前に書いた書評を読み返してみると、とても「書評」等と呼べる代物ではないことに気が付いたので「読書感想文」ということにします。ただ今回からは明確な制限を設けて書いてみようと思います。一つの感想文が三百八十文字以上四百文字以下(二バイト文字の数、一バイト文字は二つで一文字と数える)の間にぴったり収まるようにするのです。一度に五つの本について書くので、四百字詰め原稿用紙五枚分という事になり丁度中学生が夏休みの宿題として課される読書感想文程度の分量になります。その他にもう一つだけ制約を設けているのですが、そっちはどんなものか内緒。当てた人には僕に一万円寄付する権利をプレゼントします。僕は福沢諭吉の顔が苦手で見ると顔面蒼白になり体温は急激に上昇しへそで茶を沸かす程になるので寄付したときの光景は見物です。あと新渡戸稲造や夏目漱石も怖い。金の延べ棒だとひっくり返って泡を吹く程になるので大変効果的だと思う。
●火星の人類学者/オリヴァー・サックス/ハヤカワ文庫NF
映画『レナードの朝』の原作者として有名な脳神経科医オリヴァー・サックスが「脳の病」について書いたエッセイ。七人の患者の病状を主題に臨床心理学的な事から哲学的な命題まで幅広く語られている。読んでいて何よりも驚くのは作者の圧倒的な筆力だろうか。健常者からは想像し辛い「障害を持った人達の世界」を克明に描いているのだ。例えば最初に登場する事故で全色盲になってしまった画家の話。色彩溢れる絵を愛していた彼に訪れたグレイスケールの世界は比喩でもなんでも無く絶望的で救いのない「灰色の世界」なのだが様々な診断やリハビリの経過から、色を失った絵師というものが如何に辛くそしてその暗澹たる予後の人生に希望を見いだし復帰していくかがありありと描かれている。他にも治療し視力を回復した神父が、盲目の期間があまりにも長かった為、光ある日常に戸惑い最終的に元の盲人に戻ってしまうくだりなどは「健常とは何か」「安定とは何か」といったことを思わずハッとして読者が考えてしまう。知見を広げたい方にお勧め。(三九七文字)
●四月は霧の00密室/霧舎巧/講談社ノベルス
00は「ラブラブ」と読みます。本格推理小説マニア作家霧舎巧氏による「ラブコメ学園ミステリ」。あとがきで作者が語っている小説からマンガへのアプローチという話はとても肯けることで、本書ではうまくそれを実践しています。本格ミステリで多用される複雑怪奇に入り組んだ人間関係では無く明快でコテコテの設定、「そんな馬鹿な!」と思わず呟いてしまう様な見え透いたシチュエーション等、マンガやアニメで多用される手法を(本格ミステリとしては)巧妙に利用しているのは流石。一方推理小説として見た場合、ボリュームが少ない(百八十ページ程度しかありません)ので物足りないと感じることもあるかもしれませんが、逆に言えばその量でコンパクトにまとめられているので読みやすいとも言えます。極端に複雑な設定が無い変わりに、強引な部分があることは否めませんが、物語り全編で行間から「これがミステリだ!」という筆者の強烈な意志が見え隠れする肩肘張った本格物に飽いた人でも気軽に読める小説に仕上がっています。(三九二文字)
●五月はピンクと水色の恋のアリバイ崩し/霧舎巧/講談社ノベルス
『四月は霧の00密室』に続く霧舎巧氏の「ラブコメ学園ミステリ」シリーズ二作目。このシリーズにはかなり奇形な登場人物が二人いる。主人公葉月の先輩で自称探偵の高校生と所轄の警察署長である葉月の母親だ。主人公二人がミステリよりも学園ラブコメに傾倒した動きを見せているので、普通なら「ラブコメ色」の強い物語になるはずなのだが前述の奇形な二人の存在が、本書を「ミステリ」たらしめていると僕は思う。ミステリ小説の題材を順に扱っているこのシリーズ、前書は「密室」で今回は「アリバイ崩し」である。写真を使ったアリバイ操作なのだが、しっかりとその写真がイラストとして途中に描かれているあたりがマンガ読者へのアプローチなのだろう。登場人物も少な目でボリュームも昨今の推理小説からすれば著しく少ないので、普段推理小説を読まない人でも気軽に読むことができる。本格推理小説として見た場合、強い押しになる要素には欠けるが「ミステリ」というジャンルの振幅を広げているという意味で良書と言えよう。(三九一文字)
●クビキリサイクル/西尾維新/講談社ノベルス
メフィスト賞の新星「京都の二十歳」こと西尾維新氏(維新士ではない)のデビュー作。現実離れした設定が多くそれを巧く利用しているあたり清涼院流水氏と方向が似ているように思う。「飛んだ」設定が多い割に、その実物語の形式としては完全に古式ゆかしいミステリのそれであるのでなかなか食わせ者なのかもしれない。絶海の孤島、そこに集められた数人の天才達、不可解な館の主人、一癖も二癖もある登場人物、そこで突如出現する首無し死体……などなど。「本格」好きなら一度ならずとも見てきた光景であろう。しかしながら、そんな「使い古された」ガジェットも他の荒唐無稽とさえ言える設定と相まって飽きさせない展開になっている。世界の至高の頭脳を集結した《七愚人》、数年前に各地で暗躍したサイバーテロ《チーム》、三つ子の美人三姉妹のメイド、そして世を儚んでいる淡泊な主人公いーちゃん。頭の固い“オールドタイプ”には少々辛いかもしれないが、八十年代生まれの“ニュータイプ”ならば楽しめること請け合い。(三九一文字)
●密室の鍵貸します/東川篤哉/光文社カッパ・ノベルス
帯のコピーで有栖川有栖氏は「鋭く飄々とした本物の本格」と書いていますが少し疑問です。飄々とした文体であることは確かで、軽妙洒脱に読者(特にミステリ好き)を揶揄しているようにさえ感じます。ではどこに疑問を感じるかというと、本格であるかどうかという点です。物語の形式としては明らかに本格ミステリのものですが、その読者を食ったような地の文を見るに諧謔をもって「本格という形式」を風刺しているように思えるのです。そんなアンチ本格推理小説なので、通常ミステリで主題になるような「フーダニット」「ホワイダニット」という点では弱いのですが、それらの謎を取り巻く状況・環境・人物が楽しげでフットワークの軽い展開もありサクサクと読み進むことが可能です。現実離れした奇怪異様な人物ばかりが登場する肩の凝る推理小説ばかり読んでいた人ならば、本書に登場するそこら辺にいそうな人物達が、本来の居場所ではない「本格推理小説」に居合わせてしまったという不幸な遭遇を存分に楽しめることでしょう。(三九一文字)