12月1日
来年からPacetOneなる新しい携帯電話が登場するそうですが、なんでもこれは通信データ量に応じて課金される従量制とか。これを使ってのインターネット接続でオンラインセッションすると、マスタリング時に1セッション辺りの通信費用がある程度目算立てられて良いかも。まあ単価が見合うかどうかはまた別問題ですが。でもテレホーダイと違って時間帯を気にしなくて済むというのは利点ですよね。
12月2日
昨日チャットで親しい友人と話をした話題をネタに。TRPGって、特定少数と不特定多数でプレイを行うときに、目指すベクトルが違うってことを認識しないと、まとまる話もまとまらなくなっちゃうよね。特定少数の場合、ゲームをすること自体が必ずしも目的にはならないってこと。要は仲間内でわいわい楽しい一時を過ごすための道具ってわけですな。でも、特に不特定多数を相手にする場合、そうはいかない。TRPGをゲームとしてとらえ、勝利に向かって突き進む・・・まっ、これ以上は私が語らなくても皆さんの方がよくお解りだと思いますが。でも、目的は違っても、プレイヤーとマスター、それぞれが協力しあって一つのストーリーを紡ぎあげる達成感は最高だよね。この快感はどんなスタイルであってもTRPGで遊ぶなら得られる物だし、目指すべき姿なんじゃないかな? とか思っています。
12月3日
TRPGのプレイに入り込むのに小道具って凄く有効的だよね。やっぱり目に見えるものが有ると想像力が補える、しかも共通認識を持たせやすい。本当は、ダイスと同じくらい楽しみの要素が強いものなんじゃないかな。一枚の絵でも良いし、キャラクターのメタルフィギュアなんてのもいい。ちょっと倦怠感のあるキャンペーンなんかをしている人は、取り入れてみてはいかが? がらっと雰囲気が変わっていいかもよ。また、ベテランさんもたまに毛色を変えると新鮮だよ。初心者さんには特にオススメ。TRPGには色んな楽しみ方があることを知ってもらいたいな。
12月4日
ちょっと自分自身にとっても耳の痛い話をば。TRPGがコミュニケーションを拠り所とした遊びであることに異論を挟む人は少ないと思いますが(いたらご連絡下さい)、よーするにそれって協調性の低い、自己中心的な人には元々向いてないんですよね。単純にコミュニケーション能力を欠いているだけならば教育のしようもあるとは思うのですが、本質的なパーソナリティーの部分だと、洗脳でもしないと変えようが無い、とゆーか変えちゃまずいわけで。こーいう人と接してうまく折り合いをつけてゲームが出来るのか・・・ 今まで私を相手にしていたマスターの方々、どうもスンマセン(爆) でもやっぱり一匹狼も好き♪(死) 冗談はさておき(冗談か?)なんかTRPGって社会の縮図を見ているようですね。遊びの中にまで現実の苦悩を持ち込みたくはない、ってのはやっぱり私の独りよがりなのでしょうかねぇ。
12月6日
TRPGにダイスは必要だ。こう書くと絶対に反発する人がいるだろう。ではTRPGにダイスはいらない。こう述べても説得力はない。じゃあ、TRPGにとってダイスってなんなの? こんな疑問が頭の中に湧いてきてしまう。スパイス。でも、この表現もどうもしっくりこない。ちょっと検証してみよう。ダイスを振る。そして出た目の数によって一喜一憂する。その目は自分の運と確率によって求められる。・・・チンチロリン?(爆) いゃ、笑っちゃいけないな(^^; ここにその本質があるんじゃないかな。そう、博打である。つまりTRPGに博打という要素が含まれているのである。だから、TRPGの面白さとダイスを振る面白さは分けて考えるべきなんじゃないかな。もしかしたらTRPGの方が、ダイスを振るという博打行為をより面白くするためのスパイスなのかもしれないのだから。
12月7日
