[KATARIBE 28431] [HA06N] 小説『冬女』第十章

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Date: Sun, 13 Feb 2005 01:28:17 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28431] [HA06N] 小説『冬女』第十章
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2005年02月13日:01時28分16秒
Sub:[HA06N]小説『冬女』第十章:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
冬女、一応、この題では、これが最後です。
つか、まだ話自体は続きますが(苦笑)

……てか、ここでようやく『冬女』の、第一章が終わる、のかもしれません。

とりあえず、IRCちゃっとで、相手して下さいました久志さんありがとうございます。
(あれが無ければこれはかけなかったっす(汗)

**************************

小説『冬女』七の章
==================

登場人物
--------
 六華(りっか):
   自称冬女。雪を降らす異能有り。抱えているもの有り。酒豪。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ):
   一見のほほんな刑事。懐広し。酒豪。
 軽部真帆(かるべ・まほ):
   物語の語り手。ごく普通の小市民(自称)。現在六華が同居中。

本文
----


 幸せにしてあげたい。
 そんな言葉を、あたし達が口にするという矛盾を知っている。

 自分の幸せと誰かの幸せが真っ向から違うことさえあると知っていて。
 それでもその誰かが幸せになることを願う。
 自分がそれを願う利己主義や有効性、一体それが本当に幸せなのかどうかと
いう疑いや矛盾。
 それら全てが時に波のように打ち寄せる。

 ……その全ての矛盾を否定することもまた。

 あたしが勝手に押し付ける幸福論。


    ****

 ……そして確かに、六華は公園に居た。
「……ま、真帆っ!」
 ぴょん、と立ち上がる。薄明かりのなかで、それでも目元が真っ赤になって
いるのが判った。
「真帆……真帆!!」
 ベンチの上に残した一升瓶は、七分目くらいまで減っていた。
 そして、傍らに座っている……ええと、おまわりさんだっけか?
「ごめんなさいっ!」
 ぽす、と、ぶつかるようにあたしに抱きついてくる。さっきの怨霊なる女よ
りも、多分現実感の薄い体。
「ごめんなさい……」
「いや、謝られるようなことはしてな……ってああ、もしかして逃げたこといっ
てんの?」
「そだよーーっ」
 あり。
「つーか、あれは逃げるでしょう、普通。幽霊というよりストーカーだもん」
 ぽんぽん、と、肩を叩く。ゆっくりと彼女から離れる。
 (奇妙な、現実からの浮遊感)
 (自分が夢の中に居るという感覚)
「それより……えと、御迷惑、おかけしまし……た?」
「いえ」
 穏やかに笑いながら、おまわりさんが言う。
「ご無事でしたか」
「ご無事つーか……多分相手のほうが迷惑してます」
「で、でも、真帆サン、ゆーれーとか祓えるの?」
「お酒かけたら逃げ……ってあれ、六華コップ持ってなかったよね?」
「……おにーさんに買ってもらった」
 あいた。
「す、すみません」
「いえ、僕も御馳走になりましたから」
 にっこり笑うと、妙にひとなつっこい顔になる。そのままその人はベンチか
ら立ち上がった。
「もう、大丈夫ですね」
「……はい」
「ほんと、お手数おかけしました」
「いえ」

 そう言うと、その人は立ち上がって……
「あの、大丈夫ですか?」
「はい?」
「何か、顔色が悪いです」
「……あたし、ですか?」
「はあ」
「あー……いや、大丈夫です」
 
 たとえ彼女が怨霊であっても、彼女の悪意がどうこうってことじゃない。
彼女の話題が効いているんだ、これは。

 
 (幸せにしてやろうと思うたに)
 (してやろうと)

 
「……つーか……すいません、コップ余ってる?」
「ああ、ありますよ」
 六華に言った積りが、答えたのはおまわりさんのほうだった。
「すいません」
 コップを受け取って。次に差し出された一升瓶を受け取って。

 ……しかしほんとうに何で。
 何で一体。

「……え?」
 あ、いかん、口に出してたな。
「いや、何でもない何でもない」

 一升瓶の栓は、抜いてある。それを片手で傾けて。

  (幸せにしてやろうと)

 耳の奥に響く、その声をこそ浄化したいくらいなのに。

  (幸せにしてやろうと)


