[KATARIBE 26571] [HA20N]古本屋

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Date: Tue, 02 Sep 2003 17:27:07 +0900
From: "Kyrie Eleison" <epsca@hotmail.com>
Subject: [KATARIBE 26571] [HA20N]古本屋
To: kataribe-ml@trpg.net
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 「閉店?」
 学校帰り、古めかしいレンガ造りの建物の前で、閉店ののぼりを見にした浩一郎は
ふと足を止めた。今にも崩れそうな壁にはめ込まれたガラスの向こうを覗くと、ぎっ
しりと本が詰まった書棚と、その下に積み上げられた本の山が目に入る。
 「こんな所に古本屋、あったのか」
 引き込まれるように、彼は店内に入っていった。
 狭い間隔で棚が置かれ、圧迫感すら感じられる店内には、"今月閉店、全品半額"と
書かれたしおりがそこらじゅうに貼り付けられていた。ただでさえ安い古本が、更に
半額――最早、叩き売り同然だった。
 ふらふらと店内をうろついていた浩一郎は、何とはなしに手近にある小説を手に
取った。
 「……」
 表紙とタイトルを眺め、ページをめくってみる。
 暫くして、まためくる。
 そしてまた――
 何時しか、紙をめくるたびに様相を変える文字の羅列の世界に、彼は完全に引き込
まれてしまっていた。

 「お客さん」
 「……」
 「お客さん?」
 「……え?」
 店員の呼びかけで、浩一郎は我に返った。
 「今日はもう、閉店ですよ」
 慌てて辺りを見回す。もう彼以外には客は居らず、それに外も真っ暗になってい
た。道路の人通りも少なく、飲食店も閉まっており、直ぐそこにあるコンビニだけが
煌々と光を放ち続けていた。
 視線を店内に移し、本を閉じて腕時計で時刻を確認する。
 「九時?」
 徐々に浩一郎は現実感を取り戻していく。
 手足に感覚が戻り、呼吸している自覚がふいと頭をよぎる。手提げをつるしていた
左手が痺れているのに気付く。
 「お買い上げですか?」
 「あ、はい」
 財布の中身も確認しないで、店員に促されるままに、彼は返事をした。閉店時間ま
で立ち読みで居座っていた、罪悪感からだった。
 店員は無言でカウンターの方に歩いていく。浩一郎もその後を付いていく。
 カウンターの周りには、他の本よりも更に古めかしい印象を与える、ひときわ分厚
い本が山積みにされていた。吹利の歴史の本、様々な宗教についての本、そこいらの
書店ではお目にかかれそうに無いとても重い辞書――その他にも様々な本が、無造作
に置かれていた。
 「……230円になります」
 慣れた手つきで、店員は裏表紙に付けられている値段を記したしおりをはがした。
本を差し出す手つき、それに愛想笑いが、どこかぎこちなかった。
 浩一郎は黙って財布を出し、百円玉二枚に十円玉三枚を取り出すと、差し出されて
いた店員の左手に静かに置いた。
 「丁度お預かりします」
 静かな空間に、店員の声と、レジの音が染込むように響いた。
 「ありがとうございました」
 「あの」
 店員の挨拶と、浩一郎の呼びかけが重なった。
 「はい、何でしょうか?」
 「ここ、閉められるんですか?」
 一瞬の静寂が訪れる。
 答えにくそうな店員の表情を見て、浩一郎は微かな後悔の念を抱いた。
 「……はい、道路になるんです」
 「そう、ですか」
 浩一郎は静かに店を出た。
 言いたい事は山ほどある、でも言葉には出来ない。そんな店員の表情が、彼の頭か
ら離れなかった。



 雨が降っていた。
 音も立てずに舞い降りる霧雨に街頭の光が反射し、街の中に幻想的な風景が構築さ
れている。
 「夜の街も、綺麗なんだな」
 傘を差した浩一郎は、夜の風景を楽しむよう時折立ち止まりながら、ゆっくりと歩
道を歩いていく。
 時計を見ると、既に九時を回っていた。
 「……」
 ふと、彼は古い建物の前で足を止めた。
 レンガの壁、無造作にはめ込まれたような窓。先の古本屋だった。
 ゆっくりと、浩一郎は腕時計で日付を確認した。
 ――五月三十一日、か
 「……」
 無言で、彼はガラス越しに店内を覗いた。
 雨に濡れた電光看板が、鍵の閉まった入り口の向こうに置かれている。
 その向こうには、床に大量に積み上げられた本と、その中に聳え立つようにして置
かれている書棚、そしてそこにずらりと並べられた本が見えた。店内は暗く、本の輪
郭がよりくっきりと浮かび上がっていた。
 ――あの本、どうなるんだろう?
 後ろを車が通り過ぎていく。ライトが一瞬だけ浩一郎の周りを照らし、タイヤが水
を切っていくつんざくような音があたりに響く。
 「……」
 彼はそのまま暫く、傘を左手に持ったまま、暗く人気の無い店内に見入っていた。

 ずうっと、見つめていた。

 彼が家に着いたのは十時だった。

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