今日は論考調からちょっと離れてごく個人的なことを。何故TRPGをするのかってのは人それぞれでしょうが、自分の場合は「手段」であって「目的」にはならないんですな、これが。若いころ、金はなくても時間だけはいっぱい合ったあの頃、友達とだべっているだけで妙に楽しかったことって有りませんでしたか? 冬の寒空の中、ホットの缶コーヒー片手に白い息を吐きながら延々とだべり続ける・・・ 今ならファミレスでフリードリンクのみで居座り続けるのでしょうか(^_^;) 今でも、あの頃感じた楽しさを延々と追い続けているような気がします。その楽しさに最も近いのが、TRPGで遊ぶ事だったんです。でも、昔ならいざ知らず、今は携帯電話等の普及で四六時中誰かと話をすることってできるんですよね。こうやって自分の意志を発信する事も出来るし。そうすると「何もTRPGにこだわらなくても」ってなっちゃう。当然の帰結ですよね。じゃあ、俺にとってTRPGってなんなの? 本当にただそれだけなの? ってな疑問が湧いてきちゃう。うーん、ただそれだけでは無いと思うんですけどね・・・ でも、名古屋に来て、TRPGからは少し距離を置いているけど、特に「あー、TRPGがしたい!」って思わないんですよ(^^; 逆に今まで見えなかったことが距離を置くことによって見えるようになってきたというか。まあ、そういうものの見方が必要な時期に来ているのかもしれませんが。何はともあれ、視野を広げる機会があったということをプラスに持っていきたいですね。
12月8日
シティアドベンチャーって、よくダンジョン物と比較される事って多いですよね。ダンジョンがマスターの決め打ちによって完成された形であるのに対してシティアドベンチャーってプレイヤーが手を加える余地が残されている所が最大の魅力なのでは、と考えてみたりして。一つの町を、完全に設定を起こすマスターってそういないでしょ?(笑) 例外はあるものの、PCの行動に対してその場の即興で設定が追加されていく事って多い気がします。つまり、PLとGMが一緒になって創造する楽しみを分かち合えるんですよね。これって素敵なことだと思いませんか?
12月9日
TRPGをいざやろうとすると、なかなか仲間って集まらなかったりするものですよね。社会人だと定期的に集まるのが難しかったりして。やっぱり単発物でそのつど集まった人達だけでプレイできるものでないと実際やりにくいですね。こーいうネット活動を通じて知りあったメンバーでTRPGオフでもしようか、とか考えてみたりして。でも、場所の問題をクリアする必要があるんですよねぇ。
12月10日
TRPGって、基本はキャラクターがパーティという形をとって協力して困難に立ち向かっていくものですよね。逆に各プレイヤー同士が敵対するようなシステムも同時に存在しますが。でも、もし、プレイヤーががあるときは仲間として、またあるときは倒すべき敵として存在する。そんな美味しいトコ取りをしたようなシステムがあったら、いいよねぇ。ただ経験値を追い求めるのではなく、お話として、お互いに切磋琢磨するような関係。キャラクター同士が仲間であり、同時にライバルでもあるの。そんな訳でセブンフォートレスをいじくってGガンダムRPGなんてものをやってしまう私の友人は凄いと思うのです(笑)
12月11日
ゲーム性って、TRPGもゲームである以上必ずついて回るものですが、じゃあTRPGにおける勝利って何なんでしょうか。おっと、今更な議論だなんて思わないでとりあえず読み進めて下さいな。ゲームにおける勝利は通常マスターが定めるものですが、それがプレイヤーにとっての勝利条件とは必ずしも言えないものだったりするんですよ。各個人の、TRPGに求めるものの違いがそのまま勝利条件に繋がっていると思うのです。サークルなどで繰り返しセッションを行えばある程度の共有認識を生むことも可能だとは思いますが、コンベンションなどで全ての参加者を満足させることなんて、結局出来ないんですよね。マスターがプレイヤー側に何処まで勝利条件を歩み寄らせることが出来るのか。これは、マスターに出来る事として念頭においてシナリオ制作をするのは、決して無駄にはならないと思います。
12月12日
多種多様なメディア、それぞれに魅力がありますがその魅力にTRPGは果たしてどの程度勝っているところがあるのでしょうか。TRPGの面白さには様々なものがありますが、そのどれを取っても外のものに取って代わられてしまっていると思うのです。現存のシステムで根強い人気を持っているものって、何処かに凄く光るものをもっているんですよね。つまり、不得手なところよりも得意なところを特化させているっていうか。でも、それだと結局マニアックに走ってしまってメディアとしてのパワーは衰えてしまうんですよね。何かこれは外のメディアでは置き換えられない、絶対に負けないっていう強みのある魅力的な遊び方を含んだシステムが必要な気がします。でも、それって既にTRPGでは無くなっているかもしれませんね。
