第五章
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突如、深雪は振り返る。 感じたのは背後に突如表れた気配。すぐさま振り返ると……通りに一人の男が立っていた。グレーのスーツに身を包んだ痩せた男。二十代半ば頃で、顔立ちは端正と言っても良かったがどこか険があった。 自分の結界を破った者だ。人間かどうかもわかったものではない。深雪は思わず身構えた。男は、通りのコンクリートの電柱に寄りかかりながら舐めるような視線で深雪を見ていた。まるで深雪の真実を見透かすかのように。 「誰ですか?あなたは?」 深雪は何も言わずに自分をジロジロと見る男に向かってゆっくりと口を開いた。凛とした響きが結果内に響き渡る。 「あー、別嬪さんだな、と思ってな。その後ろの死体、あんたがやったのかい?」 そう言うと、男は、深雪が瞬きをした一瞬の間に彼女の脇へと移動していた。普通の人間ではありえない早さ。周囲の雑草が、遅れてザワザワと騒めく。 秘晶石に向かって念を集中させようとした時、不意に男は、屈んでいる深雪の顎を指でつまむようにして上向きにさせる。とっさの事に思わず深雪は手を跳ね除けた。 「な、何をするんです」 「ふーん。勿体無い。生ける屍なんて」 深雪はその言葉を聞いて愕然とした。目の前の男は、自分の事を理解している。そして、目の前の男は、それを知って平然としている。即座に理解できない者へ、無礼者への物理的な対応をしようとした時、男は一枚のカードを取り出した。 続いて、男が発した言葉は、深雪にとって信じられない言葉だった。 「騎士、だろ?『節制の騎士』東條紫苑だ。名前、なんての?お嬢ちゃん」 男が見せたタロットカードは、円卓の騎士の証明に他ならなかった。『節制の騎士』は、気操術の達人の証。円卓の騎士には様々な人間が居ると聞く。しかし、目の前の無礼な男が世界を滅ぼす魔獣と戦う騎士だという事に深雪は未だに信じられなかった。 「あー、こりゃひでえな」 紫苑は深雪に気にする事無く、死体に屈み込むと検分をしている。その時、やっと深雪は、紫苑が左手に一本の長い棒状の袋を携えている事に気づいた。おそらく、刀。円卓の騎士だという事は、木刀などではなく真剣だろう。相手がカードを見せた事で、深雪も名乗る事にした。 「五十嵐深雪。『世界の騎士』です。本部から連絡があったんですか?」 深雪は素直に尋ねてみる。この死体は魔獣の気配が残っているが、何らかの魔獣に関する報告が既に本部には届いていたのだろうか? 「いんや。ただの偶然さ。ここら辺歩いてたら、なんだか得体の知れない結界が張られている。何かと思って中に入って見たら別嬪さんが死体を漁っている。何とも燃えるシチュエーションだと思わないか」 薄ら笑いと共に東條は答えながら男のジーンズのポケットを漁った。性格的には絶対に好きになれない男だと思ったが、自分の結界内に侵入した手腕は見事なものだと思った。深雪は、今までに『マーリン』という名前の騎士が集う会員制のバーで他の騎士と会った事はある。しかし、あそこでは通常は騎士同士の交流の会話だけで、実際に能力を見た事は無い。これが、騎士の力か、と深雪は改めて思わずにはいられなかった。 世界有数の力ある術者が集う……円卓の騎士。 「学生か……」 死体のポケットから抜き取った財布と定期入れを眺めながら東條は呟いた。そのまま、まるで当たり前の様に財布は自分のポケットへしまう。特にその行動への言及はせずに深雪は東條に問うた。 「魔獣……でしょうか?」 「この邪力の残り香は、魔獣だろうな」 世界を滅ぼす魔獣。 彼らの存在を知る人間は世界でも数が少なかった。彼らは、この世界の存在ではなく、そして、どうやって来たのかは誰も知らなかった。ただ、彼らの目的はわかっていた。 全てを破壊する事。 それが彼ら、魔獣の目的であった。 この世界の法則と相容れない彼らは、邪力、と呼ばれる異質な力を振るう。ある程度の力を持つ能力者であれば、その邪力を感じる事が出来る。 しかし、魔獣の持つ邪力は、この世界でトップクラスの力を持つ能力者を更に上回る。一対一で戦えばどんな人間も勝つ事は出来ない。しかし、幸運な事に殆どの魔獣は、協力という文字を知らなかった。 そして、約一千年の昔に京都に張られた結界が破られたといっても、日本全国をすっぽりと覆う大結界と呼ばれる最後の結界は生きていた。