[KATARIBE 27543] [HA06N] 小説『或る少女の愛』

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Date: Tue, 4 May 2004 00:44:44 +0900 (JST)
From: 月影れあな  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 27543] [HA06N] 小説『或る少女の愛』
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2004年05月04日:00時44分44秒
Sub:[HA06N]小説『或る少女の愛』:
From:月影れあな


 ちぃす。れあなです
 久しぶりにシリアスな小説かきかき

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小説『或る少女の愛』
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登場人物
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 六兎結夜   :退魔アルバイターな吸血鬼。
 銀眼     :結夜のバイト先の先輩吸血鬼。人生の先輩でもある。

本文
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「おかしな、夢を見るんです」
 一瞬の躊躇の後、佐恵子はおずおずと口を開き、また閉じる。
「夢、ですか」
 その男、占い師と名乗った彼は極月並みな相槌を打つと、佐恵子を促すよう
に首を傾げた。ちらりと、目深に被ったローブの下から金色の瞳が覗いている。
 無意識の内に首の痣に手を乗せた。首全体を被う手の平の形の大きな痣がそ
こにある。
「ええ、夢です。あの子が、私の首を締めている……慌てて飛び起きると、首
の所に痣が浮いているんです」
 占い師の瞳は不思議な光を湛えていた。恐らくカラーコンタクトか何かなの
だろうが、その光を見ていると何故か何もかもを喋ってしまいたくなる。
 そういえば、先程もそうだった。いつもなら見向きもしない商店街の路地の
裏。ふとこの金色の光を見た時、引き寄せられるようにこの男の前に立ってい
た。薄気味悪い。
 頭を振って、佐恵子はこの場を離れる決意をする。そうだ、占い師なんかを
頼った所で何の解決にもならない。そう思って、立ち去ろうとしたところを、
また金色の光りが射抜く。決意はたちまちに霧散した。
「あの子とは?」
「先月……浴槽で溺れて死んでしまった私の娘、恵美です」
「何故、娘さんが貴方の首を締めるんですか?」
「きっと、私のことを恨んでいるんでしょう。だって、私が目を離さなければ
あの子は死なずに済んだかも知れないのに……」
「娘さんは何歳でした?」
「今年で5歳になりました」
 ふいに、無邪気に笑う恵美の顔が思い浮かぶ。哀しみを知らない天使のよう
に、芯の底から幸せそうに笑う。あの微笑みは、もう二度と見ることが出来な
いのだ。
「お父さんは?」
「……っ!?」
 口ごもる。フードの上からでは占い師の表情は読み取れない。
 父だったはずの男は恵美が生まれる前に佐恵子の前から姿を消した。捜索願
を出しに行くと、警察は哀れみの視線で『その男は指名手配中の結婚詐欺師だ』
と、言っていた。気が付けば、佐恵子は彼の実家も知らない。
「……そんな事、関係ないでしょう」
「たしかに、そうですね……ところで」
 占い師は口元に笑みを浮かべて、こう言った。
「ほんとうに、恵美ちゃんは溺れて死んだんですか?」
 一瞬、言っている事の意味が分からなかった。
「どういう事ですか……」
「5歳の子供の手でそんな大きな痣がつきますか?」
 はっと、首元に手をやる。大きな赤い痣がそこにある。
「よぉく思い出して下さい。首を締めているのは、誰ですか?」
 ぎりぎりと締め付ける感覚。血走った目で、一人の鬼が首を締めている。手
元には小さな首。ごきりと鈍い感触が、生々しく手に焼きつく。
 また、無邪気な笑みが浮かぶ。
「あ……」
 こんなに哀しくて、辛くて、それなのにただ無邪気に笑っている事の出来る
恵美の微笑み。苦労も、哀しみ知らない、天使の微笑み。
「ああ……」
 それを憎らしいと思い始めたのは果たして何時からだったのだろうか。全て
を壊してしまいたくなったのは。夢の中で首を締める、鬼のような形相の自分
自身。
「ああああ……」
 絶望に壊れ行く女を、占い師は冷酷な目で見つめてる。ふいにその耳に、幼
い少女の声が聞こえた。儚く一途で、ひどく哀しい幼子の声。占い師は眉をし
かめる。
「もう、良いでしょう。金眼」
 少女の声に迎合するようにして、一人の男が姿をあらわす。占い師は、不満
気に唸った。
「しかし、銀眼……」
「その人を、苦しめる権利があるのは貴方ではありません」
 正論だ。溜息をつくと、占い師は女の方に向き直る。
「佐恵子さん」
 一瞬だけ、壊れ行く女と、占い師の視線が交差する。
「貴方に、娘さんはいましたっけ?」

