[KATARIBE 28423] [HA06N] 小説『冬女』第九章

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Date: Fri, 11 Feb 2005 23:25:12 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28423] [HA06N] 小説『冬女』第九章
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2005年02月11日:23時25分11秒
Sub:[HA06N]小説『冬女』第九章:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
今のとこ、ここまで書いてます。
次くらいで、一旦話を切ります。

***************************
小説『冬女』九の章
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登場人物
--------
 六華(りっか):
   自称冬女。雪を降らす異能有り。酒豪。怨霊が憑いているらしい。
 軽部真帆(かるべ・まほ):
   物語の語り手。ごく普通の小市民(自称)。現在六華が同居中。

本文
----

 例えば誰かが不幸だとしたら、その人が幸せになって欲しいと思う。そのこ
とは別におかしくない。
 ただ、どうしてそう思ったかを理詰めで考えれば、どうしたってその動機は
我欲や利己主義に傾いていってしまう。
 別にそういう動機から始まったから、というより……要するにあたしの思考
が我欲やら利己主義やらでごたごたしている、それだけのことなんだろうけど。

 幸せになって欲しい。
 そう言う女の後ろの妄念。

 その正体を知りたい、と、思う。
 知る必要が無いことは、十全に分かっていても。

 ただ、同時に。

  関わるな、とも思う。


 どこまでが利己主義。
 どこまでが思いやり。

      **

 ざんばらの髪をざっと梳くと、女は急に『普通』に見えた。いや、正確に言
うと『普通より相当美人』になった。
「……六華が言ったとおりだわ」
「え?」
 こうなったら家に入ってよ、と言った言葉に、彼女は案外素直に従った。
「美人だったって言ってた」
「……御追従?」
「いや多分事実確認」
 妙な顔になった相手をおいといて、あたしは彼女をもう一度見た。
 目尻の釣り上がったきつそうな顔。確かに血の気を思わせない白さの肌。
 ……にしても、あまりに人間で。
「ほんとに幽霊?」
「でなければ何?」
「……人間」

 手を伸ばして、肩の辺りをぽんぽんと叩いてみる。確かに肉の薄い、儚げな
感じこそあったが、それにしたってあたしの手に、きちんとした手ごたえがあ
る。

「幽霊ってんなら、何か出来ます?」
「何か?」
「ほら、ひゅーどろどろ、と、どっかから出てくるとか浮き上がるとか足が無
いとか……って足はあるだろうけど」
「…………」
 いやその、そこまで憮然としなくても。
「……やってみましょう」
 じろっとこちらを見てから、彼女はそれでも存外素直に立ち上がった。
 うん、足はあるな。
 ……などと思っていると、彼女の体はふわ、と、浮き上がった。そのまま天
井に向かい……あ。
「……あたっ」
 ごち、と、相当こりゃ痛いって音と一緒に、彼女は頭を抱え込んだ。
「…………っ」
「だ、大丈夫?」
 笑っちゃいかん笑っちゃ。
「……お前」
 抱え込んだ手の隙間から、えらい恨めしげな目で彼女が睨みつける。
「どうして……!」
「どうして、と言われても……」
「お前が引き止めたら、あたしはここに残ってしまった。お前こそ物の怪では
ないの?!」
 片帆でも流石にあたしのことを、物の怪とまでは言わんけどなあ。
「一応どこにでも転がってる普通の人間と思ってるけど?」
「どこが……!」
「てーか、貴方こそどうして人間に戻ったのか、その理由がわかって人のせい
にしているわけ?」
 ぐ、と、相手が答えに詰まる。
「あたしのせいかもしれないけど、この場所のせいかもしれないし、複合理由
かもしれないし、貴方の心の持ちように拠るのかもし」
「ええい五月蝿い!」
「この程度の理屈に負けるくらいの根拠でもって、化け物扱いとは片腹の痛い
こと」
 片帆との論戦に、それでも過半数は勝っているのだ(勝たねば長姉の面子が
立たない)。大概の屁理屈には慣れている。
 ぐう、と、彼女が小さくうめく。
 ああ、ぐうの音が出ないってこういうものなんだなあ。


