[KATARIBE 26348] [HA20P]エピソード:苦悩、救い、肯定(2)

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Date: Tue, 01 Jul 2003 03:07:41 +0900
From: "Kyrie Eleison" <epsca@hotmail.com>
Subject: [KATARIBE 26348] [HA20P]エピソード:苦悩、救い、肯定(2)
To: kataribe-ml@trpg.net
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Kyrieです。
続きをどばっと。

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 結局、授業が全部終わるまで保健室で寝ていた。
 幾ら寝てもだるさは取れない。それどころか、むしろ増すばかりだ。時間が経つに
つれて、どんどん体は重くなっていく。
 まるで、この世界から引き剥がされるように。
 誰も居なくなった教室に、荷物を取りに戻る。足音が静かな廊下に反響する。傾い
た陽の光は、そろそろ赤みが差す頃か。
 教室に入ると、藻々が、居た。
 僕の鞄を抱えて椅子に座っている。大切そうに、目を閉じて。
 可愛いな、こういう所は。
 「……こーちゃん、大丈夫?」
 僕に気づくと、ぱっと顔を上げて駆け寄ってくる。途中で足がもつれて転びそうに
なって、それでも真っ直ぐに向かってくる。僕の前に立つと、ぶっきらぼうに鞄を胸
に押し付けてきた。
 「心配、したんだからね」
 「あ、ああ……ごめん」
 素直に鞄を受け取る。ずしりと重い。
 まだ頭はすっきりしないし、視界もどこかぼやけている。血が上手く巡っていな
い。
 そんな僕のことはお構い無しに、藻々は手をぐいぐいと引っ張っていく。
 「ちょ、まっ」
 ずるずると引きずられるようにして、僕は歩き始めた。
 階段を降り、昇降口を抜ける。校門を出たところで、漸く藻々が手を離してくれ
た。
 「さ、帰ろっか」
 両手で鞄を後ろ手に持って、藻々がにこりと笑う。だが、どこか顔が強張ってい
る。こういうの何て言うんだったか。
 ――作り笑い、か。
 「帰るって……お前、自転車は?」
 「いいのいいの」
 そう言うと、くるりと向き直って、また藻々はさっさと歩き出した。
 溜息をついて、後を追う。



 暫く、互いに無言のまま時間が過ぎた。
 自動車の通り過ぎる音。自転車の風を切る音。木の葉の擦れる音。人工のもの、自
然のもの、様々な音があちこちから聞こえてくる。音は重なりと別れを繰り返し、静
寂を浮き上がらせる。
 陽の光は朱に染まり、鼠色の雲の陰影をより深く、より濃厚に描き出している。薄
れていくぬくもりが、何処か、寂しげだ。
 あの時の交差点は、今日も青だった。
 力は、消えてはいない。
 そして恐らくそれは、藻々にも降りかかって――
 嫌だ。考えたくない。やめよう。
 ぼうっとしていると、藻々が先に渡ってしまった。
 僕も渡る。
 そしてまた、暫く時が過ぎる。
 「……」
 「……」
 互いに何も言葉を発しない。口を閉ざしたまま、視線すら合わせないまま、一緒に
歩いていく。
 僕は静寂を望んでいた。望むままになった。
 やがて、僕の家に着いた。玄関の前に立ち、藻々に向かって手を挙げる。
 「じゃあ……」
 さようなら、と言いかけた所で藻々がずんずんと進んで来た。
 「お、おい」
 「いい、よね?」
 僕の顔を下から覗き込むようにして、藻々が首をかしげる。可愛らしい仕草と裏腹
の、射抜くような強烈な視線。
 嫌と言える訳が無い。
 「ああ」
 曖昧な返事を返して、家の中に入る。そして直ぐ後ろから、藻々も靴を脱いで上
がってくる。
 今日も親父は居ないようだ。台所で家事をしている母さんを尻目に、今を通り抜け
て自分の部屋へと向かった。
 藻々は母さんに軽く挨拶をして、それから僕の後についてきた。
 ドサリ。
 鞄を机の横に置いた。
 バサリ。
 藻々も、その隣にリュックを置いた。
 西の窓からは、赤い光が部屋の中に差し込んでくる。ガラスで出来た実験器具に照
り返して、眩しい。
 「……それで?」
 机の前に立ったまま、藻々に尋ねる。
 静かな部屋。夕暮れ。二人きり。
 鼓動が高鳴る。喉がカラカラになる。
 と。
 藻々が、歩み寄ってくる。訴えるような、はかなげな視線。潤んだ目。
 僕の心の底に、熱い炎のような感情が灯る。
 これは、まさか――
 藻々が目の前まで来ると、ゆっくりと両手を僕の背中に回し、優しく、強く、抱い
た。胸がつぶれる感触が、服の上から伝わってくる。顔の直ぐ下にある藻々の髪の毛
が、赤い光を反射して幻想的に輝いていた。
 心の炎が燃え上がる。いけない。
 「……こーちゃん」
 鼓動が、極限まで高まる。
 やめろ、来るな、来ないでくれ。
 無駄だった。
 炎が僕の心を、理性を、制御を、抑制を焼き尽くした。
 僕は望んでしまった。
 この気持ちを、藻々に、望んでしまった。
 「……私、こーちゃんのこと」
 やめろ。お願いだ、藻々、やめてくれ、やめて――

