[KATARIBE 28380] [HA06N] 小説『棺に秘めたる』

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Date: Tue, 1 Feb 2005 20:21:31 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28380] [HA06N] 小説『棺に秘めたる』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年02月01日:20時21分30秒
Sub:[HA06N]小説『棺に秘めたる』:
From:久志


 ちは、久志です。

へろへろっと書き始めたらどえらく長い話になってしまいました。
(だから寝ろよ)

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説『棺に秘めたる』
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登場キャラクター 
---------------- 
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :葬儀屋さんで霊感のある軟派にーちゃん。 
     :最近、女関連でいいことがない。
 藤村美絵子(ふじむら・みえこ) 
     :幸久が昔付き合ってた人。
     :中学の頃からの長いつき合いで、よき理解者。
 小池国生(こいけ・くにお) 
     :小池葬儀社社長。本宮家とは昔から縁がある。 
     :里見の人ではありません、念のため。

社長室で
--------

 早朝出勤。
 朝といってもまだ五時前、寒さが身を切るように体にしみる。
 まあ、この仕事ばっかりは朝昼夜のいつに入るって、決まってるもんじゃね
えからな。
 かじかむ手をこすりながら、事務所のドアを開ける。

「おはようございます、ユキさん」
「おう、はえーな」

 先についた後輩が、既に社長のおこした見積書を元に、詳細な設営案をまと
めている。つうか相変わらず仕事はええな社長。

「社長は?」
「ええ、確か三時半ごろに戻られたそうで、今仮眠をとってます」
「わかった、いつ起こせばいい?」
「えっとですね、九時に先方さんと打ち合わせ予約入ってるんで、二時間前に
は起こしてくれだそうです。それまでに設営案と祭具発注一覧をまとめておけ
とのことです」
「了解」

 席について社長のメモを一瞥する。かなり癖のある達筆で規模、宗派、形式、
その他の必要項目がびっしり書かれている。
 さすがっつうか、貫禄っつうか。俺も高校時代から長年バイトしてきてるが、
社長の行動の早さと的確さと敏腕ぶりにはいつも舌をまいている。小さな零細
葬儀社に過ぎないうちの会社があちこちで仕事を任されているのも、ぶっちゃ
け社長の敏腕ぶりと顔の広さにかかっている。


 小池社長、こと、小池のおやっさん。
 うちの両親の大学時代の先輩であり、親父の無二の親友で、俺らがガキの頃
から何かと世話になったことがある。俺がこの手の職についたのも、高校の頃
におやっさんから紹介された葬儀屋のバイトで働いてからだ。まあ、俺にとっ
ちゃ本宮本家のうざったい連中よりおやっさんのほうがよっぽど親族に近い感
情を持ってる。
 昔っから変わりモンというか、仕事の鬼というか。
 いい歳になって嫁も貰わず一人身で、この葬儀社をたった一人で守ってると
いう。まあ多少変わったとこもあるにはあるが、普通に気のいいおやっさんと
いう感じだ。

 完成した詳細設営案と祭具発注一覧をまとめて、端を揃える。
 時計は七時十分前を指している。

「そろそろ、時間ですかね?」
「そうだな、社長起こしてくる」
「はい、お願いしまっす」

 事務所の二階にある社長室。もう殆ど社長の住居と言っていい。社長自ら設
計したという古めかしいデザインの重い黒檀の扉を開く。

「失礼します」

 薄暗い部屋は壁中に洋物のどっしりした本棚が置かれ、部屋の真ん中には大
きな事務机。そして、その脇に開け放たれたままの桐の棺桶が置かれている。

 棺の中。
 静かに両手を組んだまま、白髪の壮年の男が横たわっている。

「社長」
 目が開く。
 ゆっくりと、体を折りたたむように体を起こした。

「おお、幸久か」
「また棺で寝てらしたんですか?」
「ああ、よく眠れた」

 なんつーか、つくづく変わりもんだよな小池のおやっさん。俺も何回か新人
研修の棺運び実習で棺の中に入れられたことはあるけど、とてもじゃねえけど
よく眠れるシロモンには思えねえ。

「やはり自分専用の棺だと気分良く眠れる」
「……そうですか」

 普通、マイ棺を持った奴はいないだろ。

「ああ、いい詩が書けそうだぞ、お前もたまには棺で仮眠をとってみないか?」
「いえ、遠慮します」
「最後の寝屋だ、心地よく眠れる場所であってほしいじゃないか。私の最後の
城だよ」

