[KATARIBE 28412] [HA06N] 小説『冬女』第四章

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Date: Thu, 10 Feb 2005 00:52:12 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28412] [HA06N] 小説『冬女』第四章
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2005年02月10日:00時52分11秒
Sub:[HA06N]小説『冬女』第四章:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
一方通行で流しております『冬女』です。
ちなみに昨日のは三章、ですね(題名のとこ間違えてやンの己)
まだまだ続きます。
………せめて十くらいで一段落してくれ(滅)

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小説『冬女』四の章
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登場人物
--------
 六華(りっか):
   自称冬女。雪を降らす異能有り。結構謎多し。酒豪。
 軽部真帆(かるべ・まほ):
   物語の語り手。ごく普通の小市民。現在六華が同居中。

本文
----

 幸せに、なってほしい、と。
 彼女は言うのだけど。

 さてはてさて。
 時折自分でも考え込むけど。

 幸せ、ねえ…………。



「真帆サンは、何が幸せ?」
 結局酒瓶の残りと肉じゃがのお鉢は、部屋で空になった。
「……本棚と別の部屋に眠れるよーな家に住むこと」
「は?」
 おこたに顎を乗せてのべーっとしていた六華が、背を伸ばしてきょとんとこ
ちらを見た。
「あとね、甥っ子と姪っ子がぐれずに大きくなって成人式で『おばちゃーん成
人したよ』って電話してくれること」
「……真帆サンおばさんなの?」
「おとーとんとこにこども二人」
 うーん、酒のせいで、やはり少々滑舌が悪くなってるな。
「もう、そんなに大きな?」
「ううん、今度5歳と1.5歳」
「えー」
 笑い事じゃない。あたしと妹と、二人揃って『甥や姪が小中高と勉強で困っ
たら、あんたらが無償で家庭教師すること』と命令されているんだから(両親
が教えるのは無謀だってのは、親も三人の子供を育てて骨身に染みているらし
い)。

「あーでも、真帆サンの幸せって、そういうもの?」
「んー」
 てか、困るんだよな。
「あんまり幸せって、求めてないつかね」
「へ?」
「幸せな時の記憶って、ぶっ飛ぶ気がするんだよな」

 ふと、言ってしまって。
 あいた、と、自己嫌悪。

 きょとんと目を見開いている目の前の冬女には……彼女の過去の話が確かな
らば……幸せの為に飛び越した記憶なんて無いかもしれないのだ。

「……ふうん」
 それでも彼女は、ことさらにこだわる様子は見せなかった。ただ本当に不思
議そうに、そうか、そういうもんかあ、と、呟くのみで。

 多分ね。
 幸せなんて長く続くと、いつも不安になる自分の貧乏性が原因だとは思うの
だけどね。
 例えば苦しい状態から抜け出す、ということ。これは嬉しい。
 でも、抜け出したらあー幸せー……というわけじゃないんだろうな、と、や
はり思うわけで。

「てか、一生幸せじゃいらんないから」
「……それはそう、かもー」
「んで、ある程度首にならない仕事があって、ちゃんと一人で飯食えて、甥と
姪にお年玉渡せたら、それは充分に幸福だと思うのだよね」
「…………」
「それ以上ほわーとするのは、要らない、って」

 ……思えるのは、自分が現在幸福だから、なのだろうな、と。
 そのことも十全に判ってはいるのだけど。
 身体を売るということを、「大変だけどしごと」と言い切る彼女に、幸福を
説く権利なぞ、自分には無いとも思うのだけど。

「……難しいなあ」

 ぽつり、と、言うと、六華はまた、おこたの端に顎を乗せて黙った。

 うん、ほんとうに。
 幸せになって欲しいってのは……難しい。

「……てか、そいえば六華さんや、訊いていい?」
「なんっしょ?」
 やはり目をぱちくりとさせて、彼女はこちらを見る。

「何で、その、幸薄そうな人に幸せになって欲しいわけ?」
「……幸薄そうだから」
 いや、そうなんですけどね。
「幸薄そうな人って、その人だけじゃないと思うんだけど」
「それはーそうだけど」
「んで、幸せになりたいよって言う莫迦は……方向性はおいといても……いっ
ぱい居たんじゃない?」
「いたねー」
「……んじゃ、何で話もしてないらしい酔っ払いさんを幸せにしたいわけ?」
「…………」
 相当真剣な顔になって、彼女は考え込んだ。
「……なんとなくー……って、思ってた、けどー」
「けど?」

