生産的なTRPG



 TRPGの遊び方を論じる場合に於いて、二種類の遊び方が存在すると私は考えている。

 非生産的なTRPGと生産的なTRPGである。

 TRPGを説明する多くの文章に於いては、子供の頃に多くの人間が体験した「ごっこ遊び」が良く例に出される。大人になってもその「ごっこ遊び」が出来るようにした物がTRPGであるというわけである。

 もちろん、遊ぶのは、いい年をした大人なわけであるから様々なルールや知識の統制が必要なわけである。また、通常の場合は、精神的に限定しただけであって、コスチューム等に言及した物は無い(例外としてお面を付けて遊ぶ「フォーチューンクエストTRPG」という物があるが)。

 現在の多くのTRPGプレイヤーというのは、多かれ少なかれこの「ごっこ遊び」という意味に於いてのTRPGを求めて、TRPGをやり始めた人間が少なくない。小説や漫画の様な世界の主人公を疑似体験したい。アニメの主人公のような活躍を疑似体験したいというのは、このタイプである。

 現在のTRPGシーンに於いて、その傾向はTRPGのシステム作成者側も理解しているらしく、多くの「シチュエーションTRPG」(注:筆者の造語)が作成されている。

 アニメや漫画やライト系のファンタジーにおけるヒーローやヒロイン、それを取り巻く人間模様のシチュエーションを楽しむ「熱血専用!」。名作アニメであるガンダムのシチュエーションを楽しむ「ガンダムRPG」。また、富士見文庫から出版されているマギウスRPGシリーズの多くは、こうしたある特定のアニメや漫画を題材としてある特定の状況を楽しむTRPGである。

 この種の遊び方は、確かに面白い。面白いから「ごっこ遊び」に子供が興じるが如く、大人も興じているというわけである。

 しかし、この遊び方の根底に流れる物は、「想像上の気持ちの良い世界への現実逃避」である。辛い事は無く、例えあったとしてもゲームと割り切って遊び手には何も実害が無いので遊ぶことが出来て、最後には主人公が勝つわけである。良く見知った好きなヒーローやヒロインを自分で演じる事によってカタルシスを得る。そして、それをその場の全員で認識するわけである。

 この場合、「ごっこ遊び」の根本であるアニメや漫画や小説のモチーフからネタを取って来て、そこから遊ぶわけであるが、目先を変えているのは良い方で、下手をすると全く同じ事を追憶する形でプレイを行う事になる。

 そこには何の精神的な創造は無い。TRPGが、前述の現実逃避の為のやり捨てという形になっている。モチーフやネタが無くなれば、そこでTRPG自体を止める事も少なくない。だが、GMが居る限り、不平や文句がでない仲間で集まっていれば、結構続くものである。つまらない事をやっているわけではないからだ。


 これを、非生産的TRPGであると私は言いたい。
 それに対して、生産的TRPGとは何だろうか?


  私が考える生産的TRPGとは、ある一定の世界観を構築した上で、TRPGを行っている人間の独創的な発想、他人の知らない知識、性格を活用して、それを楽しんでいく遊び方で遊ばれるTRPGである。

 無論、全ての下準備(システム、ワールド)を一から作っていくには莫大な準備が掛かる。その暇と労力が払えるのであれば、素晴らしい物が出来ようが、様々な検証や考証などをやっているのは、仕事を持っているいい大人には不可能であろう。そうした事をTRPGのシステム作成者にやってもらうのである。そうして作って貰った下地(ある特定の狭い範囲でのシチュエーションを扱ったものではない物)を仕事で手にした金を払って手に入れれば良い事である。

 このTRPGの形態に於いては、GMの作業とは、特定のシチュエーションを演出するよりも、プレイヤーが楽しむ事が出来る架空世界を構築する事である。また、複数の考えの異なる他人同士で同時に限られた時間内で遊ぶ為には、全員が享受する特定の物語(事件)に参加者を直視させるという役割をもGMは行わなくてはならない。

 一方、プレイヤーに於いては、GMや他の参加者が予測していない独創的な発想や知識や演出を積極的に見せていく事が必要である。シチュエーションを楽しんで、ヒーローのテレビや漫画で見せている場面をなぞって、ハイ終わりでは無く、自分の頭で考えてプレイする必要があるのだ。

 そこにおいて、GMと参加者は、独創的な物事を想像する楽しさを享受できる。人間が持ち得る発想力というのは、時間が掛かろうとも限りは無い。それは、人間が発生して以来、精神と知識に於いて現在においても新しい物事を作り出しているという事からも明かである。まぁ、少なくとも、私達が生きている間は止まる事は無いだろう。

 新しい出来事に対して、対処できる人間の知恵と能力(キャラクターの能力の場合もあるが)を駆使して予定調和を脱却した結果を勝ち得た時の充実感と面白さは何物にも代え難い。

 個人的には、私は非生産的なTRPGを繰り返して遊ぶのは、好きではない。非生産的なTRPGが面白い時もあるが、生産的なTRPGに長期的な視点から見て適う物ではないと考えている。既にTRPGを始めてから8年近くになり、通常のTRPGを遊ぶ人間より多くのTRPGを遊んできたが、非生産的なTRPGしかしないのであれば、既にTRPGはとっくに止めていたと思う。

 ただ、非生産的なTRPGとして槍玉に挙げた「シチュエーションTRPG」の楽しみは、誰の心にもある物である。そして、どんなTRPGも細かく言っていけば、シチュエーションを楽しんでいるのである。

 所詮、TRPGは遊びであって、強制されてやるものではない。ただ、様々なタイプの楽しみを追い求めいる人間が居る事は事実であり、それは生産的/非生産的のみの話ではない。そうした事柄が、渾然一体としながらも、TRPGを楽しむ為に人間が集まって、遊んでいるからこそ、前述した生産的なTRPGの主眼理念である「独創的な物事を全員で想像して享受する」という楽しみをもっとみんなに知って欲しいと思うのである。




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