[KATARIBE 27795] Re: [HA06N] 月見酒

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Date: Wed, 6 Oct 2004 02:26:24 +0900
From: "Sakurai.Catshop" <zoa73007@po.across.or.jp>
Subject: [KATARIBE 27795] Re: [HA06N] 月見酒
To: <kataribe-ml@trpg.net>
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Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
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こんばんは、Catshop/桜井@猫丸屋です。

 IRC上で戴いたご意見を反映して、リライトしてみました。
 とゆーわけで再送。

 クリエイターズネットワークの2004年10月のお題もの書き『月(衛星)』の投
稿作品ということで、そちらへのリンクも張っておきます。
   http://www.cre.jp/writing/event/2004/moon.html

 では。
 宜しかったらご笑覧くださいませ。
 
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[HA06L] 月見酒
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登場キャラクター
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桜木達大(さくらぎ・たつひろ):http://kataribe.com/HA/06/C/0365/
 しがない社内システム管理者にして客先回りのエンジニア。
 万物との会話が可能な異能『言霊使い』を見込まれて、怪異相手の交渉屋も
こなす。でも荒事は苦手でキライ。


1. 雨上がりの夜はクリア
-----------------------
 吹利市内、駅前公園。

 たぷん──

 達大の右手、焼酎の瓶の中で琥珀色の酒が揺れる。
 雨上がりの夜。
 露に濡れた植樹の葉が、街頭と月の破片を受けきらきらと光っている。
 雨上がりは空気がクリアだから──
 思いつつ、左手のコンビニ袋を軽く背負い直す。中身はジャンクフード。

 9月は台風やら残業やら休日出勤やら中華街へお出かけやら──とにかく多
忙な毎日がひたすら続き、仲秋の名月もなにもなかった。
 それで雨上がり、ふと思い立ってお気に入りの黒霧島─宮崎県の芋焼酎─を
片手に公園まで散歩してきた。少し時期遅れの月見と洒落込もうという次第で
ある。
 かつんこつんとブーツの踵を軽く鳴らして歩きつつ、手頃なベンチを探す。
 流石に雨上がりでは、どのベンチも濡れていている。
 服道楽の達大である。濡れたベンチに座るには忍びない。
 レジャーシートでも持っててくりゃ良かったと、軽く後悔したところで。
「にゃぁ」
 足元で相棒の猫丸が鳴いた。
 早いところジャンクフードを食わせろ──ってところだろう。もう付き合い
も長いから、異能で聞くまでもなく分かる。
「しょうがないな」
 諦めたように東屋の前で立ち止まった。


2. 黒ヤギさんたらお手紙たべた
-----------------------------
「にゃぁー」
 ベンチの上にお座り、しっぽをゆらゆら。
 喉を見せて猫丸が鳴く。
 上質の天鵞絨のように艶のある黒い毛が、月明かりを弾いて輝いている。
「まったく、おねだりする時だけは可愛いんだからな」
 苦笑い。
 鮭の皮の燻製を千切り、手のひらに載せて差し出せば、はぐはぐと猫丸は頭
を寄せる。
 その様子を唇の端に笑みを溜めて見守りつつ、空いた手で黒霧島の蓋を開け
る。毎度のことなので手馴れたものだ。
 さて呑むかと、ちょうどそのとき。
「あのぅ──」
「はい?」
 不意に声を掛けられて頭をあげる。
 そこにあったのは帽子から靴まで文句のつけようのない郵便配達人──の格
好をした黒ヤギの顔。

