[KATARIBE 28422] [HA06N] 小説『冬女』第八章

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Date: Fri, 11 Feb 2005 23:23:03 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28422] [HA06N] 小説『冬女』第八章
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月11日:23時23分03秒
Sub:[HA06N]小説『冬女』第八章:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何だか手元に置いておくと、胃が痛くなりますので流します。
冬女続きです。
次の便で、今のところ最後です。
その次、くらいで、一旦区切るかと思います。

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小説『冬女』八の章
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登場人物
--------
 六華(りっか):
   自称冬女。雪を降らす異能有り。酒豪。怨霊が後ろに憑いてるらしい。
 軽部真帆(かるべ・まほ):
   物語の語り手。ごく普通の小市民(自称)。現在六華が同居中。

本文
----

 『誰かを得たい』 とい言葉に、多分あたし達は過剰に反応するのだと思う。
 誰かが欲しい、誰かを得たい。無論それは本当に単純に、恋愛については
『相手の心をこっちに向かせたい』程度の意味、なのだろうけど。
 けれども……いや、そうやって無意識に『欲しい』という言葉を選ぶ、その
心理こそ……厭なんだよな、と。

 どれほど大切にされたって、誰かの手の中で安住することを選ぶほど、まだ
自分も落ちぶれては居ない。


 ……と、啖呵が咄嗟に出てくるあたり、自分も本当に人間が出来てない。

       **

「真帆サン、気分悪いよー」
 結局、その翌日、六華はぱったり倒れてしまった。
「……呑みすぎ」
「ちがうよー」
 何をゆーか。奢られ上手で『たらしこむの得意』と放言するあんたが、払っ
てこないと申し訳なかった、なんて言う位には呑んだんでしょうが。
「でもちがうよー」
「まあ、寝てなさいな」
 こちらは仕事があるんで、ばたくさと用意をしている中、六華は何度も寝返
りを打つ。
「気分悪い?」
「……あのね真帆サン、お酒、ある?」
「…………はあ?!」
「違うの、魔よけに……お願い」
 切羽詰った声に、こちらも思わず振り向く。布団の中の半泣きの顔がこちら
を見ている。
「あるけど……ちょいまち」
 紙パックの残りは、あと……ああ、それでもコップ一杯くらいはあるな。
「これでいい?」
「うん……ここ、おいといて」
「呑まない、のね?」
「呑まない」

 枕元の小さなお盆の上に、コップを載せて。
 その横に、小皿に塩を一山。

「……あは、魔除けだ」
「塩舐めて一杯とか言わないでよ」

 冬女が風邪ってのも変だし。それを言うならそもそも「気分悪いよう」なん
て言い出すほうがおかしいんだろうけど。

「一応、鍵置いとくから」
「ん……多分、外には出ないと思うけど」
「まあ、一応、さ……あ、ただ、こっちも早めに帰るから、7時くらいには家
にいてよ」
「うん」
「お茶あるし、コーヒーあるし。あと今日、何か欲しいもんある?」
「にほんしゅー」

 ……蹴るぞおい。


 そして実際『すいませんちょっと用事が』と仕事を早く切り上げて。
 電車の駅を、いつもより一駅手前で降りて。
 いつのまにやら一升瓶を抱えている自分がいたりするのが、一番『蹴るぞお
い』に相応しいんだろうなあ、などと。
 ……ああ本当に、心情的に妙に滅入りますな。


「……?」
 時刻はまだ7時前。と言っても冬の日は早く暮れるから、もうすっかり周り
は暗い。ただ、うちの前の路地は街灯のせいもあり、結構毎度明るく照らされ
ている。
 その、明かりの下に。
(寒くないのかな)
 白っぽい着物に、白い帯。着物というと『暑い』と連想するほうなんだが、
その人の着物は何とも寒々しい印象があった。
(長襦袢一枚?)
 襟の部分。普通の着物なら身頃と同じ布である筈の部分に、白いあて布がし
てある。丁度それが、長襦袢に半襟をかけたような具合に見える。
 あまり幅の広くない、白い帯には飾りもない。
 
 いや、思わなかったわけじゃないのだ。
 この服装に、一番似ているのは……と言われれば、それは勿論四谷怪談やら
牡丹灯篭でお馴染みの、日本固有のあの幽霊の衣装(衣装ってのも何か変だが)
だよなあ、と。
 ただね、普通……本当に普通、路地曲がって目の前に居るのが古典的幽霊だ
なんて。
 誰が思います?


