[KATARIBE 27791] [HA06N]  手紙

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Date: Mon, 4 Oct 2004 17:20:59 +0900 (JST)
From: gallows <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 27791] [HA06N]  手紙
To: kataribe-ml@trpg.net
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2004年10月04日:17時20分58秒
Sub:[HA06N] 手紙:
From:gallows


こちらではご無沙汰のgallowsです。
久々にもの書いてみました。何年ぶりでしょうヽ(´ー`)ノ
ハリさんチェックよろしくお願いしまっす。

小説:『手紙』
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登場人物
--------
桜居津海希 http://kataribe.com/HA/06/C/0298/
前野浩   http://kataribe.com/HA/06/C/0128/
前野みかん http://kataribe.com/HA/06/C/0129/
他その周辺

本編
----
 故郷の再開発が決まるとか、生まれ育った家が潰されるとか、父がこっちに
越してくるとか、まあ世界は目まぐるしく動いてたけれど私には幸いにして想
像力と計画性があったからどうするかはほとんど決まってた。だから、問題は
桜居津海希と前野浩とのごくプライベートなとこにしかなかったんだと思う。
最初から。


 九月の夜に化けアライグマと河童が喧嘩して、ディナーであったところのシ
チューごとテーブルが吹っ飛んで、誰も彼もがうんざりしはじめていた時に私
はそのメールを受け取った。普通あんまり見られるものでもないけど一度暴れ
出した河童というのは手がつけられないもので、水掻きのあるでっかい手を振
り回すたびに瀟洒な造りのダイニングルームは大惨事。可哀想な観葉植物さん
がなぎ倒されて、椅子が宙を舞い、子犬は悲鳴を上げてウッドチェストの陰に
隠れる。一方のアライグマはとっくに意識が飛んでいて毛足の長い絨毯の上に
変な角度で倒れ込んでいるっていうか突き刺さっている。合掌。
 そんな馬鹿騒ぎを見てるうちに私の食欲はすっかり萎えてしまって一人早々
に部屋に戻ることにする。ハーブが効いて暖かそうだったシチュー、前野君が
昼から準備していたシチュー、正直楽しみだったのに。カッパ許すまじ。たぶ
んあと数分以内に女中の化けネコが力ずくでカッパを諫めて事態は収拾するん
だろう。カッパのヒステリはより強大な暴力によって抑え込まれ、元凶と私が
推測してるアライグマは前野君にこっぴどく絞られるに違いない。うまく出来
ている。こういうのは日課みたいなもので、それが私の日常だ。
 背後の喧噪を離れて薄暗い廊下をケータイ片手に歩いていく。届いていたの
は父からの定期メール。ポチポチと受信箱チェック。家庭の事情でこの化け物
屋敷の厄介になっている私には二日に一度くらいのペースでこれが来る。それ
は家族を忘れない為の大切な儀式だ。ただ、残念ながら返事はよく忘れるのだ
けれど。
 普通こういう細やかな連絡はお母さんがしてくるのだろうけど、生憎私には
母がいないのでお父さんメールなのだ。父のメールは現役女子高生の私から見
ても絵文字がフンダンに盛り込まれていて、文面もラブに溢れてるから娘的に
はちょいと鬱陶しい。けど、普段離れてるからこれくらいで丁度いいのかなと
も思う。いつもありがとう、お父さん。
 だけど今日のメールは定番のラブメールではなくって、なんだか干涸らびた
パンみたいだった。曰く、村がなくなることになりました、家も取り壊されま
す、村民のほとんどは親戚筋を頼って暮らすことになりそうです。それはつま
り、私達親子とその周辺の敗北の報せだ。
 私は飛頭蛮と呼ばれる生き物で、生まれ育った山村は半分くらいがソレだっ
た。私達は首だけで飛ぶというかわいい特技があるくらいで、大部分はなんの
害もない気のいい奴らだったと思う。
 何百年か前に大陸から移り住んできた私達は普通の人たちと同じように農業
やったり商売やったりして暮らして、特に私の家、桜居家は結構儲けたりもし
た地元の名手らしい。おかげでいつもいいもの食べていいものが着れていたの
は確かだ。
 それが三年前突然村に行政の手が入って、飛頭蛮達は追い出されてしまった。
父が先頭に立って交渉したのだけど「正規の裏取引をしていない為日本国民と
して認められない」とかなんとか言われてかなり強引なことされたと思う。私
は当時正規の裏取引ってなんだそれ! って怒ったけどやっぱりちゃんと国と
の関係築かないで裏の戸籍だけ取得してなぁなぁしてきたご先祖様にも非はあ
ったんだと今は思う。ここは人間のための法治国家なんだ。とにかくほとんど
の仲間は父と一緒にさらに山奥の不自由な所に避難して、一部は行政にとっ捕
まって、私は例外的に今のお屋敷にお世話になることになった。
 父はその後も一人で頑張ってなんだか体調も崩しちゃったりして可哀想なこ
とになってたんだけど、今回再開発案にちゃんとしたスポンサーも付いて着工
までの予定も決定ということになったらしい。父や母との思い出のある家が壊
されちゃうのは癪だし正直少し思うところもないでもないけど、まあ大丈夫。
 自分に割り当てられている部屋に戻り、ベッドに寝転がってしばらく考える。
五秒くらい。思ったより考えることはなかった。とりあえず父に電話してみよ
う。あっちは大分凹んでるに決まっているからかわいい娘の声でも聞かせて栄
養をあげないと枯れてしまうかもしれない。電話帳、お父さん、通話。
「ハーイ、こんばんは。お父さん」
「ああ……」
「元気? メール読んだよ。お疲れ様。しばらくこっち来て休むんでしょ?」
「ああ……」
「お父さんは立派だったよ。村のみんなもわかってくれるから大丈夫。なにも
申し訳なく思う事なんてないんだよ。」
 父はすぐ泣く。その後延々三十分くらいねぎらって慰めてすかしてお互い疲
れきって会話も三回目くらいのループに突入したので電話を切る。とりあえず
一眠りしよう。家がなくなるのは父にとって私以上の痛手なのかもしれないと
思った。
 母との数少ない思い出の場所がなくなるのだから、そりゃあ思うところもな
いではない。でもなんだかんだで私はもうすっかり今の生活に馴染んでしまっ
ている。ずっと村の人と頑張ってきた父とは問題への切実さとかそういうのが
きっと違う。そのことを考えたら申し訳なさの方で目がうるっと来た。
 電話の調子だと父はもうすっかり弱ってしまってる。私がやる事はずっと増
えたんだという予感がある。だけどこの日は疲れたから部屋に備蓄しておいた
クッキーだけ食べて、とりあえず眠ることにした。


