[KATARIBE 28381] Re: [HA06N] 日記『月末土曜決戦』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 01 Feb 2005 21:17:46 +0900
From: gallows <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 28381] Re: [HA06N] 日記『月末土曜決戦』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20050201211430.C722.GALLOWS@trpg.net>
In-Reply-To: <200502011012.TAA71500@www.mahoroba.ne.jp>
References: <20050201071044.8890.GALLOWS@trpg.net> <200502011012.TAA71500@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 28381

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28300/28381.html

gallowsです。れあなさんみぶろさん感想感謝!

>  視点はいっそ執事一人称のほうがしっくりきそうな気がしました。

 というわけで一人称にしてみました。こういうアドバイスはありがたい。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

日記『月末土曜決戦』
====================
登場人物 
-------- 
 数房定三(かずふさ・さだぞう)
     :桜居家執事の老人。NPC。
 桜居津海希(さくらい・つみき)
     :桜居家のお嬢様。たいそうな偏食家。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0298/
 桜居独楽(さくらい・とくらく)
     :桜居家の旦那様。娘に甘い。
     :http://kataribe.com/HA/06/C/0322/

1月29日、桜居家の夕食後
------------------------
 私こと桜居家執事の数房は、台所で二枚のシチュー皿を前に首をひねってお
りました。陶器で出来たそれは桜居家に古くからある年代物でけして安いモノ
ではありませんが日常的に使われています。本日の夕食のメイン、黒毛和牛の
ビーフシチューを注ぐのにも使用しました。そして夕食後、戻ってきたその皿
には何も残っていませんでした。旦那様はもちろん津海希お嬢様の分まで、両
方とも綺麗に食べきって頂けていたのです。私は大きく首をひねりました。


 私は今の旦那様がまだ子供の頃から桜居家に仕えてきました。それ程昔から
いるのですから、当然津海希お嬢様のことは生まれた時から知っています。
 この津海希お嬢様、母親を早く亡くしているにもかかわらず大層愛らしく利
発であると旦那様のご自慢でございました。もちろん私も深い愛情を持って接
してきたのですが、その、わずかばかりわがままが過ぎるきらいがありました。
特に食べ物の好き嫌いは激しく子供の頃から何を出しても残してばかり。肉料
理に至ってはほとんど手を付けないこともざらという有様でした。
 四歳の津海希お嬢様曰く、「かたくて食べるのがめんどうよ。わたしはおか
しとジュースで生きていけるからいいの!」
 私は身の回りの世話から旦那様の仕事の補助まで一通りのことはさせて頂い
ております。中でも料理には少々、いえ正直申しましてかなりの自信を持って
いました。どうにかしてお嬢様の肉嫌いを克服しようと私の料理人魂は燃え上
がったのであります。
 しかし津海希お嬢様は、わずかばかりわがままな上に、その時に頑固な所も
あり、食べないと言ったらとことん食べて頂けない。パイの合間に巧妙に肉を
隠してもしっかり気付いて丁寧に取り除く有様でした。
 また旦那様も津海希お嬢様にはその、少々甘いところがありました。旦那様、
最初はやんわりとながら注意するのですがひとたびごねられたらたちまち無理
に食べることはないよ、などと言ってしまう始末なのです。目尻も下がりっぱ
なしなのです。私はすっかり孤立無援でございました。


 そんな戦いの日々の中、六歳の津海希お嬢様、鳩のステーキを前に高らかに
宣言しました。
「かずふさ! 今日かぎりお肉料理は禁止よ! お魚なら少しは食べてもいい
けど、わたしチョコレートがあれば生きていけると思うの!」
 禁止されてしまってはお仕えする身としてはどうしようもありません。四十
年の歳月に磨き上げてきた自信は砂糖菓子のようにボロボロと崩れ去る直前。
慌てて旦那様と一緒に交渉してみるも、二時間に及ぶ議論の末に『毎月最後の
土曜日にだけは肉を出しても良い』というところで何故か落ち着いてしまった
のでした。私は思いました。津海希お嬢様は将来立派な暴君になるに違いない。
 桜居家の将来には希望が持てそうですが、それも健康あってのこと。私も肉
を食べなくとも健康の維持に問題ないのはわかっていたのでお嬢様専用メニュ
ーを組んで対処してきました。それでも周囲の子供とお嬢様を見比べるたびに、
背も小さく線も細いと心配してしまいます。自分の不甲斐なさを一人嘆いたこ
とも一度や二度ではございません。
 しかしここでくじけては亡き先代や奥様にも申し訳が立たない。桜居家執事
兼料理長としての誇りをかけて毎月最後の肉料理には心血を注いでまいりまし
た。お嬢様向けアイデア料理のオンパレードです。チョコレートソースのロー
ストビーフや果実をふんだんに使ったグリルなどで一定の成果を挙げ、わずか
ながら手を付けて貰えるようになっていったのです。
 かくして、時にはアイデアが暴走し旦那様に苦情を言われることもありまし
たが、毎月最後の土曜日は私にとって大きな楽しみになっていきました。
 この習慣は桜居家とその一族の都合により十三歳の津海希お嬢様と別れるま
で続き、再び一緒に暮らすようになった十六歳の現在再開しております。
 私、外に出してる間お嬢様がわがままを言っていないか気が気ではありませ
んでしたが、ご本人に聞いたところによると他人様の家だったから好き嫌い言
わずに食べていたのだそうです。それなら私の料理も完食して頂きたいと思う
のですが、こういうわがままが最近嬉しいのは歳の証拠でございますかね。


