[KATARIBE 26097] [HA20N] 小説「御厨と藻々」その3

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Fri, 02 May 2003 20:34:10 +0900
From: "Kyrie Eleison" <epsca@hotmail.com>
Subject: [KATARIBE 26097] [HA20N] 小説「御厨と藻々」その3
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <Law14-F58IgEO3YnDKv0002ec3b@hotmail.com>
X-Mail-Count: 26097

Web:	http://kataribe.com/HA/20/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/26000/26097.html


Kyrieです。
間が空いてしまいましたが、小説の続きであります。

-------------------------------------------------------------------

「此処が新しい高校?」
「そうよ」
浩一郎とその母は、"吹利県立西生駒高等学校"と彫られた校門をくぐり、日曜日で人
気のない校舎へと向かう。
「レベルは高過ぎもせず、低過ぎもせず…海一と同じぐらい、か」
海一とは、以前在学していた水海道第一高等学校の略である。
「まあ、浩一郎ならどこに行っても大学は受かるわね」
「んな訳無いだろ…大学入試なんてそんな甘いものじゃない」
理学には万能の才能を示し、ハイレベル模試でも数学や理科は一度も満点を逃したこ
との無い彼であるが、大学入試――特に、すぐそこにある京都大学の理学部の――に
望むに当たって、致命的な弱点があった。
英語と古典がさっぱりなのだ。それも、平均以下などというレベルではない。
現在の両科目の平均点はそれぞれ22.3/200と9.9/100、偏差値では45.5に41.2と、正
しく"話にならない"レベルである。高一の時に彼のクラスを担当した英語教師は、そ
のあまりの成績の断絶ぶりにショックを受け、浩一郎が自分をからかうためにわざと
悪い点を取っていたのだと未だに信じている程である。
「英語が出来なきゃ話にならないんだよ、何度も言ってるだろ?」
「数学と理科でどうにかならないの?」
なる訳が無い。
母親はこうしたことに疎かった。放っておいても勝手に勉強する子供であったし、そ
れに浩一郎が余り親の前で受験の話をしないのもその原因の一つだった。
「なったら楽なんだけどね」
ため息混じりに呟いて、昇降口でスリッパに履き替える。靴は何処に置いたらよいの
か分からなかったので、そこに置きっぱなしにした。
ぺたぺたと気味の良い音をたてて、事務係に書類を提出する。受付に出た中年の男は
書類に目を通すと、更に細かな説明をするために母親を事務室に招き入れた。
「浩一郎はどうするの?」
「僕は校舎の中を見て回るよ。終わったら電話してね」
そう言うと、彼は歩き始めた。



「…教室の中の様子自体は、大して海一と違わないんだな」
一年七組の教室を覗き込んでいた浩一郎はぽつりと呟いた。
「まあ、公立の高校何だから当たり前か」
そう言うと、彼は中に入ってぐるりと教室の中を見回した。
黒板。白と黄色と赤のチョーク。教卓。そしてその前に整然と並べられた机。
どこの学校にも共通している、独特の雰囲気を演出する道具は全て揃っている。
「ふう」
彼は今、かつての友人たちのことを思い出していた。
保育園の頃から同じクラスでずっとやってきた奴。中学校で知り合って、それ以来
ずっと付き合ってきた奴。高校に入って、初めて自分に辛辣な批判を投げかけてくれ
た奴。底抜けに明るい体育会系の奴。
思い出したくは無かった。辛くて辛くて、たまらないから。
「…あいつら、どうしてるんだろうな」
言葉にすると、感情はより一層高まる。
彼は見知らぬ学校の見知らぬ教室の見知らぬ机の上で、人知れず静かに泣いていた。




感情は治まってきたのだろうか、涙をティッシュで拭い、浩一郎は再び歩き出した。

トイレに行き、そこにある鏡で目が赤くなっていないかを確かめる。
「まだ少し赤いな」
暫く休めたのだが、彼の目には未だに赤みが差していた。
「仕方ないな」
水で湿らせたティッシュで目を冷やしながら、昇降口へと向かう。事務室の方には一
瞥もくれずに外に出る。
「…ふう」
胸につかえていた空気を吐き出し、少し体が軽くなる。
明かりのついていない薄暗い教室に慣れた目には、快晴の空の陽光は眩し過ぎるよう
だ。深呼吸の後、目を閉じて手で光を遮る仕草をしながら、向こうにある運動場を見
渡す。
「中だけ見てても仕方ないよな」
そう言って、彼は校庭の方に向かった。
ザッ、ザッ、ザッ。
ぽかぽかと暖かい陽気の中、履き慣れたスニーカーが地面を捉える感覚がいやに新鮮
だった。
全く知らない場所に来たからだろうか、それとも涙を流した後だからだろうか。
「何考えてるんだよ、全く」
それ以上の詮索を彼はしなかった。
「…へえ、海一よりは広いな」
グラウンドを見渡すと、彼はほんの小さな声でそう呟いた。
以前の学校のグラウンドはお世辞にも広いと言える代物ではなく、姉妹校との定期戦
の際には学校側も生徒側も結構な苦労をしたものだった。もっとも、彼の居た中学校
のグラウンドが広すぎるというだけだったのかも知れないが。
「…へえ」
視線をグラウンドから右手へと移すと、プールが見える。元居た高校では到底考えら
れない代物であり、そこでかつて水球をやっていた人間としても、高校にプールがあ
るというのは羨ましかったし、何より単純にプールに愛着があった。
耳を澄ませると、グラウンドからの威勢のいい掛け声に混じって、ゴシゴシゴシと
デッキブラシでコンクリートをこする音が聴こえる。
「三月中に掃除…四月からもう屋外なのか?頑張るなあ」
浩一郎は、引き寄せられるようにプールに近づいていった。こっそりと隠れるように
して中を伺うと、男子と女子が数人ずつでデッキブラシを両手に握り、一生懸命に塗
装のはげたコンクリートをこすっている。
ふと、部員とおぼしきある生徒に目が止まる。色が抜け切って茶色とも灰色とも付か
ない独特の色になった、少し長めの髪の女子生徒である。
「…?」
何故彼女に目が止まったのか、浩一郎は全く分からなかった。ただなんとなくランダ
ムにではなく、他の知らない生徒と区別されていたかのごとく、彼女に選択的に視線
が行ってしまったのだ。
「不思議なこともあるもんだな」
不思議なことなどという説明には納得いかなかったし、何故かそこに居たいという気
持ちもあったのだが、知らない人間に顔を見られるかもしれない気恥ずかしさがそれ
を上回ったのか、彼は直ぐに踵を返して昇降口へと歩き出した。
携帯電話が震え始めたのは、それから直ぐだった。


_________________________________________________________________
最新のファイナンス情報とライフプランのアドバイス MSN マネー  
http://money.msn.co.jp/  

 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/26000/26097.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage