[KATARIBE 28093] [HA06N]小説:書架

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Date: Thu, 06 Jan 2005 22:57:21 +0900
From: gallows <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 28093] [HA06N]小説:書架
To: kataribe-ml@trpg.net
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gallowsです。
まだ途中ですが。後半はまた別の機会に書くことにします。

小説:書架
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登場キャラクター
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 津山三十郎(つやま・さんじゅうろう)
 桜居津海希(さくらい・つみき)
 大江頼子(おおえ・よりこ)

本編
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 久々の雨が図書室の窓をパタパタと打つ音が聞こえる。もう七月も半ばだと
いうのに。
 梅雨がいつ始まっていつ終わるのか、テレビを見ず、世間話もしない俺には
そんなことがわからない。今年はイメエジの中の梅雨よりも雨が少ない。時期
的にも遅かったという印象がある。だが毎年「今年はおかしい」を繰り返して
いるような、そんな気もする。
 雑多な思考が脳の一部を占有している間も目は文章を追っていく。雨音より
も速いペースで文字を消化していくリズム。書架と書架の隙間に細長い手足を
折りたたみ、誰にも見つからないようにして過ごすこんな時間を俺は好ましく
思う。
 三時間かけてハードカバーを一冊読み終える。刑事裁判における人権論がど
うこうという内容。さして興味のある分野じゃなかったがそれなりに楽しめた。
図書館で読む本はいつもランダムに決めているのでこういう出会いもある。


 携帯電話の時計を見るともう四時を回っていた。俺はゆっくりと立ち上がり
、静かに伸びをする。
 視界の端に、少女が映った。
 ──桜居津海希《さくらいつみき》?
 図書室の書架は裏板が最小限で、本の背表紙と一つ上段の横板の隙間から向
こう側が抜けて見える。
 そこから、窓際の自習スペースで本を読むクラスメイトの少女の姿が見えた。
 少女と言っても自分と同じ高校一年生である。だが身長150cm足らずであろ
う彼女の子供じみた体躯は、183cmの俺から見て少女と呼ぶのを妥当にしてい
る。
 今は期末試験期間中で、図書室には通常の手段では入れないようになってい
る。当然ここには俺と桜居以外に人はいない。
 そう、俺自身図書委員の特権を利用して鍵をくすねて潜り込んでいるのだ。
図書委員でもない桜居がここにいるのはどういうわけだ?
 そう考えたら、好奇心は衝動となって俺を動かし始めた。


「珍しいな。調べものか?」
 背後から忍び寄り唐突に声をかける。
 桜居の二つに結った色素の薄い髪が獲物を見つけた肉食動物のような速度で
旋回し、鋭い視線が俺に向けられる。
「ふぅ、なんだ津山君か」
 淡い栗色の髪と同じ色の瞳は俺を認めると柔らかくなり、そのまま背けられ
る。
「教師じゃなくてよかったな」柄にもなく緊張した俺は軽口を叩いた。桜居と
まともに話すのはおそらく初めてだ。
「そうね。少し驚いた」
「すまん」
 桜居が前を向き直り、さりげない動作で読んでいた和綴じの本をノートの下
に積むのを俺は見逃さない。
「よく図書室にいるとは聞いてたけど、こんな日までいるなんて。熱心なのね」
 立ち上がりながら桜居は言った。革鞄に本やノート、筆記用具を速やかにし
まい込む。どうも、俺の視線を気にしているようだ。
「他にすることもないからな」
「期末試験中なのに、随分と余裕」
「それはお前だろう、優等生。俺は戦闘放棄してるだけだよ」
 冗談めかして頭に乗せたネコミミを揺らしてみせる。こう言う時にこの飾り
をうまくジェスチャアに盛り込むと大概受けるのだ。が、言ってることはただ
の事実だった。
 俺は最初から期末試験を諦めているからこうしている。対して桜居は普段か
ら勉強が出来るタイプで、試験前だからと言って慌てることはないのだろう。

「あはは、勿体ない。頭よさそうなのに」
「眼鏡をかけているからか?」
「私は、眼鏡をかけている人を見ても目が悪いんだろうなと言う印象しか持ち
ません」
 そういって微笑む桜居は絵に描いたような優等生で、それだけに図書室にわ
ざわざ忍び込んでいるという今の状況とのギャップが腑に落ちない。
「じゃあ、ネコミミをつけているからか?」
「つっこんだ方がいい? ……いつも思っていたのだけど、それ、何の意味が
あるの?」
「いつも聞かれるが意味はない。強いて言えば喪に服している」
「今の会話から変な人という印象は強まった。頭がよさそうだと思ったのはも
っと別の理由よ。それだけの奇態をしてクラスにも先生にも馴染んでいるって
凄いことでしょ?」
「皆中学の頃から見慣れているからな。俺が、格別周囲に配慮しているわけじ
ゃない。桜居は霞山をわざわざ見に行くか?」
「行かないわね」
「名所なんてそんなものだ」
「なるほど」
 適当な言葉だったが桜居は納得したように頷いた。あまり長話したくもない
のだろう。
「それじゃあそろそろ帰ります」
「ああ、調べものは終わったのか?」
「ええ、まあ……」
 桜居はちらっと視線を逸らした。俺は話を図書室に忍び込んだ理由に戻そう
と思ったが、やめた。
 追求してはいけない気がしてしまったのだ。そうして俺は桜居の目が緊張と
怯えを孕んでいることにやっと気付いた。
「じゃあな。鍵は俺がかけておくからそのままでいい」
「ありがとう。また明日、教室でね」