「────」

 絶句。
 言霊使い──どんなものとも会話ができる異能を見込まれ、怪異相手の交渉
ごともよくやらされるから慣れてはいる。
 慣れてはいるが。
 やはりそれでも心の準備というものは必要で。あまりに不条理な光景が不意
に飛び込めば面くらいもするし絶句もする。
 第三者の位置にたって自己分析。
 頭を振って、出掛けに軽く引っ掛けた一杯に酔ってるわけではないことを確
認する。
「あのぅ、もしやお取り込み中でしたか?」
 遠慮がちに黒ヤギのポストマン。
 取り込む中だと言って追っ払うのも手だ──なんて思っても実行に移せない
のが達大である。
「いえいえ。ご遠慮なくどうぞ」
 笑顔で応え、月見酒はしばらくお預け。


3. 月と酒は異界の門
-------------------
 手のひらにすっぽり収まるほどの太さの竹。
 その竹を囲炉裏で燻せばいい具合に黒味を帯びる。節の近くで、親指ほどの
長さに切り落とせば、それがそのまま猪口になる。
 達大お気に入り、黒竹の猪口だ。
「さ、どうぞ」
 とぷとぷ──
 猪口に焼酎が注がれる。
 琥珀の水面に月。
 黒竹の地に映えて、ゆらりと揺れる。
 月を呑むとはこのことだよな、あぁ美味そうだと思いつつ。
 その思いとは裏腹に猪口を黒ヤギのポストマンに差し出す。
「まずは一杯呑んで落ち着きましょう」
 もはや自分でもホンネかタテマエか見分けのつかない愛想笑い。
 その笑顔に気を許し黒ヤギは猪口を受け取った。
「いやいや申し訳ございません──本当は職務中に戴くなんて不謹慎なんです
が」
 言葉とは裏腹に、黒ヤギは満面の笑顔─たぶん─で上機嫌に猪口を干す。
 美味そうに飲みやがるなぁ。
 そう思っても笑顔は崩さない。
 余計な争いを避ける知恵である。笑顔は有効の印。平和憲法バンザーイ──
これが達大の信条だ。
「それでまぁ、突然声を掛けさせて戴いた理由なんでございますが」
 そんな達大の思いを知ってから知らずか黒ヤギは話を切り出した。
 酒で喉を湿したのが効いたのか、黒ヤギらしからぬ実にいい声で事情を語り
だす。森本レオ似の長閑な声だ。

 月と酒は異界の門──どちらも狂気に繋がるもの。

 達大は半ば上の空、そんなことを考えている。
 黒ヤギの話してることの半分も頭に入っていない。

 ハロウィンも近い。黒ヤギのポストマンが焼酎片手に相談ごとをするくらい
あってもおかしいことじゃない。

 そんな事を考えている目の前で、黒ヤギは自然な仕草で焼酎を猪口に注ぐ。
 ちゃぷん。
 猪口が溢れるか溢れないかの限度まで。琥珀の波が猪口の中で揺れる。
 蹄なのに器用なものだ。
 そのままくいくいと、猪口を仰ぐ。

 遠慮なく呑みやがるなぁ。
 ま、隙あらば取り付こうとするどこぞの屋敷の浮遊霊よかマシか──なんつ
っても黒ヤギさんたら読まずに食べた、だし。

 もはや思考は迷走してわけがわからないレベル。
「あの、もしもし。聞いていただけてますでしょうか?」
 黒ヤギが不安げに聞いてきた。
 流石に、ここまで上の空になられれば当然ではある。が、その蹄には未だ猪
口があるし、顔色ときたら黒い毛並みの上からもわかるほど赤い。
「──あぁ」
「にゃぁ」
「これは失礼しました。で、その郵便物を無くしたのはどの辺りなんです?」
 しかし達大少し間を置いただけで、さらりと問い返す。
 実際のところはカンニングだ。
 横で知らぬ風な顔で話を聞いていた猫丸から、僅かな間で聞き出したのであ
る。長年の付き合いでツーカーだからできる芸当だ。
「────」
 案の定、黒ヤギは一瞬ぽかんと不意を突かれたように四角い目を丸くした。
 一呼吸。
「あ、そうそう。それで郵便物なんでございますが」
 平静を取り戻し、黒ヤギは相談話の続きを始めた。


