闇を進むもの ============  暗い……。  いつも思う。人は、全くの光が無いところでは、何も出来ない。  自らの手すら見る事がかなわぬ闇。しかし、俺はその闇に向かって進む。  俺は信じていた、闇の先には、光があるという事を。  商業都市、ランクース。ここは、このあたりでは珍しい商人達が統治してい る都市である。  他国に属する商人達は、自らの交易の場として、共同してこの都市を作り、 「経営」している。そう、彼らに、統治しているなんて感覚はないのかもしれ ない。  そこに住む住人達は、みな、ランクースという巨大な商人の下で働く使用人 なのだ。  俺もまた、その使用人の一人。だが、同時に取引き先でもある。  俺がこの都市を根城にするのも、数人の商人がしのぎを削って行うオークショ ンがあるからだ。 「さて、次の品物は、トレジャーハンター、ディスティがアゼル山深部の洞窟 より持ち出された、銀の聖杯です」  俺の名が呼ばれると同時に、光の呪法を使った水晶球でもって、俺が手にい れた聖杯の映像が、背後の白い大理石の壁に映し出される。  俺は、この瞬間の好事家達の息を呑む声が好きだ。ここまで来て、ようやく 俺の仕事は終わったと実感できる。  俺は、値段の飛び交うオークションの場を後にした。得られた金は、幾ばく かの手数料を取られたあとに指定の金貸しに預けられる。俺は、そいつから必 要なだけ、金を引き出せば良いだけの事だ。  いつものように、宝石商の元に向かう。この仕事で“使い切った”宝石を補 充しなくちゃならない。 「よう、ディスティ。帰って来ていたか」 「ああ、また寄らせてもらったぜ」  俺の顔を見るなり、宝石商の親父は明るい声を上げる。  数ヶ月の単位で大量の宝石を買い込む俺は、おそらく店一番の得意先だろう。 「いつもの大きさの宝石かい?」 「ああ」  俺が買うのは、小指の爪くらいの小さな物。 「しかし……女にあげるんなら、もっと大きいものを買ったらどうだ?」  この親父、俺の宝石は、何処かで加工されて女に貢いでいると思っている。 俺は、特にそれを否定していない。  だが、それは、ある意味ではあっているが、ほとんど的外れだ。 「いや……こういうのが好きな奴なのさ。……そうだな、今日はルビーを5、 サファイアを3、トパーズを6、ダイヤを10ほどもらおうか」 「また、奮発するねぇ。良い値がついたのか?」 「ああ、まあね。それと、今度の得物は、大きそうなんでな」 「おいおい、またいくのか? どうしてそんなに……」 「……彼女が待っているんでね」  そう言うと、種類別に包んでもらった宝石を受け取り、羊皮紙にサインをす る。  俺は、現金を余り持ちあわせない。金貸しへの証文を書いておけば、その値 を出してもらえるようになっている。その方が、双方にとって安全だからだ。 「毎度。じゃあ、また集めておくから、頼むな」 「命があったら、寄らせてもらうよ」  そう言って、俺は宝石商を後にした。  俺の名は、ディスティ。もちろん、本名ではない。が、本名は捨てた。  職業は、トレジャーハンター。あちこちの遺跡を探って貴重な宝を持ちかえ り、金に変えて生活している。  聖杯を持ち帰ったアゼル山の洞窟には、更に奥があった。だが、俺は引き返 してきたのだ。聖杯が今回の目的だったし、手持ちのジュエルが尽き掛けてい たからだ。  俺は、魔法使いだ。魔法使いにも、さまざまな分野が存在するが、俺はその 中でもとりわけ特殊な分野に属する。俺の魔法は『ジュエルズマジック』と呼 ばれている。早い話が、宝石から力を引き出す呪法である。威力は、他の魔術 の類を見ないが、宝石を使用するため、金がかかる。  俺は、宿の自分の部屋で宝石を区別し、マントの裏のポケットに収めて行く。  ジュエルズマジックは、その宝石を単体、もしくは組み合わせて使用する。 正確に取り出せないで術を行使すれば、思わぬ結果を導く。