 ママがいなくなった。

 それがどういうことなのか、ちょっとだけわかった。
 ちょっと前に幼稚園で同じ組のミキちゃんが言ってた言葉を思い出す。

『あのね、おばあちゃんが死んじゃったの』

 死んじゃうってのは、もうどこにもいなくて、二度と会えないんだって。
 ミキちゃんはそう言ってた。

 パパはママは遠いところへ行った、と言ってたけど。
 たぶん。

 ママは、死んじゃったんだと思う。


『ミキちゃん、さみしくない?』
『すごくさみしい、けど』
『けど?』
『泣いてたら、ママが悲しくなるから泣かない』

 ミキちゃんは、強いなあ。
 僕は、でも、すごく、さみしい。

 でも。
 泣いてたらパパが悲しくなるから、僕も泣かないようにしようと思う。


 あの日。
 ママがいなくなってからしばらく経ったあの日。
 僕はまた幼稚園を休んで病院にいた。

 その日、会社にいってるはずのパパがひょっこり顔をだした。

「倫太郎」
「パパ!」

 その時のパパは、ちょっと怖い顔だった。
 ううん、怖いというか、えーと、うん、悲しい顔だった。

「倫太郎、いい子にしてたか?」
「うん」

 そう言ったパパの声は少しかれていた。

「倫太郎」
「なあに」
「今からパパと出かけよう」
「え?」
「ずっと幼稚園をお休みして退屈だろう?」
「うん、すっごくたいくつ!」
「パパとどこかへ行こう、内緒だよ」
「ホント?」
「ホントだよ」

 その声はとっても優しくて、最初のちょっと怖い顔のことなんてすっかり
どっかに飛んでいってた。
 僕を抱き上げて、看護婦さん達に気づかれないようにこっそりと病室から逃
げ出す。なんだかアニメ映画でみた泥棒さんみたいで、ちょっとわくわくした。

「パパが一緒だからね」
「うん」

 パパのおっきなコートをかぶせてもらって、助手席に乗せてもらう。

「行こう」
「うんっ」
「ずっと、パパが一緒だからね」

 内緒のお出かけ。
 なんかすごくワクワクする。


誠太郎 〜どこへ行く
--------------------

 私のコートに包まったまま、倫太郎が景色をみながらはしゃいでいる。

「パパ〜電車みえるよお」
「ああ、そうだね」


『ずっと、パパが一緒だからね』

 そうだ、一緒だよ。
 向こうでママが待ってるから、私も一緒にいこう。

 待て、私は何を考えている?
 何を馬鹿なことをしようとしている?

