[KATARIBE 28391] [HA06N] 小説『雪もよい酒』

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Date: Wed, 2 Feb 2005 17:44:57 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28391] [HA06N] 小説『雪もよい酒』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月02日:17時44分57秒
Sub:[HA06N]小説『雪もよい酒』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。

久志さんの『泣き酒』から続く形で、話書いてみました。
本宮兄弟お借りしてます>久志さん

***********************************************
小説『雪もよい酒』
============== 

登場キャラクター 
---------------- 
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :霊感葬儀屋さん。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :幸久の兄、のほほんお兄さん。酒豪。 
 六華(りっか) 
     :通りすがりの冬女(自称)。酒豪。


本文
----

 
 酒を呑む理由なんて、人それぞれで、どれが正しいわけでもない。
 だけど、迷惑な理由と迷惑でない理由は、あるかもしれない。


「……っくしょーぉ……」
「あーわかったわかった」

 背中の上の、悪態。
 それでも、涙まみれの。

 ほぼ空になった瓶とグラスを片手でまとめる。雪の明日、小さい子供さんだっ
て来るかもしれない公園に、こういうものを残しちゃいけない。

「……うーー」
「ちょっと待って」

 確かに背負ったまま片手を下げると、背中は多少なりと斜めになる。
 酔っ払いには、多少きつい体勢かもしれない。
 ……だけど、ねえ。


「……おにーさん苦労してんねー」
「はい?」

 ふわっと、声がした。

 「いーよ、ごみ捨てたげるよ、おにーさん酔っ払いちゃんと背負ってなよ」

 視野に伸びてくる白い手。まだ若い声は確かに女の子のそれで。

「あ、すみません」
「落ちちゃいそうだし、その酔っ払いさん」

 立ち上がって、背中の酔っ払いを軽く揺する。丁度いい位置に落ち着いたの
が判るらしく、こちらも小さく呟いて……そして黙った。

「お手数かけます」
「なんも全然」

 白い背景に、公園の街灯の逆光。そのせいか立ち上がって見たその子の顔は、
一瞬捉えどころが無いように見えた。

「でも勿体無いお酒の呑み方してんね。久保田の……これ地震前のお酒っしょ?」
「それを言われると、申し訳無いんだけどね」
「それもびみょーに残ってるし……」
「……残り物だけど、宜しければどうぞ」

 プラスチックのコップを、一つ示して。

「そんじゃ遠慮無く」

 とくとく、と、注ぎ込まれた酒は、それでもコップに八分目はあったか。
 
「いー匂い」

 くい、と、一息に飲み干して。

「やっぱこれは味わうお酒っしょー」
「そうだよねえ」

 そういう割には一気呑み……とは、言わないほうが良いだろうな。

「どっかから酒変えたほうがよかったかもねー。スピリタスとか」
「それはちょっと……」

 言いながら、改めて相手の顔を見てみる。
 きっちりと揃った前髪と、やはり短冊のように揃った黒い髪。白い顔。
 切れ長の目と鼻筋の通った顔。
 しみじみと、日本酒の似合いそうな顔、かもしれない。

 …………とはいえ。

「お酒に随分詳しいんだね?」
「あー、そこそこ詳しいし、呑んでるし」
「未成年……じゃなさそうだけど……」

 今の若い人に褒め言葉になるかどうか微妙なんだけど、彼女の顔は、歌舞伎
座の女形(それも相当ご祝儀の入りそうな)っぽくて。
 でも、全体の声とか雰囲気とかは、ぎりぎり成人後、まだ『お酒に詳しい』
なんて言えない程度に若いような気がするんだけど……

