[KATARIBE 26083] [HA20N] 小説「御厨と藻々」その1

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Date: Tue, 29 Apr 2003 21:31:52 +0900
From: "Kyrie Eleison" <epsca@hotmail.com>
Subject: [KATARIBE 26083] [HA20N] 小説「御厨と藻々」その1
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Kyrieです。
れあなさんとみぶろさんの小説の触発されて駄文を書き散らしてみました。
終わってからレポート完全に忘れてたのに気づいてしまいちょっとブルー入ってま
す。

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 ――っ。
 シャープペンが、少年の手から滑り落ちる。
 「…引っ越す?本当に?」
 「そうよ」
 あまりの驚きに声を奪われていた少年がやっとの思いで搾り出したかすれた言葉。
それに母親は、さも大した事でもないという風にあっさりと答え、肯定した。
 「ほら、小学生の頃まではよく遊びに行ってたでしょ?」
 ――そういう問題じゃないだろ?
 少年は呆然として、視線を母親からパソコンのディスプレイへと移す。然し困惑し
きっているのだろう、普段から入り浸っているIRCのチャンネルで名前を呼ばれてい
るのだが、彼の目には全く入らなかった。
 「学校は?学校は、どうするんだよ?」
 視線を動かさず、問い詰めるような少年の声。
 「向こうの高校に入ることになるわね」
 やはり、母親の答えは簡潔なものだった。
 「大学受験はどうするんだよ?」
 少年にとっては重要なことだった。
 幼い頃から勉強を一つの趣味として捉えていた彼は、いつしか研究者になり好きな
だけ趣味に打ち込む――あわよくば、何か功績を残して名を上げる――という、おぼ
ろげではあるが、然し強い駆動力を持った夢を抱くようになっていた。その為には、
日本の大学機関の双璧をなす、東京大学或いは京都大学への進学は必須だと信じてお
り、そのためには高校の質も重要であると考えていた。
 今は、地元のそこそこの高校に通っている。 然しその希望は、大きな困難にぶつ
かってしまった。
 吹利、確かに幼い頃はよく訪ねてはいた。然し高校の情報など知ったことではな
い。もし、とんでもない高校しか通学可能な範囲に無かったとしたら、夢はあっさり
と崩れ去ることになる。
 もう一つ、重要なことがあった。
 引っ越すと言うことは、取りも直さず友人との別れを意味する。しかも関東と関
西、互いに気楽に行き来できる距離では無いのは誰の目にも明らかである。それに、
向こうに行って新しい友人が確実に見つかるとも限らない。最悪、全ての人間に拒絶
され疎外されて、寂しい二年間を過ごすことになるだろう。ただでさえ、気の合う人
間が少なかった少年にとっては、実にダメージの大きい現実である。
 少年の胸に、不安と焦り悲しみが一緒になって一気に広がり、興奮した体が微かに
震え始める。
 「どうにかなるわよ」
 母親は少年の気持ちを知ってか知らずか、実に簡潔に、楽天的に、淡々と答える。

 「それに、勉強は一人でやるものだって自分で行ってるじゃない。どこ行っても同
じじゃないの?」 禁句だった。
 「うるせえよっ!」
 少年は激昂し、隣の机に握りこぶしを叩きつけた。部屋中にその鈍い音が響き渡り
ると同時に、少年の声を敏感に聞きつけた父親が、台所から大きな足音を立てて現れ
る。
 「浩一郎ッ!口のきき方には気を付けろっていつもいつも言ってんだろうがッ!」

 声も足音に負けず劣らず大きい。しかも酔っているから尚更だ。
 ――あーあ、始まったよ。
 慣れていた。
 いつもいつも、この男はちょっとした事で怒る。どうせ今回もしこたま殴られるん
だろうな――
 「何だテメエ、その態度はっ!?ナメてんのかこのクソガキがっ!!あぁん!?」

 予想通りだった。母親が止めるよりも早く、怒り狂った父親の全力を込めた握り拳
が少年の頭を捉える。
 ボゴッ。
 少年のか弱い首が折れてしまいそうな位に、頭が弾き飛ばされ、PCラックに叩きつ
けられる。
 ――普段から鍛えてるだけあっていつも痛いね、本当に。ご苦労さん。
 「何とか言ったらどうなんだよ、この野郎!」
 父親は少年の首――服の襟ではない、首だ――を爪を立てて掴むと、少年を椅子か
ら引き摺り下ろし、床に叩きつけた。まるで女のように線の細い少年は、無様に床に
体を広げて倒れていた。
 ――何をいつもこんなに怒ってるんだ、コイツは本当に。
 「何だ、その目はよぉ?おい?テメエ自分の立場わかってんかコラッ!?」
 父親の蹴りが、少年の横腹にめり込む。その後、背中に容赦の無いストンピングが
叩き込まれる。内臓に一撃を打ち込まれるごとに、少年はグエッと蛙のような呻きを
あげる。
 ――もう好きにしてくれ。
 「ちょっとお父さん、やり過ぎよ…」
 恐る恐るの母親の制止が入った。
 「黙ってろ!」
 無駄だった。いや、火に油を注いでいた。

