ToHeart SS

S・Heart

第2話

 それは、ほんの些細なことが始まりだった。
 いつものように僕が朝食を取っているときだった。
 僕はこう見えても和食派でご飯を食べないと食事をした気にはなれない。
 そこはセリオもわかっているので、僕の朝食はいつもご飯に味噌汁に何か一品プラスが当たり前になっている。
 で、その日の朝ご飯は焼き鮭だった。
 僕が醤油を取ろうと手を伸ばしたとき、セリオも僕に醤油を取ろうと手を伸ばしていた。
 手と手が触れ合った。
「あ・・・・・・」
 お互いに相手の顔を見た。
 そして・・・・・

 ぷしゅうぅぅぅぅぅぅぅぅ

 真っ赤になったセリオがそんな音を立てて、止まった。
「わー!セリオぉぉぉっ!!」
 マンションに、僕の慌てた悲鳴が木霊した。

セリオが変わる日

 結局、あれはセリオがオーバーヒートしただけだった。
 とはいえ、オーバーヒートの原因はセリオ自体わかっていない。
 「急にCPUの温度が上昇した」と言っているが、なぜそうなったのかはまったく原因不明。
 漠然とした不安を抱えたまま、僕はその日をすごした。

 それから、ちょくちょくセリオがオーバーヒートを起こすようになった。
 朝セリオが起こしに来て僕と目が合ったりしたときとか、あの時みたいにお互い意識せずに手が触れ合ったりしたときとか。
 これって、僕とセリオが「意識する」シチュエーションだけど・・・・・気のせいだよね、きっと。

 日増しにセリオがオーバーヒートを起こす回数が増え、最初に抱いた漠然とした不安が僕とセリオの間に暗い影として横たわってきた。
 そして、それを決定的にするある事件が起こる・・・・・

 その事件はふと見た週刊誌に載っていた。
「『フラグシップモデルに重大な欠陥?!HM−13が次々に謎の機能停止!』って・・・まさかね。」
 ふと立ち寄った本屋で目に付いて離れなかったその見出し。
 僕はそれを見なかったことにして、立ち去ろうとした。
 ・・・・・・でも、立ち去れなかった。
 僕はその週刊誌を手に取ると、その記事を食い入るように読み始めた。

−このように鳴り物入りで登場したHM−13『セリオ』だが、最近重大な欠陥があることが判明した。ある日突然ぴくりとも動かなくなってしまう。いかなる刺激にもまったく反応せず、外部コンピュータによるメンテナンスも受けつけない。言わば『ロボットの突然死』に関係者はほとほと困り果てている。この件に関して製造元である来栖川重工は−

 ロボットの突然死。
 この言葉が僕の心臓をわしづかみにした。
−セリオが、突然動かなくなる−
 今まで漠然とした不安だったものが、明確な形を纏って僕の目の前に現れた。
 たかがロボットが動かなくなるだけの事にどうしてここまで動揺するのか、今の僕にはわからなかった。

 僕はその週刊誌を買って、家へと帰った。
 セリオに意見を聞くためだ。
 その記事を読ませたとき、セリオは何も言わなかった。表情ひとつ変えなかった。
 重苦しい空気が、僕とセリオの周りに充満していた。
「・・・・・もし、何らかの初期不良があったとしたら、セリオはどうなるんだ?」
「初期不良だとすると、多くの場合は製品交換となります。」
 余りに事務的な、セリオの答え。
 耐えられなかった。この空気に。セリオの答えに。そして、セリオがいなくなってしまうということに。
「・・・・・・絶対に嫌だ。それは今のセリオがいなくなることだろ?僕は今のセリオがいいんだ。」
 言い切った。
「・・・・・・・ありがとうございます。」
 セリオの肩が震えていた。
 怖い、んだろうか?
 いや、きっとセリオも怖いんだろう。
 自分が止まってしまうことが。
 僕はセリオの肩をそっと抱いた。
「大丈夫。僕が絶対にセリオを止めたりしない。・・・・・ずっと僕がついてるから。」
「ありがとう・・・・・ございます。」
 セリオの瞳から、すっと一条の筋が伸びた。
 それは、きれいだけども悲しい涙だった。

 翌日。僕は学校を休んで来栖川のサービスセンターに電話をしていた。
 セリオのメンテナンスを受けさせてもらうためである。
 度重なるオーバーヒートのことを話し有料でもいいからメンテナンスを受けさせてもらえないかと聞いたところ、しばらく待たされた後で来栖川の研究所で大掛かりなメンテナンスを受けさせてもらえることになった。しかもただ。
 電話の最中、怒鳴り声のようなものが聞こえて来たり平謝りする声が聞こえて来たりと何かと大変な状況らしい。
 こういった状況でサンプルと言える存在が飛びこんできたのだから向こうとしても願ったりかなったりだったのかもしれない。
 タクシーを呼んで、来栖川の研究所に向かう僕とセリオ。
 不安げに座るセリオを見て、僕は肩をそっと抱いてやった。
 タクシーの運転手が怪訝そうな顔をこちらに向けたが、黙殺。

 研究所の入り口でタクシーを降りて、守衛さんに用向きを告げると職員が迎えに来た。
 眼鏡を書けたまじめそうな青年だった。
 多分研究員の一人だろう。ちょっとやつれて見えるのはここ数日セリオの対応に追われて、だろうなぁ。
 彼に案内されて研究所に入る。
 応接室に通されて、セリオはメンテナンスのため一人奥へ。
 そして僕は一人待ちぼうけ・・・・・・なんてことにはならなかった。
 セリオの普段の行動について、根掘り葉掘り聞かれたんだ。
 もちろん、オーバーヒートが起こる詳しい状況についても。
 しっかり答えましたよ、ええ。(むちゃくちゃ恥ずかしかったけど・・・・・)
 で、しばらくするとセリオが帰ってきた。
 隣に、中年の男性を連れて・・・・・

 その男性は、よれよれの白衣に不精ひげを生やした取ってもユルそうな人だった。
「あ、あの、セリオは・・・・」
「大丈夫ですよ。君のセリオは突然止まったりしない。私が保証しましょう。」
 すごく気楽にいってくれる。こっちがどれだけ心配したと思ってるんだろう。
「君のおかげでなぜ急にセリオ達が止まってしまったのか大体わかりましたよ。」
 へ?
 僕は面食らった。
 でも原因がわかったのなら、さっきの言葉も真実味を帯びてくる。同時に僕はほっとした。
「ああ、自己紹介が遅れましたね。私、こういうものです。」
 男性は僕に名刺を手渡した。
「『来栖川重工第7研究室HM開発課主任 長瀬源五郎』?そんな人が、なぜ僕に?」


次回予告

「元気だったかな、マルチ。・・・・・それと、藤田君。」
「俺はおまけかよ。」

「セリオ、君に会わせたい人がいるんだ。それはきっと君の力になってくれると私は確信しているよ。」

「セリオ達が止まった訳。それは、君達にとってもつらいことかもしれない。それでも、聞くかい?」

「きっと・・・・・・彼女達も幸せな暮らしが出来る。私はそう信じてます。」

次回・「セリオが出会う日」


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