 帰宅後、俺は晩飯もそこそこに部屋に籠もった。木造平屋の二階、北側に俺
の部屋はある。八畳ほどの部屋は本が積まれて、中を覗いた母親に渓谷と言わ
しめた状態になっている。
 その渓谷の奥深く、畳に敷かれた万年布団にあぐらを掻いて俺はさっきの桜
居を思いだしてみる。
 桜居は成績もいいしクラス委員などしているから教師の信頼も篤い。
 それで、なんだ。それだけだ。俺が桜居について知っているのはそれが全て
だった。桜居の私生活、交友関係、なにもわからない。
 クラスの誰とも親しいように見えるしそうでないようにも見える。学校外で
見かけたことは一度もない。
 そういえば中学時代に体調を崩して長期療養していたという噂を聞いたこと
がある。それが何を意味する? たぶん、俺にはなんの関係もない。
 桜居と俺にはなんの接点もない。今日のことを忘れれば多分、俺の残りの余
生であいつと関わることはもうないのだろう。
 あいつは陽の当たるところで立派に生き続けるのだろうし、俺は日陰で死ん
でいくのだ。
 桜居津海希という少女が急に俺の中で謎めいたモノになっていった。直感が
俺の好奇心を刺激する。
 ならばどうすればいい? 思い立ったら即行動をしなければならない。時間
は有限だ。まず何からする? さっきあいつは何をしていた? 読んでいた本
はなんだった? そもそもあいつはどうやって図書室に忍び込んだのだ?
 俺は布団から立ち上がり、幼馴染みの大江頼子に電話をかけた。
「なんだい? 三十郎と違ってこっちは忙しいんだけど」
「今ちょっといいか?」
「いや、だから忙しいって。ていうかお前も少しは試験勉強しろ」
「試験というのは日頃の成果を問うものだ。前日になって焦って仕込むもんじ
ゃない」
「そういうのは日頃勉強してから言えっての。じゃ、切るよ」
「聞きたいことがあるんだが」
「長いの?」
「それなりに」
「じゃ、明日放課後にでもな」
 頼子は話を打ち切って電話を切ろうとしている。
 俺は部屋の窓から二畳ほどあるベランダに出て大きめの声で言った。
「よりこたーん、おねがいにゃん!」
「うぜぇッ!」
 即座に向かいの部屋の窓が開いて頼子が顔を出した。
 頼子の家と俺の家は隣同士なのであった。


