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Date: Tue, 5 Oct 2004 23:45:28 +0900
From: "Sakurai.Catshop" <zoa73007@po.across.or.jp>
Subject: [KATARIBE 27794] [HA06N] 月見酒
To: "Kataribe-ml" <kataribe-ml@trpg.net>
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Web: http://kataribe.com/HA/06/N/
Log: http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/27700/27794.html
こんばんは、Catshop/桜井@猫丸屋です。
ふっと思いついて即興妄想小説。
ネタはランダムジェネレータで出た以下の三つ。
HA06event: 郵便配達のおじさんの前で頭痛がした ですわ☆
HA06trash: ちぎれたヒモの残るボタン ですわ☆
HA06human: 女の高校生 ですわ☆
──はっ、しまった。女子高生が出てないっ!
まぁ、執筆時間2時間ということでご容赦を。
なおクリエイターズネットワークの10月のお題『月(衛星)』にも掛けてみま
した。
お時間があれば、ご笑覧くださいませ。
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[HA06N] 月見酒
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登場キャラクター
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桜木達大(さくらぎ・たつひろ):http://kataribe.com/HA/06/C/0365/
しがない社内システム管理者にして客先回りのエンジニア。
万物との会話が可能な異能『言霊使い』を見込まれて、怪異相手の交渉屋も
こなす。ただし荒事は苦手でキライ。
1. 雨上がりの夜はクリア
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吹利市内、駅前公園。
たぷん──
達大の右手、焼酎の瓶の中で琥珀色の酒が揺れる。
雨上がりの夜。
露に濡れた植樹の葉が、街頭と月の破片を受け、きらきらと光っている。
「(雨上がりは空気がクリアだからな)」
左手のコンビニ袋を軽く背負い直す。中身はジャンクフード。
9月は台風やら残業やら休日出勤やら中華街へお出かけやら──とにかく多
忙な毎日がひたすら続き、仲秋の名月もなにもなかった。
それで雨上がり、ふと思い立ってお気に入りの黒霧島─宮崎県の芋焼酎─を
片手に公園まで散歩してきた次第。
「(まぁ、少し時期遅れの月見だわな)」
かつんこつんとブーツの踵を軽く鳴らして歩きつつ、手頃なベンチを探す。
流石に雨上がりでは、どのベンチも濡れていている。
「(レジャーシートでも盛ってくりゃ良かったな)」
服道楽の達大である。濡れたベンチに座るには忍びない。
とはいえ。
「にゃぁ」
足元で相棒の猫丸が鳴く。早いところジャンクフードを食わせろ──ってと
ころだろう。もう付き合いも長いから、言霊で聞くまでもなく分かる。
「しょうがないな」
諦めたように東屋の前で立ち止まる。
2. 黒ヤギさんたらお手紙たべた
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「にゃぁー」
ベンチの上にお座り、しっぽをゆらゆら。
喉を見せて猫丸が鳴く。
上質の天鵞絨のように艶やかな黒い毛が、月明かりを弾いて輝く。
「まったく、おねだりする時だけは可愛いんだからな」
苦笑いしながら鮭の皮の燻製を千切る。
手のひらに載せて差し出せば、はぐはぐと猫丸は頭を寄せる。
「(さぁオレも呑むか)」
唇の端に笑みを溜めて見守りつつ、空いた手で黒霧島の蓋を開ける。
毎度のことなので手馴れたものだ。
と。
「あのぅ──」
「はい?」
不意に声を掛けられて頭をあげる。
そこにあるのは帽子から靴まで文句のつけようのない郵便配達人──の格好
をした黒ヤギ。
「────」
絶句。
言霊使い──どんなものとも会話ができる異能を見込まれ、会社では怪異相
手の交渉ごとをこっそり命令されるから慣れてはいる。
慣れてはいるが、やはりそれでも心の準備というものは必要で。あまりに不
条理な光景が不意に飛び込めば面くらいもするし絶句もする。
「(うんうん。その通り。オレはまだ酔ってないな)」
頭を振って、出掛けに軽く一杯やってきた不安を払う。
「あのぅ、もしやお取り込み中でしたか?」
遠慮がちに黒ヤギのポストマン。
「(取り込み中だと言って追っ払うのも手かもなぁ)」
なんて思っても実行に移せないのが達大である。
「いえいえ。ご遠慮なくどうぞ」
笑顔で応える。
月見酒はしばらくお預け。
3. 月と酒は異界の門
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手のひらにすっぽり収まるほどの太さの竹。