 住宅街を抜けて道沿いに歩いていったら突然森に入ったのだった。歩いてき
た道が根本的に間違ってたとしても私にはわからない。村を出てからの数日間
はずっと不安だったのだけど、人間は不安の上に不安を重ねられることを学ん
だ。歩いていくとなんだか上り坂だし道も舗装されてない。私はその時13の小
娘で、逃亡者で、逃亡者ってからには仕事熱心に13の小娘一人を追っかけ回し
てる奴らがいるわけで、ほんとはあまり人気のないところに入りたくなかった。
だけど保護してくれると言う場所がこの先にあると言われていて、それ以外に
アテもなかったんだから仕方がない。
 そして挙げ句に道に迷った。地図はなんだかヘタクソで比率もおかしいし、
住所とか書かれても山登りには何の役にも立たない。この地図を書いてくれた
父の友達という人へのあらん限りの悪口を並べながら私はヒィヒィと一時間以
上歩き続けた。もうなんかヤケクソだった。
 あとでわかったのだけど私は山に入る道をそもそも間違えていた。私は山育
ちだけどお屋敷の中から山を駆けずり回る同世代の子達を「ハハ、みんな元気
だねえ」とか言いながら見守るのが仕事の子供だったのだ。こういうのは柄じ
ゃないし一人で出かけたこともほとんどないのだから仕方ない。木々の間を抜
け、泥に足を取られたりしつつ、冗談みたいに大きい屋敷に辿り着いた時には
すっかり落ち葉まみれになって汚れていた。
 屋敷は腹立たしいことに私の生家よりも少々大きくて、そんなのが忽然と山
の中にあるのだからこれはテーマパークかな、と思った。なんだかそういう場
違いな雰囲気があった。とりあえず屋敷の人を探してぐるりと一周するとガレー
ジらしき建物から黒服にサングラスの怪しい男が出てきた。なんだろう、あの
平たい頭は、というのが第一印象。彼は定規を当てたような角刈りだったのだ。
 私は男の視界に入ると頭を下げた。いざとなったらいつでも頭を飛ばして噛
み付けるくらいの距離に立って睨み付ける。なめられたらおしまいだ。そんな
感じの獣じみた気分になっていた。本来の私はもっと愛想のいい子なのである
がこの時ばかりは仕方がない。そうしていると男が不審そうに近付いてくるの
でずいっと父の友達にもらった紹介状を突き出す。もしかしたら生まれてから
ずっとこの森で狼に育てられた子供だと思われたかもしれない。疲労と緊張で
あーとかうーとかくらいしか言えなかったのが癪だった。ちゃんと話せないと
馬鹿だと思われるかもしれないし、それは今後の立場を決める上でとてもまず
い。私はとりあえず偉くないと駄目だったのだ。