 それはそうかもしれんがな。

「さて、もう時間か」
「はい、詳細設営案と祭具発注一覧は完成してます」

 起き上がって棺から抜け出し、白い髪を整える。もうその顔はさっきの棺桶
談義をしていたとぼけた気のいいおやっさんの顔ではない。

「幸久」
「はい」
「お前はご遺族のお宅の方へ。私は一旦仏様がいらっしゃるの病院に寄ってか
らすぐに行く。そうだな、半までにはつけるようにする」
「わかりました」

 この切り替えの早さと仕事への意欲は、俺が理想としてる姿だ。

「ちょっと軽くシャワーを浴びてくる、設営案はすぐ目を通せるように机に置
いておいてくれ」
「はい、わかりました」

 軽く肩をならし、そのまま部屋を出て行く。
 俺も部屋を出ようとして、空になった桐の棺をふと、眺めてみる。

 正直、社長の趣味にはいまいち賛同はできないが、自分の安らげる場所が欲
しいという感覚はわからなくもない。ガキの頃に作った秘密基地のような、
そんな何か。

『私の最後の城だよ』

 空の棺を覗いてみる。その中にあるのは一冊の手帳と一冊の文庫本、そして
一本の万年筆。

 おいおい、俺、やめておけよ。
 わかってはいたけど、俺は棺の中にあった文庫本を手にとって見ていた。

『終りし道の標べに』

 安部公房か、社長好きそうだよな。
 ぱらり、とページを一枚たぐってみた。

「…………」

 そこで、俺は凍りついた。


仕事へ向かう途中
----------------

 ハンドルを握りながら、俺はずっと後悔していた。

「えーっとユキさん、設営案に目通しました?」
「ああ、ざっと見といた」

 見なければよかった。
 なんであんなものを見つけてしまったのか。

 あの棺は、おやっさんの最後の城でおやっさんのかけがいのないもんが詰
まってて。それを部外者である俺が土足で踏み込むような真似をするなんて
決して許されることじゃない。

 でも、落ち着かない。

 疑問詞が頭の中に溢れてくる。
 なんで?どうして?なぜ?

 それと同時に推測が湧いて出てくる。
 まさか、そんな、実は。

 あの棺の中の本に挟まっていたのは。

 俺の母親の写真。

「もうすぐですね」
「ああ」

 学生時代に撮られたと思われる写真は、ガキの頃親父ののろけで散々見せら
れた写真と同じ、白いワンピースと麦わら帽子で微笑む姿。
 社長は。
 小池のおやっさんは、棺桶までその気持ちを持っていく気なんだろうか。


実家での会話
------------

 久々に立ち寄った実家は上を下をの大騒ぎだった。

「あらあら幸ちゃん、おかわりは?ああ、焼き豚もまだあるのよ。和ちゃんは
もういいの?」

 丁度弟が東京から帰ってきていることもあり、食卓は久しぶりにえらい賑や
かだった。

「幸兄貴が戻るなんてめずらしいね」
「たまには帰ることもあんだろ」
「幸ちゃんはてば、このごろ全然連絡もしてくれないし、立ち寄ってもくれな
いからずっと心配してたのよ」
「ああ、いや、それは……」
「まあまあ、母さん。連絡がないのは元気の証だよ」
「ダメよお父さん。そんなこといったら全然連絡してくれないんだから。もっ
とちょくちょく連絡しないとダメでしょう。」
「あーはいはい」

 にぎやかな食卓というか、キライじゃないが騒がしいことこの上ない。
 つうかいい加減、幸ちゃんはカンベンしてほしい。

 夕食も終り、居間でくつろいでる親父と弟を横目にせわしなく動き回ってる
母さんを呼び止めた。

「小池さんのこと?」
「ああ、その、学生時代からの知り合いなんだよな?」
「ええ、父さんと小池さんは大学の先輩後輩で、私と小池さんとは高校時代か
らの知り合いよ。言ってなかった?」
「ああ、いやちょっと聞いてみただけ」

 親父と母さんは大学で出会った。
 既に知り合い同士だった小池のおやっさんと母さん。その母さんを後輩だっ
た父さんに紹介し、すぐさま父さんと母さんは恋に落ちて学生結婚をした。
 そのまえに、知り合いだった母とおやっさんは、どういう仲だったのか。

 棺の中の写真。

 大学時代に撮られたと思われる、あの白いワンピース姿の母親。

「母さんと……おやっさんは、どんな知り合いだった?」
「私と小池さん?」

 つーか、もっといい聞き方ねえのかよ、俺。

「私と小池さんは高校の先輩後輩で、同じ美術部の友人だったのよ。あの頃の
私は体があまり丈夫でなくて、よく帰りに小池さんに送ってもらったことが
あったわね」
「そう」

