第21章:アメリア登場 仲間達の注目を浴びて、エリネはこれからどうしようか、迷った。 ……父の元から逃げ出してきたことで、いろいろな人にも迷惑が かかることになる。だったら、この際もう一度父さんと話し合ってみた方が…… エリネはうつむいていた顔を上げ、ためらいがちに口を開いた……その時。 「おねえちゃん」 幼い声に振り向くと、そこには金髪の女の子が立っていた。 草色の服はまだ真新しい。 そして同じ色の瞳をキラキラ輝かせて、ニコニコと笑っている。 「え、なあに?」 エリネは女の子の方に向き直った。 椅子から降り、女の子の目線までしゃがみ込む。 「どうしたんだい、おちびちゃん?」タップもエリネと一緒になって、 女の子に尋ねかける。案外、子供好きらしい。 「あのねえ、」女の子はちょっと困ったような顔になった。 「あのねえ、ママがいないの。」 一部始終を見守りながら、メロゥスはイオンに小声でささやいた。 「……あの子、どこから来たんでしょう?」 「え?それは、ここに泊まっていたんじゃ……」 「……そうでしょうか……そうなら別に構わないのですが。」 「違うよ、イオン、メロゥス。」小声のやりとりをしっかり聞きつけて、 フィラントも会話に参加する。さりげなく、周りも気付かないうちに そこにいる、というところは、彼に付けられた”猫”と言うあだ名の通りだと イオンは思う。 「だってさあ、ここの街はいま、食糧不足なんだろ?だから、ここの宿には、 おれら達しか泊まり客はいなかったよ。夕べみんなが酒盛りしてた時だって、 おっさんばっかりで、あんな女の子はいなかったよ。……メロゥス、 なんだよ。夕べ酒飲まなかったのはメロゥスだけじゃないか。 なんで覚えてないかなあ。」 「ああ……夕べは疲れていたので、先に失礼したのです。それにしても、あの子…… 邪気は感じませんが……」不安な眼差し。 「ママって?一緒にいたのね?」 「うん。それでね、お姉ちゃんを見てね、お姉ちゃんのところに 行っておいでって言ったの。」 「ええ?……どういうことかしら」 「それでね、あたし、お姉ちゃんにおうちにつれてってもらうんだよ。」 「へ?」 「……何言ってるのこの子」 ユノーは朝食を食べていたフォークを取り落とし、キリは椅子をけって 立ち上がった。女の子はおかっぱの頭をちょこんとかしげて見ている。 「キリ、まあそういきりたちなさんな。」タップが年の功でキリをなだめ、 「お嬢ちゃん、おうちは近くなのかな?」 「うーん」女の子は考え込んだ。 「じゃあ、お嬢ちゃんはどっちから来たのかな?」 「んーとねえ……」 キリは頭を抱え込んだ。 「あーあーあー、迷子の子守なんて、やってらんないわよ。宿の親父さんにでも 任しときゃ良いのよ。だいたいそんな子にかかわり合ってるより、 こっちの問題の方が大事なんじゃないの?」 「キリ、そうでもないと思う。偶然は目に見えない必然、そういう歌も あるよ」イオンは微笑みながらいう。 「あ、そうだ!」 女の子が突然大声を出した。 よいしょ、よいしょと言いながら、服と同じような色柄の小さなリュックを 背中から降ろした。ふたを開け、中をごそごそと探す。しばらくして、一枚の 紙を取り出した。賞状を読み上げるように両手で構えて、大きく息を吸い込む。 「えりねらいさどの。 わがむすめをなんじにたくすものなり。 むすめのなはダナエなり。 かのちよりともにわがしろにまいられよ、はなしたきぎあり。 わがしろはきたのはて、サン・ギュインにあり……。」 パーティの誰もが絶句する。 「サン・ギュインっていったら、すっげえ遠くだよな?」 「そうですね。ここからだと軽くふた月はかかりますね」 メロゥスがいつも通りの口調で言う。あまり重大さを感じていないようだ。 キリが、なにげなく女の子の持っている紙をひょいと覗き込んだ。 そして息を呑む。 「ちょ、ちょっと、貸してっ」 女の子の紙をひったくる。 「やだー、かえしてよぉ」 「おいおい、キリ、どうしたんだ、お前らしくない」 「だって、これ、こんなのって」 眉をしかめるユノーの言葉を遮って、ばん、と手近なテーブルに キリが紙を広げる。どれどれ、と皆が近付く。 「……これは」 「なんだこりゃ?」 テーブルにおかれた紙に、文字らしきものは書かれていない。何やら ごちゃごちゃとした『模様』が一面描かれていた。少なくとも知識のないものには そう見えた。 「……古代文字?」 唯一、イオンはその形に見覚えがあったらしい。 キリはコップの水を一口、口に含む。 「そうよ、古代文字。でも、普通じゃない。イオン、あなたなら分かるの?」 「……少しなら読むことが出来ますが、確かに、随分変わった……」 「かえしてよお!だいじなんだから!なくしたら、アメリア怒られちゃうよ」 女の子が半べそになって騒ぐ。 エリネがえっ、と言う顔をする。 「アメリアって……?」 