 天気もいいし、習い事が先生の仕事の関係で早く終わったのでのんびりと山
をぐるぐる回りながら帰ってみる。今では流石にこの辺にも詳しくなったモノ
で多少裏道に入っても自分がどの辺にいるのかがなんとなくわかる。そうして
いるうちに馴染みの大きなクヌギの樹に辿り着いたので、こいつを蹴飛ばしな
がら色々なことを考える。
 父がこっちに来ることに決めたのは素直に嬉しい。
 実家がなくなるのは本当に残念。だけど我慢できない程じゃない。
 仲間達のことは、申し訳ないけど今出来ることはない。これは将来に向けて
頑張るテーマにしよう。
 今の習い事の他に法律について知っておきたいとも思う。大学は法学部のあ
るところを目指そう。そしてこれから自分に出来ることを考えよう。
 あとは、なんだろう。
 さっきまで虐待していた樹から離れて木々の間に覗く空を見ながらふらふら
と歩く。今年の夏は長かったのでそれぞれの歯が秋らしく色付くにはまだしば
らく時間がかかりそうな感じ。そうしているといつかのように屋敷の裏に辿り
着いてしまった。
「おかえり、つみきちゃん」
「ただいま、前野君」
 3年前と変わらぬ様子でこの男はガレージにいてワゴン車の洗浄作業をして
いた。私は身長が5センチも伸びて日々立派に成長しつつあるというのに、な
んというやる気のなさだろう。服なんてずっと同じの着てるんじゃないかとつ
っこみたくなったけど、以前贈ったネクタイを締めていたので今日のところは
見逃すことにする。
「どうしたの?」
「なんでもない。あと外ではお嬢様で通して下さいな。執事さん」
「あはは。かしこまりましたお嬢様」
 そう。私はこの男への態度を決めかねている。家や村がなくなるというのな
ら受け入れるし、父が来るなら一緒に住むし、仲間が困ってるなら少しずつ不
満を解消する形に持って行けるように今から勉強するしかない。それはどうし
ようもないか、最初から自分の中に答えがあることだ。だけどこの人にそれを
どう説明しよう。そして3年の間に柄にもない間柄になってしまった関係をど
うやって維持しよう。そのことについて考えると自分のエゴがむくむくと膨ら
んでうまく決められなくなってしまうのだ。
 屋敷の玄関でまずそこここについた落ち葉を落とす。そのまま居間に行って
ヒールの高い靴を脱ぎ捨て、サイドテーブルにショルダーバックを放り投げる。
あとはお気に入りの布張りのソファにダイブ。日中太陽の光を浴び続けたソファ
は布の肌触りが最高で、童心に返って肘掛けに頬をこすりつける。服が皺にな
りそうだけど今日はもういいや。
 しばらくその体勢でテレビを見たりして時間を潰す。だらけられる時はだら
けるだけだらけるのが私のモットーだ。そうしていると裏口から前野君が戻っ
てきたのが物音でわかる。
「疲れたー。前野君、冷たいモノ欲しい」
「かしこまりました。……お茶でいい?」
「任せる。前野君の秘蔵の品でいいわ。なるべく高い奴ね」
 微笑みかけると彼の顔が軽く引きつってるのが見て取れて楽しい。色々スト
レスを溜めているのだからこれくらいの発散は見逃してもらいたい。しばらく
横になっていると冷えたジャスミンティーが二つ、サイドテーブルに置かれた。
 よっこらせと上半身を起こして座る。前野君も向かい側の一人掛けの椅子に
座る。こうして向かい合ってる間は対等の関係というのが暗黙のルール。
「お待たせ。どうかした? 昨日もあの騒ぎのあと部屋から出てこなかった」
「別にぃ。ただ食事をとる気分にならなかっただけ。いつものことでしょ」
「ほら、ちゃんとこっちを向いて顔を見せるんだ。また体調が悪いのかな? 
ここしばらくは落ち着いていたと思ったけど」
「大丈夫。体調はいいし迷惑もかけませんよ。うん、これは香りのいいジャス
ミンティーだね。おいしいですよ。腕を上げたね」
「ふぅ、そうかい……」
 やあ、なんともジャスミンティーだ、と繰り返すと前野君は呆れたような顔
をして諦めて出て行ってしまう。怒らせてしまったかもしれない。困りました、
一人居間に残されてため息。
 父と私と前野君、三人での生活を考えてみる。桜居の家に昔からいる使用人
のおじいさんはもういい加減歳なので引退させてあげよう。父の目が厳しくて
前野君の胃に穴が開いてしまうかもしれないけれど、それはとっても楽しそう
で魅力的だ。そういうのもいいかもしれない。それが出来れば幸せかもしれな
い。今のうちから父には耐性を付けてもらわないと将来どう転ぶにしたってあ
の人は子離れしそうにしないもの。そういう未来像を考えていると思わず顔が
にやけてしまう。でも、それでいいんだろうか。