だが、戦闘や緊急 事態に、悠長に宝石を選んでいる暇はない。だから、マントの裏に特殊なポケッ トがあり何処に何が入っているかを体で覚えているのだ。  宝石が詰まっている訳だから、このマント、丸ごと売り払えば土地使用人付 きで屋敷が買えてしまうほどになる。  まあ、マントを盗まれる事など、余り出来る物ではないが……。  準備は終わった。次の得物は、聖杯のさらに奥にある何か。俺は、まだ見ぬ 恋人を待つような気分で、眠りについた。ある意味、「恋人に宝石を貢ぐ」の は、間違っていないのかもしれないな……。  俺の根城、商業都市ランクースから一週間ほど北に向かうと、アゼル山とな る。ここは、魔中の住み処と呼ばれ、付近の住人は近づかない。腕利きの冒険 者(こいつらは、宝探しもやれば魔物退治もやる、いわゆるなんでも屋だが、 俺に言わせればポリシーの無い根無し草だ)達が、魔物の首を目指して足を踏 み入れるくらいらしい。  ふもとの村を出たのは早朝。俺は、その洞窟に到着したのは昼を少しまわっ たあたりだ。  岩山の中腹に開く洞窟。以前来たときは、下級妖魔の住み処となっていた為、 追い払っての探索だった。その時、妖魔を払う結界を張ったから、今も住み着 いたりはしていない筈である。  俺は、松明を手に取り、火をつけて中に入ろうとする。ふ……と、入り口で 足を止めた。  入り口には、下級妖魔のものとは明らかに違う足跡。これは、俺が引きあげ たときには無かった。大きさは、人間くらい。数は……4。  普通に考えて、同業者かそれに類するやからだろう。俺の結界は、魔力があ るものなら感知できるし、感知すれば探索してみたくもなる。  そいつらの実力にもよるが、一度俺が通った場所までたどり着く事は、もは やそれほど難しい事ではない。何といったって、罠や怪物は全て潰して進んで いたからな。  こいつは、少し急がなくちゃならないようだ。  予想通り、特に何も無く聖杯が安置されていた場所まで来た。  俺が倒した守護獣の骨が破壊され、牙や爪、角といった部分が無くなってい るのを見ると、先に入った奴等が持っていったのだろう。  ……という事は、向こうには召還術師がいる可能性が高い。召還術師は、魔 獣の牙や角から、似た様な魔獣を召還し、使役する事が出来るという。……ま あ、冒険者だった場合、金になると睨んで持っていった可能性もあるがな。  俺は、その聖杯の祭壇に隠されていた扉があるところまで来た。案の定、閉 まらないように楔がうがたれている。中に進んだものがいる証拠だ。  俺は、警戒しながら後を追う事にした。松明を踏み消し、荷物の中に仕舞う。 一人で活動する俺には、松明で片腕がふさがってしまうのは危険だ。逆腕でも 宝石は扱えるが、利き腕に武器を持つ必要が出て来る。  俺は、懐から二つの宝石を取り出した。取り出した宝石は、拳大の真っ黒な 宝石、ブラックオニキスと、小指の爪くらいの猫目石。この二つを右手に持ち、 ぎり……とわずかにこすりあわせて呪を紡ぐ。 「我が瞳は闇を見とおす」  こすりあわせた猫目石は、粉々に砕け散った。それと同時に周囲がいきなり 明るくなったような錯覚を覚える。俺に闇を見通す視力が備わった為だ。  ジュエルズマジックには、二つの大きさの宝石を使用する。  一つは、小指の爪ほどの大きさの『ジュエル』。こいつは、一度使うと、そ の力を全て使い切り、粉々に砕けてしまう。  もう一つが、単体でも使用が可能な拳大の大きさの『マテリア』。こいつは、 特殊な技法で作られた人口の、魔力を帯びた宝石で、何度使っても砕ける事は ない。ただし、マテリア同士を組み合わせての術法は、禁忌とされている。マ テリアが砕けるほどの威力を発揮すると言われているが、詳細は不明だ。なに せ、マテリアと言うのは現在の技術で作り出す事は出来ない。古代の遺跡から、 運良く見つかるのを期待するしかないのだ。かく言う俺も、マテリアは2種類 しか持っていない。