「と言うわけだ」俺は夕方の出来事を掻い摘んで話した。頼子にお願いする時
のツボは心得ている。十年来の付き合いだ。
「あー、桜居ね。ハイハイ」
 頼子は窓際で煙草を吹かしながら言った。
「驚かないんだな」
「だって鍵貸したのあたしだ」
 頼子は俺と同じ図書委員であり、俺と同じように時折勝手に図書室に忍び込
む。桜居がピッキングの達人であったり、俺が催眠術で操られて手引きをして
いたのでない限りは鍵の出所はこいつ以外にない。
「まあ、そんなところだろうと思った」
 雨はとっくにやみ、湿り気のない風が吹いている。空はもう真っ暗で星が瞬
いてる。以前大阪に出かけた時には随分星が少なく感じられたので、ここいら
はそれなりには田舎なんだろう。
 俺はプラスチックのすのこの敷いてあるベランダの床に座り込み、頼子の煙
草の火を目で追っていた。
「煙草、体に悪いぞ」
 煙草の人体への影響がこれだけ喧伝されていれば、世捨て人でもない限りそ
んなことは知っている。吸う人間は皆わかった上で吸ってるのだ。
「それはあたしに馬鹿って言ってるのか?」
「わかるか」
 頼子の眉間に皺が寄る。こいつは俺と同じ眼鏡愛好会の会員だが大変感情が
表に出やすい。眼鏡たるものクールでなくてはいけないと言う会員の心得に大
いに反している。なお、当然そんな会は存在しない。
「ふぅ。話は終わりだな」
「あ、ちょっと待て」
「待たん」
 ぴしゃりと窓が閉められ、ご丁寧にカーテンまでかけられた。
 俺は夜気を吸い込み声を張った。
「うぇーん、待ってほしいにゃー。話はこれからなのにゃーん」
 カーテンと窓が一度に開かれる。
「うぜぇっつってんだろがッ!」
 ガーンと俺の顔面にステンレス製の灰皿が叩き付けられた。窓を開けてワン
アクションでこんなものを命中させるこいつはなかなかのやり手である。
「つっ……眼鏡をかけてる人に……非常識だぁ!」思わず声が裏返る。鼻血が
出そうだ。
「お前に常識を問われたくない。変態ネコ耳男め!」
「わかった。悪かったから。少し待ってくれ」鼻梁を押さえながら、再び窓を
閉めようとした頼子を制止する。
「なんなんだよ」
「図書準備室の開かない書架知ってるよな」
「水原センセの?」
「そう。水原が入院してから誰も開けられないあれだ」
「どうせ水原センセの私物しか入ってないんだから問題ないだろ」
「そうなんだが、まあ聞けよ。桜居が読んでいた本、あの書架に収まっていた
ものだ」
「はぁ?」
「これはお前の手引きでもないだろ?」
「まあな」
「大体おかしいと思わないか。わざわざあの優等生が誰もいない図書館に忍び
込む理由ってなんだ?」
「さあ、余程急ぎの調べものでもあったんだろう。金持ちの考えることはわか
らない」
「金持ちなのか、桜居」
「かなりな」
「……どういう生き物なんだ。アレは」
「それは私も知りたい」
 世の中にはなんでも持っている奴というのがいるものだ。どれか一つ俺のネ
コミミとでも交換してくれないだろうか。しばし会話が中断する。
「なあ、頼子。お前桜居について俺よりは知っているよな?」
「大概のことはお前よりは知っている。なんだ、桜居に気があるのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「アレは私のお気に入りなんだから。手を出すなよ」
 煙草の火を窓枠でもみ消しながらドスの利いた声で頼子は言った。この女は
そういう趣味なのだ。
「幼馴染みとして忠告しておくが、お前こそ手をださんようにな……」
「わかってないな。あたしゃ眺めていられればそれでいいのだ。あの細い手足
がそそられるよな」
「いや、俺はもう少し……イヤイヤ、そんな話をしたいんじゃないんだ」
 話は逸れたが頼子が乗り気になってくれたようなのでよしとする。
「桜居って水原と繋がりがあるのか?」
「そんな話は聞かないねぇ。大体水原は高等部の受け持ちだし、あたしらが高
等部に上がってすぐに休職しちゃっただろ。図書委員や文芸部で世話になって
たあたしやお前はともかく、ほとんどの生徒は名前も知らないんじゃないか?」
「そうか……そうだよな」
「三十郎、何が知りたいんだ?」
 頼子の怪訝そうな声が俺の思考を妨げた。
「いや、どうやってあの開かずの書架を開いたのかなと思ってな」
「あたしらが知らないだけでどこかで繋がりがあったんじゃないか。桜居なら
教師受けもいいし」
「あの水原だぞ? ちょっと気に入ったからってあの書架の鍵を預けるとは思
えない。大体入院先にわざわざ借りに行くか?」
「うーむ」
 水原は俺の通う吹利学校高等部の日本史教員で、図書室の管理者であり、俺
や頼子の所属する文芸部の顧問でもあった。
 偏屈な独りものの老人で、例の書架には稀覯本もいくらか混じっている。昔
頼んだが俺は見せても貰えなかった。おそらく他の文芸部や図書委員でも同様
だろう。
 いくら桜居が教師受けがいいからと言って鍵を預けられることはないと思っ
た。
「頼子、桜居津海希はピッキングが趣味という噂は聞いたことがないか?」
「それはもう噂というより風評だな。そりゃないだろー。大体それならあたし
に鍵を借りに来る必要もない」
「むう。そうだよな。それにあの錠はかなりくせ者だったし、桜居の身長では
ハシゴでも用意しないと辛いか」
「あんた、まるで試したみたいな……」
 幼馴染みに、信じられないようなモノを見るような目で見られるのも乙なも
のだ。
「読みたかったからな」
「アホ。見つかったら事だぞ」
「昔の話だ」
「三十郎、あんたその時にちゃんと鍵かけなかったとか言うオチはない?」
「流石にそれはない。よな?」
「聞くなよ。そうか、それで桜居が持ってたって本があの書架のものだって知
ってたわけだ」
 開かずの書架は前面にスチールの引き戸が付いていて、スリットから中を覗
き込むことくらいしかできないのである。
「そう言うことだ。とにかく、あの錠は鍵穴も小さいし変に錆び付いているし
でな、慣れた人間でもかなり時間がかかるはず」
「まあ、時間はあっただろうけど。どっちにしろあたしに鍵借りに来てるんだ
からそれはないだろうね」
「そうだな」
「うーん、わからん。って、ゲッ、もうこんな時間!」
「どうした?」
「期末試験だ!」
「おお!」
「おおじゃない! 明日放課後図書委員のミーティングあるだろ。続きはその
時って事にして今日は三十郎も勉強しろ」
「善処しよう」
 頼子はあきれ顔で窓を閉め、俺は部屋に戻ってそのまま就寝した。

時系列
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 2004年7月。吹利学校高等部。

解説
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