[KATARIBE 28408] [HA06N] 小説『冬女』第二章

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Date: Tue, 8 Feb 2005 22:36:00 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28408] [HA06N] 小説『冬女』第二章
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2005年02月08日:22時35分59秒
Sub:[HA06N]小説『冬女』第二章:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
冬女、続きです。
現在、全体の話がどっち行くか、めもってるとこですが、
……全体に六華については不幸になるはずなんですけど。
どーして話のトーンがこうも能天気なんだろう(がっくり)

とりあえず、続きです。

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小説『冬女』三の章
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登場人物
--------
 六華(りっか):
   自称冬女。雪を降らす異能有り。酒豪。
 軽部真帆(かるべ・まほ):
   物語の語り手。現在六華が同居中。

本文
----



 『たとえばあたしが昔、本当に男を手玉に取ってたとしたら、
   真帆さんはあたしのこと軽蔑するのかな?』

 ……その問いを。
 流石に『いやまーさか』で受け流せるようになった自分の年齢ってものが、
今更ながらに非常に有難いものであったりする。

       **

「えっとねー、冬女になる以前はですね、あたしはですね」
 一度雪でぬぐったグラスに、また日本酒を注いで。
 よく冷えたグラスを、彼女の指がくるくるともてあそぶ。
「花魁などと呼ばれてたのね」

 雪野花魁って呼ばれてたんだよー、と、笑う。
 ほんとうに……なんでもなげに。

「最後は御職まで行ったんだよー」
「それはすごいや」

 その妓楼の格がどの程度か知らないが、そこの一番人気の花魁だっていうん
だから、顔立ちだけでは……確かにその点彼女は有利だったろうけど……勝ち
取れまい。
「うん、結構ね、習うことは多かったし喧嘩も多かったし、大変だったけどね」
 ほろほろ、と、笑う。
 その……強さ。
「そんでねー、こうなったのが……25の頃、かな?」
「え、25歳?」
 その歳には見えない。そのことを彼女も察したらしく、違う違う、と、手を
振って見せた。
「そうじゃなくて……その時は」
 人が雪女に変じるならば、年齢が多少若返ったってそう不思議ではあるまい。
「その頃にね、同じ妓楼の子から……まあひどく恨まれて」
 いつの間にやら彼女の口調は、この一月聞きなれたのほほんとしたものから、
どこか艶めいたものに変わっている。彼女の顔立ちには、確かにそのほうが似
合っていた。
「……まさか、殺され……」
「いえまさか」
 六華はくすくすと笑った。
「単なる労咳でありましたよ」
 そのさらりとした口調が、かえってつらい。
 それを読んだのか、六華は黒い髪に指を絡めるようにしながら、微笑んだ。
「というか……本当に死んだかどうかは、実はあやふや」
「…………は?」
「冬女になって、起きておるのが一年に三月かそこら。最初の半月は記憶も抜
けばかりで……」
「……憶えてないの?」
「そこの部分は、最後の最後にすこうし思い出して、また眠るばかり」
「あらら……じゃあ、病気だったのは確かだけど?」
「そう、それで最後に死んでこう変じたかどうか、そこがわからんのです」
 ……確かにまあ、雪女って、女性が死んで成るものじゃないわな。
 そんなことを考えてたら、ほら、と手を出された。
 いつの間にか空になっていたグラスを渡すと、彼女はとくとくと酒を注いで、
はい御返杯、と、少しおどけたように差し出した。

「ただねえ、そうやって儚くなった時に、自分も恨まれたことがそれはひどく
かなしくて」
「うん」
「それで……恨まれた相手に、謝って……せめて幸せになってもらうに、何を
すれば良いか、と尋ねたのですわ」
「……それ、えらいと思う」
 死ぬ直前に、相手を恨み返すならともかく。
「全然えらくはない話……だって、そう言ったら」

 ふと、六華は口をつぐんだ。朱唇をくっと噛み締める仕草が、ぼんやりとし
た街灯の元でもはっきりと判った。
「彼女は……『あんたに幸せにしてもらうくらいやったら死んだがまし』……
 ……と」
 そしてそのまま……と、彼女は自嘲するように言葉を紡ぐ。
「懐剣で…………」

 
 『あのねー、誰かを幸せにしたいの』
 拒絶されたその手を差し出すために。
 ……ああ、そういうことなのかな、と。
 ふと。


 「……でもさー」
 互いにグラスを一度空け、互いに注ぐ。それもまた半ば空きかけたところで、
あたしはようやく声を出した。
「六華が誰かを幸せにするって、相当難しくない?」
「……え?」
 どきりとするほど弱々しい声を、彼女がこぼす。こちらも慌てて言い直した。
「いや、ええと……だってね、六華美人でしょ?」
「……そう言われてたねー」
「だから多分、幸せにしてあげたいのって言われたら、男性は大概勘違いしそ
うでしょ?」
「…………」
 む、と、彼女が腕を組んだ。
「なのに一年に三ヶ月ちょっとしか居ないんだと、相手が『うわー惚れられた
幸せだな』つっても、三ヶ月したら泣きの涙じゃないの?」
「いやだからー、そういう風にじゃなくって、幸せになってほしーな、だから
がんばれーってのだけど?」
「失恋直後の人にそれ言ったら、絶対勘違いもんだって」
「えー」
 ……そこまで文句ありげにしなくても。
「さっきの人の失恋酔っ払いな弟さんなんか、そういう意味では下手に手をだ
すと余計不幸かもよ?」
 うー、と、六華が唸る。