先ほどのブラックオニキスと、エメラルドだ。  闇を見通せるようになった俺は、そのまま洞窟を進む。隠し扉……と言う事 は、人の手がかかっている筈だ。今までの洞窟とは違い、整備された地面がそ こにはあった。  道は一本道。音は何も聞こえない。俺は、通路を進む。これほど整備された 床だと、足跡も見つける事は出来ない。  山歩き用のブーツだが、音を立てないようになっている。足音は、自分の位 置を知らせ、敵を呼び寄せる。消す為の歩き方も、いつのまにか身についてい た。ジュエルズマジシャンは、そのコストから、遺跡探索をするものが多い。 俺にこの魔術を教えた男もまた、遺跡の探索の途中で命を落とした。  この技術は、その時に叩き込まれたものだ。 「分かれ道……か……」  全く音が無いと、返って不安になる。俺は、声に出してそれを確認した。  右と、正面……。  迷わず右に向かう。何かに遭遇して、逃げる事になった場合、曲がり角が多 い方が逃げ延び易い。後ろから射られるのを防げるからだ。  また、正面があたりと踏んで、先に後顧の憂いを立つ冒険者の思考も考慮し ている。まずは、俺に先んじた奴等を補足したい。  注意深く進むと、通路は左に曲がっていた。曲がり角の先から、生物の息遣 い。  壁から少しだけ覗いてみた。十分用心して。しかし、運悪く、俺の目は“そ いつ”と見詰め合う形となってしまう。黒く、開けた口からちろりと炎が見え 隠れする、魔獣、ヘルハウンド。  慌てて顔を引っ込める。通路は曲がってすぐに行き止まり。これ以上進む意 味はない。引き換えそうと振り向いた俺の正面に、通路の奥にいた筈の魔獣が いた。 「ルグォォォォン!」  雄たけびを上げ、息を大きく吸い込む。さっきの能力は、テレポート。短距 離なら、瞬間移動が可能だった筈だ。そして、もう一つの能力は、地獄の劫火 のブレス。  俺は、懐に手を入れ、すばやくマテリアとジュエルを取り出す。取り出した のは、エメラルドとサファイア。 「氷の舞姫は我を守る!」  詠唱と同時に、前面が真紅に染まる。しかし、炎は俺には届かない。周囲に は、俺の張った吹雪の壁。  炎を防がれたと分かった魔獣は、ふっと消え、俺の眼前に現れて爪を突き立 てる。牛ほどの大きな身体。かすっただけで肉をえぐられるのは間違い無い。 「くぅっ」  かろうじて右手で剣を引き抜き、爪を受けながす。俺の持っている剣にもあ る程度の魔力を封じ込めてあるが、細いショートソードでまともに受ければ折 られてしまうだろう。  受け流して身体が泳いだ隙に、すばやくマテリアを収め、ジュエルを取り出 す。 「光の雫は冷たき涙!」  取り出したダイヤモンドとサファイアは砕け散り、魔獣を包み込んで氷点下 のダイヤモンドダストとなる。  明らかに、魔獣の動きが遅くなった。 「風の刃はすべてを断つ!」  再びエメラルドを取り出し、水平に腕をなぐ。不可視の風の刃は、凍った魔 獣の身体を両断した。  しばらく、両断された魔獣を見ていたが、復活する様子も再生する様子も無 い。俺は、そのままにして通路の奥、魔獣のいた場所に向かった。  一見、何も無いようだったが、魔獣が配置されて、意味が無い訳はない。俺 は、近くの壁を丁寧に探り始めた。  人が通れる程度の大きさに、つなぎ目。隠し扉に間違い無い。明ける方法も 分かった。  扉を開ける。  奥は、何も見えなかった。  完全なる闇。今でも、ほとんど見えない闇の筈だが、猫目の効果を持つ俺の 瞳は普段と変わらぬように見えていた。しかし、扉の奥は、完全な闇。床があ るかどうかも分からない。  松明をつけ、中に差し入れてみる。明かりは届かない。しかし、松明は消え た訳ではないらしい。 「光は我が道を照らす」  ダイヤモンドを二つ。あたりを照らす光球が現れる。しかし、闇は晴れない。  どうやら、魔法的なものだ。こういった、何者をもうけつけない区画という のは、古代の遺跡には良くある。