 その頃、おやっさんは何を思ってたのか。
 あっさりと親父に母さんをかっさらわれていった事をどう思ってたのか。
 考えれば考えるほど、混乱する。
 なんだって俺はあんなもん見つけちまったんだよ。


居酒屋での
----------

 天つゆに浸かったタラの芽を口に放り込む。
 よくある大衆居酒屋はピーク時間を過ぎて賑やかながらも少しまばらになり
つつある。

「このところすまんな、突発仕事続きで」
「いえ、こればっかは職業上しょうがないことですから」

 小池のおやっさんは笑って手にした大ジョッキに口をつけた。中身は既に半
分空いている。
 このところ連日続いている突発仕事で、さすがに俺も疲労は溜まってる。
 明日はオフということもあり、おやっさんに誘われるまま飲みにきていた。

「時に、幸久」
「なんですか?」
「勤務時間外だ、いつもの調子でかまわんよ」
「いえ……」

 なんとなく、この間のことからおやっさんに対して微妙な線を引いている。
もう過ぎたことなのかもしれなくても、それでもやはり、俺の中で小さなしこ
りが残っている。

「幸久」
「はい」
「お前、本当に嘘が下手だな」
「え?」
「麻須美さんから話を聞いたよ」

 さあっと顔から血の気が引く。

「お前が知りたいのは。昔、私と麻須美さんがどういう仲だったか、だろう?」

 気づかれた?

「す、すいませんっ!」
「いや、お前がそんなに謝ることじゃあない。お前の立場から考えれば、気に
なって当然のことだろう」

 ああ、くそ。俺馬鹿だ。

「私と麻須美さんはね、高校時代の先輩後輩だった」


社長の昔話
----------

 君のお母さん、汐野麻須美さん。
 綺麗というより可愛らしいというほうがいいかな?
 なんというかね、ただそこにいるだけで、そうしているだけで周りを幸せに
するような。そんな不思議な雰囲気を持った人だったよ。
 その頃、私は彼女の先輩で彼女と同じ美術部で一緒に油絵を描いていた。

 正直、あの頃の私は彼女に夢中だった。
 彼女の立ち居振る舞いに一喜一憂して、体の弱かった彼女を家まで送るたび
に胸をときめかせてたよ。でも私はどうにも臆病者でね、先輩という枠からそ
れ以上踏み入れることができなかった。
 ただ、そこに彼女がいて私と一緒にいてくれるだけで、満足してしまってい
たんだな。

 彼女と同じ大学で、私は君のお父さんに出会った。
 豪快というか、物怖じしないというか、大切に育てられたやんちゃ坊主とい
う感じだったね。どっちかというと世話焼きだった私とは何かと気があって、
よくつるんで遊んだり、語らったり、飲んだりしていたよ。
 麻須美さんと君のお父さんが会ったのもその頃だった、それも私が引き合わ
せたんだけどね。

 そして、あっという間に二人は恋に落ちた。

 なんと言えばいいのかな。
 でも裏切られたとか、嫉妬とか、とりかえそうとかそういう気持ちは不思議
と湧いてこなかったよ。
 最初から私は何もしなかったのだから。ただ自分の都合のいいように傍にい
ただけだったのだから。
 だが、彼女の口から君のお父さんと結婚をすることを伝えられた時には、
さすがに私も迷ったよ。しかし二人を止められる理由は何もなかった。

 彼女の傍にいることを、あたかも自分が苦労して得たことのように思ってい
た。私はただ与えられた状況を受け取っていただけだったのに。
 そしてそれの状況を失うのが怖くて、それ以上彼女に近づくことができな
かったんだ。

 二人の仲は周囲にものすごく反対されたけれど、本当に二人は想いあってい
たから、殆ど駆け落ち同然で結婚して、そして今に至ってる。

 私が何を思っていたか。
 今はもうあの頃の自分の気持ちはわからないけれど。

 ただ、これだけは言える。
 君のお母さんもお父さんも、私にとってかけがえのない人達なんだよ。

 だから、私は後悔はしていない。
 私は、ただ、本当に大切だった時間をすごした人たちが幸せでいてくれれば、
それでいいと思った。それを、いつまでもしまっておきたいんだ。

 私は、それでいい。


帰り道
------

 居酒屋から出た帰り、社長と別れて帰路につく。
 軽く頭を振ってみる。少し、酔ったかな。

 冷えた空気が少し火照った頬に心地いい。
 空を見上げてみる。

『君のお母さんもお父さんも、私にとってかけがえのない人達なんだよ』

『だから、私は後悔はしていない』

『私は、それでいい』

 本当にいいのかよ。
 おやっさんは、本当にそれでいいのかよ?