その竹を囲炉裏で燻し、親指ほどの長さで切り落とせばお猪口になる。
達大お気に入り、黒竹の猪口である。
「さ、どうぞ」
とぷとぷ──
猪口に焼酎が注がれる。
琥珀の水面に月。
黒竹の地に映えて、ゆらりと揺れる。
「(月を呑むとはこのことだよな)」
美味そうだ、という思いとは裏腹に猪口を黒ヤギのポストマンに差し出す。
「まずは一杯のんで落ち着きましょう」
自分でも最早、ホンネかタテマエか見分けのつかない愛想笑い。
その笑顔に気を許し黒ヤギは猪口を受け取った。
「いやいや申し訳ございません──本当は職務中に戴くなんて不謹慎なんです
が」
言葉とは裏腹に、黒ヤギは満面の笑顔─多分、笑顔だろう─で上機嫌に猪口
を干す。
「(美味そうに飲みやがるなぁ)」
思っても達大は笑顔を崩さない。
余計な争いを避ける知恵である。笑顔は有効の印。平和憲法バンザーイ──
これが達大の信条だ。
「それでまぁ、突然声を掛けさせて戴いた理由なんでございますがね」
そんな達大の思いを知ってから知らずか、黒ヤギは話を切り出した。酒で喉
を湿したのが効いたのか、黒ヤギらしからぬ濁りのない──例えて言えば、森
本レオのような声だ。
「(月と酒は異界の門──どちらも狂気に繋がるもんだしなぁ)」
達大は半ば上の空。
「(ハロウィンも近いし、まぁ──アレだ。黒ヤギのポストマンが焼酎片手に
相談ごとするくらい良しとしよう)」
そんな事を考えている目の前で、黒ヤギは自然な仕草で焼酎を猪口に注ぐ。
とととっ、と猪口が溢れるか溢れないかの限度まで。蹄なのに器用なものだ。
「(遠慮なく呑みやがるなぁ──ま、隙あらば取り付こうとするどこぞの屋敷
霊よかマシか──なんつっても黒ヤギさんたら読まずに食べた、だしな)」
もはや思考は迷走してわけがわからないレベル。
「──あの、もしもし。聞いていただけてますでしょうか?」
猪口を片手に、黒い毛並みをかすかに赤く、黒ヤギが不安げに聞いてきた。
流石に、ここまで上の空になられれば当然ではある。
「にゃぁ」
「あ、いや、これは失礼しました。それで、その郵便物を無くしたのはどの辺
りなんです?」
しかし達大、さらりと問い返す。
──実際のところはカンニングなわけだが。横で知らぬ顔を決め込んでいた
猫丸からさらっと聞き出したのである。まぁ長年の付き合いでツーカーだから
できる芸当だ。
「────」
案の定、黒ヤギは一瞬ぽかんと不意を突かれたように四角い目を丸くした。
そこで一呼吸。
「あ、そうそう。それで郵便物なんでございますが」
平静を取り戻し、黒ヤギは相談話の続きを始めた。
4. つまるところはまんまるい
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「──というわけなんでございます」
「はぁ、丸ボタンですか」
「にゃぁ」
順に黒ヤギ、達大、猫丸である。
つまり、こういうことらしい。
吹利市内の某所に封書を届けたのだが、届けてみれば大事なものが入ってい
なかった。封筒の中には丸ボタンが入っていて、それがつまるところ、届け先
へのささやかなプレゼントだったらしい。
「(なかなか可愛らしくてセンスいいかもな)」
入っていないといわれ、黒ヤギも慌てて探したらしい。
郵便鞄はもちろんのこと、制服のポケットから革靴から帽子、果ては自慢の
アゴ髭に絡まってやしないかとさえ疑ったが、そのどこにもない。
なにしろ郵便鞄にいれた封筒の中に入っていたハズのものである。
命より大事な郵便鞄をどこかに置き忘れるような間抜けはした覚えもないし
途中、誰かにぶつかるような事故も起こしていない。
それでさっぱり、どこを探したものか分からなくなり──
「(たまたま見かけた変ったヤツに声を掛けてみたわけか)」
「そんな次第でございまして」
三杯目の猪口を空けて、黒ヤギは息をついた。
「(ちょっと呑みすぎじゃないか?)」
思いつつ達大も一息。
相談を聞いてたお陰で月見酒はお預け。しかも相談を持ちかけた当の本人は
遠慮なくぐびぐびと、それはもう美味そうに猪口を重ねていく。
溜め息の一つも出ようというもんだが、ぐっと我慢。
「それで、そのボタンの特徴というのは?」
「えぇ、それが琥珀色でまんまるいボタンだとか」
訊ねた達大に黒ヤギが答える。
「暗い夜でも柔らかく光るうえ、兎の透かしまで彫り込んであるとか」
ほとほと困り果てた様子で─しかし猪口を開ける手は止めず─言う。
「そりゃまるで──」
ぽっと思いついて達大、夜空を見上げた。
「まるで?」
黒ヤギもオウム返しに問いつつ、つられて顔を上げる。
そこには──
青黒の夜空。
やわらかな琥珀の光をまとう。
仙女がすまい、兎が遊ぶ。
真円の望月。
「おぉっ──なんと。あれのことでしたか」
「あれのことって──」
合点する黒ヤギに『あれは封筒には入らないでしょう』と言うまもなく。
黒ヤギは郵便配達用の自転車にまたがり駆け出していた。
「──あらら。行っちゃったよ」
「にゃぁ」
呟いた達大に、猫丸が同意。
「(まぁ、いいか。それより今度こそ月見酒)」
思って黒霧島の瓶を手にとれば軽い。
「まさかっ──」
恐れるようにビンを振れば、ぴちゃぴちゃと頼りない音が応えた。
焼酎は全て、黒ヤギの胃の中にすっかり収まっていたのだった。
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