闇である必要性が何なのかは分からないが、 この先に何か重要なものがある事は間違い無い。  俺はそれを捕りに来たトレジャーハンターだ。  足元を確かめながら、一歩踏み出す。床はある。通路は両手を広げても触れ る事は出来ない。仕方ないので、右手を壁につけて進む。遠回りだが、こうし ていれば確実に元の場所に戻る事は出来る。  ゆっくりと歩き出す。整備された通路には、つなぎ目すらほとんど感じられ ない。  物音もしない。匂いも感じない。手のひらには冷たい石壁の感触のみ。前も 後ろも何も見えない。圧倒的な恐怖。  人間は、完全な闇の中には長時間いる事は出来ない。いくら食料があり、水 があっても、精神が耐えられないのだ。 「まずい……な……」  俺は、自分が耐え切れる時間を大体把握していた。自分の声も、闇に吸い込 まれているような錯覚に陥る。声を聞いていれば、数時間は耐えられる。その 時間の半分になったら、後戻りを考えていた。 「キィッ……キキッ」  羽音。そして、鳴き声。  音の聞こえない世界で、俺が発する以外の音に安堵したが、同時に戦慄する。  コウモリか……ここが何処か、どのような場所が分からない。広範囲の術は、 自分を巻き込む可能性もある。壁から手を離しての戦闘も、危険だ。 「キキッ」  ドンッ……と、衝撃が背中に走る。体当たりされたらしい。バランスを崩す。 同時に、別のコウモリが首過ぎをかすめてゆく。 「つっ……」  瞬間的に振り払うが、首筋から血が流れているのが分かった。コウモリの傷 は、血が固まらない。  続けて体当たりを何度も食らう。そして、壁につけている手を執拗に狙う。  こいつら……ここに入り込んだものとの戦い方を知ってやがる!  腕で振り払おうとしたときに体当たりを受け、数歩たたらを踏む。その途端、 頭を狙われた。 「ちっ……」  懐から取り出すのは、ブラックオニキスのマテリアとルビーのジュエル。キ リ……とこすりあわせ、呪を紡ぐ。 「炎の衣を纏いし我が身」  普通なら、黒い炎が俺の体を包むのだが、相変わらず何も見えない。  しかし、確実に効果はあった。体当たりが止む。この状態で、バックファイ アを気にせず使える範囲型……やはり冷気しかないか……。  握りしめたのは最後の二つのサファイア。これで、サファイアを使った呪法 は使えなくなる。 「水は変じて氷と為す」  威力は、弱め。俺の炎の衣は、それほど冷気を防げる訳ではない。その代わ り、ありったけの範囲に冷気を撒き散らしてやる。  あたりに、沈黙が訪れた。羽音も、鳴き声もしない。再びあわられた、沈黙 の空間。 「さて……と……」  俺の冷気は、しばらく残る。その間、気温は氷点下に下がっている筈だ。俺 は、今のうちに意識を整え、記憶をふるい出す。体当たりされ、今の位置に弾 き飛ばされてから、今自分はどちらを向いているのか……。元の壁は何処にあ るのか……。  コウモリは、超音波で位置を知る。その超音波は人間には聞こえないが、方 向感覚を狂わせるには十分だ。加えて、頭部に何度か体当たりを食らっていた。 「まいったな……覚えてない……か」  とりあえず、自分のいる場所から3歩ほど歩き、壁に届くかを試してみる。  どの方向も、届かなかった。 「完全に迷ったな。仕方ない、当てずっぽだが、戻る」  自分に言い聞かせ、真っ直ぐに歩く。壁にぶつかってから、今度は左手を壁 に当てて進んで行く。俺としては戻っているつもりなのだが、旨くいっている かは、分からない。  急に、左手の感触が無くなる。俺の記憶なら、もう少しは直進だったが……。 「曲がり角……か……迷ったな。完全に」  そう言って、素直に曲がる。と、右肩が何かにぶつかった。ぶつかった物は 押されて動く。 「扉? 部屋なのか……」 「……誰?」  部屋の中と思われる場所から、女性の声がした。済んだ、美しい声。この闇 の中で、落ち着いているように感じる。  