第19章:髭オヤジ パチパチ……。 暗闇に、炎爆ぜる音のみが響く。 既にして時は、辺境の地にて丑の刻と呼ばれし頃をも過ぎていた。先程ま で、パーティーが面々の内ほとんどが起きて談笑していたが、もうこんな時 間ともなれば、今夜にも予想される謎の魔道士二人組の襲撃に備えるよりも、 明朝の行軍の方を気にして、睡眠を取る方がよっぽど優先される。その為定 石通り、二人の見張りを残して、その他は既に寝入ってしまったのだ。但し、 昨日の襲撃以来、かなりの疲労を蓄積してしまったエリネに関しては例外で、 優先云々ではなく、最初からテントの中だ。どうやら馬車に乗るのも、相当 の無理をしていたらしく、かなり顔色が悪い。かと言って、彼女がもう馬車 にすら乗れなくなったりして、本当にその場に置いていかないと行けなくな る事態などを期待する者などいる筈もなく、やむなくこのような処置を行っ ているのである。 そして、その焚き火の前に座っているのは、ユノー=オルベリウスとタッ プ。本当はタップではなくメロゥスが番だったのだが、いつの間にやら寝入っ てしまっていた。そこにタップが珍しくも寝付けないと言って起きて来たの で、代わりの合方を頼んだという次第である。 再び、薪の炭化する音が発せられる。 それ以外に、音は何らしない。時折風に若草が靡く音したり、テントの方 から、誰かの寝返りを打つ音がするのみだ。ささやかながら、少し離れた所 から、木の揺れる音もするが。 「――どう思う」 唐突に、静寂が破られる。タップの声だ。 急な言葉に戸惑い、やや無為な時が流れる 「…………どう…って……?」 「エリネの事さ」 彼にしては随分と生真面目な声で質問を続けるが、やや面食らった感じの ユノーには、そんな事にまで気が付けなかった。 「……どう、ってなぁ。俺は魔法の事なんか良く知らないし、大体その事に ついては、昨日の夜の内に話しただろう? 結論は、魔法のようだが誰も知 らん、という事だったじゃないか」 何を言ってるんだとばかりに憮然としながらも言うユノーの台詞に、タッ プは何一つ言わずに押し黙っているのみだ。 そんなタップの様子に押されたのか、ユノーの方も静かになった。 そこに再び、タップの発言が起こる。 「――あれは、本当に魔法なのか?」 「……?」 今度はタップの発言の真意が判らずに、疑問の声を挙げるのみ。 「オレも長い事生きて来たが、あんな術は初めてだ。噂すら聞いた事もない」 「だから……。昨晩も、そう言ったじゃないか」 「二日もあんな重度の疲労が残る魔法なんか、聞いた事があるか?」 静かに言うタップの言葉に、ふとユノーも考えさせられた。 そう言えば、全く聞いた事もない。結局の所、とんでもなく光量の高い光 球を発生させただけなのに、だ。勿論、効果がそれだけではないという事も あるが……というより恐らくそうだろうが、それでも光を発したに留まって いる。 暫く顔を伏して考え込んだユノーだったが、やがて顔をフッと上げて、 言った。 「――だったら、どうなるんだ? 何か討つ手でもあるのか?」 やれやれといった感じの、問い。 「まぁ……ないな、やはり」 しかし、既にして想像していたのだろう、澱みなく答が発せられた。 「だろう? 無駄な心配なんぞ、お前にには似合わないぞ」 「事は仕事を終えてから、という事かねぇ」 「ま、そんなところだろ?」 二人は苦笑を浮かびあった。 そして再び、薪の燃え上がる音のみが、響いた。 @ @ @ ネミラ。 エフェリア大陸南部に位置する商業都市である。 小規模ながら南方大陸との交易を行うオルグと、更に東方大陸との交易拠 点イノケゥスとの間に位置し、また、大陸中央部へと続くイェーグル街道の 起点となる、交通の要所。 また、そのために東方大陸の交易相手国ヤピアニスと南方大陸のクドゥス、 そして中央大陸の内陸部に覇を唱えるディーシェンフェイウンそれぞれの文 化様式がぶつかりあい、大陸内でも最も独特な文化を生み出し始めた街でも ある。