[KATARIBE 26347] [HA20P]エピソード:苦悩、救い、肯定

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 01 Jul 2003 03:05:32 +0900
From: "Kyrie Eleison" <epsca@hotmail.com>
Subject: [KATARIBE 26347] [HA20P]エピソード:苦悩、救い、肯定
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <Law14-F9HFPOHLi7wvy0000a49e@hotmail.com>
X-Mail-Count: 26347

Web:	http://kataribe.com/HA/20/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/26300/26347.html


Kyrieです。
御厨の苦悩から続く話です。

-----------------------------------------------------------------

「おっはよー」
 うつむきながら教室に入ると、いつも通りに聞き慣れた声が飛んできた。
 だるい首に力を込めてゆっくりと顔を上げると、席に座った藻々がにこにこと、こ
ちらを見て笑っている。毎日こんな調子で付き合っているお陰で、相手が異性という
感覚はもう殆ど消えてしまった。恋人でも友達でもない――当てはまるうまい表現が
見つからない、そんな関係。
 挨拶には答えず、無言で席に座る。窓際、前から四番目の机。丁度窓が真横にあっ
て、教室で一番新鮮な空気を吸える場所。
 澱んだ空気は脳に悪い。眠くなって思考が鈍ってしまう。
 藻々は隣に座る。席替えをする度に、他の生徒に頼んで僕の隣に席を取るようだ。
あいつらしいというか、何と言うか。
 「ほらほら、返事は?」
 藻々が隣から身を乗り出してくる。唇を尖らせた、いかにも不機嫌だと言わんばか
りの顔。
 この仕草、こいつが小さい頃から変わらないんだよな。
 「……ああ……おはよう」
 声を搾り出す。肺に、喉に動けという命令はしっかりと伝わっているのに、かすれ
た声しか出て来ない。
 唇の動きも鈍い。まるで、ノリで両唇が緩く貼りつけられているようだ。
 「今日も元気、ないね」
 呆れた様な顔で藻々が呟く。毎日こんな感じだし、何も言い返せない。第一、そん
な気力は残っていない。
 「やっぱり病気?」
 藻々が僕の顔を下から覗き込んでくる。青い瞳が目の前に迫り、エンソの匂いが鼻
を付く。色が抜けて茶色になった髪の毛に陽の光が差し込み、琥珀のように輝いてい
る。
 「さあ、ね」
 病気。
 そうかもしれない。
 そうだとしたら、どれ程楽か。
 いつ、どこで、何をしていても、常に頭からあの問いが離れない。そして僕の時間
を、力を、心を、無慈悲に、無遠慮に食い潰していく。
 《何故力を思いのままに振るわない?》
 《何故力を抑える?》
 《何故殺さない?》
 《何故?何故?――》
 力。
 この世界を支えるものを、時間と空間を、揺り動かす力。
 人に向けて振るったことは無かったし、振るいたいとも思わなかった。誰かが傷つ
くのは嫌だった。傷つけるのが怖かった。罰も怖かったけど、それ以上に怖かった。

 然し、理由は無かった。何故怖いのか、分からなかった。
 分からない。
 分からない。
 ――分からない。
 朝の点呼が始まった。



 夕方。
 西の空に浮かぶ赤銅色の輝きは、今日も変わらず大地の向こうに流れていく。東か
ら伸びてくる青黒い空が、ゆっくりと、ゆっくりと僕の頭の上を覆っていく。
 見飽きた。
 いつもいつも変わり映えしない。法則に従い、機械のように昇り降りするだけだ。
何も不思議に思うことはない。
 こんなものの何処が美しいのだろう?
 「……やめよう」
 思考と声が連動する。はっと我に返る。気が付くと、人気の無い歩道に立ってい
た。
 そうだ、家に帰るんだ。
 為すべきことを思い出し、重い足に鞭打つようにして、一歩一歩、歩き出す。
 ジャリ。ジャリ。ジャリ。
 アスファルトの上に散らばっている砂を踏みつける音が耳に障る。
 やがて、赤い光を灯した信号が目に入る。此処の赤はいつも長く待たされる。
 変わってくれたらなあ。
 ――そう思うや否や、信号は点滅し始めた。今日はツイてるのか?
 どうでも良いさ。
 この位の偶然、いつだってある。
 白線が薄れて所々消えかかった横断歩道を渡り、そのまま真っ直ぐ歩道を進む。隣
を猛スピードで自転車が通り過ぎていく。風で白衣がめくれ、車輪に弾かれた小石が
僕の右手を掠めていく。
 危ないな、転ぶぞ。
 ――次の瞬間には、自転車は派手に横転していた。
 言わんこっちゃ無い。かと言って、走っていって手を貸すだけの元気も無い。
 ゆっくりと自転車の方に向かって歩く。乗っていた奴の顔が見えてくる。上着でよ
く分からなかったが、近くで見ると下に制服を着ている。うちの学校の生徒だ。
 「大丈夫かい?」
 情けなく地面に寝そべっている生徒に、左手を差し出す。彼は僕の手を掴み、上体
を起こした。重みで足元がふらつく。力の入らない足を必死で踏ん張って、耐える。

 「いってててて……ワリィな」
 「怪我は無いかな?」
 「大したことねえよ、っと」
 生徒は素早く起き上がると、一動作で自転車を起こし、またがった。
 「じゃあね」
 「ああ、それじゃあな」
 手を挙げて別れた。
 それにしても、本当に転ぶとは。さっきの信号と言い、偶然も良い所だ、本当に。