 紙コップ八分目の日本酒、二杯。
 それでもあの声が、消えない。

「……真帆、サン?」
 恐る恐る、というように六華が近づく。
「何でもない……駆けつけ三杯っていうし」
「え、でも……」
 三杯目。注ごうとした手から瓶を取って、六華がこちらを覗き込む。
「何が、あったの、真帆サン」

  (幸せにしてやろうと)

  そんな矛盾―――――


「六華、やめちゃえば」

 そんなことばが、するりと。

「え?」
「幸せにするっての、やめちゃえば?」

 混乱と混沌。そんな中に頭から突っ込むって。
 (いや、そんなことを今ここで言う必要は無いのに)
 (今というより未来永劫)


「……真帆、サン?」
「面倒だよ……どうしてそんなことを」
「真帆サン」

 す、と、六華の声が耳朶に突き通った。
 思わず、口をつぐむほど鋭く。

「……おかしいね、真帆サン」

 そして彼女の次の言葉は、あたしの胃の腑に突き刺さった。

「それ、真帆サンの幸福論」

 次の三秒間の記憶は、真っ黒に塗りつぶされている。


    **

 ずっと泣いてましたよ、と、その人は言った。
「真帆さんを置いてきた、悪いことをした……って」
 
 結局ここが、帰り道か何かにひっかかるらしい。偶然通りかかったら、見た
ことのある子が一升瓶かかえてしくしく泣いていたらしい。
 ……ある意味シュールな風景かもしれんな、それは。

 ――どうしました?
 尋ねても最初はぐすぐす泣くばかりで……ただ、一升瓶の栓は開いてなくて。
 ――コップが無いんです……
 どうしたのか尋ねたら、そう言ったらしい。

「だから、コップ渡したんですが」
「……お世話かけてます」

 ――真帆を、置いてきちゃいました……
 ――怨霊が居るのに。
 ――あたし最低だ……

「真帆さんなら大丈夫ですよ、って言ったんですけどね」
 ……あのええと?
「てっか……お話したことって、この前くらい、ですよね?」
「それは、そうですが」
 相手はやっぱりにこにこ笑う。
「六華さんから伝え聞いただけで、強さがわかりますよ」
「……何つってたんだ、あの子は」

 あはは、と、穏やかな笑い声が返ってくる。
 一升瓶はあっという間に、半分以上空になった。


「六華さん、鍵持ってますかね」
「……どうだろ」
 いや、それだけじゃなく。
「…………いなくなっちゃうかな、六華」
 ああ、笑うしかないのだな、と。ふと思う。
「そうそういなくなってしまいそうな人には見えませんでしたけどね」
「いや、これは居なくなるに充分です」
 紙コップは、手の中で妙に頼りない。
「……あたしの幸福だの幸せだのを押し付けるのだけは、絶対したくなかった
のに」
 なるほど、と、呟くように応えがある。
「……情けない、話です」


「幸せ、とひとえに言っても」
 横に座ったその誰かは、ゆっくりと考えるように言葉を紡いでいる。
 よく考えたらあたしはこの誰かさんの名前すら知らないのに。
「僕には、こうだとは言えません」
「……ええ」
「でも、それでも『幸せになってほしい』という六華さんと、そういう押し付
けを嫌う真帆さんと
 ……どちらがどれだけ正しくて、どちらが間違えていたとは、僕にはわかり
かねます」
 ああ、そういう風に見えているのか。
「……いや……多分、すこし、違います、それ」
「はい」
 説明しようとして、ふと息を吐く。
 ああ、そうだよな、と。
 名前も知らない奴が、泥を吐くのに付き合える、そういう人には、そう映る
のか……と。
「あの子も、幸せになってほしいってのが押し付けだってのを、知っているん
だと思うんです」
 あの子も。あたしも。
「自分の幸せが、他人のそれと違うって判ってて、でも幸せになって欲しいっ
て願うって……」
 手の中の紙コップを、握り締めかけて、慌てて手を緩める。
「……苦しい、んですよ」
「……なるほど」
「でも、それを、六華が望んでいるなら……あたしは言うべきじゃなかった」

 (それは真帆サンの幸福論)