昨今では、金融業に手を出し始めた肥大化した仲介商人によって、そ の政治的地位もウナギ昇りとなっている。 しかし、その周辺の農業生産高はさほどでもなく、人口が急増し出した為 に、その食料不足は徐々に深刻化していた。羊などの家畜類ならさほどでも ないのだが、肝心の主食である穀物類の不足が激しく、日照りの激しかった 昨年の夏などは、東方ヤピアニスを介して更に遠方より運搬される珍品・シェ ンジェイン産の白毛猫の値段すらをも凌いだ事もあった。 わざわざ護衛を雇ってまで食料を運搬しなければならない理由には、こん な事があったのである。 特に今年は食料不足ということはなかったが、それでもやや不足気味であっ た事に変わりはなく、ユノー達の運搬する食料も、実はネミラ市民達から見 れば地獄に仏といった感じですらあったのである。 「ほっほー。儲かった儲かった」 堅牢なレンガ建ての屋敷から、キリがホクホク顔で出て来た。片手には硬 貨でも入っているのであろう、結構大きな袋を下げている。 「あの御老体、結構払いがいいな。危険手当だけじゃなくって、何か知らん がボーナスもつけてくれたぞ」 と、仲間に告げた。 「へぇ。じゃ、今夜は一つハデにやろうか?」 タップがクイッと飲む真似をしながら言う。 全員異議はないらしく、タップの発言と同時にワイワイ騒ぎだす。 勿論キリとて異論はない。 と、言うわけで、彼等七人は一仕事を終えた打上げに、近くの酒場へと繰 り出したのであった。 ただし、メニューの種類にかなりの制限がかかっていた事は、言うまでも なかったりする。 「ったく。急に仕事内容を変えるなんてな。何考えてるのやら」 そうぼやいているのは、自称天才魔術師のミケロ=アリエス。 彼の視線の向こうには、仕事の報酬を貰って浮かれているユノー達がいる。 「全く、あんな連絡がなけりゃ、今朝の内にケリが着いたってのに……」 彼の相棒として依頼主に紹介された巨漢魔術師、カームはすでにおらず、 一人きりでパーティーの監視を続けるミケロ。どうしても独り言が多くなっ てしまう。 カームはというと、依頼主――カームの場合は主人――の命令で、一旦戻っ ている。なんでも渡す物があるとか。 「あの魔剣に対抗できるモンでも、くれるのかね……」 くれなけりゃそれでもいいが、くれるんなら有り難いモンだ。 殆ど期待もしない事を呟く彼の視線は、その魔剣の所有者であるハーフ・ エルフに注がれていた。 @ @ @ ここで、時系列はいささか遡る。 場所は変わって、ここは石組の建物の中。 本棚がそこら辺に立ち並び、間にチョコンと存在するテーブルで、何人か が古臭そうな本を読んでいる。 そう。 俗に『図書館』と呼ばれる施設だ。 正直に話してしまえば、ここはレッジェンシェスト王国の王都レーヴァテ インにある、レーヴァテイン大聖堂僧寮付属図書館第三資料室。 一般人の啓蒙を主とした第一や、併設された大学の資料庫を兼ねる第二と 違い、限られた人間のみが出入りする魔導関連の資料室である。 唐突に中の一人が、かなりの音量で驚愕の声を発した。 しかし周囲の人間の冷たい視線に気付き、すぐさまバツの悪い笑みを浮か べながら席に着いた。 だが時が経つにつれ、今度は忍び笑いが響いて来る。 どうやら、先程の男が発しているようだ。 しかし、隣で治癒術関連の書物を読んでいた男が注意を発する前に、彼は 席を立ち光明の魔力を収め、司書のいるカウンターへと戻って行った。 男が去ったその場には、再び書物に集中した魔導師達が残っていた。 「これを貸してくれんか」 男が言って来た。全く、こんな夜中に貸してくれだァ? こんな時間に帰 宅するつもりなのかね、このバカは……。ったく、こんな常識知らずと一緒 にいる奥さんやら子供が可哀想だぜ。