RPG今昔物語:100万トラベラー

RPG今昔物語:100万トラベラー


 Traveller(トラベラー)というRPGがある。
 その黒い表紙には誇らしそうにこう書いてある。

 Science Fiction Adventure in the Far Future
     遠い未来のSF冒険活劇

 この言葉に、胸を躍らせたSFファンは多い。どのくらいかと言うと、100万 人くらい。だからそれを記念して「100万トラベラー」というのが出来たので ある。

 …
 ……
 ………ウソです。ごめんなさい。

 RPGの歴史における、トラベラーの果たした役割は大きい。それはこの作品 がただ単に剣をレーザー銃に、馬を宇宙船に置き換えただけの作品ではなかっ たからである。ルールブックを読んだ人は、彼または彼女(または『それ』)が SFファンであるのならば一様に、その文字の羅列とお世辞にも上手いとはいえ ないイラストの背後に、ありありと見る事が出来たからだ。

 広大な銀河宇宙を──
 そして、そこに住む無数の人々の営みを。

 これこそが、トラベラーを発売したGDWが倒産した後も、デザイナーの一人 であるマーク・ミラーが自ら会社を興して、GURPSのサプリメントとして、d20 システムの一つとして、今なおトラベラーが現役のRPGシステムとして生き延 びている理由なのである。
 採算がどうとか、遊びやすいかどうかとか、そんな事は関係ない。みんな、 トラベラーが好きなのだ。好きで好きでたまらないのだ。

 時ははるかな未来。
 超光速航法「ジャンプ」を発明した人類は、銀河宇宙に進出し、そこに巨大 な恒星間国家を築き上げた。
 それが、「銀河帝国」だ。一般には単に「帝国」とだけ、あるいは銀河に覇 権を築きあげた3番目の帝国である事から「第三帝国」と呼ばれるこの国家は、 1万もの星々に約15兆もの人々が住む、既知宙域でも最強の勢力である。だ が、名前から受けるイメージとは裏腹に、この国家は決して中央集権的でも強 圧的でもなかった。
 その背景には、ジャンプの理論的・技術的な制約と経済的な要因、そして歴 史的な側面が絡み合っている。
 まず、ジャンプの制約。1回のジャンプで移動できる距離は最大でも約20光 年。しかもジャンプにかかる時間は距離に関係なくおよそ7日間。つまり、普 通の宇宙船であれば一度にはせいぜい隣り合う星の間しか移動できず、往復し ようとしたら14日以上、まあ行って手早く用事をすませたとしても宇宙船の運 航状況などから考えて1ヶ月はかかる。広い銀河帝国の端から端まで移動しよ うとしたら、高速の宇宙船を使っても1年の大旅行となる。
 しかも、ジャンプする宇宙船以上に速い情報伝達手段は存在しない。帝国政 府が何を決めたとしても、それを辺境まで伝えるには莫大な労力と数多くの宇 宙船と長い時間がかかる事になる。
 そして経済的な要因。安上がりの小型宇宙船であっても一隻あたり今の日本 円で何十億円もする。大型で高速の宇宙船ともなると何百億円、何千億円もす る。そのため会社や個人で宇宙船を購入しようとした場合、一般的には「40年 ローン」を組む事になる。このローンの毎月の支払いのためには、莫大な資産 を持つか、あるいは宇宙船自身で貨物や人を運び利潤を上げる必要がある。も ちろん、すでに40年ローンを返済し終わった中古の宇宙船を購入する事もでき るが、宇宙船というのは動かすだけでも燃料代などの補給や整備、宇宙港の停 泊料金、乗組員の給料など維持に大金が必要なの代物なのだ。
 では宇宙船を所有せずに「トラベラー」となれば良いかというとそうもいか ない。船の価格や経費はそのまま宇宙船の運賃に反映される。1回のジャンプ のチケットがおよそ100万円。普通はペットなどの獣を運ぶための冷凍睡眠装 置を利用した凍り付けの旅なら10万円ほどで済むが、その代わりに解凍時に死 亡する危険を冒す事になる。誰でもが星の旅人となれるわけではないのだ。感 覚的には、現代における旅行よりは近世以前の旅に近い。
 さらに歴史的な側面。実は「ソロマニ人=地球人」は、最初に宇宙へと乗り 出した人類ではない。地球人と同じ先祖を持つが今から30万年前、「太古種族」 として知られる正体不明の存在によって別の星に移住させられた人類、「ヴィ ラニ人」の方が先に宇宙へと進出し、最初の銀河帝国、「星々の帝国(ジル・ シルカ)」を築き上げたのである。
 宇宙に進出した地球人は、このヴィラニ人の帝国と衝突、長く続いた戦乱の 末に「人類の支配(The Rule of Man)」として知られる二番目の銀河帝国を建 国する。だが、技術と戦争の手腕には長けていても地球人には物理的にも感覚 的にも遠く離れた星々を一つにまとめる政治的な力量が欠けていた。中央集権 的に国家を治めようとした地球人に数では圧倒的多数を占めるヴィラニ人やそ の混血、そして幾つもの知的種族は離反してゆき、帝国は瓦解してしまう。
 余談であるが、このヴィラニ人の帝国と地球人の衝突の初期を扱ったボード ゲームに、『インペリウム』がある。HJ社が出した初版の日本語版はもはや入 手困難だが、最近になって国際通信社が第二版の日本語版を発売した。たいへ ん面白いゲームであるので機会があればぜひプレイしてみるといい。巨大だが 小回りが利かずに辺境の属領における蛮族(地球人)に苦戦する銀河帝国と、や る気満々だが圧倒的な国力の差に劣勢を強いられる地球連邦の対比が実に面白 い。
 そして、第二帝国が崩壊した後、長い暗黒時代が訪れた。それぞれの星に住 む人々はそれぞれに自分達の道を見つけて歩み続けた。だが、そういう中でも 恒星間文明を維持する少数の星のグループはあり、その中の一つがしだいに大 きくなって、やがてゲーム世界における『現在』の帝国、第三帝国が誕生する のである。
 そういうわけなので、帝国は恒星間の外交や軍事こそ仕切っているものの、 それ以外の事、特にそれぞれの星の内政に関してはほとんどと言っていいほど 手出しをしない。民主的な星であろうが、国王や独裁者や企業や宗教指導者が 支配する星であろうが、星系内部で民族ごとに小さな国家を作っている星であ ろうが、おかまいなしである。望むのは帝国への忠誠のみ。だから、星によっ てそこの文化や文明は実に多様だ。文明など石器時代の星もあれば空中に反重 力で浮かび何億もの人が住む巨大都市がある星もある。多いのは意外にも20世 紀頃の文明を持つ星である。