 …………ふと、彼女の表情がかちりと変わった。
 真剣な表情の、どこかがかたりと欠けて、何ともかとも、困ったような……

「……あたしってもしかして変な奴?」
 それ、肯定していい台詞なのかな。
「えとね……もしかしたら、なんだけどー」

 何度も言いよどんでから、彼女は渋々口を開いた。

「…………彼女に似てたかもー」
「……彼女?」
「恨まれてた、彼女…………って何、その反応」

 ええと思わずおこたの端に、頭ぶつけた己が悪いんでしょうか。

「…………てかそのええと」
 よいしょと頭を起こす。結構痛かったよー。
「どんな人だったん、その人」
「んー」

 何時の間にやら一升瓶は空になり、非常用の紙パックの日本酒(米だけのっ
て奴ね)に移っている。
 それまでと同じ調子で六華は酒を一口含み……眉根に皺を寄せた。
「しょうがないっしょ、パック酒なんだから」
「瓶でかっとけばいーのに」
「ゴミで出す時恥ずかしいの」
「……えーそんなの超越してるかと思ったー」
「何でそーな……ってずるいぞこら、話ずらしてる」
 びし、とことさらに指差して見せると、彼女もやはり大仰に肩を竦め……そ
して諦めたように、くふ、と、笑った。

 「……何か、すんごいひと、だった、よ」

 ゆっくりと、朱唇が言葉を紡ぎ出す。


 すっごく負けず嫌いで。同い年で、美人だったけど、入ってきたのが15の時
で、それからそりゃもう姉さまのお客を横取りするは、客が別に流れたら修羅
場起こすは……自分が何でも一番って、みんなが納得するまで見せびらかし続
けるみたいな、ね。
 ……ううん、そりゃ、姉さま達は毛嫌いしてたよ。でも、おとこの人は……
まあ、ある意味情が深いとも思えたんだろうね。
 見ていて気の毒になるようだったよ。お客に惚れるでしょ、そして暫くする
とお客が逃げるの。そしたらまた次のお客に入れあげるの。そしてまた逃げら
れる。
 あれだけ美人で相手に尽くして、どうしてって思うようなんだけど。
 どうしてそんなに必死に誰かを追うの、誰かがいなくちゃいけないの、って、
一度尋ねたら、叩かれそうになったっけ。

 多分、真帆サンと全く逆の人だったと思う。幸せでなきゃ、一番でなきゃ、
って、いっつもいっつもその一番高いとこで、手を伸ばして叫んでるようなひ
とだったから。
 
 一人で居るってことがどうしても出来なくて、それだけで不幸だって思うひ
とで。
 誰かを手に入れたら、その時の一番嬉しい心のまま、ずっと過ごしたいひと
だったから。

 そすっとしんどくなって、お客さんあたしのほうに来るの。
 そしてまた、修羅場みたいになるから、一度だけ啖呵切ったら……何か向こ
うも納得して。

 だから……もしかしたらあたしくらいかもしれない、彼女が嫌いじゃなかっ
たの。

「………………」 
 ほわほわー……とそれだけ言うと、彼女はえへ、と、笑って小首を傾げた。
「今覚えてるの、それくらい、かな」
「……えらい強烈な人だったんだねえ」
「それは、そーかも」
 ええとええと。
「んで、その強烈なおねーさんに、その幸薄そうな人が似てたわけ?」
「あ…………いや全部じゃなくて、ええと」
 ええと、ええと、と、今度は彼女のほうが手をぱたぱたとさせて慌てだす。
「いつもいつも、一番高いところの嬉しい、が、続くのが幸せと思ってそうな
ところが」

 恋愛については欠片も知らないから何もいえないけれど。
 例えば受験。受かった時はそりゃもう飛び跳ねるくらい嬉しいわけで。
 ……でも当然、大学に入りゃ、それなりに挫折もするし苦しくもある。
 夢は現実になった途端、現実でしかない。
 まして恋愛。誰かに手を伸ばしたって相手の意見はあるだろうし、自分が幸
せになるばかりじゃない。
 