12月13日
どのシステムを買っても不満に思うのは、キャラクターシートが使いにくいこと。あれを作った人たちは本当にあれを使って満足しているのだろうか? 大抵の購入者は自分で新たに作成する手間をかけさせられている様に思うのですが皆さんはいかがですか? ルールブックを作るということもデザインすることであると言う事を忘れているのでは無いだろうか。全然進歩の無い道具である。絶対に使う道具だからこそ、手を抜いて作ってもらいたくはない。ルールブックの誤字脱字だってそうである。当たり前のように存在する。TRPGのシステムは読んだら捨てる消費物では無いのだから。50年経って、自分の作ったものの未熟さに恥ずかしい思いをするのは作った本人なんだよ。その事を忘れていないかい? TRPGシステムを作ろうと志している未来のデザイナー達へ、どうか君たちは先人の悪しき風習を受け継がないでもらいたい。それが温故知新ってもんでしょ。
12月14日
初心者に優しいとはどういうことだろうとあれこれ考えてみる。昔の自分を思い出しているとふと笑いが込み上げてくるような事があったのを思い出した。 TRPGでキャラクターになり切る発言が恥ずかしかった事って有りませんでしたか? 自分にはそーいう時期があったんですよ。言おうとすると妙に照れ臭くてあがっちゃったりしちゃうの(笑) 今思えばほほ笑ましい事なんだろうけど。でも、ひょっとしたら同じような悩みを抱えている人もいるかもしれないから、その時に自分がとった対処法をば語ってみましょうか。やり方は簡単。キャラクター発言の後に「〜と、言う」「〜と言って〜する」って感じでプレイヤー発言にしちゃうの。まあ、一種の照れ隠しなんだけどね(^_^) こんな時期を経て、次第にのめり込んでいっちゃったんだな(笑) てなことを考えつつ前回のTRPGなひと言を思い出して、「あ、これってチャットセッションに応用効くなぁ」とか思ってみちゃったりして(^^;
12月15日
皆さん、マスターやっていて一番損したと感じる瞬間って何ですか? 僕は大好きなお菓子を全部プレイヤーに食われてしまった瞬間なんですが(笑) あと炭酸飲料が気付いたら尽きていた時かな(爆) 仕方なしに最後に残ったミネラルウォーターをコップに注ぐときの虚しさは、きっと表情に出ちゃっているに違いない(^^;
12月16日
自分の演じるキャラクターへの思い入れが強くなりすぎて、セッションの弊害になってしまう事って有りませんか? 僕はよくあるのですが(^^; キャンペーン等で段々と思い入れが深くなって、キャラクターにやらせてみたい事が独り歩きを始めてしまったりして。私の場合、マスターに恵まれていたので結構プレイヤーの我が侭を聞いてもらう事でまあなんとか折り合いをつけていたのですが、普通それって無理なことですよね。プレイヤーとして、そんな恵まれたマスターに出会える確率も低いだろうし、マスターとしてもそこまでプレイヤーに付き合っていられないでしょう。お互いが歩み寄っていければ良いのでしょうが、往々にしてそういう状況ってエゴに走っちゃうのでそれも難しい。そこで、自分のキャラクターの物語を書いてみるってのはどうでしょうか。少なくとも自分で書く以上、最も自分が求めているシチュエーションに浸れるわけですし、マスターとしてもその物語を読むことによってプレイヤーが何を求めているのかがより深く理解することも出来る。何よりそーいうエゴに走っちゃっているプレイヤーに創作する機会を与えることによって、自分の言葉と向き合うことにより冷静さを取り戻すきっかけを与えることが出来るし、物書く事を勧めることによってその場の雰囲気を壊さずにプレイヤーの妥協を促し、プレイを円滑に進める手段にもなります。プレイヤーも満たされ、マスターも物語を読む楽しさを得ることが出来る。相互作用によってTRPGの楽しさに今よりもずっと深い味わいが出てくるのではないか、そう思います。
12月17日
