第六章

 「参ったなぁ。あんな点数取っちゃって……」

 美樹は、鞄の中に入っている数学のテストの点数とそれを目にした時の母代わりの姉の姿を思う浮かべながら帰り道をとぼとぼと歩いていた。美樹は、勉強はどうも苦手だった。勉強しているよりも友人と遊んでいたり、スポーツをしている方が好きだった。

 剣術道場の娘だから学校で何度か剣道部の人間から勧誘された事はあるが、結局のところ、入ってはいない。家でも剣術を習おうとは今まで思った事は無い。

 姉の亜里沙は、美樹が物心ついた時から剣術を父から習っていた。素人目から見ても感じられる姉の剣の才能と自分が比べられるのが嫌だったのだ。また、努力家の姉が努力する姿と比べられるのが嫌だった。そんな自分が美樹は嫌だったが、父も姉も自分が剣術をやらない事に関して美樹を責めたりは一度もしなかった。

 しかし、剣術をやらずとも結局は、才色兼備な姉といつも比較されてる事を美樹は常に感じていた。無遠慮な周囲の人間に自分と姉を比べて言われるのは美樹の最も嫌な事だった。自分でも少しは努力しているつもりなのだが、鞄の中のテストを思い出すと気が重くなってくる。

 そんな事を考えながら真っ赤な紅葉の木々が両脇に並ぶ帰路を歩いていた美樹は、家の門の前に一人の男性が立っているのに気が付いた。濃い茶色のスーツを着て、眼鏡を掛けた背が随分背の高い人物だった。長髪だが、不潔さは無く、柔和な感じである。年齢は20代後半ぐらいだろうか。

 近くまで行くと男性の足元に可愛い二匹の猫がじゃれているのに気がついた。色は全く対照的な白と黒だが、とても良く似ている二匹の猫だ。

「あのー、家に何か用ですか?」

 美樹は、おずおずと目の前の男性に声を掛けた。すると、門と家を眺めていた青年は、美樹に気がつくと振り返り、柔和な笑みを浮かべた。

 悪い人じゃ無さそうだ。
 その笑顔を見ながら釣られて笑みを返しながら美樹はそう思った。

「こちらのお嬢さんですか。私は、霧上幻一郎と言いまして、今日は明人さんに御挨拶に伺ったのですが」
「父のお知り合いの方ですか。娘の美樹です。でも父は……病気でずっと寝てて…」

 美樹がそう言うと、幻一郎は少し困ったような顔をして、足元の二匹の猫に目をやった。

「そうですか。お見舞いも難しいかな」
「あ、いえ。お見舞いだったら大丈夫だと思います。それに、お父さん、喜ぶと思います。頑固親父だからあまりお見舞いに来る人いないんで」

 父、明人は、娘達には優しかったが、近所でも剣術道場でも評判の頑固者だった。道理が通らぬ事を嫌い、人好きもしなかったので、あまり友人などもいないようだった。剣術を習いに来る若者達も剣術を真剣に学ぼうとするよりも、亜里沙目当ての人間の方が多かったので、常に愚痴を零していた。

 たまに幻一郎のように尋ねてくる人は少なかったが一応はいた。年齢などはマチマチだったが、皆、剣の修行の仲間だと父はいつも言っていた。そうすると、この一見、剣など振るわない優男の様に見える男性もそうなのだろうか?と美樹は幻一郎に興味を覚えた。

「そうですか。じゃあ、お体にさわらないように少しお見舞いさせてもらいましょうか。では、これはお見舞いに」

 そう言うと、幻一郎は左手に持っていたケーキの箱を美樹に差し出す。

「うわぁ!!ありがとうございます!!こっちが玄関ですからどうぞ」

 大好物のケーキを見て全身で喜びを表現する美樹。ケーキの箱を持ってスキップのような足取りで門を開け、屋敷の玄関に向かって歩いていく。

 その無邪気な様子を見て、クスリと微笑んだ幻一郎は、足元の美湖と美由に話し掛けながら歩を進める。

「元気なお嬢さんですね」
「けっこうかわいいねー」
「げんいちろう。おなかへったー」
「まぁ、何かあなた方にも出してくれますよ。きっと」

 自然体で門の中に一歩足を踏み入れた幻一郎は、ふと怪訝な表情をして周囲を見回す。笑みが無くなり、思案げな、少し近寄りがたい表情がその顔に浮かぶ。

「どうしたのー。げんいちろう?」

 美由は、幻一郎の肩に上ると、彼の表情を見て声を掛ける。幻一郎は、柔和な表情にすぐに戻ると、美樹の歩いていった方に歩を進めた。

「……意外と面白い事にかもしれませんよ」

 ぼつり、幻一郎は美湖と美由にだけ聞こえるように囁いた。その言葉を聞いた美湖と美由は、怪訝そうにお互いの顔を見合わせた。

「ろくなことにゃいんだけどな・・・・・・げんいちろうがそういうときは」


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