 飛頭蛮というのは人を喰う怪の一種だったのだけど、大昔ならいざ知らずそ
んな生き物が近代以降を生きるのはとても難しかった。だから私のご先祖様達
はずっと人間と一緒に住んで血を薄めてその性質をなくそうとしてきた。だか
ら最近の飛頭蛮ときたら人なんて少しも食べようと思わないし首だって外せた
り外せなかったり。飛べる者なんかはほんとに一握りで3分飛べるだけで大掃
除で高い所のモノ取るのに大活躍ってなものだった。だけど不幸な例外はある。
たまにすごく血の濃い子が生まれて来ちゃうのだ。
 そういう子は忌み子と呼ばれ、ほとんどはあまり聞きたくないような処分を
されてきた、という事を知ったのは本当に最近。15の私はそんな子供が生まれ
てくることは知らなかったし、自分がそうだってこともすっかり忘れていた。
なにしろ矯正で血を見ると気持ち悪くようになっていたくらいで。
 だから15の私が人喰いになってしまったのは悪い偶然が重なった結果なんだ
けど、それで片づけるわけにもいかない。何より自分が納得できない。だから
私は自分の不甲斐なさと判断力のなさを今でも呪う。結果的に前野君や色んな
人のおかげでうやむやにできてしまったけど、私はまあ犯罪者だ。それは間違
いない。その犯罪者をかくまってくれた前野君のエゴの上に今の私の生活は成
り立ってるんだ。
 遡れば3歳の時に人間だった母を傷つけた時、父も母もすごく驚いただろう
し、多分泣いたりもしたと思う。そんな私を見捨てないでうまくやっていける
ようにしてくれたんだから両親には心の底から感謝している。私は天はどうか
知らないけど人にはすごく恵まれてるのだ。だけどやっぱりその両親の行いも
エゴなのかなと思う。
 私は色んな人のエゴに乗っかって無理矢理生きてる。だけどそれに報いなき
ゃならないかと考えるとあんまりそういう気はしない。感謝はするけど、それ
に見合うだけの何かを払うって言うのは私には重すぎる。だからせめて自分の
ことだけは周りのこと考えて決めようって思った。