「つーか……それって相当若い人?」
「真帆サンよりは若かった」
「いや、そりゃあのおまわりさんの弟さんならそうだろうけど……今の六華よりも若い?」
「ううん年上」
「……蹴っていい?」
 
 動かない研究用機械は蹴って直す。
 動かない洗濯機は殴って直す。
 動かない野郎も(以下検閲削除の上、略)。

「……真帆サン、けっこそれまじに言ってるし」
 あはは、と、彼女が笑う。
「だってねえ、それで失恋してるって莫迦じゃん」
「うわー、あたしより容赦ないー……ってわあん、落ち込まないでー」
 いいんだいいんだおこたの板と仲良くなってやるっ。

 まあ、良く考えると、そもそも六華もあたしも、その『幸薄そうなにーちゃ
ん』を知らないわけで。
 その上で好き放題言ってるのって……相手が聞いたら失礼なんてもんじゃな
いよな、と、思っていたのは事実なんだけど。
 にしてもそういう印象を、六華が受けた……というのなら。
「そういう人がさ、幸せになるったら、色恋沙汰の成就しかありえないんじゃ
ない?」
「やっぱそーかなあ」
「そしたら……あれだ六華、誰か適当な人をそのにーちゃんが選んだら、すか
さずお手伝いだ!」
「あ、その手があるか!……って真帆さーん……」

 …………満面のにこにこ顔で言いますかね普通……

「……んでもね、真帆サン」
 ふと、彼女が居住まいを正す。
「あのひとは、相当ひどい人だった。それはそう。
……でも、そしたらそのひどい人を追い詰めて、殺しちゃったあたしはもっと
ひどいひとかも」
「なんでそーなる」
「ならないかな」
「ならないよ」

 ああかなり酔ってるな、と、後頭部のどこかで愚痴っている自分が居る。
 でもそうなると、喋り終えるまでどもならんし。

「あのね、人の生き方なんてそうそう誰かが変えられるわけじゃない。その人
だってそう、六華が恨まれるようなことしなくても、誰かを恨んでぶつかって、
やっぱ自分を通せなくって、自殺ってなってたと思うよ」
 我を折って相手の思いを通すか。
 我を張り通して相手を叩き折るか。
「……真帆サンなら、相手を折る?」
「てーかあたしが折れない」

 言いかけて、気づく。ああそうか。

「…………あたしも、似てる、のか」

 折れるくらいならば死んだほうがましなものを抱えて。
 否、どうかすると相手を殺したほうがましなものを抱えて。

 ……誰かの為に、と思っても、決して折れない芯のようなもの。

「……真帆、サン」
 ふう、と、軽く乾いた、それでも水の匂い。
「でも、真帆サンは愛さないって人だから」
 ずるずるとおこたに凭れて、何時の間にか狭まっていた視野を、漆のような
黒の髪が埋め尽くし。
「折れない芯を、誰にも向けないようにしているひとだから」
 静かな声が、そう、告げる。


 多分あたしたちの中にも、それはそれは折れないエゴがあって。
 折らねば多分、人はそのエゴの距離より近づくことは出来なくて。

 だからあたしや六華は、人にそれ以上近づくものかと……

 ……ああ、そう決めているのだよね。
 (だから彼女は今ここに居て)
 (こうやってあたしを覗いている)

 けれども、多分、あたし達のような連中は、どこかでひどく妬んでいるのだ。
 己の中の折れない芯を、意識してか無意識にか、誰かに向けることの出来る
相手を。

 理が情を抑えることの出来る者は、情が理を振り落とす者を羨むのかもしれ
ない。
 多分その逆もまた……真なのだろうけれど。


  如何に情が動こうとも、己の中の芯は微動だにせず。
  動けば己が足元すら、不確かであることを判るだけ。

 だから。

 ……だから………


 「……だから、幸せに、なってほしいんだ……?」

 その時あたしは、圧倒的に説明が足りません状態に陥っていたから、彼女が
どこまであたしの心を読んだかわからない。
 けれども、彼女の返事を、笑い混じりの声、と聞いたのは、あたしの耳が酒
に負けてたせいではないと思いたい。

 「……そだよー」
 たった、その一言だったけど。

*****************************

 てなとこで。
ではでは。



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