「アメリア」女の子は自分を指さした。 「あら?お嬢ちゃん、ダナエって名前じゃないの?」 「ちがうもん、アメリアだもん!ねえ、かえしてよぉ!」 「はいはい、いま返して上げるからね……。はい。」 タップがさっと紙を女の子に返してしまう。 「タップ!なにをするんだっ!」 キリの目がつり上がっている。何か、いつものキリとは雰囲気が違うようだ。 「キリぃ。あんた変だぜ。……どうかしてる」 「どうも……してないっ」 「キリさん、タップさんの言われるとおりです。あなたは確かに…… イライラしている……」 「……そんな……はずは……」 戸惑いの表情を浮かべ、キリは両手で顔を覆い、うつむく。 「……少し、休んでくる」 キリは二階へ上がっていった。 タップは女の子、アメリアの頭を優しく撫でながらキリが階段を上って いくのを見ていた。 「どうしたんでしょう?いつものキリらしくないですね」 メロゥスは相変わらず、間延びした物言い。 「うん……何だか、まるで……」 「え?」 珍しく暗い顔でフィラントが言うので、イオンがまじまじと見てしまう。 「……あ、いや、なんでもない。大丈夫だよ、キリのことだもん、 きっとちょっと疲れてるだけだよ」 ははは、とフィラントが笑って見せた。 「そうですね。あの魔法使いとやり合ったとき、 一番実力の差を思い知らされたのは、彼女かも知れません。 同じ魔法使いですからね。その分、プレッシャーも大きいのかも。」 エリネはその間、ずっと考えていた。拳をぎゅっと胸に押し当てながら。 そして口を開いた。 「わたし。」 その言葉にその場にいた全員が彼女を見る。 「そこに行ってみたい。皆さんにはまたご迷惑をかけてしまうことになる でしょうけど……。いままで、私はずっと普通に暮らしてきて、自分は普通の 人間だって思っていて、それが、どんどん自分の知らない自分が出てきたりして……。 私、自分がなんなのか、ちゃんと知りたいんです。アメリアちゃんが ここにいるのは、きっと偶然じゃなくて、私のしなくちゃいけないこと なんだと思うんです。だから、もしキリさんみたいに、私に巻き込まれるのが いやだったら……」 「まちなよ、エリネちゃんよ。」 「違うよ、エリネ!」 タップとフィラントが同時に言った。タップはにやりと笑って、フィラントに 発言権を譲る。 「あのさ、おれ、うまく言えないけど。エリネは今、このちびすけがエリネを迎えに 来たのは偶然じゃないって言ったよな。だったら、だったらさ。俺達がエリネと 出会ったのだって、きっと偶然じゃないよ。俺は、ずっとエリネと一緒に行くよ。」 「俺達は、だろーが。」 タップに突っ込まれ、フィラントはあっと口を押さえる。顔が赤い。 「キリも、あなたのことを嫌いだったり、あなたと一緒に行くのが 嫌だったりするわけじゃないですよ。」 イオンが微笑む。 「でも」 「キリだって人間ですから、自分で感情をコントロールできないことも ありますよ」 言いながらイオンは、かすかな違和感を感じた。だが、それが何なのか、 いまは分からない。イオンは気にしないことにした。 「俺達は、君と一緒に行こう。みんな、それでいいな?」 ユノーの言葉に、皆が賛成する。 「ってぇ事はだ」 タップはよいしょ、とアメリアを抱き上げた。 「旅支度が必要だな。なあ、アメリアちゃん」 「おじちゃんもいっしょだね。いっしょ、いっしょ!」 アメリアはキャッキャッと騒ぎながらタップと一緒に出ていった。 「なんだか、本当の親子みたいだな」 ユノーが苦笑する。 「俺達も行こう。北の国なら冬服がいるもんな」 「ユノーさん、あなたも一緒に」 「いや。俺はここにいるよ。」 ちらっと二階を見る。 「……そうですね。じゃあ、私達だけで参りましょうか。」 宿屋にはユノーが一人、残された。 「さて、キリの様子でも見てくるか。」 ユノーは立ち上がった。 階段を上がりきって、右に曲がる。正面の窓が開いている、青い空が見える。 市場から来た風は、果物のにおいがした。突き当たりをまた右に曲がり、 3つ目の黄色く塗ったドアの前で立ち止まる。2回ノックした。返事はない。 「キリ……?」 ドアを開けてみる。鍵がかかっていない。 部屋には大きな窓があった。開いていた。うす汚れたカーテンが風にばたばたと はためいていた。市場からの風は、果物の香を部屋中に満ちさせていた。 乱れていないベッド。置きっぱなしの荷物。 「キリ」 一歩、二歩と部屋の中にはいる。 右を見た。左を見た。キリはいない。 しばらくは茫然として、何もできなかった。 そうだ、市場に行って皆に知らせた方が、そう思って回れ右をした。 赤が目に入った。黄色いドアに赤いものがついていた。 血だ、とユノーの戦士としての勘が叫ぶ。確かに、それは血文字だった。 丸がふたつ、棒がふたつ。 遠い記憶の中で、父が言っていた。 