がんもとちくわぶでsf氏が“「ああ、〜してみたい」と、わくわくさせるようなものを提示するってのは、そのひとつですよな。”と述べておられましたが、ここで提示するべきものの一つに「シチュエーション」ってものがありますよね。プレイヤーがわくわくするようなシチュエーションって何だろう? とちょっと考えてみたりして。謎? 事件? 色恋沙汰? まあ他にも色々とあるんでしょうが。でも、僕がここで取り上げてみたいものが一つ。それは「格好良いシチュエーション」。プレイヤー一人ひとりに「格好良い」と感じるシチュエーションは違うと思いますが、それを突き詰めて行く事がすなわち「活躍」と言うことになるのではないでしょうか。セッション前に、プレイヤーから「貴方はキャラクターにどんなカッコイイ事をさせてみたいですか?」って質問して聞き出してみるのは一つの手かもしれませんね。例え答えが得られなくても、考える機会を与えることでよりTRPGを楽しめるきっかけにはなるかもしれないのですから。
12月18日
TRPGをやっているといわゆる「ノリの悪い」人っていますよね。他から見れば「なんだ、あいつ」って事になるのでしょうが。でも、本当に本人だけが悪い事なのでしょうか。TRPGって、凄く脳内細胞を活性化させないと楽しめないものだと思うんですよ。つまり、自らテンションを高めていく必要があるんですね。まあ、大抵は好きなことをやっているんですから勝手にテンションは上がっていくものなんですが。でも、これを特に好きなわけではない事に同じようにテンションを上げられるかというと、普通の人にはなかなか出来るものではない。つまり、誰だっていつでもテンションを上げられるわけでは無いんだよね、その感覚を忘れてはいけないと思うんです。自らのテンションをコントロールすることが苦手な人もいるって事。そういう時こそ、周りで協力してあげる事が必要なんじゃないかな。それをプレイヤーがマスター任せにしてしまうのは、結局自分で自分の首を締めている事に気が付いて欲しい。だって、皆楽しみたくてTRPGをしに集まっているのだから。君もそうでしょ? 僕もそうです。
12月19日
最近凄いなぁと思うことが一つ。それはコンベンションマスターの「大人袋」である(笑) 昔っから頭のねじが狂ってるような礼儀知らずは居ましたが、近年は、口の聞き方一つにしても大分変わってきていますよね。目上の人にも友達口調で話す感覚ってやつですか。まあ、ジェネレーションギャップと言ってしまえばそれまでなんですが、でもそれに気を悪くする人がいる事もまた事実な訳で。マスターによってはファンタジーワールドでの絶対王政社会がどのようなものかを知らしめる事で教育してしまう人もいますが(^^; 全てがそう出来るものではありませんよねぇ。自分なんかだと「目で殺す」事によって事前に問題回避を図ったりしますが(爆) 最近はカドが取れたのかそれも通用しなくなりつつあるし(笑) やはりここが教育現場だと割り切るしかないのでしょうか。ともあれ、そういった口の聞き方が不自由な人にも寛容的に付き合える大人な人達は、自分には不得手なだけにやっぱり凄いなぁと感心するのです。
12月20日
僕の場合バイクで知らない土地を旅して、最初にチェックするのって食べ物なんですよ。まあ、食い意地張っているだけかもしれませんが(^^; そのせいか、やっぱりTRPGでも知らない世界観でプレイする時に、最初に食い物をチェックしちゃうんですよね。知り合いのマスターは手慣れたもので事前に設定を用意していたりするのですが、これ、コンベンションとかで飛び込みでやったら躊躇する人が多いかも、とか思ったりして。まあ大抵の人は即興で何かしら用意してしまうのでしょうが。でも、世界観の味付けとして食い物を考えるというのは、分かりやすいだけに有効的なスパイスになるのでは? と考えてみたりして。お酒にしてもたばこ一本にしても、その世界観に浸れるナルシーな一面ではありますが(^^; でも、そういった切り口もまた、いいもんですよね。
12月21日
どーこーかー遠くへー行きーたーいー♪ 現実世界では無理だからせめて想像の世界ででも。そういう時こそTRPGなんでしょうな。ただ空想に浸っているだけでは、やっぱり満足出来ないんですよね、こーいう気分の時って。そーいう事ってありませんか? フーテンの寅さんがあれだけ続いたのも、高度成長期のサラリーマンが、現実には出来ないことを映画の中で追体験していたのかもしれませんね。きっと、心の中で何かを渇望しているのかもしれません。TRPGはそこを埋めることの出来る良質なメディアの一つになりえると思うのですが、でも、それをシステムデザインの中にきちんと組み込んでいるものって案外少ないような気がします。ただ魅力的な世界観を提示するだけでは不十分なんじゃないかと自分は思ったりするのですが。さて、いかがなもんでしょうなぁ。マスターの技量におんぶにだっこじゃあ、やはり良質なシステムとは言い難いと思うのですが。