一応警戒しつつ、扉を全開にした。 「うわ……寒い……。扉、閉めて」  何か、妙に日常的な声が返って来る。 「あんたは、誰だ?」 「その声……私の仲間じゃないんですね。私、仲間とはぐれてしまった冒険者 です」  冒険者……ようやく見つけたが、仲間とはぐれたのか……。今は、協力する べきだな。  俺は、ゆっくりと扉を閉めた。同時に、炎の衣も解除する。 「あ、ありがとう。貴方はどういうかたですか?」 「俺は、トレジャーハンターだ。ここに来たのは2度目になる」 「あ、じゃあ、ここが何処だか分かっているのですよね?」 「いや……俺も迷ったからな」 「そう……でも、この部屋にいつまでもいる訳にいかないし……ごいっしょし ても良いですか?」 「ああ、そいつは構わない」 「ありがとう。私はラピス」 「俺は……ディスティだ」 「そう……じゃあ、いきましょう」 「いや、もう少し待った方が良いかもしれないな。外の冷気が止むまで。それ に、俺も治療がしたい」 「怪我しているのですか?」 「そんなに対した傷じゃないがね」  そう言うと、俺は座り込んで手当てを始めた。  血をぬぐい、布を巻きつけて止血をする。 「手伝います。貸して」 「おわっ」  驚くほど近くで声が聞こえた。足音は聞こえなかったが……。 「えっ? ごめんなさい」 「いや……すまない」  そう言うと、手当てを任せる。 「ラピス。君は、どれくらいここにいるんだ?」 「仲間からはぐれて、二日くらいになる筈です」 「二日? その間、ずっとここにいたのか?」  信じられない。この闇の中で2日間も正気を保っていられるなんて。驚くべ き精神力だ。 「そうです。ここ、扉さえ閉めていれば安全みたいだったから」 「この闇の中、二日も……」 「え? 闇?」 「ん?」  何か、話がかみ合っていないようだ。 「ここ、真っ暗なんですか?」 「見て分かるだろう?」 「あ、すみません。私、目が見えないものですから」  ……なるほど……な……。もともと目が見えなければ、この闇の空間も支障 無い。食料と水、そして孤独に耐えるだけなら、俺でも2日くらいはもつ。 「そうか。でも、どうしてこんな所に一人で?」 「宝箱の罠に引っ掛かったみたいです。そして、バラバラに飛ばされて……」 「なるほどね」  テレポーターという罠がある。魔法の罠だが、解除できずに発動すると、知 らぬ場所に飛ばされると言う致命的な罠だ。  その転移先が、闇の中の一室。なかなか、趣味の悪い罠である。一撃で殺す のでなく、精神をいたぶる罠だ。 「はい、できました」 「冷気も、そろそろ収まった筈だ」 「じゃあ、いきましょう」 「ああ」  そう言うと、カラン……と、傍らの何かを拾ってから、ラピスは立ち上がっ た。  俺も、立ち上がり、改めて荷物を背負う。 「外も見えないのなら、私が先導した方が良いですね。はぐれた時は、私の名 を呼んで待っていてください」  そう言って、俺の手を取る。 「ああ」  ここは、素直に従った方が良い。 「少しだけ、探索しました。そこまでは部屋が幾つかあっただけです。いって 見ますか?」 「ああ、そうだな。頼む」  そう言って、手を引かれるままに歩きだした。  目の見えない彼女は、手に持った棒を使って曲がり角などを知るようだ。前 方を突いて行くので、罠もしのぐ事が出来る。  俺は、彼女に手を引かれ、ほのぼのと話し掛けながら闇を歩く中、こういう のも悪くないとふと思った。  ようやく視界が開けた。といっても、猫目で見えるようになった程度。明る い訳ではない。  しかし、俺にとってようやく視覚をいかせるのだ。 「ラピス。闇の場からは抜けたぞ」 「あ、そうですか。じゃあ、松明か光の術を使いますか?」 「いや、俺は夜目が利くから、要らない」 「じゃあ、後はお任せします」  そう言うと、つないでいた手を離して俺のわずか後ろにつく。  彼女は、動きやすい服に皮鎧と言ういでたちだった。