白銀を駆ける ------------  雪だ……。  トルカ村の冬は、長い。  冬の間、村人達は各自蓄えをして、家にこもる。  二階の窓まで積もる雪で、外を見る事は出来ない。小人達は、大人も子供も ぐっすりと寝て春の日差しを待つのだった。 「ゆきだぁ……」  チットが屋根裏部屋で目を覚ましたのは、いつもより明るい光で目が覚めた からだった。  窓の外を見ると、一面に広がる雪。いつはやめに寝て、雪が解けても起きて こないほどのねぼすけのチットは、生まれてからこのかた、雪を見た事が無かっ た。 「うわぁ……すごいね。ゆきだね。まぶしいねっ」  今年は、良い事ばかりだった。  妹が産まれて、お母さん達と一緒に練られなくなってしまったが、この屋根 裏部屋を与えられ、自由にする事を許された。  早速、友達に手伝ってもらって窓を取り付けた。もちろん、勉強をしている 途中に抜け出す為のはしごも取りつけてある。  窓から見る初めての雪は、白く、太陽の光を浴びできらきらと光っていた。  雪の平原に、お隣の家の赤い屋根の先だけが見える。 「くすくすっ。トッポのうちの屋根、ちょっとだけ見えてるねっ。なんか、い つもと違う感じだねっ」  笑いを押し殺そうとしても、自然と顔に笑みが出てきてしまう。チットは、 手早く着替えを済ませ、脱出用に部屋の隅に用意してあった靴を履くと、屋根 裏の窓を開けた。 「うひゃあっ」  冷気が一気に入り込み、部屋の温度を下げる。  開けてみて始めて、部屋が暖かかったのがわかった。  しかし、チットは寒いのは平気だった。学校の我慢大会も、クラスで一番だっ た。  手を出して、触ってみる。ふわっとした感触と、しびれるような冷たさ。 「ひゃっ……雪って、冷たいんだね」  窓の縁に立って、雪原を見る。 「えいっ」  と、掛け声をかけ、ぴょんとジャンプをして雪原に着地するつもりだった。 「おおおおっ」  ずぼ……とそのまま足は雪原を貫き、身体毎沈んで行く。 「うわっ……うわわわっ」  手で支えようと雪原に手をかけるが、そのまま手応えも無く沈んで行く。も がけばもがくほど、体は沈み、じきに雪原に縦穴を作ってしまった。  ようやく止まり、足元がしっかりとする。 「びっくりした……雪って、柔らかいんだね」  回りを見渡しても、何も無い。上を見上げれば、冬の青空が見えた。高さは チットの家と同じくらい。つまり、ほぼ地面ぎりぎりまで落ちたのだ。  上ろうと思って手をかけてみるが、やはり手がかりにはならない。 「しょうがないね。はしごまで行こう」  チットは、雪の中を歩き出した。全身で雪を掻き分け、はしごに向かう。  ほんの少しの距離なのに、随分と長い事に感じられた。雪は、上るのは柔ら かいが、前に進むには重い。  ようやく、手がはしごにかかる。次は、上。 「んしょ……。雪って、重いんだね」  やっとの事で、部屋にたどり着く。チットは、汗びっしょりになり、服はず ぶぬれになり、ぐったりと脱力した。 「ふう……疲れちゃった……」  よろよろとおきあがり、着替える。今度は、防水の魔法がかかってるレイン コートを選んだ。 「うーん。長靴じゃ、また沈んじゃうねっ」  まだ、外へ向かう事をあきらめていない。  どうすれば雪原を走るまわれるか、考えていた。 「あ、『雲渡りの靴』を使えば良いよねっ」  屋根裏部屋を与えられたとき、父親が昔見つけてきたという魔法の品が、幾 つか見つかった。  その中の一つが、『雲渡りの靴』なのだが、実際には、雲をわたる事はおろ か、雲に乗る事すら出来なかった。  チットが試したのだから、間違い無い。だが、履いたときは、細い枝の先に 乗っても大丈夫だったのを覚えている。 「どこにあったかなぁ……みつけた!」  ごそごそと探るうちに、青い毛の立った靴が出てきた。くるぶしに当たる部 分から、白い翼が生えている。 「これなら、きっと大丈夫だねっ」  急いで履き、ぽんっと雪原に飛び乗る。今度は沈んだりせずに、ふわりと着 地する事が出来る。 「わーいっ」  チットは、夢にも見なかった、雪原の上を走り回った。  普段は家のある場所も、屋根のわずかな部分しか出ていないため、広く感じ る。  