 頭を振る。
 考えを追い出そうとして、さらに深みにはまって行く。

 おやっさんのような気持ちは、俺には理解できない。
 けど、おやっさんの言葉はひとつひとつが本当に心から母さんの事を想って
いて。なぜか、どうしようもないほどの敗北感を感じる。

 俺は、あんな風に悟れない。


救援電話
--------

 めずらしく休日と重なったオフ。
 何をするでもなく、部屋でぼんやりと時間をつぶしている。
 一人でいればいるほど、昨日のおやっさんの言葉がぐるぐると頭を巡る。
 おやっさんの言葉の深さが、心に刺さる。

 なんつうか、いわゆる愛の深さというやつ……か?

『ね、ユキ』
『なんだよ』
『愛してるって、言ってみ?』
『はぁ?んな台詞言えるわけねえだろ』

 ああ、やなこと思い出した。
 大学の頃、美絵子の奴に言われた台詞。
 このあとすぐ別れたんだっけか、俺ら。

 美絵子とは高校三年からつき合いだして四年ばかし続いた。
 つまらないことで揉めたり、すれちがったりでケンカしたことはしょっちゅ
うあったけど、この時泣いたんだよな、あいつ。
 今までつき合って、あいつを泣かせたのはこのときだけだった。
 あんときは、本当にあいつに悪いことしたんだよな。
 思い出すと、まだ、少し胸が痛む。

 ベッドに転がる。

 惚れたりフラれたり。泣きそうなほど好きになったりしたけれど。
 俺は愛してる、なんざ口が裂けても言えないんだろうと思う。

 平気で彼氏に嘘をついて俺のことを惑わしてなのにどうしようもない程好き
だったやつのことを思い出す。でも、やつのことを愛してたか?などと聞かれ
たら、たぶん俺は答えられない。

 何が、好きで。
 何が、愛か。

 二十七にもなった今でも、よくわからない。

 大学三年、二十一の時に言えなかった言葉をたぶん二十七になった今でさえ、
言えないんだろうと思う。照れくさいとかそういうのももちろんあったけど、
なんというか、こう、馬鹿みたいだがそういうのがまだわからない。

 小池のおやっさんの言葉を思い出す。

『君のお母さんもお父さんも、私にとってかけがえのない人達なんだよ』
『だから、私は後悔はしていない』
『私は、ただ、本当に大切だった時間をすごした人たちが幸せでいてくれれば、
それでいいと思った。それを、いつまでもしまっておきたいんだ』
『私は、それでいい』

 なんつうか、俺はそんな域までいけてない。
 大学の時、母さんをあきらめて母さんの幸せを望んだ小池のおやっさん。
 今までさんざ惚れて失恋してを繰り返してきたけど、俺は到底おやっさんの
ような気持ちにまでたどり着けない、そんな風に悟れない。
 好きになったやつは俺のものになって欲しいし、誰にも渡したくない。
 でもそれが愛してるかだのと言われると、たぶん俺は答えられない。

 ごろり、とベッドの上で転がる。

 こんなとき。
 どーして俺は、奴に頼る?

「美絵子か?」
『どしたのユキ、めずらしい』

 電話の向こうのちょっと怪訝な声。

「今、暇か?」
『え?』
「暇ねえならいんだけど……どっかいかね?」
『別にいいけど』

 電話を切る。
 ため息。

 俺、馬鹿だろ。


冬の海で
--------

 どこにいくっつうか、対して行くとこなんてねえんだけどな。

「まーた、なんあったの?」
「別に」
「ふうん」

 助手席からにらむ目。
 つか、たぶんばればれなんだろうけど。


 たどりついたのは、吹利からはるばる離れた大阪の海。
 車を停めて、海岸線へと歩く。

「なんか、久しぶり」

 ああ、そーいやつき合ってるときはよく来たっけか?
 しかし、なんでわざわざ大阪くんだりまで冬の海拝みにきてんだ、俺。

「どういう風の吹きまわし?ユキから呼び出すなんてめずらしいじゃない」
「んーちょっと考えたいこととか、あって」
「ユキが?」
「俺にだって、たまには感慨深くなることだってあんだよ」
「似合わないの」
「うるせえよ」