 日が落ちると秋の小雨がぱらついてきて、窓をパタパタとなぜていった。夕
食のスパゲティバジリコと若鶏の香草焼きは久々においしく食べられて、この
食生活から離れることを考えると決意が鈍りそうだった。窓の外に見える森の
木々は重厚なベールに身を隠し、逆にこっちを観察しているように感じる。横
に目をやると子犬、前野みかんが口を尖らせて私の指示した連立方程式の証明
問題と格闘している。屋敷の家事一般を私は手伝っていないし求められてもい
ないのだが、なにもしないのも所在ないのでこうしてたまに家の子の勉強を見
てやることがある。
 特にこのみかんという娘はこの屋敷の中でも多分一番愛されている子だから
恩を売っておいて損はない、とかそこまで打算的なことは考えていないけど、
まあ世話してあげたくなるような子だ。
 ずっと座ってて疲れたので伸びをしつつ部屋を見回す。ベージュを基点にし
た配色が女の子らしく感じるし、ベッドや机も無難だけど懐かしい感じのもの
を使ってる。掃除はそこそこ行き届いてるけど抜けがあるのがまたいい感じだ。
持ち前の子犬らしい従順さと相まって一人っ子の私にとって理想的な妹像に映
る。そう言えば体つきも最近女の子らしくなってきている。というか私よりス
タイルがいいんじゃないかと言う危機感を覚える。そう思うと腹立たしくなっ
てきたので窓枠に指を滑らすと埃が積もってた。テレビの鬼姑みたいな意地悪
い感情がむくむくと持ち上がってくる。
「つみきおねーちゃん?」
「ん? ああ、解けた?」
「まだだけど、なにしてるの?」
「はいはい、まだ開始30分も経ってないでしょ、気散らさないの。それ終わっ
たら見せなさい」
「えー、だってそれはつみきお姉ちゃんが。……うん、わかった」
 まあそんな感じで可愛がってはいるのだが、たぶん前野君の愛情を一番受け
ているこやつを羨ましく思わないではない。
 例えば私が体調を崩して寝込んでいる時にみかんが看病をしてくれたことが
あった。こまめに汗を拭いてくれたりしてそれはなかなか甲斐甲斐しく、それ
までしばしば些細な意地悪をしたりもしたのになんていい子なのだと私は心の
中で最大限の賛辞を送っていた。麦茶が欲しいと言えばよく冷えた麦茶を持っ
てきてくれた。テレビが見たいと言えば携帯型のテレビを前野君の部屋からこ
っそり持ち出してくれたりもした。
 そんな感じで快適な病人ライフを送っていた私であるが、二日目くらいでテ
レビに飽き始めると圧倒的な退屈が押し寄せて来た。そこで今度は前野君の部
屋からなるべく読み応えありそうな小説何冊か持ってきて、と頼んだのだった。
本ならとりあえずずっと同じ話題が繰り返される事もないし、前野君がどうい
うものを読むのか知っておくのはいいアイデアに思えた。彼女は元気よく返事
して出て行き、間もなく豆腐のような形状の書籍を6冊くらい重ねて持ってき
た。ああ、これは確かに読み応えがありそうだと思って呆然と眺めていると彼
女はスリッパを引っかけて派手にすっ転んだ。豆腐型のそれは宙を舞い、彼女
の後頭部を打ち付けたり私の鳩尾に突き刺さったりした。
 偶然様子を見に来た前野君によって私たちはすぐ救助されたが、痛さのあま
り悶絶して首ももげてしまった私は何も文句が言えなかった。繰り返すが私は
飛頭蛮だ。だから首はわりとよくもげる。
 その一方で、涙目でえへへと笑い申し訳なさそうに子犬のような耳を竦める
彼女を、前野君は仕方ないなあと言う様子でデレデレと撫でていやがった。先
に病人の心配しろよ、えへへじゃねーよと叫びたかったけど豆腐みたいな本の
打撃力は相当なものでそれを許さなかった。
 この時以来、私は世間を渡り歩く上で最終的に得するのは犬みたいな人だと
考えるようになった。私はそれまで自分を猫みたいな人だと認識していたので
この発見は衝撃的だった。手始めにこの直後私は形だけでも犬っぽくするため、
髪型をウィッグなど駆使して工夫したが今のところこの努力が効を結んだ様子
はない。
「できたー」
「どれどれ。うーん、みかんさん。手順を踏みすぎ。冗長。美しくない。もう
ちょっと考え直しなさい」
「うわ……なんか今日機嫌悪い?」
「はい?」
 笑顔で微笑みかけてやると怯えて首を竦める。こういう仕草がまた癪に障る
のだけど、それ以上に和まされてしまうので親切にどこがまずかったか指摘し
てやることにする。こうしていると前野お父さんがこやつを可愛がるのは当然
に思えてくる。あの人は自分が拾ってきたものには責任を持つから彼女の親代
わりを自分なりに務めてるし、彼女もまた良い娘なのだ。本人にそう言うと、
せめて年の離れた兄妹くらいにしてくれ、と前野君には苦笑されるのだけれど、
二人の関係はやっぱり親子のそれだって思う。
 だから家を離れたり親子で別れて住んだりというのを子犬に強要するような
ことは、やっぱり私にはできないのだ。