「ありがとう……」
 それだけを言い残して天へと昇っていく少女を見送りながら、結夜の内心は
複雑であった。
「どうして、誰も憎まずにいられるんでしょうね」
 溜息をついて、疑問を口にする。自らの母に絞め殺された少女が、その罪の
意識に苛まされる母を助けて欲しい。それが今回の依頼であった。
「本当にこれで良かったんですかね」
「これ以上の結末がありました?」
 少女の母を苦しみから解き放つため結夜のとった手段は、少女が存在したと
いう事そのものから全てを忘れさせてしまうという物だった。
「でも、これじゃああんまりにも……」
 自らの存在を消してまで、母親の幸せを願う少女の、その幸せは一体何処に
あったのだろうか。そう考えると、どうしても遣る瀬無い気持ちになってしま
う。
 ぎりと噛み締めた唇から一筋の血が流れる。
「いっそ死ぬまで、己の罪に苦しみ続ければよかったのに」
「それで、どうなりました?」
 氷のように冷たい声がぴしゃりと浴びせられる。それが決して言ってはなら
ない一言であった事に気付き、結夜はハッと身を固くした。
 静かに、淡々と銀眼は言葉を紡ぐ。
「佐恵子さんは子を手にかけた負い目に押し潰されていたでしょう。確かに、
それは佐恵子さんの罪からきた物。自業自得といえばそうかもしれません。で
も、それで恵美ちゃんはどうなりました?」
「……っ」
 その言葉に、結夜は反論する事が出来なかった。
「恐らく親を不幸せにした負い目で賽の河原へと堕ちていた事でしょうね。自
らの罪を未来永劫責めながら」
 ふいに、銀眼の語調が諭すような、優しいものへと変化した。
「地獄という物はね、金眼。人の心が作るんですよ。誰も自分の罪を許す事が
出来ないから、自らその身を地獄に堕として永遠に償い続けるんです」
「でも、あの女の子は何も悪くない」
「そうですね。でも、佐恵子さんだって何も悪くはなかった。ただ、彼女は弱
かっただけです」
「…………」
「弱い事が罪になるのなら、それはとても悲しいことだと思いませんか? ねぇ、
金眼」
 銀眼の言葉は飽く迄優しかった。しかしその裏に、何かとても深い哀しみが
潜んでいるような、そんな気がした。
「私には、分かりません」
 頭を振って、結夜は呟く。
「分かりませんよ。罪も、罰も、全てが人の弱さから来る事なら……」
 言葉が途切れる。それ以上は言葉にならなかった。それ以上を言葉にする術
を、結夜は未だ知らない。
 銀眼は何も言わず、ただ静かに結夜を見つめていた。

$$
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#  実は、道士リジィオの創作短編用に暖めてた作品です。結夜がシザリオン、
# 銀眼がリジィオくらいの配役で。
#  どうも地獄の概念とかリジィオの世界観では合いそうになかったり、性格
# 的なとこらへんの機微が微妙に難しかったりでこちらに転用しました。まぁ、
# 発表するあても無かったし。



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         # 乱筆、乱文ご容赦下さりますよう #
         # 月影れあな明日も明後日もれあな #
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         # cogito,ergo sum by Descartes #
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