長めの髪は後ろでまと めている。目は開いていたが、その青とも水色ともつかない不思議な色の瞳に 光りはない。贔屓目に見ても美人と言って良いだろう。  先ほどから道標に使っていた杖は、金属のようなもので出来ていて、2メー トルほどある長いものだ。 「どうしたんですか?」 「いや……行くか」  そう言って、歩き出す。といっても、背後は闇。正面はわずかな通路の後、 扉だ。 「いきなり扉だ。開ける。待っていてくれ」 「はい」  すなおに数歩下がって待つ。俺は、扉の向こうが無音なのを確かめてから、 鍵明けにかかった。数分で鍵があく。 「開いた。入るぞ」 「待って、多分、守護獣がいます」  ドアノブに手を掛けた俺を、静止する。 「……どうして分かる?」 「私、少しなら気配を感じる事が出来るから」 「気功士……か」 「はい」  気功士とは、生命エネルギーである気を感じ、操る能力を持つものの事だ。 訓練で操れるようになるという話しだから、魔法とは違うのだろう。  その達人は、自らの身体に気を作用させ、超人的な動きを可能にすると聞い た事がある。 「貴方は、魔術師ですよね? それも、ジュエルマジシャン」  俺は、彼女にであってから、一度も魔法を使ってない。 「どうしてそう思う?」 「自己紹介のとき、真の名を隠しました。魔術師は、良くある事ですよね。そ れに、マントの下から石がこすれる音がしますから」 「……なるほど……な。あたりだ」  彼女は、目が見えないかわりに、驚異的な聴力を手に入れていた。それの前 では、マントの下など隠しているうちに入らない。 「ジュエルズマジシャンなら、守護獣でも一人で倒せるかもしれませんね」 「……ジュエルが残っていればな。それほど使っていないが、豊富にある訳じゃ ない」 「そうですか、手助けするって言いましたし、がんばりましょうね」 「……ああ」  そう言うと、扉を開く。相手が守護獣であるなら、扉をこっそり開けても意 味はない。  守護獣の命令は、自分の目の前の扉を開けたものを排する事。それだけだか らだ。 「ぐおおぉぉぉっ」  銀の狼のような守護獣が、一声吠える。と、守護獣の周囲に3体の人影が現 れた。 「この気配、アイン、ビート、セレン!」  ラピスが反応する。俺は、駆け寄ろうとする彼女を制した。 「どうして? 私の仲間です」 「もう……違う……」  俺は、それだけ言う。現れた3人は、どれもうつろな目をしていた。足取り はしっかりしているが、何処も見ていないよう風貌。光の無い瞳はラピスも同 様だが、3人の表情には意志すら感じられない。 「2日間。精神が崩壊するには、十分な時間だ」 「あ……」  戦士風の男が、一歩踏み出す。その足音に、意志無い人形を感じ、ラピスも 自覚する。 「操られているだけと信じたい。だが、元に戻るかは、俺には分からん」  そう言って、エメラルドのマテリアを握り締める。 「風の刃はすべてを断つ!」  俺の振るった腕にあわせ、風の刃が守護獣を狙う。しかし、それを庇い、風 に自らの武器を叩き付ける戦士。風の刃は、吹き散らされた。 「アインの剣は魔力剣なの。あらゆる魔法を切り裂ける」 「ちっ……厄介だな……」  再び取り出すのは、エメラルドのジュエルと、ブラックオニキス。  エメラルドのジュエルはマテリアがあるため、数をそろえていなかった。そ れほど残っていない。だが、マテリア同士でうてない以上、こうするしかない。 「不可視の刃は敵を討つ!」  今度も、全く同じ風の刃。同様に吹き散らそうとする戦士の武器は空を切る。  風の刃は、カモフラージュ。別方向から影が伸び、守護獣を切り裂く。  守護獣の肩口を深々と切り裂き、緑の血をほとばしらせた。  そこに、ラピスが仲間をかいくぐって走りより、持っていた杖を振るって3 度連続で突く。その一撃ごとに、杖の先から閃光がほとばしった。  気功士の奥義の一つ、武器の命中と同時に気を爆発させる技である。 