「……だけどひとって、三ヶ月で消える女に惚れるほど莫迦?」
「その人が莫迦かどうかは知らないけど、そういう莫迦が居るとは思うよ」
 思わず断言。
 彼女がぽかん、と、目と口を開く。
「……真帆サンて、案外……」
「へ?」
「そういうことには、うんと疎いかと思ってたのに」
「いや、本人は疎いけどね」
 ええ、己はそういう莫迦は莫迦と言い切りますけど。
「……そういう莫迦が周りにそこそこ居たりしてねー」

 ひとりは寂しい、と、手近の女性に手を出す莫迦とか。
 いざ別れるとなったら相手が自殺未遂起こしたんだよーどうしよーよー、な
んて言い出す莫迦とか。
 ……そういう話題に限って、あたしのところに電話してくる莫迦とか(これ
が一番莫迦かも)。

「そう聴くと、確かに難しい、のかなあ……」
「幸せにしてあげたい、って第一声だとちょっと難しいかも」
 言いながら、確かに妙な気分になる。そういう莫迦を相手にせねばならんの
が、彼女だった筈なのになーとかこー……
「うーん……」
 また唸るし。
「でも、あたしは、幸せにしたいって言ってるのにー」
「……あ?」
「幸せにしたいんであって、色恋沙汰って言ってないのにー」
「…………あ?」
 ええと間の抜けた反応ってわかってますけど、まじになんじゃそら、だった
んで。
「……あのええと、失恋は不幸せだよね?」
「うん」
「したら、恋愛成就って幸せって言わない?」

 ……と。

 ぴたり、と声が止まった。

 雪がさらさらと降る。
 大気は一段と底冷えする。
 ぼやけるような雪の中で、六華はくるりとこちらを向いた。

「……好かれるのは幸せ。でも愛されるのは幸せじゃない」
 
 降り積もる雪に、黒く鋭く突き刺さるように。
 朱唇が、そう、言葉を紡いだ。

 さらさら、さらさら。
 雪はただ降り積もる。


「真帆サンあたしね、八つで売られたの」
 グラスを検分しながら、彼女は言う。
「そっから八年。最初はお掃除、姉様達のお手伝い。だから沢山沢山みた」
 彼女の手の中で、グラスは奇妙に多面体の輝きを保っている。
「あそこに居るみんな、買われるのはしごと。おしごとは大変で普通。だから、
それを毎日大変、大変って泣くわけじゃない。慣れればそれもしごと。大変で
つらいけどしごと」
 唇に、それでも微かに笑みをこぼして。
「好かれるのは、だから幸せ。楽しく遊んで、楽しく寝て、楽しく帰る。お客
がいっぱいいると格が上がるから、またちょっと幸せにになるし」
 ふと気がつくと、グラスの中の酒は、まるで石英の欠片のように凍っている。
「だけどね、姉様達も、同輩も、愛されたら不幸になった」

 それが、相手の押し付けるような愛情であっても。
 それが両方の、恋焦がれるものであっても。
 そう、彼女は言い切る。

「好きでもない旦那に身請けされるのも不幸。勝手に惚れられて妬かれて、最
後に無理心中させられるも不幸、焦がれて足抜けして、捕まるのも不幸、心中
だって不幸。それが客の取り合い程度だって、つらいしごとがもっとつらくなっ
てもっと不幸になる」

 からり、と、グラスをひとつ揺らして、彼女はこちらを見る。

 「愛されるのの、どこが幸せ?」

 ……無論、それは、恋愛、という意味合いにおいての、愛という意味、なの
だろうけど。
 …………そう、思っていても。

「真帆サン見てて、好きだなって思った。そして愛さないひとだなって思った」
「…………あー」
 確かに……彼女の言葉はとても正しい。
「だよね?」

 多分ね。
 彼女も、愛情に、恋愛だけが含まれるって思ってるわけじゃないだろうけど。
 でも、八歳で、妓楼なんてとこに生まれた子供の目の前にある『愛』なるも
のが、どうしたって色恋沙汰に傾くだろうことは、まあ納得がいったし。
 ……だから、彼女の言いたいことは、わかった。
 だから。

「うん、六華のこと、そゆ意味では愛することはないよ」
 彼女の言う『愛』は、多分そこに付随する執着のことだと思うし、そういう
のは多分無いから。
「だけどね、六華のこと、いい奴だなーって思うよ」
 手を伸ばして、ぽん、と、肩を叩いてみる。
 細い、手の中にすぽりと入りそうな肩が、ふと、震えた。
 ふう、と、彼女の視線が、グラスから浮き上がって。

 そして……ふと、柔らかく細められた。

「……あたし、真帆サンとこきて、よかったわ」

 
 さらさら、さらさら。
 冬女の輪郭線を、優しくぼやかす雪の中。
 
 さらさら、さらさら。
 
 彼女はそういうと、目を伏せた。

********************************
てなもんで。

次の便で、軽部真帆のキャラシート送ります。
微妙に……妙な異能こさえてしまいました(汗)
ではでは。


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