 浩一郎は自分の部屋に戻った。
 以前は理不尽な仕打ちに涙を流して布団に潜り込んだものだが、今はそれすら無
い。
 「しこたま殴りやがって…」
 浩一郎は腹を押さえて、椅子の上で丸まった。――気分が悪い、吐き気がする。
 机の上に置いて、頭をさする。――たんこぶが二つできていた。
 制服を見る。――右腕のところのボタンが一つ、取れていた。
 「…覚えてろよ」
 浩一郎の目の前にあった鉛筆がぐにゃりとひしゃげ、ボキボキと音を立てて砕け
た。破片は紐で操られた人形のように宙を舞い、ゴミ箱の上で粉になる。彼なりの八
つ当たりだ。
 浩一郎にはある力があった。
 時間と空間、そしてそれを拠り所とするあらゆる自然の力を、思いのままに操る能
力。
 彼は何故自分がそんな力を持っているのか、皆目見当も付かなかったし、初めて見
た時には自分のことだと言うのにとても驚いた。然し使いこなすにつれて困惑は消え
ていき、次第にその有用性に目が行くようになった。物を動かすことも出来れば、閉
じ込めたり、壊したりすることも出来る。タネなんか無くたって、手品のように物を
消したり持ってきたり出来るし、時計を遅らせることも出来れば逆に進める事だって
出来る――
 然し彼は、その力を人に向けて使うことは無かった。父親も例外ではない。それど
ころか、人前で使うことすら殆ど無かった。照れていたのか、それとも疎外されるの
を嫌ったのか。彼の感情はドロドロに融けて混ざり合っていた。
 「………」
 浩一郎は、無言で上から二番目の引き出しを引いた。
 そこに入っていたのは、たった一本の全く使われていない、だが、塗装の半ば剥げ
ている鉛筆。
 彼は無言でそれを取り出すと、右手に握り締め、胸にあてがった。
 「……あいつ、今頃どうしてるんだろうな」
 ゆっくりと目を閉じると、初めて浩一郎の目から涙がこぼれた。
 いつしか、彼は眠りについていた。



 「こーちゃん、動かないでねー」
 ちょきん。
 ――変な風に切らないでよ。
 ちょきちょき。
 「だいじょーぶだって。私にまっかせなさい」
 ちょき、ちょきちょきちょき。
 ――うーん…本当にだいじょーぶ?
 ちょきちょき、ちょきちょき。
 「ああ、もう、動いちゃだめーっ」
 ちょきん。べしべし。
 ――ご、ごめん。
 ちょきちょき。
 「…ここを、こうして」
 じょきん、ちょきちょき。
 ――まだ?
 ちょきん。
 「もうちょっともうちょっと…ほら、できた」
 さっさっ、ぱらぱらぱら。
 ――すごい、ちゃんと綺麗に切れてる
 「ふふ、まっかせなさい」
 ――……
 「……」
 ――来年から、なかなか会えなくなっちゃうね
 「え?うん、そうだね」
 ――寂しいな
 「……」
 ――……
 「…そうだ」
 ――なーに?
 「ちょっと待っててね」
 ばたばたばた。
 がらら、ごそごそごそ。
 ――何だろう
 がらら、ばたばたばた。
 「あげる」
 ――これって…もーちゃんの鉛筆?
 「そ、あたしの一番好きな鉛筆」
 ――いいの?
 「こーちゃんお勉強好きでしょ、だから丁度いいじゃない」
 ――ありがとう、大事にする
 「うん、そうしてね」
 ――僕も、何かお返ししないと
 「え?いいよいいよ、別に」
 ――悪いじゃないか。何がいいかな?
 「うーん」
 ――……
 「そうだ」
 ――なあに?
 「こっちむいて、こーちゃん」
 ――え?うん



 「……夢?」
 冷たい机の上で、浩一郎は目を覚ました。冬用の男子制服は分厚いとは言え、三月
の夜の冷え込みには勝てない。手足はかじかみ、鼻水がたっぷりと溜まっている。
 「変な夢だったな」
 感慨に浸っていると、気分をぶち壊しにする母親の声が耳に入ってくる。
 「浩一郎ー、お風呂はいりなさーい」
 「はいはいはい、今行くよ」
 ふう、とため息をついて、右手に強く握り締めた鉛筆を元の場所に戻し、彼は自分
の部屋を出た。


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