あ、どーせ常識知らずだもんな、結婚 するような奇特な相手なんざ、いやしねェな。 「これですか……? 失礼ですが、身分を証明できる物を提示してください」 ったく、かったりィ……とはいえ、イチオウ義務だもんな、メンド臭いけ ど、ヤンネーと後が怖いし。 をや……? この紋章は…… 「ッ……」 絶句する。 タリメェだろぉ?! まさか、宰相閣下がこんな所に来てるなんざ、思いも 寄らなかったんだよ!! だがな、そんな動揺はオクビも見せちゃぁいけねぇんだ。 「はい。有難うございます……と? この本は……」 「何か知っているのか?」 「はぁ……。いえね、私の先輩達がこの本について論議していた事が有りま して……」 「ほう」 「結局、『こんな魔的機構が成立するわけがない』という事で、一人を除き まして他全員が、この本は偽書だという事で一致したのですが……」 「まぁ、私も本物だとは思っとらんよ。しかし、面白いではないか。目の付 け所もなかなかいいようだし」 ……そんなモンか? 「はぁ……」 適当に相づちを打ちながら、とっとと書類手続きを終わらせる。 「あれ? 書名が記載されていない……?」 「そうそう、そう言えば題名もなければ著者名も表紙にないのだが……誰だ か知っておるか?」 「……えーっと、そうですねぇ……。確か……うん、カール=ウードとかい う魔術師でしたよ」 「カール……ウードだと?! まことか?!」 「は、はい……確かにそうでした……」 な、何なんだ、このオッサン?! 「そうか! ウードか!! やはり……」 そんな事を言いながら、ヒゲオヤジは去って行った。 ったく、何だったんだ? あの宰相閣下は。 @ @ @ ――何とまぁ、タイミングのいい事だろう!! そう心の中で独白するのは、所謂『ヒゲオヤジ』……シュペーア=レイ= ハーザンワードという。前述の通りレッジェンシェスト王国宰相の位にある 者である。 夜、自分の執務室にて魔法の光球が発する光に、今さっき借りて来たばか りの古い古文書を照らし見る。 ――あの司書め、こんな価値ある本を偽書だなどと言いおって……まあ、 いい。むしろそっちの方が好都合だ。奴の話だと、他に一名しか本物だとは 思っておらんようだしな。事情を知る者は、少なければ少ないほど、いい。 もう一度、その本を捲ってみる。 本の途中――大体真ん中辺りで、その指の動きが止った。 その頁には、恐らく本の内容を説明しているのだろう、図説が二つ載って いる。 片方は、見知らぬ地図。 ア ラ ベ ス ク そしてもう一方は――奇妙な幾何学模様。 しかし、見る者が見れば、それは模様などと言うチンケな物では無い事に 気付く。 それは…………極めて高度な呪的機構の設計図。 その中央、恐らく機構の中心点であろう場には、奇怪な形をしてはいるが、 一見して剣と判るものが描かれている。 アムリタ また、その頁の記述には、『赤獅子の血液』や『蒸留器』、『霊薬』など といった不可思議な単語が羅列されている。 そして、彼が笑みを浮かばせながら眺めている、記述。 それは――銀狼王の末娘が末裔。 この呪的機構の根底たる、存在。 そして、『剣』。 ――この二つを離れさせぬ方が良い……今は、な。 そして、彼は上奏文の作成に取り掛かった。 数年振りに派遣される、クドゥスへの親善大使に、自分自身を推挙する文 書を。そして、直属の護衛に、私兵を加えてくれるように。 「アメリアめ……逃しはせぬぞ……」 冷たい石材に囲まれた部屋の中、人のものとも思えぬ、石よりも冷たい声 が、響いた。 ----------------------------------------------------------------------- 蘭堂 耀隼 P.S.題の話数ですけど、こちらのログには真田さんの18話があったので、19と なっております。