読書感想分03

●銀河帝国の弘法も筆の誤り/田中啓文/ハヤカワ文庫JA

 唖然としました。地口と呼ばれる落語の手法があることは知っていたし、そういう落語を聞いたこともあります。それを小説しかもSFでやるというのだから驚きです。この本には五つの短編が収められていますが、そのどれもが駄洒落、ジョーク、ギャグばかりで構成されているというのはそれだけで圧倒されるものがあります。この短編集はあらゆる意味で看板に偽りはありません。アホっぽい題名、それにピッタリな表紙イラストは名は体を表わすを地でいっています。それぞれの物語の設定やガジェット、登場人物も悉く愚かしくどれをとってもゲラゲラと腹を抱えて笑わずにはいられません。なんてったって宇宙世紀に、袈裟を着て三鈷杵持った坊さん(弘法大師こと空海)が、問答を挑んできた異星人と「作麼生!」「説破っ」なんて叫びながら禅問答をしちゃうんですぜ。その受け答えも馬鹿馬鹿しいし。アホちゃうかと思いながらもページが進みますよ。(三九一文字)


●サイコロジカル(上)(下)/西尾維新/講談社ノベルス

 読者が望んだものをそれとは分からないように読者に提供する、というのは当にプロの作家の仕事である。シリーズものになれば読者の要求は増えるし、ミステリというジャンルは極めて類型的な鋳型に嵌った物語の形式だが一方で意外さが求められるという矛盾を抱えている。つまり、読者の望んだものを適切な形で提供するのが極めて難しいのである。西尾氏はこの点非常に感心する。まだデビューして一年かそこらで、本書は四冊目の著書に過ぎない。しかしながら、そういった要求のツボを上手く押さえ巧妙にニーズに応えているではないか。西尾氏の一連のシリーズはどれも設定が突飛で、誰でもその部分が最初に目に付くだろう。でもよく観察し、そういった装飾を取り払うととてもプリミティブな推理小説が目の前に現われる。元来ミステリというのは荒唐無稽なものだが、その上にもう一段付け加えることで、ひと味もふた味も違う絶妙な物語が出来上がったようだ。(三九八文字)


●月長石の魔犬/秋月涼介/講談社ノベルス

 かなりオーソドックスな本格推理小説です。読んでいて一昔前の綾辻行人氏、法月倫太郎氏の作品を思い出しました。展開が変に強引なところがあり、違和感を感じたりしますが語り口は滑らかなのでしつこい文体が苦手な人も気軽に読めます。秋月涼介という人はどうもミステリのガジェットよりもそれ以外の部分を書くことが好きなようで、書籍の題名にもなっている様々な石や或いは料理に関する描写が豊富です。また、読者の想像をかき立てるのが上手いのか人物に関しても情景に関しても、読んでいるだけでスッと頭の中にはいってくるような感じがあります。取り扱われている事件の内容に反して清廉な雰囲気をたたえた登場人物が特徴的といえるでしょう。メフィスト賞でデビューした作者は本書が一作目ということですが、手堅くまとめたこの作品、奇抜なミステリ小説が多い中古式床しい探偵小説が読みたいという人にお勧めです。(三八三文字)


●嘘つきパズル/黒田研二/白水社

 のびのびと書いているな、というのが本書を読んだ第一印象。とてもとても「オーソドックスな」ミステリとは言い難い作品ですが、現実と乖離した設定を使って上手く「謎」が描かれていると思います。系統としては西澤保彦氏の見習超能力者相談員シリーズとか故アイザック・アシモフ氏のSFミステリなんかと近いのかもしれません。オバカな小説ですが、しっかりとしたパズラなので下品な小説が嫌いな人でなければミステリとして面白く読めると思います。筆者自身もあとがきで言っていますが、黒田研二という作家が本能の赴くままに筆を執り書き進めた作品なのでしょう。筆者がきっと好きなので仕方ないのかもしれませんが、やはり分かり切ったハッピーエンド、鋳型に嵌ったお涙頂戴劇は人によっては鬱陶しいと感じるかもしれません。極度にカリカチュアライズされた登場人物のドタバタを見ているだけでも面白いので、スカッとした物語が読みたい分にはお勧めです。(四〇〇文字)


●迷宮学事件/秋月涼介/講談社ノベルス

 秋月涼介氏の著書二冊目です。デビュー作の『月長石の魔犬』が、伏線の多い明らかにシリーズを意識した作りだったので、その続きかと思いきや違いました。題名の通り迷宮そして迷路を主題にした推理小説です。前編を通じて非常に衒学的でくだくだしい説明が多く、迷宮というものに対して執拗なまでのこだわりを感じます。また密室のトリックも僕の様な空間把握能力に乏しい人間にとっては頭の痛くなるような状況で、正直物語の中に登場する館を三次元的に把握することが全然できませんでした。前書がこざっぱりしていて読みやすかっただけにこの点残念でしかたありません。しかしながら推理小説というものが持つ一種独特の雰囲気を上手く引き出し、異様さを読者に感じさせてくれるのはとても良いのではないでしょうか。昨今のアッサリめのミステリよりは横溝正史や江戸川乱歩、夢野久作といった作家の持つ怪異な小説に雰囲気が似ています。(三九〇文字)


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