 頭の中で真っ二つに分かれる思考。

 アクセルを踏む。
 一緒に行こう倫太郎、パパもずっと一緒だから。


 病院からも自宅から遠く離れた、吹利の峠の向こう。
 山道から大きく外れて、うっそうと茂る雑木林の広がる場所で車を停めた。

「寒いか?倫太郎」
「ちょっとさむい」
「ほら」

 マフラーを首に巻きつける。

 くるりとひと巻き、もうひと巻き。

「あったかいか?」
「うん」

 マフラーの両端をぎゅっとつかむ。
 じっと、見上げる目が痛い。

「倫太郎」
「パパ?」

 お前が生まれた日は、類を見ない大雪で吹利一帯の交通が半分マヒしていて、
私は渋滞する車を眺めながら、歯噛みしていたのをよく覚えている。

「パパ?」

 男の子だったら倫太郎。
 女の子だったら麻紀子。

「ね、パパ」

 名前も決めてあった。
 助手席で、お腹をさすりながら、妻は笑っていた。

「パパ、どっか痛いの?」
「……倫太郎」

 目が熱い。

「パパ、悲しいの?」

 ああ……

「パパ?」

 顔を覆った手が熱い。


 不意に、眩しいライトが顔を照らした。

「真越さん!」

 あたりに響く複数の足跡。
 後ろから肩を引っ張られて、私は抵抗する気力もなくその場に倒された。

「パパ!」

 制服姿の警官が三人。
 一人、倫太郎の体に毛布をかける者、一人、私の肩に手をかけたまま押さえ
込んだ者。もう一人、医師に付き従っている者。

「真越さん……」

 通報されたのだろう、当然なのかもしれない。
 すうっと、体中から力が抜けていく。

「倫太郎……」
「パパっ!」

 警官に保護されたまま、じたばたともがく倫太郎を眺める。

「……けて」

 肩を押さえた警官に縋りついていた。

「助けてください……私の倫太郎を。誰か、助けてください」
「…………」

 答えはない。

「どうして、倫太郎が……私の倫太郎が!」
「……真越さん」
「どうして、どうして!こんな運命を与えるんですか!」

 ずるずると地面に体が崩れ落ちていく。

「助けてください……」
「パパ!」

 地面に伏したまま、ぼろぼろと涙が溢れた。
 もう神でも仏でもなんでもいい、悪魔に魂を売っても構わない。

「あの子を、助けてください……」

 その言葉に答えられるものは誰一人なく。
 ただ、私は泣き伏していた。


誠太郎 〜今は
--------------

 朝刊を広げて、朝食のコーヒーを飲みながら。
 向かいに座った倫太郎を見つめる。

 じっと、フォークをもったまま動かない。
 いや、動いていないように見えているだけで、実際は私とは違う時間の流れ
の中で動いている。じっと見つめていると、ゆっくりとフォークを持った手が
動いていくのがわかる。
 一瞬おいて、まるで魔法が解けたように倫太郎が動き出す。

 時間流動障害。
 難しい言葉のように思うが、ちょっとした動きの差異さえとらわれなければ、
普通の生活を送るにはなんら支障はない。気をつけなければいけないのは、障
害そのものよりも時間障害の負荷による後遺症だけだ。

 コーヒーを飲み干して、一息。
 西生駒高校に通うようになって、あの子は最近生き生きとしている。

「倫太郎」
「あい?」
「学校、楽しいか?」
「うんっ」
「そうか」

 妻の面影を残した笑顔は本当に楽しそうで、私は安堵する。

「そいえばこないだねえ、化学部のセンパイと図書室のお掃除したんだよ」
「掃除?」
「うん、センパイねもう卒業だから、僕がなんか卒業までにやっときたいこと
ある〜?って聞いてみてね」

 このところ、化学部の話を毎日のようにしている。よほど楽しいのだろう。

「お世話になったから、図書室の整理やろーってことになってね。僕もお手伝
いしたんだよ」

 はたきを振り回す如く、フォークをもった手をふりあげた。

「それでセンパイがねえ、ころんで本棚の下敷きになっちゃってるの」
「本当か?」
「うん、なんか悪いけど笑っちゃったよ」
「そりゃあ災難だなあ」
「あはは」

 春には倫太郎は高校二年生。

『時間流動障害をもつ患者の体が耐えうるのは、もって三十歳前後。身体機能
いかんによっては二十歳を越えるのがやっとかもしれません』

 医師の言葉が脳裏によぎる。
 元々のあの子の身体能力から考えて、そろそろ体の負荷が厳しくなってくる
かもしれない。
 あの子はもう十六歳。

「倫太郎、そろそろ出ないと遅刻だぞ」
「あ、はぁい」

 どれだけ生きたかよりも、どう生きたか。
 ただのすり替えかもしれない、苦し紛れの気休めかもしれない。
 それでも。

 あの笑顔に偽りはない。

「パパ、いってきまーっす」
「ああ、いってらっしゃい」


時系列と舞台 
------------ 
 2005年2月頃 
解説 
---- 
 障害をもって生まれた倫太郎、その父の想い。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上

 うーん、しかしまあ。
 どうしてここまで暗くなったもんか(汗)


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