キリと二人で、切り株に腰を下ろして、聞いていた。 森や平野が自分達の学校だった。 「仲間うちにだけ、分かる言葉というのがあるんだ……例えば……森で迷子に なったとき……木の根元に砂で書いたり、石をおいたりして…… 丸がふたつに、棒がふたつ……これは…… ……『たすけて』」 そのころ、イオンは市場のはずれにいた。いつの間にか、エリネ達と はぐれてしまっていた。 気がついたときには、人気のない、汚い路地裏に立っていた。 「もし」 出し抜けに声をかけられ、振り向くと、小柄な老人が立っていた。 白髪に白髭、白いローブと、白ずくめだ。 「はい?なんでしょうか」 「すばらしい剣をお持ちじゃの」 イオンはいぶかった。 イオンが持っている剣は、マントの陰に隠れて見えないはずだった。 「是非、お譲りいただきたいのじゃが」 「出来ません」 にべもなく答える。 「その剣、持っていれば不幸を呼びますぞ。」 イオンは答えず、その場を立ち去ろうとした。 「あなた様はその剣を封じたと思うておいでじゃが、間違いですぞ。 その剣の邪気は、持ち主ばかりでなく、いたるところに災いをもたらすものじゃ。 ついには世界をも滅ぼしかねぬ。」 その言葉に、老人の方に向き直る。心の中で、ムキになってはいけない、と 自分を戒めてはいるが。出来るだけ冷静に言葉を選ぶ。 「何を言うのです」 「真に封じるつもりなら、何故に持ち歩いておられる?」 「それは……私なら抜きさえしなければ心を邪剣に奪われることもない。 むしろ、誰の手に渡るか分からぬ場所へ置く方が、危険ではありませんか」 「その甘えた心持ちが、周囲を不幸に巻き込むのじゃ!」 老人が節くれだった指でイオンを指す。 老人の語気の荒さにイオンは思わず後ずさった。 「その剣、手放しなされ。」 「いいえ。これは手放しません」 「そうか……。ならば、力ずくでも……と言いたいところじゃが、今はまだそこまで することもなかろうて。いまのところは、わしがあなた様に言うて差し上げられる ことはここまでじゃ。もし、剣を手放す気になられたなら、波月の塔の クーイッヒを尋ねて参られよ。では、さらばじゃ。……とはいえ、また お会いすることもありましょうが……。」 老人が語るにつれ、イオンは辺りが暗くなっていくのを感じた。老人の姿も、 徐々に暗がりの中に溶けこんでいくようだった。やがて、イオン自身も その暗がりの中に取り込まれていった…… 「イオン?イオンってばぁ!!」 はっと目を開けた。 そこは薄暗い路地ではなく、明るい市場の中央だった。 フィラントが自分の襟首を掴んでいた。エリネとメロゥスもいる。 「こんなところでぼんやりしていたら、危ないですよ。」 メロゥスがにこにこと言った。 「あの、あたしたち、買い物は殆ど済ませて来ちゃったんです。イオンさんの 分も買ってきましたから。たぶん、サイズは合ってると思うんですけど」 「ありがとう、エリネ。すみません、人混みの熱気にあたったらしい。 では、キリさんのことも心配ですから、ひきあげましょうか」 「そうですね」 「あ、イオン、疲れてるんだったら荷物もってやるよ。」 「いいえ、手荷物はありませんから」 「じゃ、腰にぶら下げてる剣、持つよ。こんな重そうなモン、いつも ぶら下げてるんだもん、大変だよな」 そう言いながらフィラントがひょっと伸ばした手を、 「触るなっ!」 ぴしっと言う音と共にイオンは振り払った。 「あっ」 振り払った自分の手を見て後悔する。 「すみませんフィラント……こんなつもりじゃ……」 「あ、あははっ、いいよ、大丈夫。そりゃ自分のだいじな剣だもんな。 うかつに触られたら怒るよな、ごめん。」 フィラントは笑って見せた。エリネはどうしていいか分からずにおろおろしている。 「ほらほらみんな、帰ろうぜ。タップのおぢちゃんももう宿に帰ってる頃だし」 フィラントがすたすた歩き始めて、メロゥスが慌てて追いかけた。 イオンは、自分がまださっきの暗い路地裏にいるような錯覚に捕らわれていた。 あれはもしかしたら、自分の心の中にある場所だったのかも知れない……。 「イオンさん!行きましょう」 「あ、ああ、エリネ……」 「さっき……のことは、気にしない方がいいです。フィラントだって、 きっと気にしてないと思うから……」 「うん……。この剣は、ちょっとしたいわく付きだから、うかつに人に 触らせられないんだ。」 ふっ、と溜息をもらす。 「いろいろあるんですね。……もしかして、さっき言ってた「なみつきのとう」 も、関係あるんですか?」 「え?」 「さっき、あそこで立っていたときに、うわごとみたいに……」 市場から宿に続く道を歩きながら、フィラントは、みんなが悪夢を 見ているのかも知れない、と思う。 そして、たぶんまだ悪夢は続いている。 市場から運んできた果物の香りを、風が無邪気に振りまいている、あの部屋でも…… К А Я М А