 「好きだよ」

 パリィン。
 割れた。
 ヒビの入っていた何かが、僕の心の中で、割れた。
 時が止まった。世界から色が、音が消えた。
 「うああああああああああああああああああああああああああああああああ
あ!!!!」
 こんな力、要らない。
 力なんて、要らない。
 要らない――

 「……こー、ちゃん?」
 藻々の腕の中で、御厨は崩れ落ちた。
 窓の向こうで、日が、沈んだ。



 ――起きろ
 ……う
 ――お別れだ
 え?
 ――もうガキのお守りは要らないな?
 ……何の、ことだい?
 ――壊れたのさ、お前と俺の繋がりが
 繋がり?
 ――お前は不完全だったからな
 不完全?
 ――だがもう大丈夫だ、これ以上は逆にお前が危険に晒される
 危険?これ以上?
 ――だが、それを埋めるのもこれが最後になる訳だ
 最後?……さっきから何を言ってるんだい?
 ――じき分かるさ
 ……
 ――ありがとよ、楽しかったぜ
 待ってくれ。
 ――何だ?
 君は僕の、何なんだい?
 ――俺はお前自身だよ
 え?
 ――それともう一つ
 ……
 ――「僕」じゃねえだろ?「俺」にしろ
 ……
 ――じゃあな、また会おうぜ
 待ってくれ……君は、もしかして
 ――あばよ

 俺の―― 


 「……う」
 身体に重力が戻った。肉体の重み、生命の重みが此処にある。
 それを確かめるように、指を動かす。一本一本、ゆっくりと、ゆっくりと。
 繊維をなぞる感触がある。触りなれた感触。
 「此処は」
 首を上げ、目を開き、周囲を見渡す。じっくりと、映像を記憶と照合する。
 「間違いない……俺の部屋だ」
 首を上げただけなのに、息が荒くなってしまう。疲れているのだろうか。
 「あ」
 直ぐ脇を見ると、藻々が可愛い寝息を立てていた。床に膝を突き、ベッドに顔をう
ずめるようにして座っている。
 ふう。
 思わず溜息が漏れる。
 手の平で藻々の頭を撫でてやる。思っていた以上に、滑らかで綺麗な髪だった。
 「……んん」
 かすかに藻々がうめく。目を覚ましてはいない。
 「……喉、渇いたな」
 しぃん。
 「え?」
 確かに望んだ。だが、水は届かなかった。
 「力……消えたのか?」
 持ち上げた両手を交互に見つめながら、集中する。
 見える。ものの場所、動き、大きさ、エネルギー、力場、全部が見える。
 動く。机の上の鉛筆が、まるで誰かが持っているかのように動く。
 「望む力だけが……消えたのか」
 安堵と、喪失感に襲われる。
 「ん……」
 藻々が目を覚ましたようだ。眠そうに目をごしごしと擦っている。
 「……こーちゃん?」
 「藻々?」
 目が合う。眠そうだった藻々の顔が、瞬時に固まる。
 固まった藻々の顔が緩む。涙がこぼれる。手が、勢い良く俺の身体に向かって伸び
てくる。
 俺も藻々を受け止める。腕でしっかりと、優しく、抱える。
 「良かった……良かった……」
 「……」
 藻々が、泣いている。俺の腕の中で、泣いている。喜んでくれている。俺の事を、
俺の存在を。偽りの現実なんかじゃない。そんな力は、もう、消えた。
 「ひっく……ひっく……」
 「藻々」
 腕の中に向かって、呟く。
 もぞもぞと動いて、藻々は顔を上げた。目が合う。潤んだ瞳が、直ぐそこにある。

 「"俺"のこと……好きか?」
 確かめるように、呟く。
 「……っ」
 一瞬の、間。
 「大好きだよ、こーちゃん」

 もう、迷わない。
 藻々が居る。支えがある。
 恐れない。
 もう、力を恐れない。
 藻々を、そして俺の大切なものを守るためなら。
 迷わない。
 恐れない。
 ありがとう、藻々――



 公園。
 太陽が天の中心に座し、地上をじりじりと焦がす。光の恵みを受けた緑の木々や草
花が、青々と繁茂している。
 無邪気な子供たちの掛け声が響き渡り、ブランコのきしむ音が規則正しく聞こえ
る。
 そんなうららかな初夏の昼下がり、木陰のベンチに二人の男女の姿があった。
 二人は、笑っていた。
 穏やかに、幸せそうに。

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Kyrie,eleison.
  ――主よ、あわれみたまえ

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