すれ違い

 彼は突如、血相を変えて通路を走り始めた。事情を何も説明せず走り出す彼に私達は、お互いに視線を交わした後、彼の後を追った。

 暗い塔の通路を走る私達。塔の内部は、私達が思っているよりも広く、彼はその広い通路の中を奥に、奥に、そして更に上に、上にと走っていった。魔法使いである彼のどこにそんな体力があるのだろうと思わせるほど、白い息を弾ませ、息に喘ぎながら彼は必死に走っていた。

 かなり奥まった塔に到着した彼は、突如、足を止めた。

 そこには、一人の女性が立っていた。長い、透き通るような白銀の女性。線は細く、その表情は後悔と苦悶が見て取れた。長い間、日を浴びてないかのような白い肌が、私には同じ女性として羨ましく思うと同時に、軽い嫉妬心さえ覚えた。

「ファーラ・・・どうして部屋を出たんだ!」

 魔法使いが声を荒げた。今までみた事が無い男の感情。この男もこんな激情を抱いていたのかと驚かされる。彼は、そのままファーラよ呼んだ女性に近づこうとしたが、彼が歩を詰めようとすると彼女はジリジリと後ろに下がり始めた。

「ど、どうしたんだ?ファーラ?何があったというんだ」

 彼はうろたえた。ファーラは、彼にとってとても大事な存在なのだろう。あの冷酷な魔法使いにとって、彼女はどんな存在なのだろう。私は、そんな興味を覚えた。

「もう、疲れたのよ」

 心底疲れたように下を向き、顔を振った彼女の目は涙に濡れていた。静かに頬を伝える涙。彼女はその涙を全く拭おうともせずに言葉を紡ぐ。

「私を愛してくれるあなたが好き。私もあなたが好きよ。あなたは強くて、何でもできて......でも、私があなたの足枷になっている。そんな自分が嫌なの!私は嫌なの!」
「ファーラ......」

 感情が高ぶり、腕を振りながらそう言うファーラに対して魔法使いは言うべき言葉を持たないかのように、黙ってその言葉を聞いてきた。しかし、今の彼は、私達に毒づき、私達の前に立ちはだかった、この塔で最も力を持つ魔法使いでなかった。

「あなたの足枷にはなりたくないのよ。だから私は決めたの」
「決めた?何を決めたというんだ」
「私がいなければ、あなたは自由に生きて、幸せになれるって決めたの」

 声が聞こえた。遠くから聞こえる遠吠えの様な声。しかし、その声は決して低い獣の声ではなく、烏をおもわせるようかの高い声。そしてその声は、遠くから聞こえるようで、すぐ側で聞こえるのが私達にはわかった。長年の旅の勘が告げる。危険が、今、ここにあると。

 魔法使いが、突如、空中に魔法を導引し始めた。必死な表情が、事態の深刻さを物語る。私達は、バラバラに広がり、魔法使いが魔法をかけようとしている方向。声が聞こえた方向に振り向いた。

『私は、何も要らない。彼女が助かるのなら。彼女を救えるのなら、私は力を持つ。彼女を失いたくはないんだ。彼女を守りたいんだ......彼女を愛しているんだ。彼女が、私の全てなんだ。』

 私は唐突に、あの夢の涙声が、目の前の魔法使いが言った言葉なんだと理解できた。彼がいつ言ったのか、誰に言ったかはわからない。でも、あの心からの言葉が彼の言葉だと、私には分った。

 そして、振り向いた私の前に、"ヤツ"はいた。


戻る