 2週間後に父が越してくることになって、その前に父と二人で新しい家の下
見をしようということになった。父と実際に会うのは本当に久々だったので少
し緊張もしたけど、それより何より屋敷を抜け出る時に動揺が見て取られなか
ったかが心配だ。引越すことは、いまだに屋敷の誰にも言えていない。結局私
は踏ん切りがつかないでいるのだった。
 要は前野君なのだと思う。彼にさえうまく言えればあとはみんなに笑顔で別
れを告げて、屋敷の本当の主の無道千影さんにも丁重なご挨拶をして気持ちよ
く出て行けるはずなのだ。前野君は大人だから説明をすればわかってくれると
思うけど、男の人って理解のある素振りを見せてもその実まったく感情の処理
は出来ていないものだと本で読んだこともあり、結構不安だ。
 家の手配はとっくに済んでいて、壱村という地域にある洋館付きの日本家屋
だと聞いていた。壱村は私にとっても馴染みの深い場所なので前野君のことさ
えなきゃ新生活は素直に胸躍るものだったと思う。
 約束の時間にバス停に行くと、使用人と一緒に父がひょっこりと立っていた。
久々に会う父はなんだか一気に老け込んで、なんだかこぢんまりとしてた。こ
こに来てようやく私は育った村も家ももうなくなって自分たちが何か大きなも
のに負けたのだって事が実感できた。胸が詰まって鼻がツンとしてきたので口
元を抑えてしばし深呼吸。何を今更とふんばり直し、これからはせいぜい親孝
行しようと柄にもない誓いを立てる。
 笑顔でお互い挨拶。なんだか親子揃って目が赤いけどそういうのは極力見な
かったことにしたい。父は「やあ、ここは田舎だねえ。吹利はもっと都会だと
聞いていたけど、ここなら安心だなあ。ああ、つみきはコンビニとかないのは
ご不満かね?」とか言ってきょろきょろしてて、久々に私に会ってどう接する
か戸惑ってるのが明らかに見て取れた。分かりやすすぎるよお父さん。
 その後すぐ不動産の人と合流して管理人さんにご挨拶をして新しい家を案内
される。洋館付きの日本邸宅というのが私はいまいちしっくり来なかったのだ
けど、実際に見てみたら私はすぐにこれを気に入った。大正期に流行った造り
を以前の持ち主が模して建てたのだそうだ。元々ハイカラ趣味の桜居の家とし
てはうってつけだと思う。
 手入れもまあまあ行き届いていて、これならすぐに住み始めても問題はなさ
そうだ。お風呂やトイレはいくらかお金を出せば最新の設備に変えて貰えるら
しい。この辺は16の女子としては死活問題なので是非とお願いする。
 帰り際、父は近いうちに挨拶に行くのでお屋敷の人たちに宜しく伝えてるよ
う私に言づて、使用人と一緒に一時間に一本しかないバスに乗りこんだ。
 その日は帰ってすぐ夕食だったのだが、頭の中がぐるぐる回って何を食べて
いるのかもよくわからなかった。自室に戻り机の前でうんうん唸ってみるけど
これといって効果はなく、神が降りてくる気配もない。
 仕方ないので私に課せられた問題、守らないといけない事を紙に箇条書きし
ているうちに最初から自分の中にあった答えに行き着く。まあ元々選択肢なん
てそんなにあるもんじゃないのだ。だからいよいよ、私は前野君に伝えなけれ
ばならない。


