GM拒否



 さて、TRPGという物の存在価値に於いて、存在するが故にまず楽しみを享受できるのは、GMとプレイヤーのどちらであろうか?

 それは考えるまでもなくプレイヤーである。現在存在するTRPGの遊び方とシステムは、プレイヤーの楽しみを第一として作られているのであって、GMの楽しみを第一とした物ではない。

 TRPGを行っている人の中には、GMとプレイヤーを比べた場合、GMの方が好きなので、GMばかりをやっているという人もいらっしゃると思うが、それは少数派である。TRPGを遊んでいる大多数の人々は、プレイヤーをプレイするのが好きなのは、火を見るより明かである。

 また、GMとプレイヤーの楽しみの違いも前述したが、一回のプレイにおけるGMとプレイヤーの下準備もTRPGのプレイの準備のみに言及したとしても、圧倒的にGMの方が労力と時間を費やさねばならない。

 そこで、自分が一番楽しみたいという人間の卑しい心情においては、「GMを全くせずに一生プレイヤー」という事も分からないでもない。可能であれば、それが一番良いとも思う。しかし、GMしかしたくないという少数派の人間を運良く捕まえない限りは、それは難しいのである。少人数の内輪の人間同士でTRPGを遊んでいる場合、そういう人間が居た場合は、下手をするとTRPGは、そのグループで行っていくのは難しくなる。だが、コンベンションのみでTRPGをしていたり、不特定多数のTRPGのサークルである場合は、可能な場合が多々としてある。

 例えば、20人の会員が居るTRPGサークルの場合、民主主義に乗っ取った公平な判断から言ってしまえば、20回のプレイに於いて1回行えば良い。ただ、19人のプレイヤーを相手にしてGMをするというのも無茶な話なので、一回のプレイが5人程としても、5回に一回である。月2回遊んでいるとしても、2〜3ヶ月に1回のペースである。

 通常のTRPGのサークルの場合は、月1回の活動が大多数であるし、途中で人が入れ替わったりする事もある為、半年で1回というのが適度なペースのはずである。それすらも嫌な場合は、1年ぐらいでGMをやらずにせっつかれた時を目途にしてサークルを転々と動くか生涯コンベンションでしかプレイしないと考えるしかない。

 「難民プレイヤー」である。

 ただ、私は、余程の理由が無い限り、GMをせずに逃げ回るといった行為は、大人が備えているべき他人に対する配慮を欠如させた子供の論理としか映らない。GMを避ける人間は、実に様々な言い訳をする。初心者だから。自信が無い。時間が無い。能力が無い。などなど。

 初心者というが、初めてTRPGのGMをした時にGMの玄人というのは存在するはずが無いので、誰しも初心者なはずである。自信が無くとも、それは他人に対する責任の逃げ口上には成り得ない。時間が無いのならば、自分の時間の作れる範囲でGMとプレイヤーをすればいいはずであって、たまに時間が無いと言いつつプレイヤーばかり行っている人間が居るが、何も言う気を無くして呆れてしまう。GMを行う能力が無いというのならば、いっその事、コンベンション専門のプレイヤーになったらいかがだろう。そういう人間がサークルという特定人数でゲームを行う場所に存在する事自体が間違っているのだから。

 また、GMを全く行わないプレイヤーの場合は、GMの事を無視した自分勝手な意見が飛び出す事が多い。あるGMに、「そんなら自分でやって見ろ」と言いたい気分にさせられたという意見を聞いた事があるが、心当たりはないだろうか。

 GMは、辛い事。そう考えれば、TRPGの最も健全な遊び方の方向性は、GM廃止にするか、サークルや仲間規模の持ち回りGM制にあると言える。まぁ、私は、GM廃止のTRPGの形態を考えつかないので、必然的に後者になる訳なのだが。物語上の都合による単一GMのキャンペーンなどは、GMのシナリオ作り以外の全作業の労力と金は、他の人間が分担すべきと言うのは夢物語であろうか?

 結局は、GMという作業に関する重みの考え方の違いであるから、GMを苦としない人間の方にプレイヤーが移動していけば良い事でもある。だが、プレイヤー達がTRPGを求める速度とGMがTRPGを用意できる速度には差がある様に思うが故に、GMをやる事に関して逃げ腰にならずに前向きに考える姿勢が必要ではないだろうか。




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