「どうっ?」  確認しつつも、後ろから襲って来る盗賊の短剣を振り向きすらせずに躱す。 彼女に死角や背後という言葉は無意味だ。  一瞬で、守護獣は緑の血を吹き出して霧散した。文字どおり、霧散。 「まずいっ」  部屋全体が、緑の霧に包まれる。 「え?」  視覚の無い彼女は、対応が遅れ、大きく緑の霧を吸い込んでしまった。 「風よっ」  俺は、エメラルドを使って自分の回りから緑の霧をはじく。ラピスは、肌に 血の気が無くなり、ふらつきながらも盗賊の攻撃を躱していた。 「があっ!」  いつのまに回り込んだのか、戦士の魔力剣が俺の背後から襲いかかって来る。 風を切り裂き、俺に迫る。俺は、かろうじて腰の剣をわずかに引き抜き、その まま衝撃に任せて飛ばされる。そうしなければ、俺の剣など折られてしまう斬 撃だった。  吹き飛んだ先は、守護獣のいる祭壇の前。ラピスは苦しそうに膝を突いてい る。  俺は、ラピスの身体を支えると、周囲にジュエルをばらまいた。 「万物は壁となり、全てを防ぐ」  ばらまかれたジュエルが全て砕け散り、強固な結界を形成する。あの戦士の 魔剣でも、少しはてこずる筈だった。 「ラピス! 大丈夫か?」 「はい……」  体に触れると、恐ろしく熱い。呼吸も浅く、荒い。毒ではなく、何か病原体 のようなものなのだろう。  3人が動いているという事は、守護獣はまだ健在の可能性が高い。緑の霧が、 守護獣の本性だったという事だ。  倒すには、部屋ごとと焼き尽くすしかない。俺にはそれが出来るが、間違い なく彼女の仲間は助からない。 「ディスティ……」  ラピスが、苦しそうに言う。このままでは、ここを出るまで耐えられるかど うか分からない。セレンと呼ばれた僧侶なら、病気を癒す力を持っているかも しれない。  彼らを傷つけず部屋全体に蔓延する緑の霧のみを倒す方法……。  ふ……と、祭壇が目に映る。守護獣には、必ず守るものが置かれている。  置かれていたのは、青とも水色ともつかない、拳大の宝石。 「マテリア!」  俺は、そいつを手に取った。確かに魔力を感じる。しかし、この宝石は?  種類が特定できなければ、どんな効果を持つのか分からない。  サファイア程深い蒼ではなく、透明度から瑪瑙でない事が分かる。 「マテリア……って、ジュエルズマジックの? 何の宝石なの?」 「分からない。見た事無いんだ」 「どんなもの?」 「青と水色の中間のような……そう、お前の瞳の色のような色……」 「ラピス……」 「それはお前の名前だろっ」 「ラピスラズリ……東洋では、瑠璃って呼ばれるわ」  瑠璃! ……それなら、聞いた事があった。宝石には、それぞれ司る現象が ある。ダイヤモンドが光を、ルビーが炎を、ブラックオニキスが闇を司るよう に。  ラピスラズリの……瑠璃の司るのは、命、健康、生命。  キシッ……と、俺はラピスラズリをマテリアにジュエルを握る。組み合わせ るのは、ダイヤモンド。 「命の光はすべてを癒す!」  ダイヤモンドのジュエルは砕け散り、あたりは光に包まれた。  あれから小一時間。  ラピスラズリを護っていた守護獣は、もう部屋には残っていなかった。  部屋には、支配から解き放たれた3人。ラピスを抱えた俺の計5人がいる。  ラピスは、小康状態を取り戻していた。静かな寝息を立て、俺の膝を枕にし て眠っている。  操られていた3人は、数分前に……生命活動を停止した。心が死んでいては、 生命をつなぎとめる事は出来ない。  どのジュエルをラピスラズリと組み合わせても、精神を癒す効果は持たなかっ た。俺のジュエルは、底をついていた。  冷凍睡眠させ、別のジュエルを調達してから戻ってこようとも思ったが、氷 の力を持つサファイアは使い切っていた。俺の判断のミスで、助けられたかも 知れなかったものが死んだ。  ラピスラズリの能力で、命の炎を見る事が出来た。俺は、3人の生命が消え 行くのを、何も出来ずに見ていた。