 拝啓 前野浩様

 早いもので私があなたの世話になるようになってもう三年になるんですね。
 自分なりに伝達の手段を色々考えたのですが、やはり手紙が最良と判断しま
した。直接言わないこと、伝えるのが遅れたことをあまり怒らず理解して貰え
ると嬉しいです。
 まず、あった事実から書きます。父は村と仲間達に関する交渉に負けてしま
いました。結局裁判に持ち込むことすらできなかったそうです。とても残念に
思います。それでも三年前の当初よりはだいぶ待遇も良くなって、仲間達はそ
れぞれ縁戚を頼りに新生活を送る見込みが立ったそうです。
 父も壱村に越してくることになりました。すごく悩んだのだけど、私もそち
らに移ることにします。今生の別れというわけではありませんが、今までのよ
うには会えなくなると思います。私はあなたの雇用主でもあるわけだから引き
抜いてしまおうとも考えましたが、それはやめておきます。あなたも今の生活
をこれからも大切にして下さい。それは私が愛して癒された生活なんだから。
 それに、これでようやく普通のお付き合いを仕切り直せると思い、私は内心
燃えております。お互いの家族や周囲の目に恥じない関係を築けるようそちら
でも最善の一手を練って来て下さいね。
 だからこの手紙でとりあえず私とあなたは一区切りです。これからは執事と
雇用主ではなく、どこに行っても桜居津海希と前野浩です。解雇に関する正式
な手続きは後日また別の形で連絡しますが、元々子供の遊びじみた雇用関係に
今まで付き合ってくれてありがとう。
 私があなたに感謝の言葉を並べたら本当にきりがなくなってしまうので、こ
の場ではこれくらいにしておきます。普段なかなか言えないし、気付いてもな
さそうなのでそういう意思があることだけ明らかにしておきます。これから先
少しでも返せたらいいなと、この私が思うのだからそれは相当なことなのです
よ。それでは、これからもよろしくお願いします。

                            桜居津海希


 結局三回くらい書き直した。読み返すと悲鳴を上げて身悶えてしまうけど自
分にしては正直に書けたと思う。あとは渡すタイミングだけ考えればいい。幸
い明日は日曜日なので最後の雇用者権限でちょっと二人で遠出をしてみよう。
そして帰ったらこれを渡そう。手紙を渡すだけならいつもの余裕な態度を崩さ
ないでいけると思う。
 そうと決まれば明日は思いっきり楽しまなくてはならない。
 電気を消してベッドにダイブして翌日の綿密な計画を立てているうちに私は
眠りに落ちた。

時系列
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 2004年9月末。

解説
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 桜居家壱村に引越す。
-- 
gallows <gallows@trpg.net>



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