12月22日
今、一部のお客さんの要望でTRPGオフ会を検討しているのですが、ふと「これってコンベンションとどう違うんだ?」という疑問が湧いてきたりして。集まる人の質がある程度共有認識をもった“特定(少)多数”という集団で括れるのかな? うん。これならコンベンションよりは楽に運営できるかもしれないですね。ネット活動によって事前にある程度の意識のすり合わせが出来るので、これは以外と有用かもしれない。こういうインターネットの活用方法もあるという一つの事例として確立できるように、ちょっと真剣に考えてみようかな。本件に関して何か御意見等ございましたら、どうか掲示板の方に書き込んでいって頂けないでしょうか。これは、考察の価値がありそうな気がするのです。
12月23日
現在のTRPGを取り巻く環境の現状をもう一度きちんと把握し直さないといけないかも。ちと長らく身内にこもりすぎたようです、僕は。昔は結構サークル間交流とか活発に活動していたのですが、やはり皆社会人になると腰が重くなっちゃうんですよね。気楽に集まれる者同志で落ち着いちゃうというか…… まあ、致し方の無い事なのかもしれませんが。でも、「おい待てよ夏海、そいつはちょっとまずいんじゃないのか?」なんて言葉をもう一人の自分が頭の中で囁いていたりして。そういう時こそインターネットの出番なのかもしれませんが。でも、生身の言葉に敵う情報収集源は無いんですよね。やっぱり雰囲気とか感情とかから得られるモノも多いですからね。まあ、とりあえず出来ることから始めるしかないのですが(笑) さて、今の僕に出来ることは何だろう? そこから考えてみる事にしましょう(^_^; (えっ、それじゃ全然前に進んでいないですか?・笑)
12月24日
お互いにあまり深く関わらない関係。最近そういう人付き合いを求める人が増えているのではないでしょうか。僕自身としては、それはとても寂しい事だと思うのですが。でもそういった深い付き合いを求めない人にとっては自分みたいな人って単なるストレス要因にしかならないんですよね。現状のTRPGの環境もそういった要因が深く関わっているように思います。これって双方の歩み寄りがしにくい事で、しかもTRPGの根幹をなす面白さに直結しているんですよね。これはとても難しい問題だと思いますが、でもなんとか解決する方法を模索していく必要が有るのではないでしょうか。
12月30日
自分に向いたTRPG選び。皆さんはどういった基準で選んでいますか? ジャンル? システム? 予算?(笑) 色々な判断基準がありますよね。自分はジャンルもそうですが、更にちょっと突っ込んでシステムのバランスなんかも基準にしたりする事が多いです。まあ、バランスと言っても細かい数値バランスはここでは置いておきます(笑) これはあくまでも僕の主観なんですが、システムのデザインバランスとしての「リアリティ:プレイアビリティ」の比率を取ると大まかな傾向が計れるのではないかなと。この数値が似通っていればジャンルが違っていても比較的なじみやすいのではないか、と思うのです。ちなみに僕は「リアリティ:プレイアビリティ=4:6」ぐらいの比率が好みです。(この数値も主観的ですが)
12月31日
リアリティとプレイアビリティは相反する要素だと自分は思うのです。システムとしてリアルな処理を求めるとどうしても肥大化してしまい、必然的にプレイアビリティが落ちてしまう。プレイアビリティを求めるとシステムは簡略化しなければならず、リアリティが失われる。システムとして何をさせたいのかを考えてデザインすることは大切だけれども、こういったバランスの部分の事を認識したうえでシステムをデザインすることも必要なんじゃないかなと、思ったりもするわけでして。でも、リアリティとプレイアビリティの関係って、何もシステムばかりに言えることではないんですよね。シナリオだって、マスタリングにだって同じような見方が出来るはずです。ちょっと目先を変えた視線で物事を見つめ直してみるのも結構為になりますよ。