 ……痛みを誤魔化せるなら、一升瓶くらい空けるんだけどな。
 
「あー……まじに帰ってこないかも、六華」
 うん、と、延びをする。
 結構背中を丸めてたんだな。


「六華さん、うちの弟を幸せにしたい、とおっしゃってましたね」
「ええ、そう言ってました」
 つい笑ってしまう。だって。
「正直、ね。彼女がうちの弟が望む幸せを与えられるようには見えなかった」
「……そう、ですね」
 そう、無理、だと思うんだ。
「正直、さっきの……六華に憑いてる怨霊のほうが、まだ可能性がありそうに
思いましたよ」
 幸せ、というものを自分から言い出して相手にぶつけられるその勢いとか。
 そうですか、と、誰かは笑った。
「……難しい、ものですね」
「本当に」

 あ、頂きますね、と、相手が一升瓶を示す。
 どうぞどうぞ、と、勧める。

 ……そう言えば、六華は、お酒持ってない……よな。
 大丈夫、かな。
 (これもまた、あたしの勝手な幸福論かもしれないが)

「……ほんとうは、あの子が、幸せにしたいって言い出したそのときに、とめ
る、べきでした」
「……はい」
「六華も苦しいだろう、弟さんも……」
 言いかけて、ちょっと考えてみる。
「……苦しいって思う、かな」
 どうしてあたしが怯えるのだ。
 どうしてあたしが、六華が弟さんとやらの荷厄介になるんじゃないか、と。
 どうして。
「苦しんでるのは二人ともそうだと思いますが、六華さんと弟の苦しさってか
なり違いますね」
「……確かに」

 それは、そうなのだけど。

「つか……六華が介入して、弟さんが、もっと苦労するなら……あたしは、そ
の一言で、六華を止め得ますけど」
 訊いた言葉に、間髪入れずに返事があった。
「多少の苦労したほうがいいです、弟は」
 ありゃ……これは。
「……おにーさん、長男さんですね」
「よくおわかりで」
「うちも下に二名ほどいますから」
「同じです」
 笑い混じりの、返答だった。
「……苦労しますね」
 てか、六華が『幸薄そうな』と評した方の上か下に、まだ居るのか。そう思っ
たらついついそんなことを言ってしまったのだが、
「苦労というか、日常でしたから」
「あはは」
 ……流石に長兄は強いな。
「なんていうかね、父親で母親でしたから」
「……それは、本当に苦労だ」
 笑いが、喉のあたりに絡むようで。


「……でも……あの……」
 それでも少し、楽になって、ようやくあたしは横の人の顔を見る気力が出た。
 ……そして改めて。
 この人の名前、何なんだ(なんて根本)。
 ええと、ええと、と、くるくる指を回していたら、
「本宮史久、史久でいいですよ」
「あ、いや、本宮さん」
 勘の良い人だな、と、どこかで思いながら、言葉を続ける。
「六華……まだ動くと思います」
「……動くと、僕も思ってます」
「ええ……」
 知っているよお節介だよ苦しいよ辛いよ。
「……許して、下さい」
「許すも何も」
 少し驚いたように、本宮さんは言う。
「僕は止めませんし、怒りもしません」
 当然のように、ごく当たり前のように。
「六華さんが自分で考えて行動しているならば」
 それが正しい言葉の筈で、決して特別厳しいわけでもないのに。
「見守りは、しますよ」
 ……どうして…………

 …………あ。

「……あいた」
「え?」
 あーほんとに自分は莫迦だ、大莫迦だ。
「あーいかんな、あと一杯貰います」
「どうぞ」
 呑まねば自分の莫迦さ加減が痛くて。
「……本宮さんの仰るとおり、己が莫迦です」
「そんな」
「なんのこたない」
 べこっとした紙コップに、それでも酒はなみなみと溜まる。