 そして本日、二枚の空の皿が並んでおります。私にとってこれは一大事です。
なんといっても津海希お嬢様が肉料理を残さず食べるなどというのは記憶の限
りたった一度のこと。五歳の津海希お嬢様に檸檬で香り付けしたフレンチ風の
カツレツを出した時以来のことでありました。
 ちなみにこのメニューも、これ以後は通じませんでした。
 今回はレシピ自体はオーソドックスなブラウンシチューで、過去何度か出し
たことのある代物です。別れて暮らしている間にお嬢様の嗜好が変わったのか
とも思いましたが、他の料理への手の付け方を見る限りそう言うこともありま
せん。
 風味付けに入れたクミンシードが良かったのだろうか。しかし昨年カレーに
入れた時はなんの成果もなかった──私は三度首をひねります。
「数房、そんなに首をひねるとねじれて落ちてしまうわ」
 台所に津海希お嬢様がやってきました。
「あ、お嬢様。ジュースでございますか?」
「いえ。そういうわけじゃないのだけど、何かあったの?」
 私はしばし悩みました。お嬢様ももうすぐ十七歳。立派に大人の理性を持ち
始めている。今なら直接理由を聞いてしまった方が早いのではないだろうか。
ご本人に好みさえ言って貰えればお嬢様好みのメニューを用意することも容易
いはず。
 しかしそれは、脈々と続いてきたお嬢様との戦いの敗北を認めることになる。
私の中の料理人の負けん気と執事の判断がせめぎ合います。
 私は何を迷っているのだ。私はまず第一にお嬢様に喜んで貰えるものを作る
のが責務ではないか。そうして少しずつお嬢様の好き嫌いをなくしていくこと
が目標であったはず。ああ、先代、私は自分の腕に溺れ本質を見失っておりま
した。お許し下さい。そう、私は何よりもまずプロの執事なのです。
 私は神父に告解する敬虔なカソリック教徒のような心持ちで口を開きます。
「お嬢様、今日のお料理はお気に召して頂けましたか」
「うーん、まあまあ、ね。おいしかったですよ」
「ありがとうございます」
「それだけ?」
「いえ……その、何故残さず食べて頂けたのかと」
「ああ、そのこと。はい、お誕生日おめでとう」
 津海希お嬢様、小さな箱を差し出します。
「昔は残さず食べただけで日頃の感謝の気持ち表現していたつもりだったのだ
けど、こういう事は言葉にしなければ意味がないのかもしれないと思い直した
のですよ」
 私は言葉も出ません。
「うーん、やっぱり気付かれてないものね。子供の頃からそうしていたのに」
「あの……では料理の内容は関係ないので?」
「まあそう言うことになるかしら。気分で食べたり食べなかったりですけど数
房の料理は好きよ。お肉も昔よりは食べられるようになりましたしね。 ……
あれ? どうしたの数房。感動して泣いちゃった? おーい。やめてよそうい
うの。照れるじゃない」
 なにやら足腰の力が抜け、がっくりと椅子に座りこんでしまいました。この
時実は声なく笑っていたのですが、お嬢様には泣いていると思われておいた方
がよさそうです。


 その夜、私は一人自室でピカピカに輝く新しいカフスを付けて次なる戦いへ
の闘志を燃やしておりました。計算によると次に月末の土曜日と私の誕生日が
重なるのは津海希お嬢様二十二歳の年。その時までに肉料理を残さず食べて頂
くのが目標となりそうです。


時系列と舞台 
------------ 
 2005年1月29日。桜居家。

解説 
---- 
 津海希と執事の数房の長い戦いの一コマ。



-- 
gallows <gallows@trpg.net>


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28300/28381.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage