[KATARIBE 25779] [HA20N] 小説:『雪に咲く花』(4)

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Date: Thu, 27 Feb 2003 23:30:54 +0900 (JST)
From: みぶろ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 25779] [HA20N] 小説:『雪に咲く花』(4)
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200302271430.XAA44874@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 25779

2003年02月27日:23時30分54秒
Sub:[HA20N]小説:『雪に咲く花』(4):
From:みぶろ


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小説:『雪に咲く花』
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登場人物
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 当麻 漣(たいま れん)         
      :寄生した怪異を操って退魔稼業を行う高校生。
 大田 恭一(おおた きょういち)
      :大田家の戸主。妻が怪奇現象で衰弱していると考え、漣に依頼する。
    実可子(みかこ)
      :恭一の妻。怪異に悩まされる。
    美雪(みゆき)
      :恭一の義理の姉。
    節子(せつこ)
      :恭一と美雪の母。

時系列と舞台
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 冬 深夜 

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本文
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  恭一は窓べりにもたれかかり、うつむいて眠っている。
  明かりは目覚し時計――ビーグル犬がモデルの有名なキャラクター物だっ
 た――の夜光塗料と常夜燈のみ。秒針の音がやけに耳障りだ。
  漣は四本目の煙草に火をつけ、時計を確認した。三時をまわっている。ず
 いぶんと冷え込んできたようだ。
  「やはり暖房をつけてもらうべきだったな」
  そうつぶやきながら、毛布をしっかりと体に巻きつけた。恭一は日によっ
 て起きたり起きなかったりと言っていた。今日は外れかもしれない。

  常夜燈が、二度明滅して消えた。

  同時に体が重くなる。煙草が漣の口元から落ちる。
  漣は、来たか、と言おうとしたが声にならない。金縛りである。とはいえ、
 この攻撃は予想していたものである。漣は体内に残しておいた『夜光虫』を
 解放し、金縛りを解く。落ちた煙草を消し――畳に焼け焦げがついてしまっ
 た――実可子のほうを見た。
  実可子は苦悶の表情でもがいていた。布団の上に朧な影。とりたてて霊感
 のない漣にも見えた。女の霊が、実可子の首を絞めている。
  実可子は喘鳴(ぜいめい)をもらしながら、手をほどこうとする。しかし
 実可子の手は虚空を掻くばかりだ。
  「や、め……て……ね、え……」
  「行け」
  漣の命令で『夜光虫』が襲いかかる。青い光が、海を泳ぐように闇の中を
 飛んだ。
  『夜光虫』は極めて微細な蟲の群体である。その貪欲な捕食衝動は霊体を
 も対象としている。蟻が角砂糖にたかるように、女の霊にまとわりついた。
  しかし、女の霊は苦も無く自身に群がる青い光を振り払い、漣の方へ飛ん
 で来た。散らされた『夜光虫』は残像のみを残して再び闇に溶ける。
  女の霊は漣の首に手をかけた。自然、漣と正面から向き合う格好になる。
  鬼の形相だった。
  儚げな美しさも、優しい表情も残っていなかった。
  少しずつ、息が詰まってくる。漣は最小限の抵抗のみにとどめ、『夜光虫』
 を女の霊の後ろに集めた。暗く、淡く、青い光。ある種の海洋生物にも似た
 幻想的で有機的な光が、ひたひたと闇を満たしていく。
  「……やはり、非力だ。前の術師が死んだのは、あなたの力ではなく、術
 が、返されたからに……他ならない」
  苦しい息の下、漣はゆっくりと語りかけた。『夜光虫』は充分に収束して
 いる。
  「そして私は術師では無いのです、美雪さん」
  その囁きを合図に、『夜光虫』が女の霊の背中に襲いかかる。あっけなく
 両断し、そのまま下半身を包み込んで消化した。上半身は逃げるようにかき
 消える。
  実可子と恭一の息を確かめ、漣は部屋を出た。ゆっくりと美雪の寝室に向
 かって歩き出した。

                 ※                 

  できるだけそっと、美雪の寝室のふすまを叩いた。返事は無かった。
  漣はかまわずふすまを開ける。部屋の中には、布団から体を起こした美雪
 が座っていた。
  「わたくし、だったのですね」
  ぽつりと美雪が呟いた。漣は無言で部屋の電気をつける。
  「夢だとばかり思っていました」
  蛍光灯の明かりに目を細めながら、美雪は恥ずかしそうに笑った。
  「生霊、というやつです」
  漣は続けた。
  「強い思いが無意識のうちに体を抜けたのでしょう」
  「心当たりは、あります」
  「……恭一さんのことが?」
  「その先は言わないでください」
  美雪はカーテンを開け、窓についた夜露を拭った。顔が青白く窓に映る。
 外には雪が、ゆっくりと降っていた。
  「血はつながってなくとも、姉弟ですから」
  「……病院を紹介します。あなたの魂魄は重大な損傷を被っていますし、
 そこでなら生霊が出ないような措置も検討できるでしょう」
  「ええ」
  窓を向いたままの美雪の肩は震えていた。美雪は窓を開ける。
  さら、さら、さらさらさら、さら、さ。
  雪の音はとても微かで、彼女の嗚咽を消してはくれなかった。
  「あなたが非力でよかった。実可子さんは妊娠しています。ですから」
  ですから、なんだというのだ。仕留め損なった悔しさで泣いているわけ
 ではあるまいに。
  漣は己の馬鹿さ加減にあきれながら、部屋を出た。いずれにせよ、見て
 いいものではない。漣の背中に美雪が深々と礼をした。
  「そうでしたか……それでは勝てませんね」
  その時、どんな顔をしていたか、漣は見ていない。
  「とんだ六条御息所でございました」

               ――続――               


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