「……とにかく、貴方が普通は幽霊ってのが事実だとして」
 まあ、苛める積りで部屋に呼んだわけでもないので、『化け物でも何でもい
いけど、今のところ危害は加える気無いから』と説得して、彼女を床に着地さ
せた。
 やっぱり彼女は割合に素直に、その言葉に従った。
 幽霊で六華を怨んでいる……割に理性的かも。

「お名前は?」
「香夜」
「かや?」
「そう」
 きつい顔に不本意、と書いて貼っているような表情を浮かべながら、それで
も彼女の言葉は歯切れがいい。
「それで……六華に取り付いてるって……」
「りっか?」
「あー……ええと、さっきの……ゆきの、って呼んでたっけ?」
「ああ……」
 ああ、成程、それで六華、と、小さく呟いて頷くと、彼女はすっと背筋を伸
ばした。
「そうなりますな」
「……あそ」
 それが正当なのか、不当なのか。
 問い質したい、と思った。

 それが間違いなのだ、と、思った。

「ゆきのは何もいわなかったの?」
「……ん?」
「あたしのことを、何も言わないで此処にいるの?」
「いや……そういう人が居たってのは聞いたけど。そもそも何か憑いてるって
のを六華が思い出したのが、昨日か一昨日くらいだったから」
 冬が終わる直前まで全部を思い出すことは無いのだ、と、彼女は言っていた。
 そう言うと、目の前の自称幽霊殿は小首を傾げた。
「何?」
「……変わっている」
「ってあたしが?」
「無論」
 もう少し遠慮がちに言いなさいっての。
「怨まれている、と、それは正直に申したのでしょう」
「言ったわね」
「なら、どうしてそういう者と思わない」
「へ?」

 彼女の目が、ぎらり、と、ぬめるように光った。

「怨みをかい、ここまで化生として永らえたモノを、どうしてそのように信用
する」

 えらく……何かこう、盛り上がるべきとこなのかなって勢いで、彼女がこち
らに押してくる。
 ただ、なあ……

「信用『しない』っていうと、どのように?」
「え?」
「いやだから、あたしが六華を信用するのがおかしいってんでしょ?じゃ、ど
んな風に六華はあたしを裏切るっての?」
「どんな、と……」
「盗むほどの金もないし、そこのPC抱えて逃げる……にはちょっと六華は小さ
すぎるし、うちでそこそこ価値があるかもしれないのは絶版になった文庫本く
らいだけど、どれも読み込んじゃってぼろぼろだし、最近そういうの復刊して
るし」
「だからたとえば、裏切るとか」
「どうやって裏切るのさ」
「お―――お前が居ないうちに、家に火を放って逃げるとか」
「あの子、あたしが居ない時は、大概そとをふらついてるんですけど」
「ゆ、友人達に悪口雑言を」
「現在こちとら、友人に『生きてるんですか?』って言われる状態なんだけど。
多分六華は知らないと思うし、悪口ったってどんな?」
『先輩以上の行方不明者ったら花澄先輩くらいだ』と、この前高校の時の後輩
に太鼓判押されてしまったくらいだしね。
「悪評を立てるとか」
「酒飲みで甲斐性無しで無精者っての全部事実だからそれ悪評ちがうし」
「う……」
 ………勝った。(こういうことで勝っていいのか自分……ああ情けねえ)。

 と。
 長い髪を振り立てるようにして、彼女は顔を上げた。
「ぐ、具体的にはどうするかわからぬ。でもあの女は……好意を踏みつける!」
「……踏みつけられたの?」
「あたしではない、あたしの兄が」
「へ?」
「幸せにしてやろうと言うたのに!」

 ……え?

「幸せ……に……?」

 幸せにしたい。してあげたい。
 ……六華の口癖、と聞き流していた言葉が、急に毒を帯びて。

「幸せに、あんたのほうが、してあげようとした、ての?」
「それを踏みにじったは、あの女のほうよ!」
「……六華……てか、ゆきののほうも、あんたを幸せにしたいって……」
「誰があんな女に!」

 ……いやまあ、最初に自分の好意が踏んづけられたなら、それはそれでその
反応はわからんではないんだが。
「でもさ、質問」
「何」
「幸せって、『してやろう』っていうもん?」

 何であっても、好意を拒絶されるというのは確かにきつい。相当に参る。
 ただ、そのことをも『ああ仕方ない、余計なことしちまったな』と、どこか
で割り切ることが出来ないなら。

 ……それって好意か?

