足りないもの

 私の膝で細く沈んだようにかすかな息をしていた少年は、ふと目を覚ますと、次の瞬間、膝から跳ね起きた。寝起きで空ろな意識をはっきりとさせようと必死に頭を振り、周囲を見渡し現状を把握しようとする。

 夕日に染まる橙色の空の下、周囲の家から立ち上る幾本のもの煙。怪我の少ない者は、怪我の重い者を手当てする為に周囲を奔走している。幾つかの家、そして木々は、無残になぎ倒され、この村を襲った「力」の大きさを全ての人間に感じさせた。

「なんでだよ・・・」

 少年の手が震える。こちらに振り向いた少年の顔は悔しさに歪み、手から全身に伝わる震えは、彼の心底の怒りを表していた。

「なんで、とは。なんです?」

「なんで、俺を置いていったんだよ!兄貴は!そういう意味だよ!!」

 彼は、叫んだ。心の中にわだかまる押さえ切れぬ怒りを吐き出すように。彼が慕っていた男。実際には、本当の兄などではなかったが、その男は少年を気絶させてこの村を出ていった・・・あの「力」を退治する為に。

「さあ、どうしてでしょう」

 私は、そうとぼけた。理由は知っているが、それを言ってもしようがないのだ。それは、目の前の聡明な少年ならば気づいている事だからだ。

 少年は、私に叫ぶ事は無益だと悟ったのか、拳を握り締めながら下を向き、そして「力」が通り過ぎたと思われる方向に頭を向けた。「力」が通り過ぎた方向は、倒れている木々やつぶれた家屋をみればわかる。それ程に、「力」が残した光景はすさまじかった。

「俺は、無力なのかなぁ・・・」

 呟きが聞こえた。私に尋ねているようにも聞こえたが、ここにはいない誰かに問うている様にも聞こえた。目の前の少年は、私の目から見て無力などではなかった。彼を残していった男の技量には遠く及ばないとはいえ、その魔法の力は、普通の人間の何十倍も有益なはずである。特に、あの「力」に対するならば。

「なぁ、教えてくれよ。あの人についていきたいと思って修行をして、修行をして、修行をして・・・俺は、あの人にとってそんなに信用が置けない無力なやつだったのかなぁ」

 目の前の少年の瞳から涙が零れた。声は涙声で、少年は、唇を噛み、静かに泣いた。

 少年に足りない物があっただろうか。いや、あったとすれば、それは少年をここに置き去っていった男だろう。男には、足りない物があったのだ。少年は、彼の足りない物であり、そして失いたくないものでもあった。そう私は知っていた。

 突如、肩に激痛が走る。右肩の骨が外れていたのだ。応急処置をしてはめ込んだといっても筋が延びて、しばらく右腕は使い物にならないだろう。あの「力」に後れを取った自分の技量を悔しく思う。あの「力」を前に、彼がどれほど健闘できるのか。私には神に祈るしかなかった。

 神がいるとすれば。

 私の祈りが届いた事に感謝したかった。村人の一人が、旅の一団が立ち寄った事を伝えた時、私はそう思った。


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