「あたしが六華に幸せになって欲しいだけだ」

 ああほんとに自分は莫迦ですよ。

「そうでしたか」
「……それもまた、あたしの、利己主義です」

 どれだけ判っていても、どれだけ念じていても。
 あたしからこぼれる、幸福論。

 ……なんて利己主義。

「ほんと……申し訳無い」
「……それはそれでいいと思います」
「いや、よかあ、ないんですよ」

 おかしくて、おかしくて。
 ついつい、笑い転げるのをあたしは止める。
 うーん、と、本宮さんは首をひねる。

「真帆さんは、利己的な考えをよしとしない人でしょう?」
「ええ、嫌ですね」
「なるほど」
 
 そう言って、黙る。
 そう、確かに……過剰反応、してる、よな。


「……恥、なんですけどね」
 ふと気が付くと、そんなことをあたしは言っている。
「あたしは、他人が幸福になって欲しい、その一念で仕掛けてくれたことで、
或る人をとても不幸にしました」
「ほう」
 数えてみる。
 ああ、もう、五年の昔だ。
「……ただ、笑うじゃないですか。そんな最低の結末に終わったってのに、言
われたんですよ」
 もう……五年も、経つのに。
「次は大丈夫ね、次は逃げないでねって」

 (あんたの知っている幸せとは違うのよ)
 (幸せになって欲しいと思ったのに)

  ……ああ、呪詛だ。
 
「それは、辛い、ですね」
「……ええ」

  (次は無いと思え)

「……五年間、だから、傷を治さないで、膿むばかりにしてきました」

  (どうして)
  (どうしてお前は)

「治ればまた、次が来て、あたしは今度は……死ぬでしょうから」

 五年間。
 ……ああ、本当に、あたしは毒を吐いている。

「……あたしたちの幸せって、そういうものだって……知ってますから」

 本宮さんは、黙っている。
 黙って貰えることに……少し安堵した。

 吐いた毒に、この人は関係が無い。
 ……そういう、安堵ってあると思う。

「……あー全く、なんで六華に見初められましたかね、私」
 コップに残った酒を飲み干して、えい、と手を空に伸ばす。
 本宮さんは、笑っている。
「でも」
「……はい?」
「六華さんと真帆さんて、出会うべくして出会ったようにも、見えますが?」

 …………こーのーひーとーわ!

「……本宮さん、相当根性悪いっすよ、その一言」
「そりゃもう」
 にこにこ笑いながら言うなコラ。
「……確信犯かっ」
「伊達に長男やってませんから」
「……くっ」
 くすくす、くすくす、と。
 ……あーちくしょ、笑われても仕方ない、のか。

「……それならば、出会っただけの……甲斐をつくらねば……ね」

 どうしてか判らないけれども。
 一ヶ月、ただ、一緒に酒を呑むことが出来て。
 相手の邪魔にならないことを、一番良く知っていて。

 それなのに、誰かの幸せに介入する奴と。

 ……どうして、今のあたしが、出会ったの、か。


「本宮さん」
「はい」
「……まだ、多少、お世話おかけしますわ。六華のこと」
「いえ」
「居るだけで時々迷惑っぽいんで」
「あはは」

 何時の間にやら空になった一升瓶を、ゴミ箱に移動させて。

「……てか、あたしも、御迷惑をおかけしました」
「いえ」

 紙コップを空にして、捨てて。

「弟さんに、宜しく」
「……こちらこそ、六華さんに、宜しく」

 片付けて、片付けて。

 そして……本当に泣きそうになる。

「……有難うございました」

 今から、またあたしは自分の部屋に戻る。
 六華が居ても、居なくても……ちょっとだけ敷居が高い、けれども。

「いえ……」

 さようなら、ありがとうございました、と、繰り返して。
 最後に、本宮さんは笑って言った。

「六華さんに、宜しく」


 
 そして、確かに。
 部屋の前には、六華が居て。
 
「あー、今開けるけど……酒、無くなっちゃった」
「あ、じゃ、かってこよ?」
「いーけど……あんた呑むのよね?」
「うん!」

    ***

 幸せに。
 幸せにしてあげたい、と。

 呪う自分の汚さとやりきれなさと。
 エゴとか矛盾とか、考えても考えても消えない呪詛と。


 全てを、含んで。


 この、どこか無邪気で底の知れない冬女との暮らしは、まだ、もう少しは続
きそうだな、と。
 
 続いて、くれそうだな、と。


 ふと……思った。

 
 おかしくて、空を見上げた。
 ぼんやりと曇った空に、それでも、頼りなく。

 星のひとつふたつを。

 
 星の ひとつ、ふたつを。

      *********


 てなもんで。

ではでは。


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