[KATARIBE 26084] [HA20N] 小説「御厨と藻々」その2

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Date: Tue, 29 Apr 2003 21:32:41 +0900
From: "Kyrie Eleison" <epsca@hotmail.com>
Subject: [KATARIBE 26084] [HA20N] 小説「御厨と藻々」その2
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駄文その2です。

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「あーあ、髪ばっさばさ」
拭けば拭くほど、髪がザラついているのが分かってしまうのが辛い。顔は念入りに手
入れしているからそれ程でもないけど、首から下の肌はガサガサに荒れている。おま
けに全身に染み付いている、漂白剤のような消毒剤の匂い。
「好きじゃなかったら、絶対もう辞めてるわね」
水着とバスタオルを畳んで袋にしまう。まだ髪の毛の先に水分が残ってるけど、自転
車に乗っているうちに乾くだろう。それに完全に乾くまで拭いていたら、時間も足り
ないし髪も途中でブチブチと千切れてしまう。
「水面先輩、早く着替えてくださいね」
ずけずけとこんなことを言ってくるのは一つ下の後輩、沙耶だ。この子はいつもこん
な感じ。
「はいはい、先行ってていいわよ。どうせジュース飲むんでしょ」
「あったりー。それじゃ一足お先に失礼しまーす」
思わずため息が漏れる。ついでに深呼吸をして、制服に着替える。ジャージでもいい
んだけど、制服の方が気が引き締まって良い感じ。
「……うっ」
最近、制服を着た時に胸が苦しい。水着もきつくなってきたし、さてはまた大きく
なったな。
友達は皆うらやましがるけど、動く時には邪魔で邪魔で仕方ない。もう一回り小さけ
れば、クロールとか個人メドレーでもそこそこいけるんだけどなあ。いいことばかり
じゃないのよ、本当にもう。
どうにかして胸を押し込んだら、急いでプールの受付前に行く。競泳の方は部員が少
ないとは言っても、県営のプールを使わせてもらってるんだから、きちんと挨拶はし
なきゃ。きちんとお金は払ってるんだけど、コースを特別に分けてもらったりと優遇
してもらってるんだもの。
疲れ果てた体に鞭打って走っていくと、もう部員は皆横一列に並んでいた。
「先輩、早く早く」
「沙耶、隣いい?」
「どうぞどうぞ」
沙耶が隙間を空けてくれた。そこに滑り込む。
「ありがとうございましたーっ!」
私が列に加わるや否や部長が合図をし、それで全員で一斉に頭を下げる。
「またいらしてくださいね」
受付のお姉さんがそう言って奥に戻っていく。
「沙耶、今日も一緒に帰る?」
「是非是非。ご一緒します」
沙耶とは、家の方角が殆ど同じ。私の家の前まで付いて来ることもある位だ。当然帰
る時もたいていくっついてくるし、私も一人で帰るのは寂しいからいつも一緒に帰っ
ている。
まだ残る部員達と別れて自転車置き場に向かう。
「あれ?鍵、鍵、…」
「また?ポケットの中は探した?」
「ううん…ああ、あったあった」
いつもこの子は鍵を入れた場所を忘れてしまう。ドジなのかそれともワザとなのか、
油断ならないところ。
「じゃ、行こっか」
「はいは〜い」
帰り道ではいつも通りに、取り止めの無い話に花が咲いた。
そんな折。
「先輩、実は私好きな人がいるんですよ」
おいおい。こんなところで、そんな爆弾発言をしなくても。
「野球部の誠一さんって人なんだけど…も〜ストライク。今度アタックかけてみよう
かな」
「へ、へえ…頑張ってね」
ああ、駄目だ。この子完全にあちらに入り込んじゃってる。
これさえなければ、凄くいい子なんだけなあ。
「先輩は好きな人はいないんですか?」
「は、はいぃ!?」
思わず転びそうになる。一体何を言い出すか分かったもんじゃない。
「あ、あたし?あたしの好きな人?」
「そうそうそう。居ないんですか?」
「何だか棘があるわね言い方に」
「てへへへへへ」
コイツめ。
「本当に居なかったりします?」
「うーん、居るといえば居る、居ないといえば居ない、かな」
「そんな曖昧な」
「仕方が無いじゃない、本当にそうなんだから」

好きな人、か。
そう言えば今頃どうしてるかなあ、アイツ。

ね、こーちゃん。



「ただいまー」
「おかえりなさい」
家の玄関をくぐり、いつも通りの挨拶を交わす。
沙耶のお陰で、あの後ずーっと変なことばかり考えさせられた。これで泳ぎに集中で
きなくなったらあんたのせいだからね。
「ご飯できてるわよ」
「はーい、すぐ行く」
もうおなかぺこぺこ。呼ばれなくてもすぐ行きますって。
「早く来てね、冷めちゃうわよ」
いつも沢山食べるから、お母さんも夕ご飯の時は生き生きしているなあ。
テーブルには、兄と弟、父親と我が家のフルメンバーが揃っていた。珍しいこともあ
るのね。
正直息苦しいけど、ご飯のおいしさにはかなわない。
「いっただきまーす」
丼に山盛りになったご飯を、豚肉のしょうが焼きで掻き込む。もう食べ始めたら全然
止まらない。次から次へと箸が出て行って、あっという間にご飯は空になった。
「おかわり」
お母さんが、無言でご飯を山盛りにして返してくる。
そうしてまた夢中でご飯を食べていると、お母さんがとんでもないことを話し始め
た。
「隣の御厨さんのご親戚、こんど吹利に引っ越してくるらしいわね」
ぴたりと、箸が止まる。
「息子さんだけを連れて来るらしいわよ。ほら、藻々がまだ小さい頃に一緒に遊んで
たじゃない」
「……へ?」
唖然として母親の顔を見つめるあたし。
「ふ、吹利の何処に?」
「さあ…」
残念、奇跡の再会の望みは薄そうね。ちぇっ。
…会いたかったなあ、久しぶりに。
「うーん…離れてたら、遊びに行くって訳にも行かないからなあ」
肩を落として、もう一回箸を動かし始める。さっきまで濃すぎるぐらいあった生姜焼
きの味が、今はあんまりしない。
「ごちそうさま」
綺麗にご飯粒一つ残さずに食べ終えて、台所を後にする。あれだけ食べたのに、全然
満腹感は無い。でも空腹感も無い。
「変な感じ」
もやもやした気分のまま、あたしは風呂場に向かった。


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