 どうだろう。このゲーム世界の背景の一端を想像していただけただろうか。 トラベラーの背景世界が秀逸なのは、それがただ情報量が多いというだけでな く、ゲームで使える様々なネタが仕込まれている点にある。ここが、ただの設 定マニアの自己満足で終わっていない、トラベラーならではの優れたアプロー チだ。
 しかし、いかんせん、プレイのコツを掴むまでに時間がかかるという欠点も またトラベラーは合わせ持つ。何しろ『リアル』なゲームであるため、プレイ に馴れるための気軽な戦闘などもっての他である。銃を持って撃ち合うと一発 当たれば気絶か重傷か悪けりゃ即死というシステムのくせに、データとしては サブマシンガンやライフルは当然、レーザー銃などが堂々と記載してあるのだ。 日本語版で最初の基本セットに付属していた『シャドウ』というシナリオなど、 まんまダンジョン探検なのだが、プレイした人間は一様に思う事であろう。

「トラベラーにダンジョン探検は似合わない」

 日本語の基本セットが発売された後も、HJ社からは続々とサプリメントが発 売され、それらはアメリカでは望むべくもない、加藤直之氏による美麗なイラ ストで飾られた箱に収められていた。そして、その中には数多くのシナリオが 存在した。

 だが──

 どーも、違うのである。繰り返すがトラベラーは『リアル』なゲームである ため、PCに出来る事とプレイヤーに出来る事とはあまり変わりはない。たとえ 出自がエージェント(偵察局:スカウト)であっても、ジョン・ウーばりのアク ションは不可能なのである。だというのに、あからさまにそういう冒険映画の ようなアクション(あるいはサイの目)を要求されるシナリオであるとか、交渉 や謎解きを主題に置いたシナリオであっても、あたかもPCではなくプレイヤー に凄腕のネゴシエイターや名探偵の能力を要求しているのではないかと思われ るものばかり。読み物としてはなかなか秀逸なサプリメント&シナリオであっ ても、実際のプレイに使用するには、やっぱ、これってどうよ、と思わせる物 が多数を占めたのであった。
 いかに優れたゲームであっても、プレイはやはりシナリオあっての物だねで ある。そのシナリオのお手本がこれでは、買ったはいいがお蔵入りになってし まった人が大勢いたとしても文句は言えない。
 もちろん、優れた腕前を持つレフリー(マスター)と、勘所を押さえたプレイ ヤーがそろえば、楽しいゲームにはなり得る。だが、そんな僥倖のような組み 合わせを最初っから期待しているようではやはりまずいのではないかと、こう 思うのである。

 それでも──

 トラベラーは魅力的なゲームである。プロ、アマ問わず、多くの人が損得勘 定なしでこのRPGに精力を注いで遊び続けた。その結果、トラベラーはルール を整理統合した100万、すなわち『メガトラベラー』へと進化し、そして日本 語版の供給がそれで止まった今でも海外では進化を続けている。

 それらの全てやはり、あの表紙に書かれた言葉──

 Science Fiction Adventure in the Far Future

──から始まったのである。


 今は昔の物語である。

■トラベラー情報倉庫
http://www.trpg.net/rule/Traveller/

■銅大のRPGてんやわんや
http://www.trpg.net/user/akagane/


さいごに

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月刊TRPG.NET 2003年01月号

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