 そういや、ここだったな。
 あの台詞言われたの。

「なんか飲み物でも買ってくるか?」
「それよりさ」
「なんだよ」
「何があったの?聞いてあげるからさっさと言いなさいよ」

 ああ、くそっ。

「話、聞いて欲しいんでしょ?」

 バレバレじゃねーか俺、おやっさんといい美絵子といい。
 つうか慣れ親しんだ奴ほどちっとも嘘が通じなくなる。

「あーうん、ちょっと……な」


 砂浜に座り込んで。
 ぽつりぽつり、と。
 写真のこと、小池のおやっさんのこと、両親のこと。
 ……あと、ちょっと自分のこと。


「そんなん、愛がこうだどうだって定義なんかないじゃない」
「そうか?」
「歳とかそんなの関係ないよ」

 ばしっと叩きつけるような美絵子の言葉は、結構好きだ。

「そんなもん突き詰めちゃえば、ナルシシズムだってフェティシズムだってあ
る意味愛だよ」
「突き抜けすぎだろ、それ」
「たとえよ、たとえ。あんた馬鹿みたいに難しく考えすぎなんじゃない?」

 そうかもしれねえけどな。

「幾つになったからこうならなきゃとか、こんな風にならなきゃいけないとか
社長さんみたいになれないからダメとか、そんな決まりないじゃない」
「ああ……」
「てか、あんたみたいなわがまま野郎に社長さんみたいな想いができるなんて
思えないわよ」
「……どうぜ俺はわがままだよ」
「そーよね、あんたって。好きな相手にはわがままで欲張りで甘えたがりで、
そのくせ独占欲は人一倍で」
「……おい、そんくらいにしとけよ」
「でも、あたしは」
「ん?」
「……別に」
「なんだよ、それ」
「だから、さ」

 美絵子の目が俺を見る。

「ユキはユキで社長さんとは違うし他の誰でもないんだから、社長さんとは違
うユキの考えでユキやり方で、やっていけばいいじゃない」
「そう……だな」
「軟派くずれのええかっこしいのくせに、人のことばっか気にするから」
「うるせえよ」

 ただ与えられた状況を受け取っていただけ。
 社長の言葉がよぎった。

「美絵子」
「何よ」
「……ありがとな」
「うん」

 あの頃、俺はただ与えられた状況を受け取っていただけだった。高校の時、
美絵子に告白されてつき合うようになった時から。
 俺が苦労して手に入れたわけでもないのに。

 今、座り込んで隣に座ってる。
 ホントに馬鹿みたいだけど、あの頃の言葉を思い出す。

『ね、ユキ』

 あん時この場所で。

『愛してるって、言ってみ?』

 俺は言えなかった。

 今なら?

「美絵子」
「ん?」

 今なら。

「……なんでもねぇ」
「なによ、それ」

 アホか俺は、なに考えてんだ。
 今はもうあの時つき合ってた頃でなくって。とっくに別れて、俺はこっぴど
くフラれたばっかの独り身でこいつは婚約者もいるただの他人だろ?

 もう、遅い。
 ホントなら、あの時言うべきだったのかな。
 もう遅いんだよな。
 俺、馬鹿だな、マジで。

「でも、いつかは、さ。現れるんじゃない?」
「ん?」
「不器用で馬鹿でとことん恋愛下手なあんたを本当に好きになってくれる子が」
「そーだと、いいんだけどな」

 なんていうか、すこし気分が軽くなった。
 立ち上がって砂を払う、キーを美絵子に放り投げた。

「車の中で待ってろよ、飲みモン買ってくるから」


美絵子の独り言
--------------

「なんだかなあ……」

 こつん、と、抱えた膝に額を落とす。

「馬鹿みたい、ホント」


その帰り
--------

 紅茶と缶コーヒーを持って戻る。

「おかえり」
「車の中いろっていったじゃねーか、風邪ひくぞ」
「なあんか、海が綺麗でさ」
「あほか」

 車にのってエアコンをつける。
 隣で両手で紅茶の缶を持った美絵子が手を温めてる。

「帰り、なんか音楽かけてよ」
「ん?ああ、お前が好きそう曲なんかねえぞ」
「いいわよ、あんたが好きなうるさい洋楽で」
「メタルだメタル、うるさい言うな」

 いつかは、さ。現れるんじゃない?
 不器用で馬鹿でとことん恋愛下手なあんたを本当に好きになってくれる子が。

 ホントに現れるもんかね、そんなの。


時系列と舞台 
------------ 
 2005年2月 海岸にて。

解説 
---- 
 社長の想いを知ってちょっと思い悩む幸久。愛とはなんぞや?
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上

 愛ってなんでせうねえ。



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