「……いや自分、冬女だから」

 からこん、と、そこらのベニヤ板を蹴っ飛ばすくらいの明るさと軽さで、彼
女はそう言った。

「冬?雪女じゃなくて?」
「うーん厳密だと雪女だけど、何か冬中出てきてんのね」

 のほーんと、彼女は言う。

「見てくれちょっと若いけど、雪女なら許されるっしょ?」

 片手に一升瓶、片手にプラスチックのコップと貝紐のビニール袋。

「……ここの公園、ゴミの分別しなくてもいいよね?」
「多分、大丈夫じゃないですか?」

 冬女という割に、峻烈なイメージが欠片も無い……といったら、それは彼女
には褒め言葉なのかどうなのか。

「んでもさー、さっきからちょっとだけ聴いてたんだけど、酔っ払いさん失恋
なんだって?」
 
 いやそこで、傷口に塩を塗らなくても。

「それってむっちゃ笑えるよねー」
「……笑わないでやって下さいよ」

 まあ、確かに。
 前回といい前々回といい前前々回といい前(以下繰り返しにより省略)とい
い、どうしてこうも惚れて甲斐の無い相手に惚れるのかなあって思うけど。

「でもさあ、こゆひとってさ、無いものねだりつか、絶対自分の手が届かない
人相手に頑張るー……ってひとだよね?」
「……疑問文で〆ないでほしいけど?」

 あは、と、彼女は笑った。

「てゆかー、恋愛の本質って、一瞬以上は嘘っぽいしさ」
「……貴方、そっち方面では詳しいんですか?」
「詳しいよーな詳しくないよーな……ま、いー加減」

 ころころと、彼女はまた笑った。

「でもねー、こゆ人のこゆ酔いっぷりって、ちょっとむっとするってか」
「むっと?」
「お酒をね、酔うのに使うには全然問題無しだけどねー」

 空になったプラコップを、少し眉をしかめて見やって。

「美味しいお酒を美味しいなって思わないのは少々駄目」
「思っても、口に出すだけの余裕が無かっただけだと思いますけどね」
「んじゃ、そゆ人においしいお酒のましちゃぁ、駄目」
「……ごめんなさい」
「あ、いや、おにーさんが悪いわけじゃないし」

 わたわたわた。
 彼女が腕を振り回す。

「えと、えとえと、まあそんなわけで、失恋かわいそだねーわははって思った
のね」
「わはは、なの?」
「失恋なんて、笑ってあげなきゃあもっと惨めだもん」

 一面、それはそうかもしれない。

「でも、失恋に酒をつかうなー莫迦、って思って出てきたけど……
おにーさんで一応ちゃらかな?みたいな、ね」

 ああそうか、この子の動きは不思議に柔らかい。
 ぱたぱた過剰に動く腕も、首を傾げる仕草も。

「……だからね、雪に埋もれさせるのは無し」

 言いながら、ゴミ箱の上でぱっと手を開く。
 がしゃん、と、ガラスの触れ合う音。
 ……どこまで本音の言葉だったか。


「んじゃ、おだいじにー」

 ふわんと笑う、その声と仕草。 
 舞台栄えのしそうな顔と、背中に長く揺れる髪。

「ありがとうね」
「なんも全然」

 最後ににこにこと笑うと、彼女はまたふらふらと歩いていってしまった。

 雪の上に……足跡は、無い。


「……冬女、ねえ」

 確かにこの吹利では、そういう存在も不思議じゃないんだろうけれども。
 でも、何であっても、酒が好きで味がわかるようだし。
 そういう人には、悪い奴は居ない……んじゃないかなと。
 たとえ人間ではなくても。
 たとえ飲酒年齢に達していなくても。

 背中で酔っ払いがごろごろと喉で何か言う。
 その響きが肺のあたりをくすぐる。

 はいはい、帰るから、今。


「また、美味しい酒があったら持ってきますよ」

 言ってみた台詞に、柔らかく降る雪の向こうから返事があった。


「どもー」



時系列と舞台 
------------ 
 2005年冬、『泣き酒』の直後。

解説 
---- 
 面倒見ているお兄さんと、無責任に眺めている冬女。
 吹利の冬の一風景です。

******************************************
気が付いたら、冬女の名前が全然出てこない……
ま、そんなわけで。
ではでは。



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