妖魔夜行 <たゆたいし水>  恵美子は、会いたがっていた。父に、母に。いつも、風呂場で一人になると、 涙を流した。声は上げない。同居人の美和が心配する。  全寮制の高校で、親とはもう半年も会っていない。ここは、女子高生の牢獄 であった。敷地内にあらゆる設備が完備されているが、敷地を出る事は許され ない。 『帰りたいか?』 「誰?」  恵美子の問いに、再び『声』がする。風呂場には響かない。水の中だけに響 く声。 『帰りたいか?』 「帰りたいわ!……帰れるものなら……」  そう、帰れないのである。出来る訳ない……。彼女の中で、何度も納得した 事だった。  チャプン!  水の音がする。  そして、風呂場から、人影が消えた。  ここにも、会いたがっている人がいる。僕は、それをかなえる事が出来る。 水を自由にわたり長距離を瞬間的に移動する。触れたものへは、何であろうと 変身可能な柔軟な身体。  僕は、数日前、崩れた山の中で生まれた。そこは、暗く、冷たかったけれど も、かつて、僕が作られ、捨てられたところだった。  武蔵野の、大日本帝国軍施設。第14番施工部隊研究所。僕は、捨てられ、 生まれた。  僕の柔軟な身体は、人に作られた。流動的にすべての人間に纏われ、銃弾や 爆風すらも防ぐ無敵の歩兵用甲冑。そう言い聞かされ、開発された。その頃の 僕は、まだ自分の意志はなく。只、その為だけに存在していた。  僕が捨てられたのは、終戦直後かららしい。研究所から、人がいなくなった。 それから、長い月日が経った。  数日前、急に、『僕』が目覚めた。自分を、初めて認識した。身体は、水に 近かったけれど、自由に動く事が出来た。人の為に……。そう、僕は、人の為 に作られた。使命は、全うしなくてはならない。僕は、雨水が滴る研究所がら、 外に出た。  水の中にいると、色々なものが見えた。人は、水の前に立つと、自分の心を 開く。僕に、何が出来るだろう?水をわたり、人の姿をとる。僕は、動き出し た。  水をわたって人を運び、僕は、その人になりきって生活を続ける。そうすれ ば、我慢することなく、その場所へ行ける。自由に、家族に会える。変身でき るぎりぎりまで、その人になりきろう。  雨の日、初めて仲間と会った。人ではない存在。彼らは、自分たちの事を妖 怪といった。人の姿を取り、人と共生する事を選んだもの。僕を、退治しに来 たらしい。人の命すら危ぶませる妖怪として。  僕は、退治される理由がわからなかった。彼らは、僕が『助けた』人たちが、 どれだけ迷惑したかを話してくれた。僕は、彼らにとって、悪い妖怪だった。 人間にとって、迷惑な存在だった。  彼らは、僕に、呼びかけてくれた。迎えてくれた。『人を助けるものになれ』 と。  僕は、差し出されたその手を取った。  人を、護る為に。人を傷付けない為に……。 END