赤い屋根を曲がり、方向転換しようとする所で、つるりと滑って転がる。 「うわっ」  そのまま、しばらく滑ってから、止まった。 「ひやー……。雪って、すべるんだね」  すべる感覚を覚えたチットは、わざと滑らせてその感覚を楽しんでいた。  雪原の中、チット一人。  チットは、一人だけの貸し切りの遊び場に、時間も忘れて遊んでいた。  夕焼けは、見えなかった。  空は雲に覆われ、風が出てきたのだ。  チットがふと気がつくと、新たな雪が降り出していた。雪は見る間に量を増 す。チットは、雪が天から降るのを見るのも、もちろん始めてだった。 「うわー……。雪って、奇麗だねぇ」  そうやって、しばらく空を眺めていたが、強くなり始めた風に身を震えさせ る。 「さて、もうかえろっと」  と、屋根を頼りにして戻ろうとする……が。 「あっ……屋根が、みんな白い……」  雪で屋根が覆われ、見分けがつかなくたっていた。形は、どれもにた様なも のだ。 「えーと、ここが広場の前の、マート先生の家で……」  こすってみた屋根の色は、想像していた緑ではない。 「あれぇ?」  そうこうしているうちに、雪は降り積もり、風は雪を撒き散らす。視界は、 ほとんど利かなくなってきた。  だんだんと、不安が増して来る。一人で遊んでいた事の不安が、思い出した ように膨れ上がってきた。  夜は暗く、吹雪は冷たい。 「まよっちゃった……こまったね……」  自分の声も、吹き付ける風に飛ばされる。『雲渡りの靴』で軽くなったチッ トは踏ん張りも利かずに、徐々に徐々に風下に流されて行く。 「ううっ……」  涙は出さない。我慢大会で一番だったのだ。妹が出来て、お兄さんになった のだから、泣かない。  しかし、我慢しているだけでは、帰ることは出来ない。  チットは、いつしか、屋根の一つにしがみつき、風に流されるのを耐えるだ けで精一杯になっていた。 「ううっ……」  歯を食いしばって耐える。  ザッザッ……。  暗闇から、足音が聞こえる。この吹雪の中で、整然と歩く音。  普通では歩けない雪原を歩いて来る。しかも、チットの方に向かってきてい るようだ。 「うっ……怖い……よぅ」  涙で潤んだ目をぬぐう事も、屋根にしがみついている手では出来ない。  ザッザッザッ……。  足音は、どんどん近づいて来る。 「ううっ……お父さん……」 「チットか?!」  思わずつぶやいた声に、足音の方から聞きなれた声が返ってきた。  足音が早くなり、吹雪の中から姿をあらわす。 「お父さんっ」 「チット! やっと見つけたぞ、このわんぱくが!」  思わず抱き着いたチットを抱き止めながら、父親は一度だけ小突くと、頭を なでてやる。 「ふぇっ……ぼく……」 「うむ、これで雪の怖さも分かったろう」 「うん……雪って、こわいんだね」 「うむ。よし、帰るぞ」  そういうと、チットの手を引いて、歩き始める。その足には、真っ白の布に 青い翼がついている靴。 「お父さん、何で普通にあるけるの?」  歩くというより、父親に引きずられながら言うチット。 「こいつは、『雪渡りの靴』だ。雪の上でも沈まず、滑らず歩ける」 「いいなー。こんどかしてねっ……いてっ」  ぽかっ……と、小突かれる。 「まだ懲りてないのか、お前は……着いたぞ」 「えっ?」  どうやら、チットのしがみついていた屋根は、隣のトッポの屋根だったらし い。  チットの父親は、チットを屋根裏部屋にほうり込み、自分もそこから入って 窓を閉めた。  その後、カーテンを閉じて朝日が昇っても眩しくないようにしておく。 「ふぅぅ……」  チットも、家の空気にほっとする。 「さっさと寝ろ。寝てれば、お前の好きな春はもうすぐだ」 「うん」 「もう、遊びに行ったりするんじゃないぞ」 「うん。でも、雪が全部溶ける前に起きるよ。雪、すきだもん」 「……そうか」  父親は、チットの頭をぐりぐりしてから、階下に下りていった。 「ふあぁぁ……寝ようっと」  パジャマに着替えながら、チットはあくびをする。そのまま、ベッドに倒れ 込んで布団に潜り込む。 「うん……家って、あったかいねぇ……」  トルカ村の冬は、長い。  だが、眠っていれば、すぐに春が来るのだ。