第一章

『何度言ったらわかるのだ?そうではない。こうするのだ』
 厳しい叱咤の声が飛んでくる。それはいつもの光景だ。言葉だけではなく、打ち据えられる事もあった。厳しい修行の日々。終わりの見えない鍛錬。ただ、私には能力があるという確信が父にはあった。私には実感が無かったが、それでもその言葉を信じ、修行に明け暮れた。
 できぬ事ができるようになった時、父の笑顔と賞賛の言葉は私の喜びであった。そして、そんな能力があるという事が、私には驚きであると共に嬉しさでもあった。
 物心がついた時には既に修行ばかりをしていた記憶しかない。修行は、自分以外の人間も全てやっていると信じていたが、近所の子供達と比べ自分が異質であると気づいた時、お前は特別なのだ、という父の言葉を聞いた。
 特別な自分。
 特別な私は修行をしなければならない。なぜなら、私には能力があるのだから。そして、その能力をもって家名を継ぐ義務があるのだから。
 しかし、修行に明け暮れる日々が続くにつれ、父の言葉は日を増して厳しくなり、体にできる痣も増えていった。修行が厳しく、奥が深くなるにつれ、できぬ事は更に増えていった。
『この家を継ぐのはお前なのだ。この程度ができずにどうする』
 家名。相続。義務。伝統。資格。能力。虚栄。
 そうした物がいつしか私の周りには、のたうち回っていた。互いに喰らい、そして私に絡みつき、私を縛っていた。まるで蛇の様に。私は蛇と共に生きるしかないのかという疑問は常にあった。しかし、私は、蛇に抗い、振り解く程の力は無かった。
『お前には能力がある』
 そうだろうか?どこまで修行をすれば、その能力は手に入るのだろう。
『お前も参戦するのだ』
 何の為に?
 私が生まれたのは全て家の為だろうか?
 もし、私に能力が無かったら。
 それは、蛇に縛られる私が、ふと考える事であった。友人と話している時。学校に通っている時。世間の生活に触れている時、そこに感じる違和感。
 彼らは蛇に縛られてはいない。
 ある時、倒れている私の頭上で、父の声が口から漏れた。
『やはり、お前には無理なのかもしれぬな』
 やはり。
 それは生まれて初めて聞いた言葉だった。
 やはり。
 私には能力があるのでは。
 やはり。
 今までの鍛錬に捧げられた私の全ては無駄であったのか。
『……を考えた方がいいのかもしれぬな』
 その言葉を聞いた時、私の体を縛っていた蛇が離れていくのを感じた。
 だが、蛇は消えるのではない、また新たな目標を求めるのだ。
 私の代わりに縛る者を求めて。
 それは嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 私は不意に気づいた。私は、蛇に縛られたいのだ。蛇が私を求めているのではない。私が蛇を求めているのだ。もはや、私は蛇無しでは生きられぬのだ。
 体からするすると離れる蛇を追い求める私。
 くすくすと口から笑みがこぼれる。
 零れる笑みが高笑いへと変わっていく。
 蛇の無い私は何者だろう。
 私には何がある。
 蛇の記憶があるだけだ。修行の日々。鍛錬の日々。様々な知識が脳裏を横切っていく。しかし、その知識があったからといって、どうだというのだ。肝心な物が欠けている。足りないのだ。能力が。力が。
 私の中には無かったのだ。何も。私は空っぽだった。
 蛇は私に見限りをつけて去っていく。残ったのは空っぽな私。
 高笑いが響いた。

第ニ章

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