クリスマス

 トラックが唸りを立てて脇を通り過ぎていく。

 深夜、僕達二人は駅までの道を歩いていた。僕の家から駅までは結構ある。いつもは、僕が自転車を漕ぎ、彼女が後ろの車輪の中心に足をかけるようにして二人乗りをしていたが、今日は、僕が自転車を手で押しながら二人でトボトボと駅までの住宅街の小道を歩いていた。

 夕方もだんだんと日が暮れ始め、周囲は暗くなっていき、黄色い帽子を被ってランドセルを背負った小学生達がとすれ違う。笑い声が耳に残響のように届く。

「あのさ……」

 僕は口を開いて言葉を続けようとした時、近くの拡声器から夕方の時報と子供達が家に帰るようにと放送が入る。この周辺の住宅地に住む子供達全員に聞こえるようにその放送は少々うるさい。近くでされたら話なんか出来ないほどだ。僕は、それで、言葉を続けるのを止めて黙った。

「なに?」

 放送が終わり、しばらく残っている放送の余韻が過ぎた時に彼女の方から尋ねてきた。だけど、僕は、左手に続いている水路を挟んだ空き地の方を見ながら、

「いや、別に……何でも無い事だから」

 とだけ言った。彼女は、少し何か言いたげな表情をしたが、前に向き直った。

「そう」

 それだけ彼女が言うと、僕達は、そのまま黙って歩きながら、駅に近い商店街の方へと曲がっていった。何となく気まずさを感じて、昨日のテレビの事を話題に出した。ひょうきんで、変わって、面白い話。彼女もその番組は見ていたらしく、その話は弾んだ。

 周りでは、もうすぐクリスマスも近づいているので、様々な店のディスプレイが赤と緑のクリスマス色に変わっている。トナカイやサンタの人形や少し気の早いクリスマスツリーを飾っている店もある。

「えー、やっぱそこが一番面白いとこかな?」
「そうそう、それでさ、あの時の顔ったら無かったよ」

 僕は笑いながら大きな身振りと手振りでおどけて見せた。それにつられて彼女から笑顔がこぼれる。そうして話していると、黙っている時とはまったく時間の流れが変わったという感じで駅の目の前までやってきた。

「あー、まだ来そうもないね。ちょっと切符買ってくるね」

 駅の掲示板を見上げると、彼女が乗って帰る急行は、あと10分ぐらいは来ないようだった。待っていると、人々が騒騒と周囲を歩いていくのが目につく。これからどこかに出かける家族連れ、家に帰る高校生、若いカップル。

「お待たせ。どうしたの?ボーっとして」
「あ、いや。寒いなぁ、と思って」
「明日はもっと冷えるらしいよ。今朝、テレビで言ってたし」

 彼女は、黄色のダッフルコートの肩をすくめるようにしてそう言った。その仕草を見た僕の心の中に咄嗟に様々な感情が湧き上がる。でも、最後に残るのは何とも言えぬ苦い気まずさだ。

「結局、イベントも無事に終わったねー」

 駅の改札口の横で話しながら彼女は溜息をつく。

「会計、本当にお疲れさま」
「いえいえ、至らなくて申し訳無いです」

 彼女は、少しお辞儀をする感じで僕に頭を下げる。僕は苦笑せざるを得なかった。

「いや、本当に助かったよ。ああいう事に慣れている人って僕の周りには居なかったから」
「そう言ってくれると嬉しいけどね」

 僕が手を振りながらそう言った時、ホームから急行電車が到着する放送が入る。彼女は背後を振り返ると、こちらを見て笑顔で手を振る。

「じゃあ、電車来たから、またねー」
「OK。連絡してよ。今度どっかで飲めたらいいね」
「うん、じゃあねー」

 僕は手を振りながらそう言う。鈍く胸が痛む。彼女は、笑顔のまま、こちらを二、三度振り返りながらホームへ続く階段を上がっていった。

「あ、雪」

 後ろで二人組の女性達が手を掲げるようにしている。それにつられて空を見上げると、いつの間にやら灰色の厚い雲に覆われた空から白い小さい物が落ちてきていた。疎らに。儚げに。

 横ではしゃいでいる女性達を横目に、僕は自転車を反転させると、改札口から外に出た。雪が降っているだろうからか、気温が更に下がっているような気がする。

 僕は、駅から出ると何気無く右の架線に目をやった。丁度、ホームから急行の電車が出ていく所だったからだ。急行に乗っている彼女の姿が見えるかと思ったからだ。

 彼女の姿が見えたのは、運が良かったとは思わない。

 僕の何気ない視線には、ドアの窓に額をつけ、手で顔を半分抑えて泣いている彼女が映った。彼女は、僕に気づいていない様子だった。僕は、その場に固まって、電車がそのままスピードを上げて走り去っていくまで動く事が出来なかった。

 電車が去っていっても、それでもしばらくはその場に僕は立ち尽くしていた。

 ついさっきまで、僕は彼女といい友達で居られると思っていた。でも、たった少しの言葉で、それは多分出来なくなったんだろう。お互いが交わしたたった少しの言葉。

「好きなんです」
「……ごめん」

 胸が痛む。

 色々な考えが渦巻いて、そして、それは全部心の中の穴に消えていく。心の中にぽっかりと空いた暗い穴。冷たい風が、まるでその中に吹き込んでいくかのようだ。

 僕はゆっくりと自転車を手で押し始める。今は、自転車を漕いで帰るような気分じゃなかった。周囲の商店街から気の早いクリスマスソングが流れてくる。

「ジングールベール、ジングルベール、ジングル……今日は、楽しい、クリスマス〜」

 曖昧なクリスマスソングが口から漏れる。でも、誰が聞いたって楽しそうには聞こえない。ずーっと、楽しくやっていこうと思っていたけど、僕が馬鹿だったのかな。人の気持ちが分からない馬鹿。

 ちらほらと数を増す雪。

 僕は、心の中にわだかまる雲を振り払うかの様に自転車に跨ると、人通りの少ない通りを選んで、思い切り自転車を漕いだ。

 でも、漕いでも漕いでも、やっぱり雲は晴れなかった。


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