「幸せにしてやろうって、そりゃ誰の基準で幸せってこと?」
「……」
「あんたのお兄さんが見て幸せだからって、六華の幸せが重なるとは限らんの
じゃない?」
「……だ、誰が見ても、幸せになったわ!」
「莫迦言うんじゃないよ」
 
 (どうして)
 (おまえによかれと思ったのに)
 (誰もかれも、お前によかれと)
 (お前が幸福になるようにと)

 ……ああ呪いだ、がんじがらめにする呪いだ。

「万人が万人、それは幸せですって言ったって、六華が幸せと思わないなら、
何が幸せだってのよ」
「……何も判らぬくせに!」
「何も判らなくたって、この程度の道理は流石に判るの」
「…………だ……黙れ!」
 
 瞬時、彼女の口がくわっと裂けた。
 眦は朱の色を帯びてきりきりとつりあがる。
 長い髪に、やはり朱の色が混ざる。

「幸せにと思うて裏切られ、兄ごと奈落に叩き込まれて……怨まずにいられる
ものか!」

 ……多分。
 もし、六華より先に彼女に会っていたら、あたしの対応も違っていたと思う。
 それは、確かに、一か月分の……まあ、信用みたいなもののせい、だったか
もしれない。

 ただ。

「そりゃあんたの道理」
 別に怨みってものが、理路整然としてろとは言わない。確かに何がどうであ
れ、彼女は多分被害を蒙り、その原因は六華なんだろう。
でも、あたしがその恨みに、同調する理屈は無い。
「あたしの道理じゃないな」

 髪の毛が渦を巻く。どろどろと、彼女の周囲が瘴気を孕んでゆく。
 流石にこれは、まずい……が。

 目を逸らさないようにしながら、手探りする。もし、六華が呑んでいなかっ
たら…………

 あった。


「ゆきのを出せ!」
「阿呆か!」

 言いざま、あたしは伸ばした右手にコップを握りこみ、中の酒を彼女の顔に
ぶっかけた。

「ひいいいいっ」

 ぐら、と、部屋が歪むような、声。それが高く低く流れる。こめかみのとこ
ろに針を突き立てるように、その声が響く。
 ああ、ああ、明日くらい絶対これ周りから注意されそうだな。
 ……って、暢気だな自分も。

「畜生!」

 叫ぶなり、彼女は壁に身を投げた。
 今度は何故か彼女の身体は壁をすり抜けた。
 あ、本当に幽霊だったのか……と。

 やはり暢気に、そんなことを思った。



 『何が幸福か、お前には判っていないのだ』と言われた。
 一生涯、毎日毎日死に続けることが、幸いになるのだ、と。

 次は逃げることを許さない、とも。


「……あーちくしょ」
 手元にある酒は、さっきのが最後。酒瓶は六華に持たせちゃったんだった。

  (毎夜毎夜、呑まねば眠れないというのに)

 鞄にコップを入れて、外套を羽織って。
 彼女が居るとすれば、多分それは公園だから。


   ***

 利己主義と気がつかない利己主義とか。
 好意と思っていてもやっぱり押し付けとか。

 ……そういうのって、ほんとに油断するとすぐこぼれてくる。


 余計な一言って、あると思う。
 今まで何も無かった筈のところに亀裂が生じる。無論頑張れば、その言葉は
或る意味消えるし、厳密にその一言だけで人と人の仲が崩れるってのは、多分
無いんじゃないかな、とも思う。

 ただ、やっぱり。
 言わなくて良い一言ってのは……あるんだよな。

『これが呑まずにいられるか』
 せめて、そんな心境で……あの場に行かなければ良かった、と思う。

 ……しみじみと、先に立たない後悔だけど。

***********************

……これが呑まずにいられるか。
己がこれを流している、現在の心境かもしれません(自縄自縛)

続き、できるだけ早く書きます。
ではでは。


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