その結界がある限り、魔獣は日本から外に出る事は出来ず、魔獣の復活する速度も多少抑えられていた。 だからこそ、円卓の騎士がいる。魔獣が完全な力を持って多数復活する前に、数少ない力ある能力者が協力し、そして倒す為に。 「円卓の騎士からの連絡はねえが、どうもこの界隈で最近、こんな感じで人が殺される事件が起きているようだな」 死体の側でしゃがんでいた紫苑は、そう言いながら立ち上がった。 「何件も起きているのですか?」 「いや、これが多分三件目だろう。警官に職務質問された時に聞いたんだがな……まぁ、その警官には礼儀ってやつを教えてやったが」 紫苑は、吐き捨てる様に言い放つ。その時の状況を想像して深雪は少し眉を顰める。この男ならば警官でも半殺しでもしかねないと思ったからだ。しかし、事実を聞く気には深雪はなれなかった。 「こんなめった斬りの殺人をやらかす奴が、狭いところに二人も三人も短い間に出てくるってのは考えにくいから、前の事件も魔獣の仕業だろ」 「どんな能力を持った魔獣だと思います?」 深雪は、まだ魔獣と戦った事は無い。 だが、魔獣の特性に関しては円卓の騎士から情報を得ていた。魔獣は、大抵、幾つか複数の能力を持つ。そして、その中でも強い能力には、「弱点」と呼ばれる物が常に存在する事がわかっていた。 弱点が生じる理由には、幾つかの説があった。その中で能力者達に最も信じられているものは、異界の存在である魔獣がこの世界で力を振るう事で生じる歪みという事である。実際には、魔獣に対抗する者にとって弱点の生じる理由はどうでも良かった。問題なのは、魔獣という存在の能力には特定の弱点があり、それを知らない限りはまず人間は勝てないという事だった。 魔獣に対抗する円卓の騎士の能力者の人数は多くない。それは、魔獣と戦う円卓の騎士に求められる力の強さに見合う人間が、世界中を見ても少ないという事にも起因していた。人数が少ない中、次々と復活する魔獣に対抗する為に、円卓の騎士は、魔獣と戦う為に3人の所属する能力者のチームを作る事で魔獣に対抗する事を定めていた。 それは、少なくとも一つの魔獣の弱点を捜し、能力を封じてやっと魔獣と対抗できる人数であった。より多くの人数が居ればもっと魔獣と楽に戦えるが、魔獣達の復活の速度に抗する為には、それ以上の人数を一体の魔獣に割く事が出来なかった。 弱点の殆どは能力に関係していると言われている。そして、弱点がわからなくとも能力がわかれば、能力者にとっては対抗できる場合も多かった。だから、魔獣の能力を知り、魔獣の弱点を知る事は、魔獣と戦う騎士の第一目標であった。 紫苑は眼下に倒れる男に再び目をやった後、ゆっくりと深雪に視線を移す。 「さあな。一撃でやってない所を見ると、殺傷力が低いか、性格がいい奴なんだろうが……ただ、今までの殺人事件で、目撃証言ってやつが一つあるらしい」 「目撃証言ですか?」 「ああ、それとこの死体を見て、弱点の目星が少しついた。それと、魔獣の居場所もな。歩きながら話そうか。死体の側で美人と語るのは、あんま好みじゃないしな」 紫苑は、そういって空き地から通りに出ると歩き出した。空き地に出ながら深雪も結界を解いて紫苑の後を追う。 「ほっとくんですか?あの人」 「気になりゃ、連絡でもしてやるといい。もう用は無い」 興味がなさそうな紫苑を見ながら、深雪は持っていた携帯で警察に連絡を入れた。それから、魔獣に関する報告を円卓の騎士にする。円卓の騎士では、魔獣に関して手を割かれていない人物の検索を至急行う旨が返答としてあったが、とりあえず現時点で応援は期待できないという返答であった。 「応援は、無いそうです」 まるで気にしない紫苑の返答に深雪は眉をひそめた。深雪は、紫苑の能力と実力を知らなかったが、どんなに強い能力者であっても弱点を的確に突き、作戦を練らなければ魔獣は勝てる相手ではないと聞いていたからだ。紫苑は、余程の自信家なのか、それとも絶対の策を持っているのかと深雪は訝しんだ。 「紫苑さんは、とても余裕があるように見えますが、魔獣に対して絶対の自信があるのですか?」 深雪は正直に尋ねた。 すると、紫苑は不思議そうな顔をして深雪を見返し、そして笑い出した。深雪がむっとすると、紫苑は口に相変わらず笑みを浮かべながら口を開いた。 「お前、二人きりで闘うつもりなのか?俺は応援が来るまで闘うつもりなんか無いぜ。馬鹿正直にすぐに魔獣と戦うなんざ……未経験は怖いねぇ」 そう言って深雪を上から下まで見回しながら紫苑は再び笑った。 |