4. つまるところはまんまるい
---------------------------
「──というわけなんでございます」
「はぁ、丸ボタンですか」
「にゃぁ」
 順に黒ヤギ、達大、猫丸である。

 つまり、こういうことらしい。
 吹利市内の某所に封書を届けたのだが、届けてみれば大事なものが入ってい
なかった。
 封筒の中には丸ボタンが入っていて。
 それがつまるところ、届け先へのささやかなプレゼントだった。なかなか可
愛らしくて、素敵なセンスだ。
 ともかくも。
 その肝心のプレゼントが入っていないといわれ、黒ヤギも慌てて探したが、
これがどうしても見つからない。
 郵便鞄はもちろんのこと、制服のポケットから革靴から帽子、果ては自慢の
アゴ髭に絡まってやしないかとさえ疑ったが、そのどこにもなかったのだ。
 郵便鞄の中、さらに封筒の中に入っていたハズのものである。
 命より大事な郵便鞄を、どこかに置き忘れるようなことは誓ってないし、途
中、誰かにぶつかるような事故も起こしていない。
 なのに、それでも見つからなかったのだ。
 それでさっぱり、どこを探したものか分からなくなり──
 たまたま見かけた変ったヤツに声を掛けてみたというわけだ。

「そんな次第でございまして」
 三杯目の猪口を空けて、黒ヤギは息をついた。
 ちょっと呑みすぎじゃないか? と思いつつ、達大も一息。
 相談を聞いてたお陰で月見酒はお預け。しかも相談を持ちかけた当の本人は
遠慮なくぐびぐびと、それはもう美味そうに猪口を重ねていく。
 溜め息の一つも出ようというもんだが、ぐっと我慢。
「それで、そのボタンの特徴というのは?」
「えぇ、それが乳白色のまんまるいボタンだそうで」
 訊ねた達大に黒ヤギが答える。
「暗い夜でも柔らかく光るうえ、兎の透かしまで彫り込んであるとか」
 ほとほと困り果てた様子で─しかし猪口を開ける手は止めず─言う。
「そりゃまるで──」
 ぽっと思いついて達大、夜空を見上げた。
「まるで?」
 黒ヤギもオウム返しに問いつつ、つられて顔を上げる。
 そこには──

 青黒の夜空。
 やわらかなミルク色の光をまとう。
 仙女が住まい、兎が遊ぶ。
 真円の望月。

「おぉっ──なんと。あれのことでしたか」
「あれのことって──」
 合点する黒ヤギに『封筒には入らないでしょう』と言う間もなく。
 黒ヤギは郵便配達用の自転車にまたがり駆け出していた。
「──あらら。行っちゃったよ」
「にゃぁ」
 呟いた達大に、猫丸が同意。
 まぁ、いいか。それより今度こそ月見酒だと、黒霧島の瓶を手にとれば予想
外に軽い。軽すぎる。
「まさかっ──」
 恐れるようにビンを振れば、ぴちゃぴちゃと頼りない音が応えた。
 焼酎は全て、黒ヤギの胃の中にすっかり収まっていたのだった。
 狐ならぬヤギにつままれた気分。してやられたと、夜空を仰ぐ。
「やられたぁ」
 アメリカ映画の役者のように、手のひらを額に当てて夜空を仰げば。

 かりっ。

 堅いものを齧る音。
「──ん?」
 音の出元に視線をやれば、なにやら猫丸が齧っている。
「おいおい。変なもん食べるなよ?」
「にゃぁ」
 達大の声に猫丸は顔を上げる。尻尾は悪戯っぽくゆらゆら。
 その猫丸の足元に。

 乳白色の丸いボタン。
 兎の透かし模様が彫り込まれ、暗い中でも柔らかく光る。
 黒ヤギの探し物。

「は──はっはっはっは」
 なにやら無性におかしくて。

 達大は、しばらく満月に向かって笑いつづけた。


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