ラピスに変わって仲間の死を見届ける事が、 俺のミスで生かせなかった者への償いだった。  俺は、初めて自分の無力を呪った。 「ん……ふ……」  ラピスが、声を上げ、目を開く。 「起きた……か……」 「……助かったんだ……みんなは?」 「……死んだ」  嘘は通用しない。まだ、仲間の死体はここにあるのだ。彼女がどうするかを 決める権利がある。 「じゃあ、行こうか」  そう言うと、元気に立ち上がった。 「宝石、ほとんど使い切って、助けようとしてくれたんでしょ? 生き残る為 には、彼らはここで置いて行くしかないよね」  彼女は、間違いなくプロだった。冒険者として、一人でも生き残れる方法を 取る。自分の感情は、ときとして殺さねばならない事を知っていた。  冒険者とは、ポリシー無く金を稼いでいる訳ではない。人を助ける仕事は自 分が出来る全ての事をするのだ。少なくとも、ラピスはそう言う冒険者だった。  目というハンデがあるからこそ、人に対して優しくなれる。見えないものが 見えて来る。  俺は、何も言わずに立ち上がる。 「あ、そうだ」  ラピスが、戦士の元により、腰から魔力剣を取り外す。そして、既に冷たく なっている唇に口付けをした。 「彼ね、このクエストが終わったら、一緒に暮らそうって言ってくれてたんだ。 私、ハンデがあるから、冒険家業は辛いって」  そう言って、荷物を手早くまとめ、魔力剣は俺に差し出す。 「これ、形見にもらっていこう。一番価値あるものだし、手に入れるの苦労し たんだから。私は使わないから、ディスティ、使ってくれない?」  プロとしての、最も効率の良い選択であろう。強大な魔力を持つ魔力剣を俺 が持てば、ジュエルの尽きた俺でも戦力となる。生き残る確率が増える。 「いや……俺は……」  しかし、俺は躊躇った。彼女の伴侶となる予定だった男の形見を、俺に振る う資格があるのか、振るっていて俺は耐えられるのか? 「……だよね……。知りもしない人の形見なんて……ね。縁起でもないか」 「……これから、どうするんだ?」 「ん? 冒険者を続けるよ。一人はなかなか辛いけど、何とかなるよ」  目の見えない冒険者など、ポンコツも良いところだ。杖を突いて歩ける通路 も、目の見えるようなブービートラップをも作動させて歩く事になる。歩みも 遅くなる。  いくら、彼女が熟練の気功士といっても、パーティを組んでくれるものはい ないだろう。  でも、彼女は人の為に働く事を止めない。自分に人を助けられる実力がある と自覚しているから。  そして、俺も味わった、あの闇を独りで歩く真似を、これから一生続けて行 くのか? 「分かった。その魔力剣は俺が持とう」 「え?」  それは、俺が彼女に出した答えだった。婚約者の代わりになれる訳ではない 事は分かっている。だが、彼女を護りたいと俺が思ったのだ。  俺は、闇は歩けばいつか晴れると思っていた。だが、彼女の目は光を映さな い。歩いても歩いても闇の中なのだ。  ラピスラズリは、生命の力。ジュエルズマジックは、魔法の中で類を見ない 威力を発揮する。  俺が、彼女と共にいれば、いつか、闇は晴れる。闇を払ってみせる。  そう言った誓いを、魔力剣に誓い、前の所有者に助力を頼む。 「……ありがとう」  そう言うと、魔力剣を差し出す。俺は受け取り、腰に差した。  祭壇の背後からは、上り階段になっていた。彼女の手を引き、階段を上る。  突き当たりの岩扉からは日の光が漏れていた。何とか蹴り開ける。  その日の光の明るさに、目を閉じる。 「うわぁ……やっぱり、日の光は良いね」  彼女は、目を細める事もせず、太陽の方に顔を向ける。 「見えないのにか?」 「あったかいよ」  そう言って微笑んだ顔には、まだ悲しみが消えてはいなかった……。  俺は、この悲しみを消すことが出来るのだろうか?  ただ、彼女の瞳は、晴れた空の如く、ラピスラズリのマテリアの様に、瑠璃 色だった。                END