「ただいまー」
 ブザーを鳴らして、声をかけて。
 えらい違和感と一緒に、扉が開くのを待つ。
「おかえりー」
 開いた扉の向こうで、六華がにこっと笑ったが、
「……え?」
 笑いが、目の前でこわばるってのはこういうことだろうか。唇が奇妙に捻じ
曲がり、頬の色が傍目にも明らかに蒼褪める。
「…………ゆきの」
 そしてあたしの後ろから、かすれるような。
「ゆきの………っ!」
 女の、声。


 ちょっと、質問なんだけど。
 もし、貴方ならばどうしたろうか。
 自分の後ろから聴いたことの無い女性の声がして、どうもその目標が家の中
に居る友人らしくって、ついでにえらい恨めしげだったとして、そしてその手
が戸口の隙間から友人のほうに伸びたとしたら。

「どちらさまですか一体!」
 振り返りざま、言う。と同時に視界一面に女の顔……てか頭が飛び込んでく
る。
 ざんばらの髪。その間から覗く血走った目。
「な……ゆきの!」
「何の御用ですか!」
 押しのけて中に入ろうとする女を、こちらが押しのける。有り難いことに彼
女も六華と同じくらい華奢で小柄で、結果として遠慮無くあたしのほうが勝っ
たわけだが。
「お放し!」
「他人の家に勝手に入るって何事です!」
 もみ合っている間に、扉の重みが右肩に掛かるのがわかった。六華が手を離
したらしい。ぱたた、と、軽い足音。何よりもあたしの斜め後ろの、女性の暴
れよう。
「こ、この卑怯者!ゆきの!」
 つーかですね。この家ってあたしの家なんですけど。
 卑怯者って誰ですか。
「……いい加減に……」
 …………あーもう!
「どっちがいい加減にしろってんだこの野郎っ!」
 一息で怒鳴る。多分相手も意味は取れなかったんじゃないかな。
「……なっ……」
 ただ、地声はいざとなると相当大きいので、こういう威嚇には向いている…
…というのは珍しくも片帆の意見ではなく、喧嘩で全戦全敗をくらっていた弟
の発言である。
「ひとんちの玄関無理矢理入ろうとして、卑怯者だのいい加減だの、警察呼び
ますよ!」
 相手が悪いんだ、と、きっちりお隣に聞こえるように、やはりでかい声で言
う。
 我ながら基本が姑息である。

 ……と。

「……けーさつ?」
 なんだそのほにゃけた声は。
「当たり前じゃないですか。不法侵入ですよこれ」
 それでも相手の声が小さくなったので、こちらの声も落ち着く。
「ふほう?」
「不法でしょう?」

 唖然茫然。そんな顔で女はこちらの台詞を繰り返す。
 何だか気が抜けて……そしてようやく相手をよく見るだけの余裕が出来る。
 そして、気がつく。
 さっき、家の前に居た白い着物の人じゃないか。
 ……ぼんやりとこちらを見ていた顔が、急にひきつった。

「このっ!」
「だから何!」
 背中で開いていた扉の重みがふっと消える。こちらはそれどころではなく、
またも暴れ出した女の右手を左の肘で挟み込み、手首を捉まえてひねり挙げる。
「いたあっ!」
「正当防衛!」
 そのまま戸口の左側の壁に、彼女を押し付ける。
 ぱたた、と、足音。扉を一杯に開いて、六華がすり抜けるようにして出てき
たのが見えた。
「お放し!」
「蹴るなっ」
 この女腕が何本あるんだって勢いだな……って、あ。
「六華ごめん、このお酒持ってって」
 書類鞄から三割ほど突き出した、ビニール袋に入った瓶。誰か知らないが、
この女を押えつけるのに、どうもこの瓶が邪魔なのだ。
「え……」
「大丈夫、抑えとくから」
 ざっと、ビニールのこすれる音。そして肩が軽くなる感覚。
「後で迎えに行くから」

 返事は、無い。

「おはなしってば!」
 暴れる女の足を、えい、と踏む。……いや加減はしましたよ、相手は素足だっ
たし。

 …………素足?

(何かをあたしは大きく間違えている気がする)
(絶対何かを勘違いしている気がする)

「お前……」
 気がつくと彼女は目を見開いてこちらを見ている。その表情を見て、あたし
も確信する。
 彼女は、怒っている以上に……こちらを怖がっているのだ。

「お前、昨日の……」
 きのう、の。
 きのうの、あさの。
 
「…………っ?!」
 (長い髪と白い顔、高い声)
 (悲鳴なんて一度聞いて誰の声なんて判別できやしないわけで)
 (それにしても多分ぼやけた顔に焦点が合っていたとしたら)

 そうしたら。

「……あのときの?」
「お前、一体何者……?」

   ***

 誰かを得たい。誰かが欲しい。
 その類の感情が、自分に無いとは言わない。
 ただその感情を持つことを、ひどく自分に恥じるだけだ。
 そしてまた……それ故に、あたしは恥じねばならない。

 誰かのことを、知りたい、と思うことを。


 ……ああほんとに、自分は人間が出来てないよなあ……

**********************

てなとこで。




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