 偶然、か。



 家に着いた。
 玄関に入り、スニーカーを脱ぐ。
 今日は親父、機嫌悪くないと良いけどな。
 耳を澄ませる。今日は親父の怒鳴り声は聞こえない。
 居間に入る。誰も居ない。荷物を置いて、台所に向かう。
 「お母さん、親父は?」
 「仕事で遅くなるって」
 洗い物をしながら、背中越しに母さんが答える。珍しいこともあるもんだ。本当に
珍しい――
 待てよ。
 何度目だ?
 偶然にしては出来すぎている。然も、全部僕が何か考えてからだ。考えたことがそ
のまま現実になっているのか?
 馬鹿な。そんな馬鹿な。有り得ない。
 居間を通り、自分の部屋へと急ぐ。
 今日、僕の部屋は母さんが勝手に入って掃除をしている。しているとしたら。
 ガラリ。
 正しくその通りだった。散らかっていた床は綺麗に片付けられていて、薬品まで棚
にきちんとしまわれていた。
 「…………嘘だろ?」
 また、目覚めてしまったのだろうか、新しい力に。
 もう、力なんか、要らないのに。



 結局、昨晩は眠れなかった。
 思い描くことは、現実味がある限りことごとく実現した。失くした物は見つかった
し、僕が寝るまで親父は帰って来なかった。朝起きると大好きな大根と豆腐の味噌汁
が出来上がっていたし、信号は全部青だった。
 もう一つ分かったことがあった。
 僕はこの力を制御できない。この力は、僕が思い描くことを無差別に実現してしま
う。僕は未来を選べるようで選べない。望もうと望まなかろうと、力は止まっていて
はくれない。
 「おっはよー」
 教室に入ると、また藻々の声がする。
 藻々。藻々。藻々。
 まさか、僕の力は、藻々にも?
 ぞくり。
 悪寒が走る。まるで心臓に針が刺さり、内臓の中で虫が這いずり回るような、そん
な感覚に捉われる。
 左手から鞄が手からずり落ちる。ばさりと音を立てて、床に叩き付けられ、教科
書、ノートが散乱する。
 右手が額を鷲掴みにする。強く、強く、強く、爪がめり込むほどに。血がにじみ、
鼻の横をつたい床に垂れる。
 藻々まで、あいつまで?
 嫌だ。そんなの嫌だ。
 「こ、こーちゃん?」
 藻々の表情が驚愕のそれに変わる。
 青ざめた顔で、机と机の間を素早くすり抜けて駆け寄ってくる。
 「だ、だ、大丈夫?ねえ、ねえったら」
 必死の形相で藻々が僕の肩を揺らす。硬直していた手が額から外れ、血に染まった
五つの爪が視界に入る。
 「血……僕の?僕の血?」
 赤い。赤い液体が。僕の手に。僕がやった。何故?いつの間に?赤い、赤い、赤
い――
 「しっかりしてよ、こーちゃんったら」
 頬をぺしぺしとはたかれて、我に返る。手足から一気に力が抜け、思わず膝を突
く。
 藻々が大慌てでティッシュで僕の傷を抑える。開いた手で肩を掴み、脇に肩を入れ
て、力の入らなくなった僕の体を支え、そのまま廊下に出る。
 「ほ、保健室行こうね、ね」
 僕らはそのまま教室を出た。
 他の生徒の視線が、体に突き刺さっているような気がした。
 鋭く、深く。



 「……じゃあ、あたし、授業、行くから」
 耳元でそう呟いて、藻々は保健室からゆっくりと出て行った。
 頭に巻かれた包帯の下にある傷がじくじくと痛む。痛い。痛い。痛い。治れ、早
く。治ってくれ。
 フッ。
 一瞬の後、痛みは消え去った。
 何が起きた?
 望みが叶った?違う、傷がこんなに早く治るはずは無い。ならば何故?
 シャーッ。
 ベッドの周りを覆っていたカーテンが開かれる。
 「大分、苦しいみたいね」
 女子が一人、立っていた。黒い髪と、紅い瞳、整った顔立ちに、すらりとした体。
綺麗な「女性」だった。
 「……君は?」
 名前を、聞きたい。
 くすくすくす。濡れた布のような笑い。
 「操よ。宜しくね、御厨浩一郎君」
 「え?」
 何処で僕の名前を知ったのか?初対面のはずだ、名前を全て知っている訳が無い。
いや、昔何処かであったのか?
 「何で知ってるの、って顔してるわね」
 「っ」
 先回りされている。
 分かるのか、僕の思考が?
 「その通りよ、流石に勘が良いわね」
 「……君は一体」
 何者なんだ?
 「その内分かるわ」
 彼女は答えない。僕が望んだにも関わらず、彼女の口は閉ざされたままだ。
 黒く長い髪を掻きあげ、彼女は顔を僕のそれに近づけてくる。
 「私も貴方も、同じなのよ」
 ぽつりと、僕の耳元で呟く。温かい吐息が肌に掛かる。
 「どういう、意味だい?」
 汗が手の平から噴出す。手が、足が震える。心臓が張り裂けんばかりに高鳴る。瞬
きが止まる。
 コチコチコチ。
 時を刻む秒針の音が、静かな部屋に響く。
 「おやすみなさい」
 そう呟いて、カーテンを閉め、彼女は隣のベッドに潜り込んだ。暫く宙を見つめて
いると、すう、すうと寝息が聞こえてくる。こっちはこんなに苦しんでいるのに、気
楽なものだ。
 もう、疲れた。
 目を閉じる。
 おやすみ。

_________________________________________________________________
ウイルスメール、迷惑メール対策なら MSN Hotmail http://www.hotmail.com/ 

 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/26300/26347.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage